第47話 巡礼者の歌<6>

一緒いっしょに行きます。ジェファさんはつよいけど、ぼくにもやくに立てることがあるとおもいます。これでも学校がっこう殊依式ゴイテイア試験しけんは、いつだって首位しゅいなんですから」


きみは、なんの『こう』が使つかえるのかね」


「『揮霍トロル』と『療己ボグル』です」


 数学すうがくとか歴史れきしとかはダメだけど、身体からだを使う殊依式ゴイテイア授業じゅぎょう得意とくいだ。

 もちろん使える『こう』は、揮霍トロル療己ボグルだけだけど、修練しゅうれんつづければほかの『こう』をてるようになるって、先生せんせいわれた。

 僕には殊依式ゴイテイア才能さいのうがあるらしい。


揮霍トロルこう魔導まどうでいうところの亢躰こうたいじゅつ療己ボグルこう自己治癒じこちゆじゅつだったか。――自分じぶんぐらいはまもれるな」


 うなずいたジェファさんはすぐに、すたすたと階段かいだんはじめる。

 でも僕に背中せなかける瞬間しゅんかん彼女かのじょ綺麗きれいくちびる気味悪きみわるくゆがんで見えた。

  魔物まもののような笑顔えがおだった。


 いまの……、のせいだよね……?

 さっきのおそろしいつきのせいで、そんなふうに見えてしまったんだと思うけど……。


 そこまでりるとせま窪地一杯くぼちいっぱい木造もくぞう建物たてものてられていた。


 なんのためのものだろう?


 入口いりぐちとびらが、目のまえにある。

 なか様子ようすをさぐるためとびらみみてた。


「――私達わたしたち、どうなるんです」


 わかおんなひとこえこえた。

 いているみたいだ。


「ウシュメにわれるのさ」


 こたえたのはジェフアさんに手首てくびをつぶされた、あの固太かたぶとりのやつだ。


「ウシュメ……。やっぱりそうなんだ。人間エネコス奴隷どれいにされるんだ……」


「いや、奴隷どれいにはならねぇよ。おまえらの身体からだくすり材料ざいりょうとして使つかわれるんだ」 


くすり材料ざいりょう!?」


「ああ、だから奴隷どれいよりも、高値たかねがつくんだぜ」


「いやーっ!」


 悲鳴ひめいつづいて男達おとこたちわらごえがした。


 これってひとさらい!?

 誘拐事件ゆうかいじけんこしてたのって、こいつらなの?

 でもここ、くに施設しせつのはずじゃ……。


 そのとき、あたまなかさるような金属音きんぞくおん窪地くぼちひびきわたった。

 階段かいだんよこにあるれいとびらをジェファさんがこじあけようとしているせいだ。

 窪地くぼち四方しほうかべにかこまれてるから、おと反響はんきょうして、こっそりけるってわけにはいかない。


 びっくりしたんだけど、僕のちからじゃ、びくともしなかったとびらが、すこしずつひらはじめてるんだ。

 あらためて思うけどジェファさんて、そんなに筋肉きんにくがついてるわけでもないのに、ものすごい怪力かいりきだ。


「なんだ、あのおとは? ちょっと見てこい」


 固太かたぶとりが、部下ぶか命令めいれいするのがこえた。

 いそいで建物たてものはなれて、ジェファさんのところへはしる。


「ジェファさん、づかれましたよ!」


 彼女は、こじあけるのをめない。


くに連中れんちゅうが人さらいだったんです! 聞いてますか?! 一旦いったんげましょう!」


 でもおそかった。


「てめぇら、何してやがる!」


 建物たてものからてきた二本角にほんづのおとこが僕らを見つけてさけんだ。


「――マノスさん! あのロシュのおんな宿屋やどやわっぱがいますぜ!」


 こえきつけて、さらに六人ろくにんおとこ建物たてものから出てきた。

 先頭せんとうに、あの固太かたぶとりがいる。

 どうやらマノスって名前なまえらしい。

 つぶされた手首てくび包帯ほうたいいて、かたからってる。


 マノスは左手ひだりてこしじゅうくと、いきなりってきた。

 たまはジェファさんのかおの前にある岩壁いわかべたった。


「おい、ロシュのクソおんな。てめぇ、何してやがる。ここはくに管理地かんりちになったんだぜ」


 とびらから手をはなしたジェファさんは面倒めんどくさそうに、マノスのほうりむいた。


一般人いっぱんじん立入たちいりは禁止きんしされてんだよ。やぶったやつ射殺しゃさつしてもかまわねぇっていう許可きょかも出てるぜ」


きみひとさらいをしてるそうじゃないか。同胞どうほういのちかねるなど、まさに破廉恥はれんちきわまりない。射殺しゃさつされるべきは自分自身じぶんじしんじゃないのかね」


「ちっ、お前らをきてかえすわけにはいかなくなったじゃねぇか。 ――まあ丁度ちょうどいい、つぶされた右腕みぎうでがな、お前に仕返しかえししろってうずくんだよ」


 マノスはまたじゅうった。

 たまはジェファさんのほほをかすめる。

 ほほあかせんき上がり、そこからがにじみだしてきた。 

 僕は身体からだふるえて、うごくことができなかった。


「私をころしたいかね」


「ああ、ころしてぇな。だが殺す前にさんざんいたぶってやるからよ。――そこにひざまづいて、手をあたまうしろにめ! わっぱ、お前もだ!」


「ふむ、せっかくいのちをとらずにおいたのに、みずか墓穴ぼけつるとは……。やはりパトリドスも、人間にんげんわりはしないか。どしがたいおろかものだ」


 そう言った途端とたん、ジェファさんがけ出した。

 ものすごはやさだ。

 空気くうきいてつばめみたいだ。


 顔をひきつらせたマノスがじゅうったけど、ジェファさんは身体からだを、ひゅっとよこらしてたまをよけた。

 自分じぶんねらじゅうむかっていってたまをよけるなんて、奇跡きせきみたいなうごきだ。


 すぐそばにちかづいたジェファさんをもう一度撃いちどうとうとするマノス。

 ジェファさんは引金ひきがねかれる瞬間しゅんかん、さらに一歩いっぽみこみ、じゅうつマノスの左腕ひだりうで持上もちあげた。

 たまそらかって発射はっしゃされる。

 銃声じゅうせいひびなか、ジェファさんは左手ひだりて手刀しゅとうをマノスのくびれた。 


 のど深々ふかぶかさったジェファさんの左手ひだりて

 引抜ひきぬくと同時どうじ大量たいりょう傷口きずぐちからあふれてきた。

 のどでふさがれ、マノスはいきができなくなったみたいで、ひっひっと身体からだをひきつらせながらひざをつき、前のめりに地面じめんたおれた。


 手下達てしたたちあわててじゅうき、ジェファさんをとりかこむ。


「う、ころせ!」


 手下てした一人ひとりさけぶ。

 かたりをほぐすように2,3度左右どさゆうくびかたむけたあと唐突とうとつうごいたジェファさんは、一番近いちばんちかくにいた一本角いっぽんづの手下てした突進とっしんした。


 引金ひきがねゆびがかかるのと同時どうじこしとし、右手みぎてじゅうかまえている一本角いっぽんづの右側面みぎそくめんびこんでころがり、背後はいごまわって立上たちあがるジェファさん。

 そのまままることなく、背後はいごからじゅう一本角いっぽんづのうで右手みぎてさえ、左腕ひだりうでをそのくびきつけた。


 ほか奴等やつら仲間なかまたてにされて、てなくなった。

 ジェファさんは右腕みぎうでばして、一本角いっぽんづのゆびに自分の指をかさねる。

 そしてわりに引金ひきがねいた。


 じゅう六連装ろくれんそう回転式小銃かいてんしきしょうじゅうで、たま六発撃ろっぱつうてる。

 銃声じゅうせい六回ろっかいつらなるようにひびいて、六人ろくにん手下達てしたたち次々つぎつぎ地面じめんたおれていった。


「うわーっ!」


 一本角いっぱんづの仲間なかまころしてしまったせいで、わめきらした。


 ジェファさんは、弾倉だんそうからになったじゅうはなし、右手を男の頭にきつけ、左手でアゴをつかんだ。

 そして一気いっきくびひねったんだ。

 ゴキッというにぶおとがしたあと一本角いっぽんづのは彼女のうでからすべちてうごかなくなった。


 身体からだふるえが、さっきよりはげしくなってきた。

 最初さいしょじゅうたれるのがこわかったんだけど、今はジェファさんへの恐怖きょうふふるえてる。


 彼女は、あっというまに、何のためらいもなく、七人しちにん男達おとこたちころしてしまった。

 しかも顔には何の感情かんじょうかんでいない。

 僕に料理りょうり注文ちゅうもんをしてくるときとおなじで、うっすら微笑ほほえんでさえいるんだ……。


「さて、ゴミ掃除そうじわった。本題ほんだいもどるとしよう」


 何もかったかのように、すたすたとあるいて金属きんぞくとびらの前にもどるジェファさん。

 こえをかけるのがこわかったけど、どうしても言わなきゃならないことがあった。


「ジ、ジェファさん……、なかにさらわれた人が……、たすけないと……」


 とびらがまた悲鳴ひめいげはじめる。


「ふむ、きみたすけたまえ。私は自分じぶんつとめをたす」


 ジェファさんは素気そっけなくこたえた。


「わ、わかりました……」


 エウゲンのことがになったけど、とにかく建物たてものはいった。

 正直言しょうじきいうと、ジェファさんからはなれたいって気持きもちもあったんだ。


 なか備品びひんく、がらんとしていて、さらわれてきた女性じょせい子供達こどもたちがうつむいてゆかにすわりこんでいた。

 女性じょせいが5人、子供こどもが5人だ。

 彼女達の両手首りょうてくびには金属きんぞく手枷てかせがはめられ、くさりかべにつながれている。


 たすけなきゃっていう気持きもちがあふれてきて、ふるえていた身体からだが、しゃんとした。


「みなさん、大丈夫だいじょうぶですか」


 僕のこえいて全員ぜんいんがいっせいに顔をあげた。


いまたすけますから」


 ちかくにいたおない年ぐらいの女の子の手枷てかせ調しらべてみる。

 とても頑丈がんじょうそうでこわすのは無理むりみたいだ。

 女の子は、おびえた目つきで何も言わず僕を見つめている

 鍵穴かぎあながあるから、どこかにかぎがあるはずだ。


「あのマノスってやつかぎを持ってます」


 女性の一人がおしえてくれた。


「そうですか、じゃあとってきます」


 そとに出て、地面じめんたおれているマノスのおおきな身体からだちかづいた。

 さわってみると、もうつめたくなっている。

 こしにまいた革帯かわおびにさがっている鍵束かぎたばはすぐに見つかった。

 それを死体したいからって、おそおそるジェファさんのほうを見た。


 とびらは、どんどん変形へんけいして隙間すきまが大きくなってきてる。

 もうすこしで中にはいれるだろう。


 中にもどって手枷てかせかぎけてまわった。

 はずされた人は、手首てくびをさすっている。

 全員ぜんいん手枷てかせはずせたので、今の状況じょうきょう説明せつめいした。


ちかくに僕のむらがあるんですけど、そこに行くにははしわたらなきゃなりません。でもはしにはじゅううをもった見張みはりがいます。とりあえず、ここを出てよるまでもりかくれていてください。僕は村にもどってたすけをんできます」


 みんながまわりにあつまってきた。

 全員ぜんにん、ホッとした顔してる。


「ありがとう……、あなたのお名前なまえは?」


 二本角にほんづののおばさんがきながら僕の手をにぎった。


「キツォスって言います。むらの名前はスリノスです。――さあ、みなさん、すぐにここを出てもりってください。やつらの仲間なかまかえってくるかもしれませんから」


 みんなは口々くちぐちに、ありがとうって言いながらいどいで建物たてものを出ていく。

 階段かいだんのぼっていく彼らを見送みおくって、とびらまえに行った。


 金属きんぞくとびらがり、人がとおれるくらいの隙間すきまができていた。

 ジェファさんの姿すがたが見えない。

 きっと中にはいったんだ。

 こわいけど、ほうっておくわけにはいかない。


 ほっぺたを両手でたたいて気合きあいをいれ、隙間すきまからはいった。

 なか真暗まっくらだったけど、すこさきに、ろうそくのひかりが見えた。

 ジェファさんとくちにくわえた霧吹きりふき、だんになったたな、そしてたなならんだ四角しかく容器ようきが、ぼうっとひかりかんでる。


 ジェファさんは、くわえた霧吹きりふきで、容器ようきの中に何かをきつけていた。

 ちかづいていくと、たな天井近てんじょうちかくまで十段じゅうだんぐらいかさなっていて、おくまでずっとつづいているのがわかった。


 容器ようきはみな同じかたちで、たなに、びっしりとならんでいる。

 数百個すうひゃっこ、もしかしたら数千個すうせんこあるかもしれない。

 すごい光景こうけいのどがゴクリとった。


「ジェファさん……」


「――キツォス君、さらわれたものたすけたのかね」


「はい、もりかくれるように言いました」


「そうか」


 霧吹きりふきできつけたあと、ジェファさんは容器ようきをのぞく。

 しばらくしてかる溜息ためいきき、容器ようきにフタをした。

 そして、となりにあるべつ容器ようきのフタをけ、またおなじように霧吹きりふきできつける。


「これ、何ですか?」


「これは骨壷こつつぼだ」


骨壷こつつぼ?」


死体したい火葬かそうしたあとのこったほね保管ほかんするものだ」


ほねって……、人の……?」


「ああ、きみらの祖先そせんのものだ」


「じゃあ、ジェファさんがさがしていた墓場はかばって、やっぱりここだったんですか」


「そうだ。――きみには感謝かんしゃしているよ、キツォスくん


 骨壷こつつぼ観察かんさつし、フタしめ、またとなり骨壺こつつぼけて、霧吹きりふきできつける。

 話をしているときもジェファさんはやすめない。


「何をしてるんですか」


きたいかね」


「はい」


「聞けば、君は私をにくむことになるが、いかね?」


 ジェファさんをにくむ?

 そんなことあるわけがない……。

 はずだ……。


「に、にくむなんて……。そんなこと、するわけないじゃないですか!」


「やはり君は可愛かわいいな、キツォス君」


 ジェファさんは、いつもどおりの笑顔えがおをみせてくれた。

 こわいって気持きもちがすこかるくなった。


「――今、きつけているのは、私が練丹れんたんした試薬しやくだ。これによってほねのこっている細菌さいきん有無うむ診断しんだんしている」


ほねのこっている細菌さいきん?」


やく9000年前ねんまえきみらの祖先そせん大災害だいさいがい見舞みまわれた。それはカシュントびょうばれる疫病えきびょうだ」


「カシュントびょう……」


「――カシュントびょうもとからバシャルにむものにとっては何の脅威きょういにもならない。しかし、外来者がいらいしゃである君らパトリドスにとっては致命的ちめいてきだった。当時とうじ、このやまいでパトリドスの全人口ぜんじんこう八割はちわりいたった。のこったもの感染かんせんふせぐために死体したいき、ほね容器ようきに入れて墳墓ふんぼ封印ふういんしたのだ」


「それがこの墓場はかばなんですか?」


 ジェファさんがうなずいた。

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