第50話 異世界食堂うらめし屋<2>

「自分はチェフ・スニギュブレとう」


「ではスニギュヴレさん、今日きょう土地とち購入こうにゅうでしょうか?」


「ああ。アヴジで酒場さかば経営けいえいしていたのだが、ザガンニンにみせ移転いてんさせようとかんがえている」


「なるほど」


 イナンチくんはヒュリアを、ちらっと見ましたけど、それ以上いじょう興味きょうみしめしませんでした。

 まあ、バシャルでは奴隷どれいなんて、ありふれてるんでしょう。 


「どの程度ていどひろさの土地とちを考えてますか?」


ひろければひろいほどいのだが」


 さすが店長てんちょう、よくわかってらっしゃる。

 『転居てんきょ』が周囲しゅういにどんな影響えいきょうをおよぼすか、わからないですから。

 できるだけひろ場所ばしょ用意よういしとかないと。


「ザガンニンは、とっても人気にんきたかいんですよ。キュペクバルがほろんだことで、西沿岸地域にしえんがんちいきでの漁業ぎょぎょう安全あんぜんになって、漁獲高ぎょかくだか以前いぜんの10倍以上ばいいじょうえてます。ザガンニンは南西部なんせいぶ漁港ぎょうこうからはこばれる海産物かいさんぶつ集積地しゅうせきちであり、中央部ちゅうおうぶ南東部なんとうぶまちへ、それらをおくるための中継地ちゅうけいちにもなってますんで、いま商売しょうばいするには最適さいてきな街と見られているからです」


 イナンチ君はうしろのたなからほん取出とりだして、カウンターにきました。

 あつめの表紙ひょうしをめくるとなかには地図ちずえがかれています。


現在げんざい売買可能ばいばいかのう空地あきちがあるのは西地区にしちく南側みなみがわのいくつかだけです。場所ばしょは、ほぼ売却済ばいきゃくずみでしてね。それに空地あきちがあるといっても、こまかく区画くかくされていて、ひろいものはありませんよ」


「その土地とちを見てみたいのだが」


「わかりました。じゃあ今からおれしますね」


 イナンチ君はうれしそうに言って、地図ちずわきかかえてカウンターの中からてきました。

 フットワークかるくて、いね。

 こうしてぼくらはかれあとについて、ザガンニンの西地区にしちくへとかうことになったのです。


「――いや、ずっときょくなかにいるといきがつまりましてね。こうして物件ぶっけん確認かくにんに出るのは、息抜いきぬきにもなるんです」


 両手りょうてを上げてびをするイナンチ君。

 それでうれしそうだったんだ。

 屋内おくない事務仕事じむしごとばっかりしてると、かたりますよね、ホント。


「ザガンニンのまちは大きくいつつの地区ちくにわかれています。中央区ちゅうおうく官公庁かんこうちょうに、北地区きたちく工業こうぎょう卸商おろししょうに、東地区ひがしちく住宅じゅうたくに、西地区にしちく商業しょうぎょうにあてられ、南地区みなみちく商業しょうぎょう住宅じゅうたく混在こんざいしています。現在南地区げんざいみなみちく土地販売とちはんばい終了しゅうりょうしているため、商人しょうにん西地区にしちくの土地を購入こうにゅうするしかありません」


 イナンチ君はいてもいないのにベラベラとしゃべりつづけます。

 ちょっと、ウルサイ。


「しかし、その西地区にしちく土地とちもほぼ購入こうにゅうされつくし、のこっている場所ばしょはあまり立地条件りっちじょうけんくないものばかりです。ザガンニンは二年前にねんまえ、キュペクバルが帝国ていこくほろぼされてすぐに建設けんせつされ、同時どうじに土地の売買ばいばい開始かいしされたのですが、半年はんとしもしないうちに、ほとんどの土地がれてしまったんです。これはマリフェトにおけるザガンニンの位置的いちてき利便性りべんせいによるところもあるのですが、もうひとおおきな原因げんいんがありまして……」


「大きな原因げんいん?」


「ええ、土地の買占かいしめです」


 まえあるいていたイナンチ君はチェフチリクのとなりにまでがってきて、ひそひそごえになりました。


調整局ちょせいきょくとしては、原則げんそく一個人いちこじんに対して一区画いちくかくの土地の売却ばいきゃくだけをみとめています。一個人いちこじん多数たすうの土地を購入こうにゅうすることはゆるしていません。しかし、購入後こうにゅうご権利けんり移動いどうかんしては干渉かんしょうしません。それを悪用あくようし、最初さいしょ調整局ちょせいきょくから土地を購入こうにゅううするとき、個人こじん名義めいぎ多数たすうりておこない、その、彼らから実際じっさい購入者こうにゅしゃ単独たんどくれるという悪質あくしつ手法しゅほう使つかわれたのです。これによりおおくの土地が、とある個人こじんによって買占かいしめられました。――ご存知ぞんじでしょう? 悪名高あくめいたかきエルデム・ポラトですよ」


「エルデム・ポラトか……。かぜうわさでよく名前なまえだ。ポラト商会しょうかい会長かいちょうだな」


 イナンチ君はうでみ、しぶかおうなずきました。


「ここだけのはなしですが、まさに守銭奴しゅせんどとはあいつのことでしょう。かねのためなら他人たにん迷惑めいわくなどおかまいなしです。ポラトの買占かいしめでザガンニンの土地の価格かかくは100倍以上ばいいじょうね上がりました。零細れいさい個人商人こじんしょうにんにはないほどの高騰こうとうぶりです。ポラトの買占かいし以前いぜんに土地を購入こうにゅうできた人は幸運こううんですよ。――おっと、到着とうちゃくしました」


 大通おおどおりからかなりはなれていて、建物たてものと建物のあいだにある、なんだか陰気いんきせまところ案内あんないされました。

 せまいのに、さらにくいたれて四分割よんぶんかつされてます。

 購入こうにゅう一個人いちこじんにつき一件いっけんしか許可きょかされないので、このうちのひとつをうってことになるんでしょうけど……。

 よっわせても耶代やしろ敷地しきち半分はんぶんくらいしかありません。


 そのうえ一区画ひとくかく金貨きんか500まいだそうです。

 現在げんざい、うちの全財産ぜんざいさんは金貨50枚。

 こりゃ無理むりですな。


「あまりにせますぎる」


 さすがのチェフチリクも溜息ためいきをついてます。


「やはりそうですか。せまうえに、みずはけもわるく、ずっとい手がつかずにのこってる場所ばしょですからね。それじゃ一応いちおうべつ物件ぶっけんにも行ってみますか。まあ、どこもたようなかんじで、おきにすとはおもいませんが」


 そのあと、いくつか見てまわりましたけど、たしかにたりったりで、とても耶代やしろを『転居てんきょ』できるひろさじゃありません。


「これでははなしにならないな。ひろい土地はもうのこっていないのか?」


「うーん、そうですねぇ……。じつ一件いっけんだけあるにはあるんです。西地区にしちく一番端いちばんはし西にし城門じょうもんのすぐそばの土地なんですがね。そこは分割命令ぶんかつめいれい解除かいじょになり、土地が合併がっぺいされて広い状態じょうたいられています。みずはけも日当ひあたりもいし、大通おおどおりにもめんしているんですが……」

 

 ずいぶん好条件こうじょうけんなのにれてない?

 なに問題もんだいなのさ?

 

「――のろわれてるんです」


のろわれてる?」


 真面目まじめかおうなずくイナンチ君。


 ほほう、のろいですか。

 ラノベではおなじみの設定せっていですな。

 もしかして、土地に地縛霊じばくれいがついてるとか。

 ひゃー、こわい!


「何がこるというのだ?」


じつはですねぇ、建物たてものてようとすると、大工達だいくたちがおかしくなるんですよ。病気びょうきになったり、精神せいしんわずらったり、しまいには自殺じさつするものまでいましてね。所有者しょゆうしゃ何度なんど工事こうじをしようとするんですが、そのたび支障ししょうがでまして……。結局けっきょく使物つかいものにならず、土地とちまち返還へんかんされました」


まちには主教しゅきょうがいるだろう。土地の浄化じょうかをしていないのか?」


「もちろん、主教しゅきょうさま何度なんど浄化じょうかをしてくださいました。でも、そのあと事故じこまないんです。主教しゅきょう様にさえ浄化じょうかできないおそろしい土地なんですよ」


興味きょうみぶかいな……。案内あんないしてもらえるか」


 イナンチ君、マジでってんの、みたいなかおしてます。


「いや、その土地とちちかづくだけで気分きぶんわるくなるっていう、とても危険きけん場所ばしょなんですけど」


案内あんないするだけだ。きみちかづかなくていい」


本当ほんとうくんですか?」


是非ぜひともたのむ」


「――わ、わかりました」


 チェフチリクにつよわれて、イナンチ君は仕方しかたなく“のろわれた”へとぼくらを案内あんないするのでした。


 ザガンニンをはしる8ほん大通おおどおりのうちのひとつ、中央ちゅうおうから真西まにしかう西通にしどおり。

 そこをあるいていくと前方ぜんぽうに西の城門じょうもんが見えてきます。

 すると、それまではにぎやかだったのに、ある場所ばしょ差掛さしかかったとたんきゅうしずかになりました。


 右側みぎがわを見ると建物たてものがなくなり、枯草かれくさがそよぐ野原のはらが広がっていました。

 とおりをく人は、このあたりまでると小走こばしりになってます。

 すこしでもはやはなれようとしてるみたいです。


「ここが、そうです」


「なるほど」


 ほそめて野原のはらながめるチェフチリク。


はいってもかまわんか?」


かまいませんが、気分きぶんわるくなったりしたらすぐに引返ひきかえしてください。ぼくはここでってますんで」


「ヒュリア、ツクモをしばらくしてしい」


 ヒュリアはくびから僕をはずして、チェフチリクにわたしました。


きみもここにいろ」


 ヒュリアにいたチェフチリクは、僕をくびにかけて“のろわれた土地とち”のなかはいったのでした。

 ひろさは耶代やしろ敷地しきちの3倍以上ばいいじょうあります。

 これなら『転居てんきょ』してもまわりに迷惑めいわくはかけないでしょう。


「どう思います? チェフチリクさん」


 イナンチ君からはなれたので、やっとこえせます。


「ツクモ、きみには見えないか?」


 チェフチリクは前方ぜんぽう一点いってんを見つめてます。

 そこには建設途中けんせつとちゅう放棄ほうきされた建物たてもの残骸ざんがいがありました。


なにがです?」 


「そうか、君になら見えると思ったのだが。――まあそういうものかもしれんな」


「何のことですか?」


「――あそこに耗霊もうりょうがいる」


耗霊もうりょうって?! 僕のお仲間なかまですか?」


「ああ、二体にたいいるな」


 うへっ、ホントにいたよ地縛霊じばくれい

 でも、僕には見えません。


「そもそも、耗霊もうりょう同士どうしたがいに認識にんしきできるのかは、自分じぶんらにもわからん。あらためていたこともいしな。思うに君は耶宰やさいになり、彼らとは一線いっせんかくするから、見えないのだろう。――おそらくあれが“のろわれた”の原因げんいん一部いちぶだ」


耗霊もうりょうって、どんなふうなんですか?」


「そうだな、人型ひとがたをしたむらさきいろもやと言ったらいいだろうか。それが、ときにゆっくりと、ときに素早すばやく、うごまわっている」


 想像そうぞうすると、絵面えづらこえぇぇぇ……。

 まだ昼間ひるまなのにぃ。


原因げんいん一部いちぶってことは、ほかにも何か?」


「ああ。――この“のろわれた”の最大さいだい元凶げんきょうは、耗霊もうりょうではなく、水銀鉱床すいぎんこうしょうにある」


水銀鉱床すいぎんこうしょう?」


「この土地とち地下全域ちかぜんいきにわたって、多量たりょう水銀すいぎんが見える。水銀すいぎん低温ていおん気化きかし、それをった者に様々さまざま障害しょうがい引起ひきおこす。鉱床こうしょうは、広範囲こうはんい分布ぶんぷし、建物たてものはそのほぼ中心ちゅうしんにある。気化量きかりょうすくなくてもながくこの作業さぎょうすれば身体からだ支障ししょうがでても不思議ふしぎではない」


 水銀すいぎんかぁ。

 あんまり見かけなくなりましたけど、以前いぜん体温計たいおんけいとかに使つかわれてましたよね。

 子供こどもころ、見た記憶きおくがあります。

 体温計たいおんけいれて水銀すいぎんながれたとき、さわるなって母親ははおやに言われたっけ。

 さわったらぬっておどかされたなぁ。


 まあ、体温計たいおんけい水銀すいぎん金属水銀きんぞくすいぎんなんですこさわっても毒性どくせいひくいから大丈夫だいじょうぶ

 けど、それが蒸発じょうはつしたものを吸込すいこむと中毒ちゅうどくになってマジであぶないです。

 水銀すいぎん気化きかしやすいですからね。

 いま冬場ふゆばだからたいしたことないでしょうけど、気温きおんたか夏場なつばにこんなとこで作業さぎょうしてたら、そりゃおかしくなりますわ。


「それで、水銀すいぎんにやられてんだ大工だいく耗霊もうりょうになって、さらに事態じたいわるくしたと?」


大工だいく耗霊もうりょうかどうかはわからん。ただ、過去かこ死人しにんが出た場所ばしょには耗霊もうりょうあつまりやすくなるのだ」


「じゃあべつ場所ばしょから可能性かのうせいもあると?」


「そのとおりだ。だが出自しゅつじがどうあれ、耗霊もうりょうわりはない。耗霊もうりょうときつと生者せいじゃから英気マナ恃気エスラルうばうようになる。それがのろいにをかけたのだろう」


 水銀中毒すいぎんちゅうどく耗霊もうりょうのダブルパンチってわけです。


主教しゅきょう耗霊もうりょう浄化じょうかしても、おさまらなかったのは、元々もともと水銀すいぎん原因げんいんだったからだ。浄化じょうかでは物理的ぶつりてき汚染おせん除去じょきょできないからな」


「そういえば、霊龍れいりゅう様方さまがたは、耗霊もうりょう浄化じょうかするのが仕事しごとだとかってアティシュリさんが言ってましたけど」

 

「そうだ。自分じぶんらが耗霊もうりょうを見つけたときは、すみやかに浄化じょうかするか、滅却めっきゃくすることになっている」


「じゃあ、いまから浄化じょうかするんですか?」


「いいや、浄化じょうかあとでシュリにたのむ。まずはこの土地とちうことだ。この広さなら『転居てんきょ』に支障ししょうはないし、おそらく値段ねだん格安かくやすだろう」


水銀すいぎんほうはどうするんです」


自分じぶんは、つち精霊せいれいつかさど壌土じょうどりゅうだ。土地とち地下構造ちかこうぞうえることなど、造作ぞうさい。これ以上いじょう水銀すいぎん蒸発じょうはつしないように、よりふか地層ちそうふうめる」


「なるほど、そうでしたね」


 チェフチリクが土地をうってつたえると、イナンチ君は目玉めだま飛出とびだすくらいにおどろいてました。

 そして調整局ちょうせいきょくもどみちすがら、かんがなおしたほうがいいですよ、って何度なんども言ってきたのです。

 心配しんぱいしてくれてるんでしょうけど、やっぱウルサイ。 

 

 結局けっきょく今日きょう見学けんがくだけと思ってたんですが、いつのまにか土地を買うはこびとなりました。

 値段ねだん金貨きんかまい

 さすが事故物件じこぶっけんやすいですな。


 これで土地の登録証とうろくしょう受取うけとれば、れて地主じぬしとなるわけです。

 ただ登録証とうろくしょう発行はっこう数日すうじつかかるそうなので、一旦いったん人喰ひとくもりもどることにしました。

 耗霊もうりょう浄化じょうか水銀すいぎん処理しょりは、地主じぬしになってからです。

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