第54話 異世界食堂うらめし屋<6>

引越ひっこしが無事成功ぶじせいこうしましたんで、この店の具体的ぐたいてき営業形態えいぎょうけいたいについてのお話をしたいんですが」


営業形態えいぎょうけいたい?」


 あからさまに面倒めんどくさそうな顔になるアティシュリ。


「そんな顔しなくても大丈夫だいじょうぶですよ。どうせアティシュリさんはたらかないでしょ」  


「あたりまえだ」


「このお話は、あなたみたいなニートには関係かんけいないので聞きながしてください」


「ニート? どういう意味いみだ?」

 

庶民しょみんのようにあくせく働く必要のない高貴こうき身分みぶんの人のことです」


「ほほう、俺にぴったりの言葉ことばだな」


 感心かんしんしてうなずくドラゴン姉さん。

 まさにあなたこそニートの女王じょうおうですよ。

 まあ、余計よけいな話しはこれぐらいで。


「まず、調理ちょうりかんしてなんですが、基本きほん、僕がやります。僕ができないときには、チェフチリクさんとヒュリアにおねがいします」


承知しょうしした。だが、普段ふだんから自分にも調理を手伝てつだわせてもらえるとありがたい。ツクモの料理りょうりまなびたいのだ」


 さすがドラゴン店長、誰かさんとは勤労意欲きんろういよくちがいます。


「もちろんかまいませんよ。どんどんぬすんでやってください」


「ツクモ、私は……、料理は……、苦手にがてなんだが」


 居心地悪いごこちわるそうにモジモジして告白こくはくするヒュリア。


大丈夫だいじょうぶ簡単かんたんけとか、皿洗さらあらいとか、調理の補助ほじょでいいんだよ」


「そうか……、それならできそうだ」


 ヒュリアは、むねろしました。


「僕とヒュリアはおもてに出られませんので裏方うらかた仕事しごとてっします。で、接客せっきゃくの方は、ジョルジ君、アレクシアさん、ユニスちゃんにしてもらいます」


 地縛霊じばくれい反逆者はんぎゃくしゃが接客するわけにはいかないですからね。


「アレクシアさん達は『りゅうのあくびてい』でも給仕きゅうじをしてたんですよね」


「ああ、そうだ。アレクシアは、うちの看板娘かんばんむすめだった」


「やめてください、チェフ様」


 真赤まっかになってるアレクシアさん。

 ちょっと可愛かわいい。


「てことで、三人には給仕きゅうじ会計かいけいとかを担当たんとうしてもらいますから」


「オ、オラも給仕をするんですかぁ」


 おずおずと右手をげるジョルジ君。


「そうだよ」


「そっだらごと、したことねぇんですが」


何事なにごと経験けいけんだよ、ジョルジ君」


「だども、オラの手配書てはいしょ出回でまわってますけんど」


「その点も考えているよ。君がジョルジだって、わからなければ良いんだ」


「はあ……」


 納得なっとくがいってないジョルジ君。

 ふふふふっ……。

 ジョルジ、この食堂しょくどう成功せいこうさせるため、君には広告塔こうこくとうとして活躍かつやくしてもらう。

 その計画けいかくすで進行しんこうしているのだよ。


「それと、食堂の名前なんですけど、『うらめし屋』に決定けっていしました」


「かーっ、またこれだ。てめぇの名づけには、才能さいのう欠片かけらもねぇなあ」


 毎度まいどにくまれ口をたたくアティシュリ。


「大きなとおりにめんしているのに、うら飯屋めしやとはどういうことなんだ」


 ヒュリアが不思議ふしぎそうな顔をしてます。


「これはね、表通おもてどおりや裏通うらどおりってことじゃないんだよ。ニホンノトウキョウじゃ幽霊ゆうれいは必ず、うらめしやぁ、って言いながら登場とうじょうするという“お約束やくそく”があるからなんだ。あと、人間にんげんじゃなくて幽霊が料理を作る“裏稼業うらかぎょう”の店って意味もかかってるよ」


「ニホンノトウキョウには、色々と変わった慣習しゅうかんがあるのだな」

 

 ヒュリアは、何度もうなずきました。


 ほかにもいろいろ候補こうほはあったんですけど、ここはもう故郷日本ふるさとにほん伝統的でんとうてきな“幽霊的ゆうれいてきお約束”を名前にしようということで。

 僕としては、かなり気にいってます。


「うらめし屋の営業開始えいぎょうかいしは10日後を予定よていしてます。それまでは店舗建設中てんぽけんせつちゅうっていう“てい”でいきますんで。あと、開始日かいしびから3日間は、全品半額ぜんぴんはんがくにしてきゃくび込むつもりです。料理の種類しゅるいとか値段ねだんは、これからチェフチリクさんと相談そうだんします。――ここまでで、何か質問しつもんありますか」


 とくいようなので、この後はジョルジ広告塔作戦こうこくとうさくせん実行じっこううつすことにします。


「それで、みなさんには、おそろいの制服せいふくを着てもらいます」


 この日のために『裁縫さいほう』で作っておいた制服を『倉庫そうこ』から取り出しました。


「まずはチェフチリクさん」


 黒のタキシードとズボン、黒のリボンタイを渡します。

 あの有名な悪魔あくま執事しつじさんをイメージしました。

 まあ、ドラゴンの外見がいけん自由自在じゆうじざいだから必要ひつようないんですけど、こういうふうな感じにしてくださいっていう見本みほんとして作りました。 


「それと、ユニスちゃんとアレクシアさん」


 黒のロングワンピースと白いエプロン、それに白いキャツプを渡します。

 これぞ、メイドってくらいメイドさせてます。


「僕とヒュリアはこれね」


 シェフさん達が着る黒のコックコートとズボン、茶色ちゃいろ前掛まえかけです。


「あと僕にはこれも」


 ユニスから言われたんで、ヒュリアとおそろいのみどり仮面かめんをつくってみました。

 ただ、ヒュリアのとは違って、スマイルスタンプ風のニッコリ笑ってる表情ひょうじょうにしてあります。

 少しでもこわがられないようにしないとです。


「で、ジョルジ君には、これね」


 我らの英雄えいゆうには、とっておきの制服を渡します。

 ぐふふふふっ……。


 制服のサイズは、どれもピッタリだったので安心あんしんしました。

 心配しんぱいだったのはユニスのですけど、なんとか可愛い“ぽっちゃりメイド”になってます。

 左肩ひだりかたのところに、赤いしたを出した白いおけのチビキャラを刺繍ししゅうしときました。

 うらめし屋のトレードマークってやつです。


「ツ、ツクモさん、オラの制服、おかしくねぇですか!」


 制服を着たジョルジを見た僕は、感動かんどうふるえるのでした。

 ジョルジのそれは、ミニスカのメイド服なのです。

 スカートの内側うちがわが見えるか見えないかのギリギリのラインがとてもエロい。


 元々もともとせんほそくて女顔おんながおのジョルジが着ると、まったく男に見えません。

 しかも綺麗きれいな顔してるから、こりゃたまらんね。

 中身なかみが男でも、こりゃイケる。

 おかわり何回なんかいでもイケるぞぉ。


「やだぁ、ジョルジさん、何それぇ」


 ユニスがきだして、大笑おおわらいし始めました。

 それを見たチェフチリクが目を丸くします。


「これ、女の人の服でねぇですか?!」


「そうだよぉ、君には、このうらめし屋の看板娘かんばんむすめとして、頑張がんばってもらわないと」


「オ、オラ、こんなのいやですぅ! アレクシアさんがいるでねぇですか!」


 アレクシアさんも美人なんだけ、ちょっと顔がつよすぎるんだよなぁ。

 それに身体鍛からだきたえてるから、ふとももの筋肉きんにくがアスリート選手せんしゅみたいなんだもん。

 そこへいくとジョルジ君は、可愛かわいらしいし、足もほそいし、絶対ぜったい一般受いっぱんうけするはず。

 まあ、男だけど……。

 

「この姿でさらに化粧けしょうすれば、君を手配書てはいしょのジョルジだと気づくものはいないだろう」


「そんなぁ……、あんまりですぅ……」


 泣きべそをかきだすジョルジ。


「――ジョルジ君、最近さいきん、剣の修練しゅうれんの方はどうだね」


 ジョルジのかたに手をいてたずねます。


「まあまあですぅ……」


 歯切はぎれれのわる返事へんじです。


「ヒュリアの話だと、あまりはいってないとか」


 ジョルジは、洞窟どうくつでのイドリスの活躍かつやくを聞いて自信じしんくし、落ち込んでるらしいのです。


「そこでだ、君に試練しれんそうと思うのだよ」


「試練……?」


「ああ。この先、もし剣の修練しゅうれんで、ヒュリアから一本いっぽんとることができたら、その服をぐことをゆるそう。そうでないかぎりは、それで接客してもらう」


「む、無理むりですよぉ……」


「ジョルジ・エシャルメン!」


「は、はいっ!」


 僕に一喝いっかつされ、ジョルジは気をつけの姿勢しせいになります。


「英雄になりたいという君の言葉、あれはうそかっ!」


「いいえ、本心ほんしんですっ!」 


「だったら、この程度ていど試練しれん克服こくふくできないでどうするっ!」

 

「すいませんっ!」


屈辱くつじょくえてこそ、かがやかしい未来みらいがあるとは思わないかっ!」


「おっしゃる通りです!」


「ではこの試練しれんかなら克服こくふくするとちかえるかっ!」


ちかいますっ!」


「男に二言にごんいぞっ!」


「はいいっ!」


 はい、ハマってくれました。

 メイドの格好かっこうさせといて、男に二言は無いぞって言っても、説得力せっとくりょくないすけどね。

 でもこれで、この店、成功せいこうするはずです。

 ぬふふふふっ……。


「ヒュリア、それで良いかな」


「もちろん、のぞむところだ」


 ニヤリと笑うヒュリア。

 よっぽど、男らしいです。

 

 とりあえず『耶代やしろさんの今後こんごかんがえる会』はこれで終了しゅうりょうです。

 このあとは、オマケについてきた耶代やしろの新しい機能きのうを皆に披露ひろうします。


「えーと、それじゃ皆さんに新しい耶代やしろ機能きのう説明せつめいしますんで、ついてきてもらえますか」


「新しい機能だと?」


 早速さっそく、アティシュリが食いつきます。


「ええ、なかなか面白おもしろいんですよ」


 まずキッチンとダイニングのあいだにある廊下ろうかおくすすみます。

 たりの小さなホールには、裏口うらぐちに出る青いドアと階段かいだんがあるんですけど、今はちがいます。


とびらえてねぇか?」


 はい、アティシュリさん、正解せいかいです。。

 青いとびらとなりに、赤い扉ができてます。


「私は気づいてたよ」


 ユニスが、ドヤがおで言いました。


「この扉が耶代やしろの新しい機能、『勝手口かってぐち』です」


 『勝手口かってぐち』は耶代やしろと『人喰ひとくい森』をつないでいます。

 赤い扉を開くと『人喰ひとくい森』の景色けしきが見えて森の新鮮しんせん空気くうきただよいました。


「つまり、これを使えば一瞬いっしゅんで『人喰い森』と耶代やしろ行来いききできるってことか……」


 アティシュリがしぶい顔をしてます。


「その通りです。ただし『勝手口かってぐち』を開けられるのは、耶宰やさいである僕と耶卿やきょう、そして盟友登録者めいゆうとうろくしゃだけです。チェフチリクさん、アレクシアさん、ユニスちゃんは開けられません」


「えーっ、つまんない」


 口をとがらせるユニス。


「まあ、使える人にたのんでとびらを開けてもらえば、とおることはできるから。――それと『人喰い森』がわの扉は普段ふだん見えてませんが、耶代やしろがあったときの敷地しきち領域りょういきに入ると、勝手かってに扉があらわれますんで」


 あの有名ゆうめいなネコ型ロボットの、どこにでも行けるドアみたいな機能です。

 何かあったときの非常口ひじょうぐちにも使えますしね。


 『勝手口かってぐち』の説明の後は、ダイニングに行きます。


「食堂の営業えいぎょうはじまれば、会議なんかを開くとき、ここにあつまりますよね。だから、ここのかべけてみました」


 僕はドライフラワーの壁飾かべかざりを指差ゆびさしました。

 その中央ちゅうおうにはむらさき色をした涙滴型るいてきがた宝石ほうせきがあります。


「――この宝石、これが元々もともとの僕の霊器れいきです。基幹霊器きかんれいきとも言います」


「ほう」


 チェフチリクが目をほそめます。


「やっと見せたな」


 アティシュリは壁飾りにちかづいて、宝石を、がん見してます。

 会議を始める前に、『倉庫そうこ』から、ここに移しておきました。


「もう一つの新しい機能は『談結だんけつ』です。これは拡張霊器かくちょうれいきと、この基幹霊器きかんれいきとをつないで会話かいわができるというものです」


「それは拡張霊器かくちょうれいきとおはなれていても可能かのうなのか?」


「さすが、チェフチリクさん、良い質問です。――そうなんですよ。つまり僕が拡張霊器かくちょうれいきに入って外出がいしゅつしていても、ここの基幹霊器きかんれいきに話しかければ、いつでも会話かいわができるわけです」


 通信機能つうしんきのうってことですな。


一瞬いっしゅん空間くうかん移動いどうできる通路つうろ構築こうちく遠隔者えんかくしゃとの会話かいわだとぉ……。かーっ、また頭がいたくなってきやがったぜ! なんでもありだなっ! この耶代やしろはよっ!」


 アティシュリが、頭をかきむしります。

 

 オマケの残り二つは『脱躰だったい』と『化躰かたい』の能力のうりょく拡張かくちょうみたいなものだと思うんですが、実際じっさいに使ってみないと効果こうかがよくわからないので保留ほりゅうです。 

 

 説明が終わって、みんな、ダイニングを出て行ったんですが、チェフチリクだけがのこりました。

 僕に話しがあるみたいです。 


「――ツクモ、さきほどのユニスを見たか」


 ああ、なるほど。

 ドラゴン店長、ユニスの“笑顔”、見たがってましたもんね。


「ええ、少しけてくれたみたいですね」


「『りゅうのあくびてい』にいたときも、あれほど笑ったことはなかった……。君が話してくれたおかげだ」


元々もともとあかるい子なんですよ。僕はちょっと背中せなかしただけです……」


 壌土じょうど龍は僕の手をにぎり、とびきりのイケボで言いました。


「――ありがとう」


 するとチャイムが鳴って、羅針眼らしんがんが立ち上がります。


壌土じょうど龍を盟友登録めいゆうとうろくしてください。ただし登録者の口頭こうとうによる承諾しょうだく必要ひつようです』

 

 おう!

 とうとう来たね。

 いつか来るとは思ってたけど。


「あのぉ、チェフチリクさん、今、耶代やしろから指示しじがありまして……。あなたを盟友登録めいゆうとうろくしろって」


「ほう、自分も登録してもらえるのか。面白おもしろい、是非ぜひやってくれ」


「先に言っときますけど、丸一日まるいちにち寝込ねこむかもしれませんよ」


承知しょうちしている」

 

「では壌土じょうど龍チェフチリクさん、盟友登録めいゆうとうろく承諾しょうだくしますか?」


承諾しょうだくする」


 その途端とたん、チャイムが鳴り、羅針眼らしんがんに新たな表示ひょうじが現れます。


盟友登録めいゆうとうろく完了かんりょうしました。これより食堂の増築ぞうちくを開始します』


 すぐに、二階の方でれがこるのを感じました。

 揺れはしばらく続いていました、唐突とうとつおさまります。

 そして羅針眼らしんがんから、また報告ほうこくはいりました。


壌土じょうど龍の部屋が増築ぞうちくされました』

耶宰やさいが新しい術法じゅつほう取得しゅとくしました』


「何だ?! 何があった!」


 アティシュリやヒュリア達がもどってきたので、事情じじょうを話してみんなで二階へいきました。

 5つだった部屋が一つえて、6つになってます。

 新しい部屋の前の名札なふだには当然とうぜん『チェフチリク』とありました。


 名札を見ていたチェフチリクが、めずらしく大あくびをします。 


「ふむ、どうやら、自分にも眠気ねむけが来たようだ。とりあえず眠らせてもらおう」


 チェフチリクは、自分の部屋に入ると僕らの目の前でとびらめました。

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