第43話 巡礼者の歌<2>

 ジェファさんは十日とうかぐらいまえに、ふらりとむらにやってきた。

 彼女かのじょ村長そんちょうにかけあって空家あきやり、そこで生活せいかつしてる。

 村の集会しゅうかい紹介しょうかいされ、しばらくここにむってらされた。


 彼女は巡礼者じゅんれいしゃなんだって。

 ひがし大陸中たいりくじゅうたびしながらふる墓地ぼち寺院じいんをめぐって参拝さんぱいしてるらしいんだ。

 うちにまればいいのにとおもうけど、錬金術れんきんじゅつをするのでほかきゃく迷惑めいわくになるからって。


 ウラニアは人間エネコス出入でいりをきびしくまってる。

 でも、妖精族ビレイ歓迎かんげいしてるんだ。

 1000年前ねんまえ災厄さいやくとき化物ばけものがウラニアをおそってきた。

 人間エネコスなにもしてくれなかったけど、ロシュの賢者けんじゃアイダンとサフの医聖いせいエフラトンが、たくさんのいのちすくってくれた。

 このときの恩義おんぎがあるから、ウラニアは国内こくないでのかれらの自由じゆうをできるかぎみとめてるんだ。


 いまひがし大陸たいりくに、どれだけの妖精族ビレイがいるのかはらない。

 大人おとなたちはなしからすると、とてもすくないみたいだ。

 だから、ウラニアが妖精族ビレイ歓迎かんげいしているとしても、なんで彼女がこんなやまなかにいるのか、とても不思議ふしぎがした。


 もちろんジェファさんは集会しゅうかいで、その理由りゆうはなしてくれた。

 このあたりにも、ふる墓地ぼちがあって、そこにもうでたいからなんだそうだ。

 でも、あまりにふるいものなので、場所ばしょがどこだかわらない

 だから墓地ぼちつけるまで、村にいることにしたんだって。


 巡礼者じゅんれいしゃって、お金持かねもちちで暇人ひまじんなんだってかんじた。

 おはかもうでるためだけに、こんな田舎いなかにまでやってきて、いえまでりて、しかもひるよるにはかなら食事しょくじをうちでとる。

 貧乏人びんぼうにんには、そんなことができないから。


「ごちそうさま」


 ジェファさんのこえがした。


「ああ、どうもお粗末そまつさまで」


 とうさんが挨拶あいさつしに、食堂しょくどうていった。

 お得意様とくいさまだからね。

 彼女のおかげで、今年ことしふゆ心配しんぱいなくごせそうなんだ。


「――墓地ぼちは、みつかりましたかね」


「いや、まだなんだ」


「そうですか、はやく見つかるといいですな」


「私もそうねがっているよ。――じゃあ、またよるに」


「はい、ありがとうございます」


 父さんはげたさらって食堂しょくどうからもどってきた。

 ながしで皿をあらうのかと思ったら、なにもせずにおおきな溜息ためいきをついて、ぼーっとしてる。


「どうしたの、父さん」


「うん? ああ、なんでもねぇ。――そうだ。言っとくことがあったんだ。今晩こんばん大口おおぐちのお客がくるぞ」


「へぇ、めずらしいね」


「パゲトナスのお役人やくにんさんがただ」


「お役人やくにん?」


「ああ、なんでもここの銀山ぎんざん再調査さいちょうさをしに来たみたいだ。まあ、めしうだけだがよ。まりは村長そんちょういえだそうだ」


「そっか、でももうけけになるね」


「そういうことよ」


再調査さいちょうさって、もしかしてまたぎんが出るのかな」


「かもしれねえな」


 もしぎんが出たらまた村がにぎやかになるかもしれない。

 たくさんの鉱夫こうふが来てくれれば、うちも繁盛はんじょうする。

 そうなってくれたら、どんなにかいいだろう。


 もうすぐ、パンジャのつきだ。

 ひがし大陸たいりくでは、どこのくにでも『奉迎祭ほうげいさい』がひらかれるんだ。

 元々もともと人間エネコスのおまつりで、パトリドスには関係かんけいなかったんだけど、今はウラニアでもひらかれるようになったんだって。


 パゲトナスでも、みち露店ろてんがならんで、あちこちでうたおどり、演劇えんげきなんかのものがおこなわれる。

 周囲しゅういの村からたくさんの人がやってきて、三日間みっかかんめやうたえの大騒おおさわぎになるんだ。

 うちの村はパゲトナスにわりとちかいから、奉迎祭ほうげいさい時分じぶんにはすこしだけにぎやかになる。

 パゲトナスで宿やどがとれなかった人が、うちの村にまることがあるからなんだ。


 でもおまつりがわればまた、さびしいくらいに村はひっそりとしてしまう。

 もしぎんが見つかったら、いつでもおまつりみたいになってたのしいんじゃないかな。 


 そんなことをかんがえると、なんだかお役人やくにんのことがどおしくなった。

 いいらせをって来てくれたらいいな。

 わくわくしながら料理りょうり仕込しこみの手伝てつだいやおおかみ毛皮けがわのなめしなんかをしたんだ。


 太陽たいようしずはじめたころ食堂しょくどうからたくさんの足音あしおとこえた。


亭主ていしゅ予約よやくしてたもんだが」


「いらっしゃい」


 ひくおとここえがして、父さんが応対おうたいに出ていった。

 そしてすぐにもどってきて、片目かためをつぶってみせた。


れいきゃくだ。男が八人はちにん。どいつも、のんべえのかおしてるぜ。いまのうちに酒樽さかだるはこんどこうか」


 父さんはきゃく相当飲そうとうのむだろって予想よそうした。

 だから林檎酒ミリティスたるを二つ、くらから台所だいどころはこぶことにしたんだ。

 運びえてすぐ八人分はちにんぶんさけ客達きゃくたちの前に持っていった。


 しばらくすると食堂しょくどうがにぎやかになった。

 豪快ごうがいわらい声もきこえる。

 うちの林檎酒ミリティス自家製じかせいで、近隣きんりんでも美味うまいって評判ひょうばんだからね。

 パゲトナスの高級店こうきゅうてんにだってけないよ。


 父さんはそのあと料理りょうりにかかりっきりになって、僕はさけのおかわりで台所だいどころ食堂しょくどうをいったりきたりさ。

 きゃくは、顔中かおじゅうヒゲだらけのゴツい男ばかりだ。

 役人やくにんてことだったけど、みんな山賊さんぞくみたいな顔をしてる。

 ヒゲのせいでとしがいくつか、よくわからないけど、老人ろうじんってわけでもなく、つの立派りっぱで、はたらざかりってかんじだ。


わっぱ手伝てつだいか? えれぇじゃねぇか。ほら小遣こづかいやるよ」


 をしきってる一番いちばんガタイの二本角にほんづのの男が、僕に銅貨どうか何枚なんまいにぎらせてくれた。

 ぶくぶくにふとってるんじゃなくて、固太かたぶとりってやつだ。

 もう林檎酒ミリティス五杯飲こはいのんで、六杯目ろっぱいめはいってる。

 顔が真赤まっかだ。

 ガタイはいいけど、そんなにさけつよそうには見えないな。


 さけのおわりをけて台所だいどおろもどると、にぎやかだった食堂しょくどう突然とつぜん、ピタッとしずかになった。

 どうしたのかなってのぞいてみると、褐色かっしょく宝石ほうせきみたいな人影ひとかげたたずんでいた。

 くちをあんぐりと開けた男達おとこたちの16の目玉めだまが、いっせいに人影ひとかげけられている。

 人影ひとかげぼくを見るといつものように、あかくちびる薔薇ばらはなみたいな微笑ほほえみをうかべたんだ。


「こんばんは、キツォスくん。めずらしく繁盛はんじょうしているな」


「いらっしゃい、ジェファさん。こっちのせきへどうぞ」


 男達からはなれた席へジェファさんを案内あんないした。


今日きょうは、何かおすすめがあるかね」


今朝けさとりたてのおおかみにくがありますけど」


 ジェファさんはまた、あのヌメっとしたつきをした。


「ほう、おおかみか。ひさしぶりにしょくしてみたいな。それをもらえるかね」


「わかりました」


 台所だいどころもどって父さんにジェファさんが来たことをつたえる。


おおかみにくべたいんだって」


「そうか、じゃあうでによりをかけなきゃな」


 うでまくりする父さん。

 やっぱりおんなの人にいとこ見せたいんだろうな。

 あんなに綺麗きれいだしね。


 かあさんがんで三年さんねん

 やっぱり父さんもさびしいんだろうって思う。

 もしあたらしいお母さんをむかえるって言われたら、どうしよう。

 んだ母さんにわるいなって気もする。

 でもわらってゆるしてくれそうな気もする。


 相手あいてはどんなひとだろう。

 父さんとおなとしくらいの女の人は村にいないから、パゲトナスにでもいかないと見つからないんじゃないかな……。

 そのとき、きゅうにジェファさんの顔がかんだ。


 ちがう、違う。

 首をおもいきりって、それを打消うちけした。

 あの人はロシュだ。

 ほこたか妖精族ビレイはパトリドスなんか相手あいてにしない。


 それにとしだっていくつかわからない。

 妖精族ビレイはパトリドスの数十倍すうじゅうばい寿命じゅみょうがあるって話だから。

 でも、あんな綺麗きれいな人が母さんになってくれたら……。


「てめぇ、何しやがる!」


 食堂しょくどうから男の怒鳴どなり声がした。

 声の雰囲気ふんいきで、ケンカだってわかる。


「ちっ、はじめやがったか」


 父さんが舌打したうちして、食堂しょくどうへとかった。

 僕もあとについていく。

 でもそれはケンカじゃなかった。

 あの固太かたぶとりの男が、ジェファさんのよこって怒鳴どなってたんだ。


「――きみ無遠慮ぶえんりょうでをつかむので、はらとしただけだ」


 ジェファさんは、普段ふだんと変わらない口調くちょう言返いいかえしてる。


「おたかくとまりやがって。おれたちとさけむのがそんなにいやだってのか!」


 男は目を三角さんかくにしてくちからあわばした。

 大分だいぶってるみたいだ。


「せっかくのおおかみにくを、一人ひとりでゆっくりあじわいたいだけなのだよ」


 ジェファさんは男にかって、またあのヌメっとした目つきをして微笑ほほえんだ。

 今まで怒鳴どなっていた男は、その笑顔えがおを見て口調くちょうやわらかくなった。


「なあ、ちょっと一緒いっしょんでくれるだけでいいんだよ。あんたみたいな美人びじんがいりゃ、さけ一層いっそう美味うまくなるってもんだぜ」


君達きみたちは私のおかげでさけ美味うまくなるだろうが、私は君達のおかげで料理りょり不味まずくなる。わるいが遠慮えんりょさせてもらおう」


「てめぇ!」


 男がジェファさんの左肩ひだりかたをつかんで、引張ひっぱった。

 ジェファさんと男じゃ、三倍さんばいくらいの体格差たいかくさがある。

 ちからづくでやられたら、ひとたまりもない。


「ちょっと、お客さん!」


 父さんが声をかけてめようとしたけど、おそかった。

 ふくやぶれてジェファさんのかたからむねまでがはだけてしまう。

 そして、ジェファさんのおおきくてかたちぶさが、あらわになった。

 あまりに綺麗きれいで、僕は彼女のむねから目をそらせなかった。


「なにしてんだ!」


 父さんは激怒げきどして、固太かたぶとりの男につかみかかった。


「うるせぇ!」


 固太かたぶとりの男は父さんの顔をぶんなぐった。

 父さんの身体からだちゅうんで、となりの食卓しょくたくうえちる。

 そのいきおいで食卓しょくたくが、ぐしゃりとつぶれた。


「父さん!」


 父さんにってかたをゆすったけど、目をひらかない。

 でもいきはしてるから、たぶん気絶きぜつしたんだと思う。


「へへへ、良い身体からだしてるじゃねぇか」


 固太かたぶとりの男が、いやらしい目つきでジェファさんを見つめた。


亭主ていしゅがいなければ、おおかみにくあじわえないではないか。つまらんことをしてくれるな、君は」


 ジェファさんは胸をかくすこともせずに立上たちあがり、男とかいあった。

 よだれをたらしそうな顔をして、ジェファさんに右手みぎてばす男。

 ジェファさんは自分にばされた男の手首てくび左手ひだりでつかまえた。

 つかまれた男は目をパチクリさせてる。

 してもいてもうでが、びくともしないからだ。


「ふむ、ころしてもいいが、このみせ生臭なまぐさよごされるのはきょうざめだ。お仕置しお程度ていど勘弁かんべんしてやろう」


 ジェファさんがそう言った途端とたん、バキバキっておとがして、固太かたぶとりの男は絶叫ぜっきょうした。

 男の手首てくびがジェファさんの手の中で、つぶれていたんだ。


 男はわれうしってジェファさんに、つかみかかかった。

 ジェファさんはまった取乱とりみだすことなく、男の横面よこつらをひっぱたいた。

 男の身体からだんでかべたたきつけられる。

 そしてズルズルとかべをつたってゆかたおれ、かなくなった。


「てめぇ!」


 のこりの男達が目をいからせてジェファさんへかっていった。 


なにをしてるっ!」


 ついさっき食堂しょくどうはいってきた一本角いっぽんづのの男が怒鳴どなった。

 スラリとしてたかく、かみをキチンとととのえていて、ヒゲもやしていない。

 ちょっと優男やさおとこだけど、目つきのつめたさが普通ふつうじゃない。

 こおりのような目で、にらまれた男達はさっきまでのいきおいをくしてまずそうにしてる。


 一本角いっぽんづのの男はみせなかすすんできて、ジェファさん、固太かたぶとりの男、父さんを観察かんさつしたあと、男達に命令めいれいした。


「このものを村長の家まではこべ!」


 一本角いっぽんづのの男のきびしい声がんだ。

 男達はいそいで固太かたぶとりの男をかつぐと、すごすごと出ていった。


「だいたいの事情じじょうは見ればわかる。私の部下ぶかがもうしわけないことをしたようだ。私は国からこの村に派遣はけんされた内務局ないむきょくのエウゲン・ガリノスと言うものだ。――そこにたおれているのは、ここの亭主ていしゅか?」


「はい」


 返事へんじをした僕に近寄ちかより、父さんをのぞきこむエウゲン。


いのち別状べつじょうはないか?」


「はい、でも気絶きぜつしてるみたいで」


「そうか」


 エウゲンはふところから革袋かわぶくろふたつ出して、そのひとつを僕にくれた。


「おびと言ってはなんだが、これでゆるしてしい」


 なかを見ると、金貨きんかがたくさんはいっていた。


「こんなに……」


今日きょう代金だいきんこわれたもの弁償べんしょうにあててくれ」


 エウゲンはその後、ジェファさんにかった。

 あいかわらずジェファさんはむねかくそうともしない。


「あなたにも、もうわけないことをしてしまったようだ」


 エウゲンはもう一つの革袋かわぶくろをジェファさんにわたした。


「こんなものあなたには意味いみがないかもしれないが、ゆるしてもらえるとありがたい」


 頭をげるエウゲン。


「ふむ、かねか。これだけあればあたらしいふくえる。ありがたく頂戴ちょうだいしておこう。私もあの者の手首てくびくだいたからな。お相子あいこだ」


感謝かんしゃする。もしまだ何か不都合ふつごうがあったら私に言ってきてくれ、当分とうぶん村長の家にいるのでな」


 エウゲンはそういいのこすと食堂しょくどうを出ていった。


「父さん、父さん!」


 びかけるけど、まだ意識いしきもどらない。


「どれ、私が寝台しんだいはこんでやろう」


 ジェファさんは父さんをこしかかえ、台所だいどころとなりにある寝室しんしつへとはこんでくれた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る