第55話 トニカク、カネナイ<1>

 マリフェトに引越ひっこしてから、一月ひとつき以上いじょうちました。

 『うらめし屋』の営業えいぎょう順調じゅんちょうで、ちゃんともうけも出てます。

 このままいけば、傭兵ようへいやとって、ヒュリアの私設軍しせつぐんを作るのも、そうとおい話じゃないかもしれません。


 バシャルのこよみだと今月こんげつはプサリの月だそうです。

 季節きせつとしては晩冬ばんとうで、来月からは一応いちおうはるなんですが、どう見てもふゆ真只中まっただなかです。

 数日すうじつ前、ザガンニンのまちにも雪がりましたから。


 バシャルの一年は13ヶ月で、一月は24日です。

 ただし、13番目の最後さいごの月だけは13日しかありません。

 つまり一年は301日ってことです。

 この最後の月がプサリです。

 でも、ユニス達の国であるウラニアでは名前がちがっていて、パンジャの月と言うそうです。


 このプサリの月の六日目から八日目までの三日間、バシャルでは特別とくべつまつりがひらかれます。

 『奉迎祭ほうげいさい』とばれるものです。

 いつの日か『白瑶はくようの王』とよばれる存在そんざい天空てんくうから地上ちじょうり立ち、苦痛くつうちた世界から民衆みんしゅうすくうのだそうです。

 だから人々ひとびとは『奉迎祭ほうげいさい』を開いて『白瑶はくようの王』が少しでも早くおとずれてくれるようにいのるわけです。


 今日きょうはプサリの月の四日目、あさってには『奉迎祭ほうげいさい』がはじまるんで、霊器れいきに入った僕は、ジョルジの胸元むなもとにぶら下がって、祭りのための買出かいだしに出ることにしました。

 ミニスカメイドふくみどり色のマントでかくしてはいますけど、今ではジョルジ君、この界隈かいわい人気者にんきものになってます。

 きわどいミニスカが男性客だんせいきゃく視線しせん釘付くぎづけにして、夜毎よごと、うらめし屋は満席状態まんせきじょうたいなのです。


 ジョルジ君、店では源氏名げんじなジョージアちゃんを名乗なのっています。

 女装じょそうも男のあしらい方もさまになり、アレクシアさんにしてもらっていたメイクも今では一人でこなしてます。

 このまま、そっちの道へ行かないか、心配しんぱいする今日このごろ

 ちょっと責任せきにんを感じてます……。


 僕らが今歩いているのは西通にしどおりから一本いっぽんなかに入った裏通うらどおりです。

 ここには早朝そうちょう市場いちばが開かれています。

 様々さまざま露店ろてん新鮮しんせん食料品しょくりょうひんならび、たくさんの買物客かいものきゃくにぎわっているのです。


「よう、ジョージアちゃん、今日も可愛かわいいねぇ」


 うらめし屋に毎夜まいよかよってくださる八百屋やおやのおじさんが、声をかけてきました。


「どうもぉ」


 笑顔えがおで手をふるジョルジ。

 周囲しゅういの男達もはなしたが、のびてます。

 でもみんな、彼女?が男だってことは知りません。

 もし知られたら、袋叩ふくろだたきにうかも……。


  

 新規入居しんきにゅうきょした魔族まぞく二人ふたりも今は店になじんで、メイドとして活躍かつやくしています。

 とくにアレクシアさんのはたらきぶりはすごくて、テーブルの片付かたづけなんかをするときも、たくさんのさら酒盃ゴブレットを、これでもかと言うぐらいかさねてはこんでくるんです。

 まあ、彼女のうでふとももについた、えげつない筋肉きんにくを見れば納得なっとくできるんですが……。


 ちょっと着替きがえるとこ見えちゃったんですけど、女性じょせいビルダーなみの体格たいかくなんですよ。

 おっと、のぞいたんじゃありませんから。

 たまたま、見えちゃったというだけです。

 たまたまですよ、たまたま……。


 ユニスの方はというと、かなり打解うちとけてきていて、メイドの仕事をたのしんでるようです。

 アレクシアさんのような力仕事ちからしごと無理むりですけど、客の注文ちゅうもんおぼえたり、お金の計算けいさんをするのは得意とくいらしくて。


 メモをのこしておかないと、たくさん注文されたとき、かずがわからなくなりそうですけど、ユニスにまかせれば問題無もんだいなし。

 どの客がどれだけ注文したかをすべ記憶きおくしているからです。

 おかげで、うらめし屋は明朗会計めいろうかいけいのお店としても評判ひょうばんなのです。


 チェフチリクさんは、盟友登録めいゆうとうろくした後、やっぱり丸一日まるいちにち寝込ねこんでました。

 登録とうろくのおかげで、耶代やしろの方は増築ぞうちくされましたが、広くなったのは二階だけです。

 一階よりも二階の方が、床面積ゆかめんせきせまいので、二階が増築ぞうちくされても一階には影響えいきょうが無かったわけです。


 でもここで、もっとも重要じゅうようなポイントは、もちろん二つの新しい力を取得しゅとくすることができたってことにあります。

 一つは『四冠ケセド土魔導どまどう術』です。

 まあ、これの取得は予想よそうしてはいたんですが、アティシュリから、早速さっそく茶々ちゃちゃはいりました。


元素照応性げんそしょうおうせいってのはよ、普通ふつう、一つしか獲得かくとくできねぇんだよ。二つ持てるやつなんてのは滅多めったにいねぇんだ。それを、てめぇは、お手軽てがるにモノにしやがって……」


 いつものようにあたまをかきむしってました。

 地縛霊じばくれいなんだから、普通ふつうじゃないんですよぉだっ!

 

 そしてもう一つは『複合術ふくごうじゅつ』です。

 これは二つの元素げんそ同時どうじ発現はつげんさせて、その力をわせることができるものです。

 たとえば、ほのおたまつ『炎弾えんだん』は、相手あいてやすことはできますけど、物理的ぶつりてき衝撃力しょうげきりょくは、ほどんどありません。

 それにたいしてつちたまつ『土弾どだん』は、特殊効果とくしゅこうかはありませんが、衝撃力しょうげきりょく八元素はちげんその中でも一番いちばんです。


 この二つのわざを混ぜ合わせると『溶岩弾ようがんだん』なんてものが、できてしまいます。

 技の命名めいめいはヒュリアがしてくれました。

 ほのの元素げんそ燃焼力ねんしょうりょくつち元素げんそ衝撃力しょうげきりょく両方りょうほうそなえた、かなりおそろしい技です。

 しかも粘着性ねんちゃくせいがあって、相手にへばりついたままつづけるというプラスアルファもついてきます。


 そもそも、僕の『炎魔導えんまどう』は四冠ケセドなんで、威力いりょくがイマイチだったんですよね。

 トゥガイとたたかったときも、キュペクバルと闘ったときも、相手の身体からだをある程度ていど燃やしはしてるんですが、決定打けっていだにはなってません。

 

 でも今回のアプデで、僕の魔導まどう主要攻撃しゅようこうげきとして使えるはずです。

 これで前よりはヒュリアのたすけになれるでしょう。


 『転居てんきょ』も成功せいこうしたし、新しい魔導まどうも手に入れたし、めでたしめでたし、と思ったのもつかの間でした。

 ここに来て深刻しんこく問題もんだいち上がったのです。

 それは……。


 ――裸族らぞく問題なのです!


 引越ひっこしがわって気がけたのか、ヒュリアが、またぞろ全裸ぜんらになりはじめまして……。

 オールヌードでダイニングをうろつくのです。

 さらに問題なのは、ユニスまでも同調どうちょうし、全裸ぜんらごすようになったことなのです。


かんがえてみると、はだかってらくよね」


 と、いうのがユニスの意見いけん

 『転居てんきょ』した記念きねんにダイニングにソファをいたんですけど、そこにプヨプヨで、まん丸の裸体らたいをさらして寝転ねころぶのが、最近さいきんのユニスのお気に入りになってるみたいです。

 これを見たアレクシアさんが抗議こうぎの声を上げました。


「ユニス、はしたない! ここには殿方とのがたであるジョルジさんやチェフ様もいるのよ!」


 僕も一応いちおういますけど。

 考慮こうりょされてないのねぇ。


「でもチェフ様は人間にんげんじゃないし、ジョルジさんは男の人って気がしないもん。だから全然平気ぜんぜんへいき


 ユニスはまったく聞きれません。

 ジョルジは、ヒュリアが全裸ぜんらでいるのを見かけると、アワアワして自分の部屋へやんでしまいます。

 この意気地無いくじなしっ。


 アレクシアさんは原因げんいんであるヒュリアにも抗議こうぎしましたが、迎撃げいげきされてしまいます。

 

「なぜはだかじるのだ。人間の肉体にくたいとは賛美さんびされるべきで、恥じるものではないのだ。ユニスには、それが理解りかいできたのだ。きっと、あなたにも理解りかいできるはずだ」


 ぎゃくにアレクシアさんを裸族らぞく仲間なかまへ引き込もうとする始末しまつです。

 自分の過去かこの話をされると顔を真赤まっかにしてずかしがるくせに、全裸ぜんら平気へいきって、どういう心理状態しんりじょうたいなのよ……。

 

 この問題にたいする霊龍れいりゅう様達の意見いけんは次のとおりです。


「くだらねぇ、べつにどうでもいいぜ」


 と、ドラゴン姉さん。


「自分も裸体らたいになった方がいいのか?」


 と、ドラゴン店長てんちょう

 あわててめました。


 僕としては、まあ……、毎度まいどのことですけど……、いいんじゃないかと。

 目の保養ほようにもなりますし。

 あっ、でも、目は無いんですけどねっ。

 とにかく、今後こんご裸族らぞく問題はを引きそうです。


 

「――てめぇはりもせず、またこんなものを持ってきやがって! 気色きしょくわるいんだよっ! なさけをかけた俺がバカだったぜ! 二度にどと来るんじゃねぇぞ!」


 市場いちばの先の方でイザコザがあったようです。

 ガタイのいい男が、とおりにたおれている女の子の前で怒鳴どなってます。

 

「すびばへぇん!」


 きながらあやまってる女の子。

 男はツバをいて、自分の露店ろてんの中にもどっていきました。


「――美味おいじいどにぃ、とってぼ、美味おいじいどにぃ」


 石畳いしだたみに泣きしている女の子を周囲しゅういの人は見て見ぬふりです。

 よせばいいのに、ジョルジ君はって女の子のかたに手をかけました。


大丈夫だいじょうぶですか?」


 ゆっくり顔を上げる女の子。

 なみだ鼻水はなみずで顔がぐちゃぐちゃです。

 でも普通ふつうにしてれば、かなり可愛かわいらしいんではないかと。


 かみは、まざりけのない綺麗きれいきん色で、ひとみみどり色、ほほにそばかすあとが少し残ってます。

 服装ふくそうわら色のサロペットスカートにばんだ白のブラウスですが、ところどころにあなや、つぎはぎが見えてます。

 かなり着込きこんでいる感じですね。


「ふぁい、大丈夫でふぅ」


「どうしたんですか、怒鳴どなられてたみたいですけど」


「ふぁい……。食材しょくざいりにぎだんでふげど、きぼち悪いっで言ばれで」


 鼻がつまってて、聞き取りにくいです。


「気持ち悪い……? 何を売ってるんです?」


「これでふぅ」


 女の子はわきかかえていたバスケットのふたを開けました。


「あっ、これって!」


 ジョルジが目をまるくします。

 僕は、ちょっときました。

 中にはてのひらよりも大きな褐色かっしょく蜘蛛くもが、びっしり入っていたからです。


蟹蜘蛛ウルペルメですね」


「ふぁい、ご存知ぞんじでふか?」


「ええ、美味しいですよねぇ」


「そうなんでふぅ!」


 蜘蛛くもって美味おいしいんだぞとう支持者しじしゃあらわれたせいか、女の子はきゅう元気げんきづいて立ち上がりました。

 そして、ポケットからハンカチを取り出し、おもり鼻をかみます。

 鼻のあたまあかくなりましたが、よごれがとれて、とってもあいらしい顔になりました。


「もし良かったら、買ってもらえませんか。――あっ、でも、無理むりにっていうことではないんです」


 もうわけなさそうに言って上目遣うわめづかいで見つめてくる女の子。

 一応いちおう、女の武器ぶきは使えるようですな。

 ジョルジは彼女にけ、気づかれないように小声こごえで聞いてきました。


「買ってあげてもいいですかぁ?」


「いや、助けたいのはわかるけど、蜘蛛くもでしょ? ホントに食べられんの?」


「ツクモさん、この蟹蜘蛛ウルペルメ、とっても美味しいんです。うちの店でも出せると思いますけどぉ」

 

本気ほんきで言ってる?」


「はいぃ。りょうに出かけた時、こいつを見つけると、みんな大喜おおよろこびしたもんですぅ。滅多めったれない、ご馳走ちそうなんですよぉ」


「マジかぁ……」


るのがむずかしくて市場しじょうには出回でまわりませんからぁ、食べられないって思ってる人がほとんどですけどぉ」


「なるほどねぇ。だから気持ち悪がられてんだ」


「おねがいします! まだ一匹いっぴきも売れなくて……」


 ジョルジの背中越せなかごししに女の子がダメしのセリフをげかけてきます。 


仕方しかたないなぁ。――まあ、今お金に余裕よゆうあるから、二、三匹買ってもいいよ」


 ジョルジはホッとした顔になり、かえって女の子に言いました。


「――わかりました。少しでよければ買いますよ」


「あわわ、ほんとですかっ」


 女の子はむねの前で手をみ、てんに向かっていのりをささげます。


天使てんし様……、ご守護しゅご感謝かんしゃします……」


 感激かんげいしたせいか、また泣き始めてますね。


「――ありがどうございばふぅ!」

 

 ジョルジにいきおい良く頭を下げる女の子。

 顔が、涙と鼻水の洪水こうずいに押しながされてます。


 蟹蜘蛛ウルペルメは三匹で銅貨どうか20まい

 女の子は、器用きような手つきで三匹の蟹蜘蛛ウルペルメ藁紐わらひも一列いちれつにくくって、ぶら下げ、ジョルジに手渡てわたしました。

 ぶら下げられた蟹蜘蛛ウルペルメたちは、逃げようとして、足をうねうねと動かしてます。

 マジで、これ食うのかよ……。


 女の子はハンカチで鼻をかんで、にっこりと微笑ほほえみます。


本当ほんとうに助かりました。――私は、エヴレン・アヴシャルって言います。ときどき、ここに食材しょくざいを売りに来てますんで、また買ってもらえるとありがたいです」 


「オラはジョル……、私はジョージアって言います。西通にしどおりのはしにある、うらめし屋で給仕きゅうじをしてます。よろしければ、エヴレンさんも食べに来てくださいね」


「えっ! うらめし屋ですかっ!」


 目をむいたエヴレンが、ってきます。


「は、はい……」


 身体をのけぞらせるジョルジ君。


「今、ザガンニンのどこへ行っても、そのお名前が出るんです。すっごく美味しい料理りょうりを出すって」


 ほう、そんなに評判ひょうばんなんだ、うちの店。


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