第46話 巡礼者の歌<5>

「もちろん、お前がければのはなしだがよ」


「でも、ジェファさん、2356さいだって」


 とうさんがまるくした。


「そ、そうか……。まあ、妖精族ビレイだからな……、としはしかたねぇさ」


「それに巡礼者じゅんれいしゃだから、きっとまたどこかへっちゃうよ」


「ああ、わかってる。たぶん結婚けっこんことわられるだろうよ。だからそのあと一緒いっしょらすだけでもいいからってうつもりだ」


 父さんは悪戯いたずらっぽく、片目かためをつぶる。


「――よくおぼえとけ。最初さいしょむずかしいことをふっかけといて、ことわられたあとで、ひかえめの本当ほんとうにしてしいことをもちかけんだ。そうすっと相手あいてことわにくくなんだよ。こいつは、おまえ商売しょうばいするときにも使つかえるからな」


「それでもさ……」


「ああ、わかってる、だからもう一押ひとおしするぜ。おれぬまで、いや贅沢ぜいたくは言わねぇ、お前が大人おとなになるまででいいからってよ」 


「父さん……」


「お前もあのひときだろ。再婚さいこんすんならよ、俺が好きってだけじゃダメなんだよ。お前も好きじゃなきゃな……」


 父さんのおもいがこころにしみわたった。

 ジェファさんだけでなく、ぼくのことも大事だいじにしてくれてるんだなって。

 たしかに彼女かのじょかあさんになればいなっておもったこともあったけど……。

 いまはちょっとわからなくなってる。


 父さんとジェファさんが、あんなことになったとき、とてもつらくていや気分きぶんだった。

 たぶん、嫉妬しっとしてたんだと思う。

 ジェファさんと一緒いっしょらすってことは、それをけ入れなきゃならないってことだ。

 うつむいたまま、返事へんじができなかった。


わるかったな、いきなりこんなこと言ってよ。まあでも、かんがえといてくれ」


 父さんは僕の背中せなかかるくたたいて、部屋へやて行った。

 どうしたらいいかわからず、ふとんにもぐりこむ。

 三人さんにんでの生活せいかつは、きっとたのしいとは思うんだ。

 でもジェファさんと父さんがしあわせそうにしているのを、こころからよろこべるだろうか。


 あたまがズキズキした。

 とりあえず、かんがえるのをやめよう。

 明日あしたはジェファさんと西にしたにに行かなきゃならないんだから。

 でも結局けっきょく明方あけがたまでねむることができなかった。


 あさ、ほとんどねむれないまま、寝台しんだいから出て台所だいどころに行った。

 父さんはもうきていて、仕込しこみをしている。

 つめたいみず何度なんどかおあらって、無理むりやり頭をすっきりさせた。

 弁当べんとう水筒すいとう雑嚢ざつのうに入れ、山刀やまがたなこしにさして準備万端じゅんびばんたんだ。


をつけて行ってこい。ジェファさんによろしくな」


 父さんが包丁ほうちょうっておくり出してくれた。

 中央通ちゅうおうどおりを西にしむかってあるく。

 わせ場所ばしょは、アシミやまへのみち中央通ちゅうおうどおりが、ぶつかる三又みつまたのところだ。

 僕の姿すがたが見えたのか、さきていたジェファさんがげてくれた。

 つやつやのあおかみ太陽たいようひかりでキラキラしている。


「おはよう、キツォスくん


「おはようございます」


 相変あいかわらずジェファさんは綺麗きれいだ。

 でもいつもとちがうところがひとつ。

 小物入こものいれがいた革製かわせいおびこしいていることだ。


「では、行くとしよう」


 先頭せんとうってあるき出すジェファさん。

 なんだかすこいそいでいるみたいだ。

 やっぱり、さがしていたものが見つかりそうなんで、うれしいのかもしれない。


 中央通ちゅうおうどおりを西にしけて、たにかう小道こみちはいる。

 もうそのあたりに人家じんかはない。

 ただたきぎ山菜さんさいなんかをりにる人がいるから、そんなにもりふかいってわけでもないんだ。


 歩きながら、昨日きのう、父さんに言われたことをかんがえていた。

 まえをいくジェファさんの背中せなかを見つめる

 父さんに結婚けっこんもうしこまれたら、彼女はどうするだろう。


 深呼吸しんこきゅうして気持きもちを落着おちつけ、それとなくいてみることにした。


「ジェファさん」


「なにかね」


「ジェファさんて、結婚けっこんしたことあるんですか?」


 立止たちどまったジェファさんはかえり、きょとんとした顔で僕を見た。


「君は、いつも唐突とうとつだな。なぜそんなことを聞くのかね」


「ずっと一人ひとりたびをしてきたって言ってたでしょ。旅をする前は家族かぞくがいたのかと思って」


 すこしこまったふうじ、ジェファさんはおおきくいきいた。


「――わたしきみらの言う『結婚けっこん』というものをしたことはない。もともと妖精族ビレイには、結婚けっこんという制度せいどがないのだ……」


 言いながらジェファさんは、また歩き出す。

 はなしを聞くために、よこならんだ。


「――だが類似るいじした制度せいどはある。それは『ニキャ』とばれるものだ」


「ニキャ?」


「そうだ。おとこおんなが、子供こどもさずかるまで同居どうきょするという契約けいやくむすぶことを言う。契約けいやくは、いつでも破棄はきできるし、延長えんちょうすることも可能かのうだ。――私達の寿命じゅみょうながい。長すぎると言ってもいいほどだ。だからきみらのように、一生添いっしょうそげるというかんがえは一般的いっぱんてきでないのだよ」


「じゃあ、その『ニキャ』の相手あいてもいなかったんですか?」


「ああ。『ニキャ』の適齢期てきれいきに、『災厄さいやくとき』を経験けいけんしてしまったものでね。そんな気持きもちになれなかったのだ」


「もし今誰いまだれかに『ニキャ』をもうしこまれたらどうしますか?」


「今かね……。私はもう2500さいになろうとする老人ろうじんだ。『ニキャ』の適齢期てきれいきは、とっくにぎている。ことわるのが妥当だとうだろう」


相手あいて妖精族ビレイじゃなくて、パトリドスとか人間エネコスだったらどうですか?」


 そこでまたジェファさんはあしめた。

 彼女はくびだけをよこまわし、僕をうえから見下みおろすように見つめる。


 はじめて見る彼女の表情ひょうじょう

 背筋せすじつめたくなっていく。


 以前いぜんむら物乞ものごいの老婆ろうばがやってきて、ほどこしをもらおうと家々いえいえまわっていたことがあった。

 村の人は老婆を追出おいだそうと暴力ぼうりょくをふるった。

 おさなかった僕は、ただ見ているだけしかできなかった。


 きずだらけになった老婆ろうばむらから出ていくとき、一瞬いっしゅん目があった。

 ジェファさんの表情ひょうじょうは、そのときの老婆ろうばとそっくりだった。

 かたくなでつめたくてけっしてけることがない氷河ひょうがのような目つき……。


「――キツォス君、冗談じょうだんでも、そういうことは言わないでくれ」


「す、すいません……」


 2000年以上ねんいじょう時間じかんきてきた彼女かのじょ

 きっと僕らの想像そうぞうえたくるしみやかなしみを経験けいけんしてきたんだと思う。

 100年たらずしかきられない僕らが、それをわかろうなんてどだい無理むりはなしなんだ。 

 結局けっきょく、このはなしは、そこで打切うちきりになった。


 たにちかづくにつれて、もりは、どんどんふかくなっていく。

 ゆるやかなのぼさかえると、こんな山奥やまおくには似合にあわない立派りっぱ吊橋つりばしが見えてきた。

 そのころには、まわりのほとんどが、手つかずのふるもり入替いれかわってる。


 はしの前に、いかついおとこが立っている。

 男はそばまでいくと、こわかおみちをふさいだ。


なんのようだ」


 そいつは以前いぜん、ジェファさんにひどい目にあわされた固太かたぶとりの男の手下てしただった。

 僕は丁寧ていねいに、お辞儀じぎをした。


はしわたってこうがわに行きたいんですけど」


「そりゃダメだな。このはしくに関係者以外かんけいしゃいがい通行禁止つうこうきんしだ」


「そんなぁ。――ただわたるだけで、みなさんの邪魔じゃまはしませんから」


「ダメなもんは、ダメだ。 くに命令めいれいまったことだからな」


 吊橋つりばしとおれると思ってたのに、あてがはずれた。

 これじゃこうにわたれない。

 どうしようか考えてるとジェファさんが、するするとすすて、男の目の前に立つ。

 おどろいた男は退いた。


「な、なにしやがる!」


「――どこの国でも小役人こやくにんというやつは、つまらんな。お前のいのちなど、シラミとわらんのだぞ」


「なんだとっ!」


 顔を真赤まっかにした男はこしからじゅうくと、ジェファさんに銃口じゅうこうけた。


「国の命令めいれいさからうものは、射殺しゃさつ許可きょかされてるんだぞ!」


じゅうか……」


 ジェファさんはくびりながら、溜息ためいきいた。


「これだから、パトリドスは厄介やっかいなのだよ。私達のちからつうじないうえに、私達のいのちやし武器ぶきっている……」


「何を言ってやがる! はむかうつもりなら、本当ほんとうつぞ!」 


 僕はジェファさんの前に出て、あたまげた。


「わかりました。はしわたりません。――ただ、このみちさきに行きたいんですけど。それはいですか?」


「ああ、そっちは関係かんけいねぇからな」


「行きましょう」


 ジェファさんの手をいて橋の前を通りし、みちさきへとすすんだ。


「――どうするのかね、キツォス君。これではこうに行けないぞ」


「ジェファさんは、どうしてもはかを見つけたいんですよね」


「そうだ」


「少しこわくても、大丈夫だいじょうぶですか?」


「ふむ、もう1000年近ねんちかく、こわいという感情かんじょうったことがないが……。どういうことかね」


 はしが見えなくなるほどおくすすむと、れい大木たいぼくが見えてきた。

 こっちとこうの木をつないでいるつたは、ちゃんとのこってる。

 僕はつた指差ゆびさした。


「あのつた使つかえば、こうへ行けるんですけど」


「なるほど……。君はあれでたにわたったことがあるのかね」


「はい、何回なんかいか。――ただ、大人おとながぶらさがったられるかもしれません」


 ジェファさんはおおきくはないけれど、やっぱり大人おとな体格たいかくをしている。

 あれじゃわたりきれないと思う。


「だから、まず僕がさきわたって、ふとつたさん四本見よんほんみつけてこっちへげます。ジェファさんはそれをたばねてから、にしっかりむすんでください。それなら大人おとなわたってもれないと思います」


「ふむ、うつるにはたにはばひろすぎる……。あのものぶにもちからりん……。面倒めんどうだな……」


 意味不明いみふめいひとりごとを言いながらジェファさんはたににかかるつたながめてた。

 そしてふいにはしり出すと、び上がり、大木たいぼくえだにぶらさがったんだ。


「ジェファさん!」


 おどろいている僕などおかまいなく、ジェファさんはうでの力だけでむねの下にえだがくるまで身体からだ引上ひきあげる。

 そこであしっていきおいをつけると、一回転いっかいてんしてえだうね身体からだをのせた。

 つぎに、右足みぎあしえだにかけてからはなし、がるようにして頭上ずじょうにあるつぎえだにつかまる。

 何度なんどかそれをり返したジェファさんは、とうとうつたのあるところまでのぼってしまった。


きみたまえ」


 ジェファさんはいきらしてもいなかった。

 不恰好ぶかっこうによじのぼってつたのあるえだまで、もうすこしというところまでくると、ジェファさんが手を差出さしだしてくれた。

 つかまったとたん、ものすごい力で引上ひきあげられる。


木登きのぼりはひさしぶりだ」


 そう言いながら僕を引上ひきあげると、彼女は不安定ふあんていえだの上に、すっと立上たちあがった。

 どこにもつかまらず、地上ちじょうにいるのとわらないうごきだ。

 僕のほうちるのがこわくて、またあいだえだはさんですわってるっていうのに。


さきに行く。君はあとからゆっくりるといい」


「えっ……?」


 こえをかけるもなく、むかしパゲトナスで見た綱渡つなわたりの曲芸きょくげいみたいに、ジェファさんはつたの上をすべるようにあるいてなんなくわたってしまった。

 こういうのがこわいかなと思って、大丈夫だいじょうぶですかっていたんだけど、そんな必要ひつようなかったみたいだ。 

 そのあと、彼女の五倍ごばいぐらいの時間じかんをかけて、つたにぶらさがってたにを渡り、なんとか僕もこうがわにたどりついた。


 りた、僕らの前には、より一層いっそうくらくてふかもりひろがっている。

 たとえジェファさんでも、一人ひとりじゃ窪地くぼちにたどりつけないと思う。

 すすんでいくと、山刀やまがたなきずつけた地面じめんならべた小石こいしむすんだくさなんかの目印めじるしを見つけた。

 前にたとき、つけておいたものだ。

 これがなければ、僕もまよっていたかもしれない。


 最後さいごにつけた目印めじるしがあったので、あのときおおかみたたかった場所ばしょ到着とうちゃくしたみたいなんだけど、そこは以前いぜん景色けしきちがってしまっていた。

 すわって弁当べんとうべたおおきないしくなっていて、わりに木造もくぞういえってる。

 くに事務所じむしょじゃないかな。


「これが事務所じむしょということか」


 ジェファさんは、つまらなそうに言った。


「たぶんそうだと思います。――見つかったら、じゅうたれるかもしれません。窪地くぼちは、この事務所じむしょこうがわですから、もりから出ないように右側みぎがわまわりこんで行きましょう」


 かげかくれながら慎重しんちょう右手みぎてもりすすんだ。

 窪地くぼちりる階段かいだんのところまでくると、そこの景色けしきわっているのにづいた。

 いわけずっただけの粗末そまつ階段かいだんだったのに、の手すりがついてるんだ。


 どういうことだろう?

 窪地くぼちりる必要ひつようがあったってこと?

 まさか、あの金属きんぞくとびらのせい……?


したにも建物たてものがあるようだが」


 窪地くぼちのぞきこんだジェファさんが言った。

 そこ事務所じむしょよりもおおきな建物たてもの屋根やねが見える。


「なんで、こんなところにてたんでしょう?」


「思うに、人目ひとめけるためだろう」


人目ひとめける? 銀山ぎんざん調査ちょうさをするのに、そんな必要ひつようあるんでしょうか」


銀山ぎんざん調査ちょうさだけなら必要ひつようない。だが、ほかに、よからぬことをしているのならべつだ」


「よからぬこと……」


 だとしたらはしとおさない理由りゆうもわかる。

 通行つうこう自由じゆうにしたら自分達じぶんたちのしていることがバレてしまうから。

 もしかするとエウゲンがここにてるのを強行きょうこうしたのは、そのため……?


なにをしてるんでしょう?」


りて見ればわかるだろう」


「えっ、下りるんですか?! やめた方がいいんじゃ?」


「ここまで来てかえるつもりはない」


「でも、あいつらじゅうってますよ」


「ならばきみはここにいたまえ。私だけで行ってこよう」


 ジェファさんが僕に背中せなかけた。

 そのときなぜか、こう思ったんだ

 ここでわかれたら二度にどとと彼女にえなくなるって。

 だから、こわかったけど、ついて行こうってめたんだ。

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