第53話 異世界食堂うらめし屋<5>

「よし、浄化じょうかは終わったぜ。次はお前のばんだ」


 アティシュリに向かってうなずいたチェフチリクは片膝かたひざをつき、地面じめんに右手をてました。

 右手が青くかがやくと、地面からかすかな振動しんどうつたわってきます。

 振動は次第しだいに大きくなっていき、周辺しゅうへん建物たてもの城壁じょうへきがグラグラとれるほどでした。

 野次馬やじうまから悲鳴ひめいのような歓声かんせいが聞こえてきます。


「よし、うまくいった」


 チェフチリクが口を開くと同時に振動しんどうがピタリとみました。


水銀すいぎん地殻ちかくの中にふうじた」


「そんじゃ、目くらましを片付かたづけるぜ」


 アティシュリはベールで顔をかくし、パチンと指をらします。

 すると一瞬いっしゅんで、ほのお竜巻たつまきは消えてしまいました。

 しばらくの静寂せいじゃくの後、野次馬から万雷ばんらい拍手はくしゅ歓声かんせいき起こります。


「終わったんですか?」


「ああ、そうだ。――これでこの場所は“のろわれた地”ではなく、西地区にしちく一等地いっとうちになった」


 にやりとするドラゴン店長てんちょう

 ちょっとわるい笑顔が、カッコイイです。


 僕らが“呪われた地”を出ると、人垣ひとがきかれ、おくからキリストきょう司祭しさいさんみたいな格好かっこうをした中年ちゅうねんの男性があらわれました。

 うしろに、従者じゅうしゃ数人すうにんしたがえてます。

  

 ふとめの身体からだに、ゆったりとした白いローブをつけ、頭に青いバケツみたいな帽子ぼうしをかぶった司祭しさい?さんは僕らの前に立ちふさがり、アティシュリを見下みおろしました。


「そなたが、うわさに聞く『熾恢しかい巫女みこ』か?」


 司祭しさい?さんは、甲高かんだかい声でいかけました。

 黒く長いアゴひげをしごきながら、するどい目つきでシュリ様をにらみつけてます。


「そうばれる方もおられます」


 優雅ゆうがにお辞儀じぎをするドラゴン姉さん。

 あくまでも、しおらしいです。


「私は、このまち教会きょうかいあずかる主教しゅきょうコルカン・ハプシュルマクである。このたびの『浄霊じょうれい禦儀ぎょぎ見事みごとであった」


恐悦至極きょうえつしごくにございます」


「ときに巫女みこ殿どの、この後、教会にまいられんか? ちゃなどきっしながら話がしたい」


「かたじけなきお言葉ではございますが、すぐにまた旅立たびだたねばなりません。お茶は、また次の機会きかい頂戴ちょうだいしたく」


「そうか……、いたかたないの。ならば、次回じかいザガンニンに立ちったときは、かならず教会に顔を出されよ。歓待かんたいいたそう」


「ありがとうございます」


 頭を下げるアティシュリの前でひるがえし、コルカンはしずしずと歩きっていきました。

 コルカンがいなくなると、アティシュリのまわりに野次馬が殺到さっとうします。

 チェフチリクとヒュリアはすみしやられてしまいました。


 もみくちゃになる寸前すんぜん、アティシュリはびあがり、となり建物たてもの屋根やねの上にりました。

 野次馬達はそれを見て、驚嘆きょうたんの声を上げます。

 アティシュリはそこからさらに、ジャンプをり返して屋根をつたい、姿すがたを消してしまいました。

 野次馬はシュリ様が消えた方を呆然ぼうぜんながめていましたが、全身ぜんしんからガッカリオーラを発散はっさんし、三々五々さんさんごごに帰っていきました。

 

「自分らは、今日きょうまる宿やどさがすとしよう」


「アティシュリ様は大丈夫だいじょうぶでしょうか?」


 ヒュリアは、チェフチリクからかえされた僕を首にかけました。


まったく問題ない」


 ドラゴン店長、断言だんげんしました。


 僕らは西通にしどおりをひがしに向かって歩きながら、とお沿いにある宿屋を探します。

 満室まんしつってことでことわられつづけ、とうとう四軒目よんけんめです。

 苦労くろうがむくわれ、やっとその宿屋を今日の宿泊先しゅくはくさきにすることができました。

 宿代やどだい前払まえばらいいをしていると、外でっていたチェフチリクと一緒いっしょにヘソ出しコーデにもどったアティシュリが入って来ました。

 ドラゴン姉さん、かかえた紙袋かみぶくろから、しきりに何かを口にはこんでます。


「うるせぇ人間どもだぜ、くのも一苦労ひとくろうだ」


 ドラゴン姉さんが食べているのは、指でつまめるぐらいのパイのようなものでした。


「なに食べてんです?」


「バクラグだよ。人の街に出たときは、こいつをうのがたのしみなんだ」


 立てつづけにバクラグをほおばるアティシュリ。

 さっきまでのしとやかさはどこへやらです。

 シュリ様と、このヘソ出しギャルが同一人物どういつじんぶつだなんてだれも思わないでしょう。


「バクラグですか、私も好きなんです」


「そうか、一つ食っていいぞ」


 ヒュリアは袋から一つバグラグをつまんで、仮面かめんの下から口に入れました。


「やっぱり美味おいしい! ――食べるのはひさしぶりです」


 バクラグって、どうやらバシャルではメジャーな菓子がしみたいです。

 かみみたいにうす小麦こむぎ生地きじ幾重いくえにもかさねて、そのあいだきざんだまめ果物くだものをはさんで焼き上げ、あまくていシロップをかけたものだとか。

 ほんとこのドラゴンは甘いものに目がないんだよね。

 

 支払しはらいがむと、二階の客室きゃくしつ案内あんないされ、一休ひとやすみです。

 さて、なぜ今日は耶代やしろに帰らないのかといいますと、それはもちろん『転居てんきょ』を実行じっこうするためなのです。

 昼間ひるまに『転居てんきょ』するのは当然とうぜん無理むりですから、城門じょうもんざされて往来おうらいが無くなり、周囲しゅうい寝静ねしずまった夜中よなかに行うってわけです。 


 夜まで時間をつぶし、とおりから人のにぎわいが消えうせてしずまりかえったころ、僕らはそっと宿屋をけ出します。

 そして、ほとんどあかりの無い西通にしどおりを進み、今日の昼までは“呪われた地”だった場所にもどったのでした。


「ほんじゃ、お手並てな拝見はいけんといこうか」


 腕組うでぐみしたアティシュリが、ほんとにできんのかよ、ってな顔で僕を見てきます。


「チェフチリクさん、あの石の土台どだいですけど、どうにかなりませんかね」


 土地に放棄ほうきされた建物の残骸ざんがい大部分だいぶぶんは石の土台です。

 できるだけ土地の中央部ちゅうおうぶに『転居てんきょ』させるには、それをどけなければなりません。

 土地の周辺部しゅうへんぶに『転居てんきょ』させた場合、隣接りんせつする建物や城壁じょうへき影響えいきょうが出ないともかぎりませんから。

 土台を除去じょきょするには普通ふつうなら時間と手間てまがかかって大変たいへんですが、チェフチリクさんなら、なんとかしてくれるでしょう。。


「ならば地中ちちゅうしずめてしまおう」


 チェフチリクは昼間と同じように片膝かたひざをついて、地面にてのひらを当てます。

 掌が青くかがやくと、石の土台の周囲しゅういから、ズズズって音がし始めました。

 しばらくすると、大地震だいじしんのときの液状化現象えきじょうかげんしょうみたいに、石の土台が地中ちちゅうしずみ始めます。


 今回こんかいは、水銀すいぎんふうじたときのような振動しんどうは無く、しずかなまま進行しんこうしていきました。 

 ものの10分もしないうちに、全ての石は土の中にまれて見えなくなり、『転居てんきょ』のための整地せいちは終わりです。

 

「さてさてさぁて、それでは一世一代いっせいいちだい大魔導だいまどうを始めましょうかね。――心の準備じゅんびはいいかい、ヒュリア」


「ああ、いつでもいいぞ」


 僕は羅針眼らしんがんを立ち上げて、『転居てんきょ』の開始かいしねんじます。

 するとこんな表示ひょうじあらわれて、すぐに消えました。


耶代やしろ転居てんきょすべき位置いち視定していし、指準器しじゅんき設置せっちしてください』


 視定してい

 指準器しじゅんきの設置?

 いまいちわかりませんが、文字の意味いみから推理すいりすると、たぶん『視定してい』は、さだめろ、ってことだと思います。

 なのでとりあえず、耶代やしろうつしたい場所をながら、心の中で、ここに決めた、って念じてみます。


 すると突然とつぜん、僕がていた場所に赤銅色しゃくどういろかがや球体きゅうたいが現れました。

 大きさはサッカーボールぐらいあって、高さ1メートルくらいの場所に浮かんで、静止せいししています。

 球体の色はヒュリアのひとみの色にそっくりで、とても綺麗きれいに光ってます。

 これが『指準器しじゅんき』なんでしょうね。


「おい、ツクモ、なんだそりゃ」


 アティシュリが怪訝けげんな声を上げました。

 ヒュリアとチェフチリクも目を見張みはってます。

 すぐに羅針眼らしんがんが立ち上がりました。


指準器しじゅんきの設置を確認かくにん

転居座標てんきょざひょう確定かくてい

『この座標への転居を承認しょうにんしますか?』


 もちろんしますよぉ、羅針眼らしんがんさん。


承認意志しょうにんいしを確認』

『転居を開始かいしします』


 開始の表示ひょうじが出たとたん、赤銅色しゃくどういろ指準器しじゅんきがみるみるうちに膨張ぼうちょうしていきました。

 膨張した球体きゅうたいの下の部分が地面に入りこみ、最終的さいしゅうてきにはドームがたになって膨張がまります。

 たぶん耶代やしろまわりにある、あの透明とうめいかべかさなるくらいの大きさになったはずです。


 球体がはっしていた赤銅色しゃくどういろの光がよわまり、中がけて見えています。

 ドーム内に注意ちゅういを向けると、おもむろに青い光のもやき出てくるのに気づきました。

 もやは、ゆらゆらとれながら成長せいちょうしていき、ついにはドーム一杯いっぱいに広がります。


 青い靄で満たされたドームは唐突とうとつに、シャボン玉がれるようにはじけ、それと同時に青い靄も霧散むさんしてしまいました。

 すべてが消えた後には、もちろん、赤いレンガづくり風の外観がいかんをしたお馴染なじみの建物が現れたってわけです。


「やった!」


 ヒュリアが小さくさけびました。

 二体の霊龍れいりゅうは、いきんでます。


「みなさん!」


 耶代やしろの中からジョルジが姿を見せました。

 

「こいづは、たまげたぁ!」


 ジョルジはおどろいて大声おおごえを出しました。


「こだごとが、ほんとにあるんだなやぁ」


 ユニスとアレクシアさんも出て来ます。


うそみたい……」

 

 呆然ぼうぜんとしているユニス。

 アレクシアさんはユニスの両肩りょうかたに手をせて、信じられないといった様子ようすあたりを見回みまわしています。


引越ひっこし成功せいこうしましたっ! ――とりあえずだれかに見られる前にかくしときまぁす」


 まずは『工作こうさく』と『配置はいち』を使って耶代やしろ周囲しゅういに木のわくを建てます。

 その後、わくおおうように白いぬのをかぶせて、隠蔽工作いんぺいこうさく完了かんりょうです。

 外からは布の内側うちがわがどうなってるのか、まったく見えません。

 

「どうして隠すんだ、ツクモ?」


 首をかしげるヒュリアに説明します。


「だって、一晩ひとばんのうちに建物ができてたら、おかしいでしょ」


たしかに、そうだ」

 

「――まあ、10日くらいこうやってかくしておいて、今、ててますよって感じにしとくんだよ。で、10日たったら布をとって、はい建設完了けんせつかんりょうですって言うわけ。そうすれば、それほど不審ふしんな目で見られないと思うんだ」 


「なるほど、そこまで考えていたのか……。さすがだな」


 はいっ、さすがだな、いただきました。

 久しぶりにめられて、感激かんげきでありますっ!


 チャイム音がって羅針眼らしんがんから報告ほうこくが入ります。


転居てんきょ成功せいこうしました』

耶代やしろが新しい機能きのう取得しゅとくしました』

拡張霊器かくちょうれいき1から脱躰だったいし、基幹きかん経由けいゆすることなく、倉庫そうこ入室にゅうしつすることが可能かのうとなりました』

『倉庫から化躰かたいし、基幹きかん経由けいゆすることなく、拡張霊器かくちょうれいき1に入ることが可能となりました』


 おおっ、でたでた。

 『転居てんきょ』が成功したおかげで、オマケが一杯いっぱいついてきましたよ。

 でもオマケの内容ないよう調しらべる前にかくれないと。

 周辺住民しゅうへんじゅうみんが、何事なにごとかって感じで外に出て来てます。


 あれだけ光ってれば、そりゃ目立めだちますよね。

 見つけられる前に、いそいで耶代やしろはいって、やりごしました。


 結局けっきょく、その日は夜もおそかったので、今後こんごのことは明日あした会議かいぎすることにして、霊龍れいりゅうとヒュリアそして僕は、一旦いったん宿屋にかえります。

 そして翌朝よくあさはやくに宿屋を引きはらい、耶代やしろに戻りました。


 というわけで、これから『耶代やしろさんの今後こんごかんがえる会』を開催かいさいするんですけど、その前に特殊とくしゅ朝食ちょうしょくみなさんに提供ていきょうするつもりです。


「えーっと、ニホンノトウキョウには、引越ひっこししたときに、ふるまわれる料理りょうりがあるんです。“引越ひっこ蕎麦そば”って言うんですけどね。今日の朝食ちょうしょくはそれになります」


 甘辛あまから煮込にこんだ牛肉ぎゅうにく温泉卵おんせんたまごをトッピングした“温玉肉蕎麦おんたまにくそば”を具現化ぐげんかして、配膳はいぜんします。 

 アティシュリのぶんも入れて六人前ろくにんまえを作りました。

 ドラゴン姉さんは、いらねぇ、って顔してますけど、儀式ぎしきみたいなもんですから、って言ってどんぶりを手渡てわたしました。


 蕎麦そばをすする音が食堂にひびきます。

 一応いちおう、すすり方をレクチャーしたんですけど、日本人のようにいきな“すすり”おんではありません。

 まあ、あの“すすり”ができるのは地球でもかぎられた者だけですからねぇ。

 めんれていない人達にとってはむずかしいでしょう。


 いきな“すすり”音はでませんでしたが、わりに、美味おいしい、って言葉をみんなから聞けたんでOKです。

 ところで、この食事会しょくじかいおどろくべきことがあったんです。

 それはドラゴン姉さんがはっした、この一言でした。

 

「なんだ、この肉、美味うめぇじゃねぇか」

 

 お菓子以外かしいがい料理りょうりはじめて、アティシュリの口から“美味うまい”って言葉を聞くことができました。

 めちゃ強いラスボスを攻略こうりゃくしたみたいにうれしかったです。

 

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