第51話 異世界食堂うらめし屋<3>

 チェフチリクのに乗って耶代やしろもどころには、もう夕方近ゆうがたちかくになってました。

 耶代やしろはいってすぐ、『脱躰だったい』します。


「すいません、おそくなりましたぁ。――ついに土地とちっちゃいましたよぉ」


 こえけたんですけど、リプがありません。

 なんか雰囲気ふんいきくらいです。

 とくにユニスはあかくして、おもいつめた表情ひょうじょうをしてますね。

 ジョルジくんとアレクシアさんはこまてたかんじで、アティシュリはテーブルのうえ片肘かたひじをついて寝転ねころびながら、ユニスを見てます。


「なんかあったんですか?」


「ユニスがアヴジにかえりたいって言いってよ。お前みたいな化物ばけもの一緒いっしょにいたくないんだと」


 ヘソをかきながらアティシュリが説明せつめいしてくれました。 


「どういうことだ、ユニス?」


 チェフチリクが、イケボでたずねます。


「こんな化物ばけものらしたくない! こわいし、気持きもわるい!」


 ユニスがいやそうにぼく指差ゆびさします。

 うーん、化物ばけもの自覚じかくはあるんですけど。

 真正面ましょうめんからわれるとちょいへこみます。


「あくびていに帰りたい!」


りゅうのあくびてい再開さいかいさせることはない。あれはフアトとエリフのみせだ。あの二人ふたりんで、みせも死んだのだ」


 あくまでもやさしいかんじでさとすチェフチリク。


「帰りたいっ!」


「ユニス、この耶代やしろきみらの安全あんぜんまもるのに最適さいてき場所ばしょだ。しかもここには魔族まぞくだということをにするものもいない」


 下唇したくちびるむユニス。


 そういえば、いまおもいついたんですけど、二人とも魔族まぞく象徴しょうちょうであるつのが見えませんね。

 アレクシアさんは両耳りょうみみうえのシニヨンでかくしてるんでしょうけど、ユニスのは、どこにあるんだろう?


「――自分じぶんは君らをすくってもらうわりに、耶代やしろ店長てんちょうになる約束やくそくをした。ここにいられないと言うなら君らの守護しゅごむずかしくなるだろう。ヤムルのところもどってもらうしかない」


「どっちもいやっ!」


「ユニス、いい加減かげんにしなさいっ! チェフさまかって、そんな言いかたして!」


 堪忍袋かんにんぶくろれたのかアレクシアさんが怒鳴どなりつけます。

 ユニスはいきなり立上たちあがると、キッチンよこにある廊下ろうかにかけこみました。


「ユニスっ!」


 アレクシアさんがあとっていきます。

 足音あしおとの感じだと、階段かいだんあがって二階にかいったみたいです。


「すまんな、ツクモ。子供こどもの言うことだ、大目おおめに見てやってくれ」


 恐縮きょうしゅくぎみのドラゴン店長てんちょう


「わかってますよ。あのくらい年頃としごろってむずかしいですから」


 ユニスは13さいでしたよね。

 地球ちきゅうで言えば中一ちゅういちとか中二ちゅうにです。

 反抗期はんこうき真最中まっさいちゅうじゃないですか。

 30だいぐらいのおとうさんやおかあさんを突然とつぜん、ジジイとかババアってんだりなんかして。


 それにくらべれば、地縛霊じばくれい化物ばけものって言うのは間違まちがってません。

 しかしただしさとは、ときに他人ひときずつけるのだよ、ユニス君。

 ぴえん……。 


「すいません、おさわがせして」


 アレクシアさんがまずそうにもどってきました。


「あの客室きゃくしつじこもってます」


「いいですよ、どうせあの部屋へやは、お二人ふたり使つかってもらうつもりでしたから」


 新設しんせつされたゲストルームのことです。


「こんなにつかってもらってるのに、化物ばけものよばわりなんて……。本当ほんとうもうわけありません」


 あたまげたアレクシアさんは、これまでの経緯けいいかたってくれました。


「――あの子、父親ちちおやのカリトン様をくしてから、あまり他人ひと打解うちとけなくなりました。学校がっこう友達ともだいとも上手うまくいかずに、無視むしされたり、悪口わるぐちを言われたりしてたらしいんです。そんな状態じょうたい一年以上続いちねんいじょうつづいて、あの子の精神せいしん不安定ふあんていになってしまいました」


 バシャルにもあったんだ、学校がっこうのイジメ問題もんだい

 ユニスの態度たいどが気になったのは、そのせいだったのかも。

 僕自身ぼくじしんおなじようなってたんで、ピンときたんでしょう。


体調たいちょう悪化あっかして、医師いしにしばらく通学つうがくひかえるように言われました。自宅学習じたくがくしゅうをする彼女の護衛ごえい教師きょうしねて派遣はけんされたのがわたしなんです。――スタヴロフにわれてウラニアを脱出だっしゅつし、パトリドスを敵視てきしする人間エネコスなからすことになって……。とてもつらそうでしたけど、あの子なりに頑張がんばってたんです。でも母親ははおやのネリダ様のらされたとき、とうとうたおれてしまって……」


 ユニスもかなり悲惨ひさんな目にってますね。

 ヒュリアにしてもジョルジにしても、耶代やしろはそういう人達ひとたち保護ほごしてるのかもしれません。


数日すうじつ起上おきあがることもできなかったんですが、りゅうのあくびてい老夫婦ろうふうふ手厚てあつ看病かんびょうしてくれました。私達わたしたち魔族まぞくだとっても、彼らは本当ほんとうにによくしてくれたんです。だからユニスもこころゆるはじめていました。それなのに、またこんなことになるなんて……。ユニスもきっと自分じぶんが、がままを言っているとわかってるはずです。でも心身しんしんともにボロボロで、ついにくまれぐちたたいてしまうんだとおもいます」


気持きもちちが落着おちつけば、ここでらすことが最善さいぜんだと理解りかいできるだろうが……」


 チェフチリクはアゴをでながらおおきくいききました。


「ちょっと様子ようすを見てきてもいですかね、アレクシアさん」


 自分じぶんで言っといて、ちょっとおどろいてしまいました。

 こんなこと言うつもりなかったのに。


かまいませんが、なかからかぎをかけていて、れてくれませんよ」


「そのてん大丈夫だいじょうぶです。耶代内やしろないかぎは、すべて耶宰やさいである僕が管理かんりしてますんで。でも無理むりけたりしませんから安心あんしんしてください」


 トイレのかぎも、お風呂ふろの鍵も、『配置はいち』を使つかえばなんなくけられます。

 おっと、だからってのぞいたりしませんよ、ジェントルマンですから。

 まあ、ンドルヤン、ですけどね。


 イジメのトラウマから立直たちなおれるかどうかは、自分じぶんこころによるって思います。

 どんなにいアドバイスやあったかい言葉ことばも、受取うけとがわこころ余裕よゆうがなければ、ちゃんととどかないんです。

 いまのユニスには、それがいんじゃないかと。


 イジメられっ子の先輩せんぱいとしては、なんとかその余裕よゆうを彼女にたせてあげたいなって。

 ほんのちょっとのあいだでもいんです。

 つらいイメージからはなれられたら、きっと視界しかいひろがって、わすれていたものがまた、見えるようになるはず。


 本当ほんとう自分じぶんを思ってくれてるひとあたたかさとか、やさしさとか……。

 ただ、これは僕の経験けいけんなんで、ただしいかどうかはわかりませんけど。


 お節介せっかいかなぁ。

 こんなふう他人たにんかかわろうとするなんて思ってもみませんでした。

 ずっとこういうのをけてきたのに……。


 二階にかいかおうとする僕のかたに、突然とつぜんちいさな灰色はいいろかげあらわれました。

 そいつは前脚まえあしげて立上たちあがり、ククククときます。


「おまえ、ついてきたのか?」


 昧昧鼬セヘルクルナスは、右前脚みぎまえあしげたりげたりしてます。


「ああ、そいつな。がいにならねぇかられてきた。本人ほんにんたがってたしな。――ここにむからよろしくって言ってるぜ」


 アティシュリが欠伸あくびしながら通訳つうやくしてくれました。

 無責任むせきにんなことしといて事後報告じごほうこくかよ。


「いやいや、どうすんですか。エサとか、棲処すみかとか」


 昧昧鼬セヘルクルナスが、キキココときます。


「エサは自分でるし、棲処すみかかは台所横だいどころよこ居間いまにしたから、この食堂しょくどうには迷惑めいわくかけねぇってよ。――そいつネズミとかゴキブリなんかをうから、けっこう重宝ちょほうするんじゃねぇか」


 おおっ、それはい。

 あのこげちゃ色のガサガサうごまわ狼藉者ろうぜきものを見ると、身体中からだじゅうにサブイボがますからねぇ。

 あいつらをってくれるって言うなら、大歓迎だいかんげいです。

 請負うけおいにした責任せきにんもあるし、仕方しかたないすね。


「――わかったよ。では今日きょうから耶代やしろ住人じゅうにんとしてみとめよう」


 昧昧鼬セヘルクルナスは、ククククといて、また右前脚みぎまえあし上下じょうげうごかしました。


「そんじゃ、呼名よびなをつけさせてもらおうかな。昧昧鼬セヘルクルナスだとなかすぎるんだよね。――えーと、イタチだから、タッチでいいか」


「はーっ、ホントづけの才能さいのうねぇなぁ、てめぇはよ」


 アティシュリがあきれてます。


「いいんですよ。簡単かんたんほうびやすいんですから。――よし、じゃあ今日きょうから、おまえはタッチね」


 タッチは僕のくびまわりをはしまわります。

 意外いがいよろこんでくれてますね。


「じゃあ、ちょっとユニスのところへってきます。――おまえはここにいろ、タッチ」


 かたからろそうとすると、タッチがココココってきました。


一緒いっしょに行くって言ってるぜ」


「いいけど、邪魔じゃまはしないでくれよ」


 ゲストルームは階段かいだんあがってすぐの左側ひだりがわです。

 とりあえずとびらをノックして、こえをかけてみました。


「ユニスちゃん、ツクモだけど、ちょっといいかな」


 なん返事へんじもありません。


「ちょっとはなしがしたいんだけど」


「ほっといて!」


 つよめの拒絶きょぜつです。


「まあ、そう言わずにさ」


「もう、ウザいって!」


 年頃としごろむすめつおとうさんの気持きもちがすこしわかりました。


 なんか、せつなくなる。

 でも、どうしたもんかなぁ。

 心の余裕よゆうって、どうつくったらいいんだろ……。


 なやんでいたら、ふいにてんからひらめきがってきした。


あまいものきかな?」


 女子じょし定番ていばんですよね。


「アイスクリームっていうお菓子かしがあるんだけどぉ、べたくない?」


 部屋へやなかしずかなままですけど、ちょっと気配けはいわったような。


牛乳ぎゅうにゅうあまくして、つめたくこおらせたもんなんだけど、これが美味おいしくてさ」


 こういう説得せっとくは、アティシュリで練習済れんしゅうずみです。


一口ひとくちでもいいから、ためしてみない?」


 部屋へやなかがゴソゴソいって、かぎはずれるおとがしました。

 とびらすこしだけけて、ユニスがかお半分はんぶんのぞかせます。


「アイスクリーム?」


「そうそう。美味おいしいよぉ。――はいってもいい?」


 ユニスはとびら全開ぜんかいにして僕をれると、ベッドに腰掛こしかけました。

 すぐにアイスクリームを具現化ぐげんかしてユニスに手渡てわたします。

 アイスを一口ひとくちべた彼女かのじょは、おおきく目を見開みひらきました。


美味おいしい……」


 そのあとしばらく、となりのベッドに腰掛こしかけてアイスをべるユニスをながめていました。

 食べえたユニスはからになったうつわを僕にかってします。


「おかわり」


 内心ないしんわらっちゃいましたけど、なにも言わずに、もう一度いちどアイスを具現化ぐげんかしました。


「こんなの、はじめて食べた……」


 ユニスはアイスをじっと見つめます。

 そしておもむろはなはじめました。


「――がままだって、わかってる。でもこわいの。はじめてったひと一緒いっしょらすなんて。きっとデブだとかブスだとかって思ってるんだろうなって。そうかんがえるだけで、もうつらくて、じっとしてられなくなるの。きっとまた仲間外なかまはずれにされるって気がするの。だったらそうなる前に、自分じぶんからったほうがまし……」


 何も言わず、ただいていました。

 仲間外なかまはずれ……。

 いや言葉ことばです。


 二杯目にはいめのアイスが綺麗きれいくなりました。


「イケるでしょ。アイス」


「うん……」


 からになったアイスのうつわ受取うけとるとき、タッチが素早すばやうでをつたってユニスのかた移動いどうしました。


「この、ついてきたんだ」


 タッチがユニスのほほにキスします。

 ちょっとうれしそうなユニス。


「イタチだから、タッチって名前なまえつけたよ」


 ユニスが、ぷっとき出しました。


「――仲間外なかまはずれってさ、すごくいや言葉ことばだよね」


 ユニスのかおがこわばり、うごきがまります。


「そういうことするやつらって仲間なかまって言えるのかなって時々ときどきかんがえるんだ。本当ほんとうの仲間だったら、そんなことしないでしょ。仲間なかまって言葉ことばあたたかくて、力強ちからづよくて、人が大切たいせつにしなきゃならないみたいに言われてる。でもそれは絶対ぜったいじゃない」


 こころまっていたいかりが、せきってながれだしていきます。


なかには、仲間なかまとか友達ともだちっていう言葉ことばで人をしばって、利用りようしたりイジメたりしてくるようなやつらもいる。そいつらは仲間なかまでも友達ともだちでもない、“てき”なんだよ」


てき……」 


きみ仲間外なかまはずれになったんじゃない。てきから解放かいほうされたんだ。だから自分じぶんめたり、くるしんだりする必要ひつようはない。解放かいほうされたおかげでのこれたんだって思うべきなんだよ。――ヒュリアとジョルジはきみてる。自分じぶんのせいじゃないのに反逆者はんぎゃくしゃとか犯罪者はんざいしゃにされて世界せかいから締出しめだされたんだ。だからあの二人は君の気持きもちがよくわかると思う。君も彼らをこわがらなくて大丈夫だいじょうぶだよ」


「私、二人ふたり仲間なかまになれるかな……?」


「きっとなれるさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る