第44話 巡礼者の歌<3>

 とうさんを寝台しんだいよこたえたジェファさんは、椅子いすこしをおろした。

 そして寝顔ねがおをのぞきこんで、しゃべりかけた。


ちから歴全れきぜんだったのに、わたしをかばって無理むりをするから、こんなことになる。おかげでおおかみにくそこねたぞ」


 戸棚とだなからんだかあさんのふく取出とりだす。

 ずっとしまってあったので、ちょっとかびくさいにおいがした。

 でもなにもないよりはましだ。


「ジェファさん、かったらこれてください」


「すまないな」


 立上たちあがったジェファさんが、ふくはじめる。

 ていこうかまよったけど、はなれたくない気持きもちがってしまった。

 ジェファさんは下着したぎをつけてないらしく、まえ一糸いっしまとわぬ姿すがたになっていた。

 のどがゴクリとった。


 びっくりするくらいくびれたこしおおきくてツンとがるようなぶさ、ツルツルした褐色かっしょくはだ……。

 いだいきおいでみだれたあおかみが顔にかかって、まるで少女しょうじょのようにえた。

 心臓しんぞうくちから飛出とびだしそうなくらい、バクバクした

 目をそむけることなんて、できるわけがない。


 全裸ぜんらのジェファさんは、つめているぼくにあのヌメッとした視線しせんわらいかけてきた。


「キツォスくん、私がしくなったかね……?」


 このまえまでおそろしく見えたその笑顔えがおが、いまはとても可愛かわいおもえる。

 そんな自分じぶんおどろいて、ぶんぶんとくびった。


「そうだな。もうあと4、5ねんしないと、私の相手あいてはできないだろう」


 ジェファさんはながれるようなうごきでふくにつけ。

 そして、また椅子いすこしをおろした。

 なんだか、がっかりしてしまった。

 

 ジェファさんにわたしたふくは、かあさんがよくていたものだ。

 ほのかな油灯ゆとうひかりだとジェファさんの姿すがたがぼやけて、まるで母さんが生返いきかえって、そこにすわってるように見えた。


 父さんはまだ目をまさないし、ジェファさんもだまりこんでしまう。

 はだかを見てしまったせいで一緒いっしょにいるのがとてもまずくかんじた。

 だから仕事しごとつくって出ていくことにしたんだ。


「ジェファさん、みせめてきますんで、父さんを見ててもらってもいいですか」


 どうせ今夜こんやはもう、店じまいにするしかない。


「ああ、かまわない」


「すいません」


 食堂しょくどうって玄関げんかんかぎをかける。

 つぶれた食卓しょくたく勝手口かってぐちからそとに出して、ほうきとちりとりで破片はへんをかたづける。

 男達おとこたち残飯ざんぱん食器しょっき台所だいどころはこぶ。

 残飯ざんぱんてて、ながしで八人分はちにんぶん食器しょっきあらって戸棚とだなにしまう。

 最後さいご食堂しょくどうあかり台所だいどころかまどして、深呼吸しんこきゅう


 一人ひとりだから随分時間ずいぶんじかんがかかったけれど、だいたいの仕事しごとはかたづいた。

 あとこと明日あしたまたかんがえればいい。

 父さんの様子ようすを見に、寝室しんしつかった。

 途中とちゅう寝室しんしつからジェファさんのかすかなこえこえた。


 途切とぎれ、途切れでとてもくるしそうな声だった。

 何かあったのかと思っていそいでなかをのぞいた。

 そしてうごけなくなったんだ。


 全裸ぜんらのジェファさんが父さんのうえすわって、こえげている。

 二人ふたりが何をしてるのか、すぐにわかった。

 ジェファさんがはげしくこしると、父さんのかおがゆがむ。

 そして、ひときわたかこえをだしたジェファさんが身体からだをのけぞらせた。

 そのまま二人ふたりは、しばらくうごかなかった。


 父さんが何かいかけたとき、ジェファさんが人差ひとさゆびくちてた。

 そして僕のほう振向ふりむいた。

 あせってかべうしろにかくれる。

 心臓しんぞうのドキドキが、身体全部からだぜんぶらして、あたまがくらくらした。


 かすかな足音あしおとちかづいてきて、なかから全裸ぜんらのジェファさんが出てきた。

 かべによりかかる僕を見つけて、彼女がふっと微笑ほほえんだ。

 青いかみあせれて、ほっぺたにりついている。

 せる僕のまえとおぎていくあせばんだ褐色かっしょく身体からだから、湯気ゆげが立ちのぼって、動物どうぶつみたいなにおいがした。


みず一杯いっぱいもらうよ」


 こたえられずに、立ってることしかできなかった。

 ジェファさんは、ふいに立止たちどまって僕を見る。

 ヌメっとした目つきが、朝露あさつゆれたみたいにキラキラしていた。


「――これからまだ、父上ちちうえと2、3せんするつもりだ。もし見学けんがくするなら、もっとちかくで見たらどうかね」


 めちゃくちゃにくびって自分じぶん部屋へやげた。

 寝台しんだいびこんで、ふとんをかぶり、ちからいっぱい目をつぶった。

 まぶたのうらにジェファさんの姿すがたきついていて、なかなかえない。


 父さんのことがうらやましくて、にくらしかった。

 そして、そんなふうに思う自分じぶんがとってもいやだった。

 らないうちになみだが出て、ひっく、ひっくってのどってまらなかった。

 でもそのうちつかれてきて、ねむってしまったみたいなんだ。


 翌朝よくあさ、すきまから入る太陽たいようひかりで目がめた。

 なんだか身体からだおもくて、きるのがつらかった。

 だけど学校がっこうがあるから、てるわけにはいかない。


 台所だいどころにいくと、父さんはもうきていて、料理りょうり仕込しこみをしていた。

 僕に気づいた父さんは、れたふうあたまをかいた。

 僕もなんだかずかしくて、モジモジしてしまった。


「――お、おはよう。昨日きのうはすまなかったな。閉店へいてん仕事しごと全部ぜんぶやらせちまってよ。こわれた食卓しょくたくもかたづけてくれたんだろ、ありがとうよ」


「う、うん、べつにたいしたことじゃないし……。それよりかお大丈夫だいじょうぶなの?」


 父さんはなぐられてむらさきいろになっているひだりのほっぺたあたりをなでながらわらった。


「いやわれながらなさけねぇこったぜ。まあ、むかしからケンカは、からっきしだったからな……」


「あのあと、ジェファさんは?」


「あ、ああ……、ジェファさんか……。真夜中頃まよなかごろかえってったぜ……」


 父さんの目がおよいでいる。


「あ、あのよぉ、キツォス。昨日きのうのことはだな……」


「もういいって、父さん。大人おとなおとこおんながすることぐらい、僕だってってるさ」


「そ、そうか……」


 しばらく僕らは無言むごんで顔を見合みわわせ、同時どうじ溜息ためいきいた。

 そしてかたをすくめてわらいあったんだ。

 そのあと一緒いっしょ朝食ちょうしょくべて、僕は学校がっこうった。


 昼前ちゅうぜん授業じゅぎょうあいだじゅう、昨日きのうのジェファさんの姿すがたばかり思いかんだ。

 

 弁当べんとうべ、昼後ちゅうご授業じゅぎょうわれば、帰宅時間きたくじかんだ。

 今日一日きょういちにち、ジェファさんことであたま一杯いっぱいで、なんにもはいらなかった。


 ただ、かえりがけに先生せんせいから注意ちゅういがあった。


「この数日すうじつ、パゲトナス近隣きんりんむら数件すうけん誘拐事件ゆうかいじけんこっています。いままでは南部なんぶだけでしたが、とうとう北部ほくぶにまであくはじめたようです。みなさんものまわりに注意ちゅういして、できるかぎ一人ひとりにならないようにこころがけてください」


 ウラニアは東西とうざいきたうみかこまれていて、みなみにだけりく国境こっきょうがある。

 国境こっきょうにはひがし大陸たいりく一番高いちばんたかいブズル山脈さんみゃく東西とうざいはしってる。

 ブズル山脈さんみゃくけわしくて、うえほうなつでもゆきおおわれていて、山越やまごえするのがとてもむずしい。

 霊龍れいりゅうみかだってうわさもあるくらいだ。


 だから、ブズル山脈さんみゃっく東西とうざいうみちこんでいる海岸地帯かいがんちたいけるのが、ウラニアへはい普通ふつう方法ほうほうなんだ。

 ブズル山脈さんみゃく西にしはしにある海岸かいがんはアザット連邦れんぽうに、ひがしはしにある海岸かいがんはウシュメ王国おうこくせっしてる。


 最近さいきんウラニアではひとさらいが横行おうこうしていて、大問題だいもんだいになっていた。

 犯人はんにん人間エネコスで、さらった人達ひとたち奴隷どれいにしてりつけたり、ひどいはなしだと、ころしてくすり材料ざいりょうにするなんてこともあるらしい。

 だからウラニアは東西とうざい海岸地帯かいがんちたいにある国境こっきょう閉鎖へいさして、国内こくないにいた人間エネコス強制退去きょうせいたいきょさせたんだ。

 もちろん妖精族ビレイ例外れいがいだけどね。


 国境こっきょうざしてしばらく、ひとさらいはってた。

 でも、最近さいきんまたえてきてるらしい。

 うちのむら関係かんけいないと思ってたけど、とうとうこっちにまでひろがってきたんだ。

 もりはいるときは、いままで以上いじょう注意ちゅういしなくちゃ。

 学校がっこうからいえまではすぐなんだけど、人さらいが、どっかから見てる気がしたんではしってかえった。


 勝手口かってぐちからはいると、椅子いすすわった父さんが頬杖ほおづえをついて、ぼーっとしていた。


「ただいま、父さん」


 こえをかけても返事へんじい。

 づいてないみたいなんで、大声おおごえを出した。


「ただいまっ!」


「お、おおっ?! おかえり……」


「何、ぼーっとしてんのさ」


「うん? ああ……、それがな……、今日きょう、ジェファさんが昼飯ひるめしなかったんだよ」


「ええっ、毎日欠まいにちかかさずてたのに?!」


 父さんは、あたまをむちゃくちゃにかきむしった。


昨日きのうのことがまずかったのかな……。何か余計よけいなことをしちまったかな……」


 こんななさけない父さんの顔はひさしぶりだ。

 母さんがんでんだくれてたときみたいだ。


「気になるんなら、いえに行ってみたら。店番みせばんしとくから」


 父さんはそこで、がばっと立上たちあがり、僕の両肩りょうかたに手をのせた。


たのむ、キツォス、わりに見てきてくれ」


「えーっ、僕がいくのぉ?」


「ジェファさんの顔を見んのがこえぇんだよ」


「なんだよ、僕にはおとこらしくしろって言うくせに、自分も男らしくないじゃんか」


たのむ、このとおり」


 父さんが、ペコペコ頭をげるので、仕方しかたなくジェファさんの様子ようすを見に行くことにした。


 ジェファさんのりている家はむら北側きたがわ銀鉱山ぎんこうざんがあったアシミやまちかくだ。

 以前いぜん鉱夫こうふ家族達かぞくたちが、たくさんんでたんだけど、いまはもうだれも住んでない。

 ジェファさんが唯一ゆいつ住人じゅうにんてことになる。

 村の中心ちゅうしんからはなれたさびしい場所ばしょだけど、さがしている墓場はかばがアシミ山のどこかにあるってことで、そのちかくがよかったみたいだ。


 山につづ細道ほそみちあるいていたら、先生せんせいが言っていた人さらいのことが、また思いかんだ。

 ほとんど人のいないこんな村はずれでおそわれたら、たすけをんでもだれも来てくれない。

 びくびくしながら、早足はやあしあるいた。


 ジェファさんがいるのは、ならんでいる空家あきやみなみはし、村に一番いちばんちかいやつだ。

 家が見えてきたんで、一息ひといきつけると思ったら、裏口うらぐちから頭巾付ずきんつきの外套がいとう全身ぜんしんをすっぽりおおった人が三人さんにん出てきた。

 あわてて物陰ものかげかくれる。

 三人はこっちに来ないでアシミ山へのほうかっていったのでホッとした。


 でもあれって、もしかして人さらい?

 ジェファさんの家から出てきたぞ。

 まさかジェファさんがつかまった?


 あせってけだした。


 家のそばまで来ると、どこからかあま歌声うたごえこえてきた。

 家は二階建にかいだてで、歌声うたごえ二階にかいからみたいだ。

 たぶんジェファさんがうたってるんだと思う。

 彼女の無事ぶじがわかって安心あんしんしたんで、あしめて、ちょっと不思議ふしぎかんじがするうたみみをすませた。


「けがしきかな、けがしきかな、

 かたくなしきものどもよ。

 むくつけきまなこは、

 どんらんをみたさんと、

 ししがごとくひらかれん。

 ほふらんかな、ほふらんかな

 いのちにむかい、ほふらんかな。


 はかなきかな、はかなきかな、

 いうかいなきものどもよ。

 たよわきおよびのつめ

 よさんをとらわんと、

 たかがごとくいらめけり。

 めっせんかな、めっせんかな

 うぞうみながら、めっせんかな……」


 意味いみは、よくわからないけど旋律せんりつは、とても綺麗きれい

 うたわるのを見計みはからって玄関げんかんに向かった。


「やあ、キツォス君」


 二階にかいまど腰掛こしかけけたジェファさんが見下みおろしている。


「こんにちは、ジェファさん」


「よく来たね。まあがってきたまえ。おちゃをいれよう」


 かぎのかかっていない玄関げんかんはいって階段かいだんのぼった。

 のぼりきると廊下ろうかがあって、左右さゆうまえとびらが見える。

 ひだありとびらはあけっぱなしで、なかからジェファさんが手招てまねきしていた。


「おじゃまします」


 部屋へやの中には、ほとんどものがなくて、家具かぐ寝台しんだい戸棚とだなつくえ椅子いす、そして焜炉こんろだけだった。

 つくえの上には、よくわからないけど、錬金術れんきんじゅつ使つかうんだろうなって感じの器具きぐならんでる。

 ジェファさんは僕に椅子いすをすすめて、焜炉こんろかしていたおちゃを出してくれた。


「それで、この突然とつぜん訪問ほうもん理由りゆうは何なのかね?」


 自分じぶんのおちゃを手にって、寝台しんだいこしをおろしたジェファさんは不思議ひしぎそうにくびをかたむける。

 そのかんじが可愛かわいらしくて、また昨日きのうのジェファさんの姿すがたが思いかんだ。

 なんだかドギマギしてしまう。


「ジ、ジェファさんが昼食ちゅうしょくべにこないから、父さんが心配しんぱいして見て来いって」


「なるほど、そういうことか。――昼前ひるまえきゃくが来て、その応対おうたいにかまけていたものでね」


「もしかして、さっきの三人さんにんですか?」


「ああ。――彼らも巡礼者じゅんれいしゃで、れい墳墓ふんぼさがしているのだよ」


「そうだったんですか。てっきり人さらいかと思いました」


「まあ、あの格好かっこうでは、そう思われても仕方しかたないな」


「じゃあ、よるべに来ますか?」


「ああ、今夜こんやこそおおかみにくあじわいたいからな」


 ようはすんだけど、もうすこし二人ふたりきりでいたいって思って、はなしつづけることにした。

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