第45話 巡礼者の歌<4>

「さっきのうた、とてもかったです」


「ほう、ありがとう。あれはいましがたおもいついたのだ」


「ジェファさんが、つくったんですか?」


「ああ、一人ひとりきりでたびをしていると退屈たいくつすることがおおくてね。そんなときは歌をつくって気持きもちをなぐさめるのだよ」


 きっとぼくが思うよりもずっとなが時間じかんたびしてきたんだろうな。


「ジェファさんて、いくつなんですか?」


女性じょせい年齢ねんれいくのは、失礼しつれいなことだと人間エネコスうが、パトリドスはちがうのかね?」


 こういうときのジェファさんは、悪戯好いたずらすきのおんなみたいだ。


「ああ、ごめんなさい。そうですよね」


「はははっ、冗談じょうだんだ。べつかまわない。妖精族ビレイには自分じぶん年齢ねんれいじる習慣しゅうかんはないからな。――今年ことしで、2356さいになる」


「に、にせん、さんびゃく……!」


 おどろきすぎて、うまくしゃべれなかった。


妖精族ビレイ寿命じゅみょうは、およそ3000さいだ。つまり私は、もうかなりの老人ろうじんなのだよ」


老人ろうじんだなんて……」


 そこでハッとした。


「じ、じゃあ、ジェファさんは『災厄さいやくとき』も、そのにいたんですか?!」


「もちろんだ。――あれはひどいいくさだった」


「アイダンやエフラトンのこともってるんですか?!」


「エフラトンについてはあまり知らんよ。べつのサフのことなら、よく知っていたがね……」


 一瞬いっしゅん、ジェファさんのかおくもった。

 彼女かのじょのそんな表情ひょうじょうたのははじめてだった。

 でもすぐに、いつもの様子ようすもどって、僕のみみもとにくちびるちかづけてささやいた


「これは、ほかものには言わないでしいのだが……」


「は、はい、言いません」


 ジェファさんからにおいがして、また心臓しんぞうがドキドキした。 


「――じつは、アイダンと私はブズルタで、ともにそだった旧知きゅうちなかなのだ」


「いっしょにそだった?!」


 うなずきながらはなれていくジェファさんをきしめたいっていう気持きもちがあふれてきて、必死ひっし我慢がまんした。


「――成長せいちょうしてからは、おたがべつみちあゆむことになったがね。今の私は、あれがした余計事よけいごと尻拭しりぬぐいをするために、こうして老体ろうたいにムチっているというわけだ」


「ケンカしたんですか?」


「はははっ、ケンカか。愉快ゆかい表現ひょうげんだ。――うむ、そうだ、ケンカをしたのだ」


 あまりにすごいはなしなので、あたまがクラクラした。

 ジェファさんて本当ほんとうは、僕なんかがちかづけないほどえらひとなのかな……。

 でもおな妖精族ビレイなんだから、ありえるはなしだよね。


 おちゃをすすって、気持きもちをけた。


「もしかして、今探いまさがしてる墓場はかばも、アイダンと関係かんけいあるんですか?」


「いいや、これは別件べっけんだ。その墳墓ふんぼは、もっとふるい。おおよそ9000年前ねんまえのものだ」


「きっ、きゅうせん……」


 また言葉ことばがつまった。


「ああ。――それはアイダンではなく、きみらパトリドスの先祖せんぞ関連かんれんしている」


 9000年前の僕達ぼくたち先祖せんぞはか……。


「そんなふるいもの、本当ほんとうのこってるんですか?」


「ふむ、実際じっさいのところはよくわからんのだよ。だが、あきらめたくはないんだ……」


 思いつめたかおまどそとけるジェファさん。


 なんでおはかなんかに、こんなにもこだわるんだろう。

 巡礼者じゅんれいしゃって結局何けっきょくなにがしたいのか、よくわからない。


「――おそらく、その墳墓ふんぼは、どこででもかける墓標ぼひょう墓石ぼせきがあるようなものではない。もっとちがったかたちをしているはずなんだ」


 普通ふつう墓場はかばじゃない……。

 じゃあ一体いったいどんなものなんだろう……。


「でもアシミやまにそんなものがあるっていたことないですけど」


「もちろんアシミ山だけに限定げんていしてはいない。その周辺しゅうへん山々全やまやますべてを探索たんさくしている。だから苦労くろうしているのだよ。――キツォスくん、君もこの周辺しゅうへんにはくわしそうだから、もし何か見つけたならおしえてしい。がかりになるかもしれないからな」


「わかりました」


 そこでジェファさんが、あくびをした。


「――墳墓ふんぼ探索たんさくよるにやっていてね。この時間じかん普通寝ふつうねているのだよ」


「あっ、すいません! つい長居ながいしちゃって。もうきますね」


 いそいで立上たちあがって、頭をげる。

 階段かいだんり、いえかってはしった。

 はなおくにジェファさんのにおいがまだのこってる。

 それが、うれしかったんだ。 


 よる、いつもどおりジェファさんがやってきて、とうさんは元気げんき取戻とりもどした。

 念願ねんがんおおかみにくべたジェファさんは、さらをさげようとしたとき言ってくれた。


「やはり、父上ちちうえ料理りょうりはすばらしい。くさみもなく、にくやわらかい。つまらん宮廷料理人きゅうていりょうりにんなどより、よほどうでいな」


 父さんにそれをつたえたら、身体からだをもじもじさせて、へらへらしてた。

 気持きもわるいなぁ。


 翌日よくじつ学校がっこうに行くと先生せんせいからまた注意ちゅういがあった。


今日きょうから西にしたにくに工事こうじはじまります。危険きけんですから工事こうじ終了しゅうりょうまで近づかないようにしてください」


 ひと年上としうえ友達ともだち得意とくいそうに工事こうじのことをみんなはなしてくれた。

 どうやら、西にしたにはしをかけて、こうがわ銀山調査ぎんざんちょうさ事務所じむしょをつくるらしい。

 村長達そんちょうたちたにこうがわ建築けんちくすることを反対はんたいしたけど、エウゲンが強行きょうこうしたんだって。


 工事こうじ作業員さぎょういんは、銀山ぎんざん鉱夫こうふ家族かぞくんでいた空家あきやりることになった。

 ジェファさんがいるところだ。

 でもなんでひとが、ほとんどはいったことのないたにこうがわ事務所じむしょをつくるんだろう。


 西にしたにからアシミやままでは、だいぶ距離きょりがある。

 作業員さぎょういんをアシミ山にちか空家あきやに住まわせるなら、いっそ事務所じむしょおなじところにしたほうがよっぽどらくだと思うけど。

 おくにかんがえることは、よくわからんわっていうむらじいさんばあさんのくちぐせが聞こえてきそうだ。


 ところで、作業員さぎょういんってあらっぽい人がおおいんじゃないかな。

 そんな人達がジェファさんのまわりにんだら……。

 また騒動そうどうにならなきゃいいけど。


 ただ、村にやってきた作業員さぎょういんのおかげで潮騒しおさいは、ものすごく繁盛はんじょうしたんだ。

 父さんは手がりなくて近所きんじょのおばちゃん達を手伝てつだいにやとうほどだ。

 僕もよるやすみのときはみせ手伝てつだってはしまわった。

 心配しんぱいしていたジェファさんがらみのさわぎはいまんとここってない。


 とうのジェファさんは潮騒しおさい混雑こんざつぶりを見て、しばらく遠慮えんりょしようってかえって以来いらいみせなくなった。

 そのときはさびしかったけれど、学校がっこうみせ仕事しごとわれてジェファさんのことをかんがえるひまかったんだ。


 二十日以上はつかいじょうたったころたにわた吊橋つりばし完成かんせいした。

 だから村長そんちょういえ御偉おえらいさんだけの祝賀会しゅくがかいひらかれたんだって。

 作業員達さぎょういんまねかれてないけど、かわりに潮騒しおさいにやってきて勝手かっていわってたけどね。


 吊橋つりばし完成かんせいした翌日よくじつ、僕達は先生せんせいれられて見学けんがくしにいったんだ。

 金属きんぞくつな敷板しきいたでつくられた頑丈がんじょうそうなはしだったので、びっくりした。

 山奥やまおくにこんな立派りっぱなものをつくるなんて、さすがくにのやることはすごいって思ったよ。


 はしができてしまえば、あと仕事しごと簡単かんたんだったみたいで、それから二十日はつからずで事務所じむしょ完成かんせいした。

 そして今度こんど大々的だいだいてき祝賀会しゅくがかいがもよおされたんだ。


 作業員さぎょういんにも祝金いわいきんたみたいで、村中むらじゅうきこんでのおまつさわぎになった。

 もちろん潮騒しおさい大繁盛だいはんじょうで僕も父さんもおおわらわだった。

 くらたくえていた林檎酒ミリティスたる八割はちわり作業員さぎょういんはらの中にえちゃったんだ。

 おかげでおおもうけだったんだけどね。


 だけど祝賀会しゅくがかいわって、作業員さぎょういんむらからていくと、またいつものスリノス村がもどってきた。

 元々もともとさびしい村だったけど、祝賀会しゅくがかいがあまりに盛大せいだいだったからもどったときのさびしさは、そりゃひどいものだった。

 しばらくのあいだ村全体むらぜんたいが、ふぬけたみたいになったてたからさ。


 三日みっかたって、ようやくみんなもとの生活せいかつもどれたってかんじかな。


 潮騒しおさいひま宿屋やどや逆戻ぎゃくもどりして、客足きゃくあしもピタッとくなった。

 祝賀会しゅくがかいあいだは、もうきゃくなんかるなって思ったけど、ひまになってみるとおきゃくどおしくなってしまう。

 人の気持きもちって、いいかげんだなって実感じっかんする。


 こうして、村も潮騒しおさい落着おちついていそがしさから解放かいほうされたあるよる、僕はゆめを見たんだ。

 あたらしくできた吊橋つりばしわたってたにこうに行くっていうものだった。

 すると狼達おおかみたちあらわれたんで、はしってげた。

 げている途中とちゅう、足をはずしてがけからちてしたまでころがった。


 立上たちあがってみると、目のまえにあの銀色ぎんいろとびらがあった。

 なぜかとなりにジェファさんがいて、不思議ふしぎそうにとびらていた。

 彼女はとびらちかづいて、ふちに手をかけてけようとする。

 無理むりだよってこえをかけようとしたとき、とびらおとててひらはじめた。


 ひらいたとびらなか真暗まっくらなにも見えない。

 でもジェファさんは、さっさとなかはいってしまい、てこなかった。

 心配しんぱいになって何度なんどもジェファさんをんだけど、返事へんじがない。

 こわくなって、思いきりジェファさんの名前なまえさけんだんだ。

 そしたら目がめた。


「おい、大丈夫だいじょうぶか、なんだかうなされてたぞ」


 父さんが僕のかおをのぞきこんでいた。

 さけごえこえたから見にてくれたんだ。


「うん、なんかこわゆめをみちゃってさ」


「そうか……、ここんとこ、おまえをずいぶんはたらかかせちまったからな。すまねぇことだった」


 父さんは、そう言ってあたまでてくれた。

 それが気持きもちよくて、すぐにまたねむってしまった。

 今度こんどあさまでゆめを見ることもなく、ぐっすりだった。


 つぎよる、あいかわらずひま潮騒しおさいひさしぶりのきゃくがやってきた。

 出てみると、ジェファさんがあの薔薇ばらはなのような微笑ほほえみかべてっていた。


「やあ、キツォス君。どうやらまたひまにもどったようだな」


「ジェファさん、いらっしゃい!」


 うれしくてついこえおおきくなった。

 ひさしぶりに見ると、やっぱりものすごく綺麗きれいだ。

 父さんも台所だいどころからかおして、挨拶あいさつしてる。

 はなしたが、かなりのびてるね。


 ジェファさんは鹿肉しかにくとキノコのいたきを注文ちゅうもんした。

 父さんは、ここぞとばかりにうでをふるう。

 こおばしいにおいが台所だいどころからひろがっていく。

 さらにもりつけられた鹿肉しかにくとキノコにでたパタタをえて、いつものようにプソミのカゴと一緒いっしょにジェファさんのまえならべた。


「ふむ、かおりだ。あいかわらず父上ちちうえ腕前うでまえ素晴すばらしいな」


 ジェファさんは満足まんぞくそうに料理りょうりはじめる。


墓場はかば、みつかりましたか?」


 かる気持きもちでいてみた。


「いいや、まったくダメだ。手がかりさえみつからない。もうすこし探索範囲たんさくはんいひろげなければならないようだ」


 食事しょくじの手をとめたジェファさんは、深刻しんこくな顔で溜息ためいきいた。

 だいぶまいってるかんじだ。

 でも9000年前ねんまえじゃ、そう簡単かんたんにみつかるわけがない。

 巡礼者じゅんれいしゃって、よっぽどの暇人ひまじんかと思ったけど、そうでもないみたいだ。

 台所だいどころもどろうとしたとき、なぜか突然とつぜん、ジェファさんに言われたこと思いだした。


(もちろんどこででも見かける墓標ぼひょう墓石ぼせきがあるようなものではない。もっとちがったかたちをしているはずだ……)


 つづいて、あの窪地くぼちにあった金属きんぞくとびらのことがこころかんだ。

 そして、気付きづいたんだ……。


 いそいで、ジェファさんのまえに行く。


「どうしたのかね、キツォス君」


 不思議ふしぎそうにくびをかしげるジェファさん。


「ジェファさん、明日あした、僕と一緒いっしょ西にしたにへ行きませんか」


「ふむ、唐突とうとつだな。逢引あいびきのおさそいかね」


 ジェファさんは、あのヌメっとした目つきで微笑ほほえんだ。


「ち、ちがいますよ! ――墓場はかばの手がかりになるかもしれない場所ばしょがあるんです」


 わらっていたジェファさんのかおがひきしまる。


本当ほんとうかね?」


「はい。もちろん僕の間違まちがいかもしれないですけど」


「それは、どんなものかね?」


「がっしりした金属きんぞくとびら岩壁いわかべについてるんです。とってもふるいような、でもあたらしいようなへんとびらでした」


金属きんぞくとびら……」


 ジェファさんは料理りょうりのことなど、すっかりわすれてかんがえこんでる。


「――キツォス君、もしかすると念願ねんがんたされるかもしれん」


 僕を引寄ひきよせたジェファさんは、ほっぺたにながめのくちづけをしてくれた。

 たぶん僕のかお真赤まっかになってたと思う。


 閉店へいてんしたあと、父さんははなしがあるからって言って、僕の部屋へやはいってきた。

 ならんで寝台しんだいこしかけ、父さんがくちひらくのをまってたけど、なんだか言いにくそうにしてる。


「なんなのさ。明日早あしたはやいからもうたいんだけど」


 あさからジェファさんと西にしたにへ行くことは父さんにも話してある。

 はしができたんで、むらでは西にしたにへの不安ふあんうすれてきてるらしい。

 だから父さんも、行くことをゆるしてくれたんだと思う。


「ああ……、そうだな……。ジェファさんのことなんだがよ……」


「うん」


おれはな、彼女に結婚けっこんもうしこもうと思うんだ」


「えっ?!」


 ぜんぜん予想よそうしてなかったんで、あたま真白まっしろになった。

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