第42話 巡礼者の歌<1>

 かぜ大分だいぶつめたくなってきてる。

 ふゆが、もうすぐそこまできたんだっておもう。

 まだむらにはゆきがふってないけど、やま頂上ちょうじょうのあたりはしろくなってる。

 ふもとに雪がふりせば、もう山にはいることができなくなるから、今のうちに冬をすためのキノコやムウロをできるだけ収穫しゅうかくしとかなくちゃいけない。


 でも、もうこのあたりもりには、ほとんどムウロもキノコものこっていない。

 きっとほかひとが、とっていったんだ。

 かついでるカゴの中にあるムウロとキノコは、まだ目標もくひょう三分さんぶんいちもとれてない。

 だけどここで、これ以上収穫いじょうしゅうかくするのはむずかしいと思う。


 こうなったら、たにわたって、おくの森にくしかない。 

 とうさんには、あぶないから行くなってわれてるけど、宿屋やどや料理りょうりが出せなくなったら大変たいへんだ。


 気合きあいれなおして、人があまりちかづかないふかい谷のあるほうかった。

 まだ、お昼前ひるまえなんで谷を渡る時間じかん充分じゅうぶんある。

 今日きょう先休日アルヒで、学校がっこうやすみだったから、父さんに言ってあさから森にはいることにしたんだ。


 谷は、すぐちかくでだれでも行けるけど、渡るのはむずかしい。

 はしもないし、向こうがわうつるには、はばひろすぎるからね。

 でも僕には秘密ひみつ方法ほうほうがあるんだ。


 谷沿たにぞいにしばらくあるいていくと、ふとくてたかっていて、みきにはつたがからみついている。

 そのつたは谷をまたいで、向こう側にあるべつえだまでびている。

 だからそれをつたって、谷を渡るってわけさ。

 大人おとな真似まねしたら体重たいじゅうおもくて、きっとつたが切れしまうだろうけどね。


 ここには何度なんどてるから、のぼるのはおのものさ。 

 でも、つたにぶらさがってすすむのは、なかなか大変たいへんなんだ。

 谷はとってもふかいので、ちたらおしまいだからね。

 まずは両手りょうてでぶらさがり、そのあと両足りょうあし持上もちあげてつたにからめる。

 そして両手りょうて両足りょうあし交互こうごうごかして、慎重しんちょうに進むんだ。


 なんとかわたわって、地面じめんりた。

 つたにぎりすぎたんで両手りょうてちからはいらない。

 でも、ふにゃふにゃしてて面白おもしろい。。

 つたわたるといつもこうなるんだ。


 まえるとくらくてふかもりがあった。

 その森は、ほとんど人が入ってないから、ジメっとしていて、いつも少しこわかんじがする。

 だけど、そんなことをにしてられない。

 ムウロとキノコをさがしながらおくすすんだ。


 思ったとおり、そこらじゅうのえだに、たくさんのムウロがっていた。

 あかくろのムウロのは、そのままべても美味おいしいけれど、砂糖さとう一緒いっしょ煮込にこんでマルメラダにして、びん保存ほぞんしておく。

 きたてのプソミにつけて食べると、とっても美味おいししいんだ。


 ふとい木の根元ねもとには、食べられるキノコをたくさん見つけることができた。

 うれしくなって、まわりをにせずにつづけた。

 カゴが一杯いっぱいになるほどの収穫しゅうかく大満足だいまんぞくさ。


 大きないし腰掛こしかけて一休ひとやすみ。

 おなかいたので弁当べんとうを食べてると、まわりからつよ獣臭けものしゅうがしたんだ。


 いつのまにか、十匹じゅっぴきくらいのおおかみにとりかこまれていた。

 僕よりも身体からだが大きい灰色狼はいいろおおかみだ。

 やつらはきばをむきだし、ひくうなごえげている。


 大失敗だいしっぱいだ。

 もっとまわりにくばるべきだったのに……。


 どっちをいてもみちい。

 のこされた手段しゅだんたたかうことだけだ。

 こしげていた山刀やまがたないて逆手さかてにぎり、むねまえかまえる。

 そして殊依式ゴイテイア使つかうために、精神せいしん集中しゅちゅうさせた。


 僕が殊依式ゴイテイアは『療己ボグルこうと『揮霍トロルこうだ。


 療己ボグルこう自己治癒じこちゆちからで、簡単かんたんきずならすぐになおせる。

 でも他人ひときずなおせないし、いのちかかわるようなふかきずは、なおすのに時間じかんがかかる。


 揮霍トロルこうは、人間エネコス達が使つか亢躰こうたい術よりもずっとすぐれたもので、攻撃こうげきりょく防御ぼうぎょりょく敏捷びんしょうせいみっつを一度いちど強化きょうかすることができる。

 でもながく使うことができないから、なるだけはやめに決着けっちゃくをつけなきゃならない。

 だから、こっちからってることにしたんだ。


 揮霍トロルこう使つかって、ふつうの三倍以上さんばいいじょうはやさでおおかみに近づき、山刀やまがたなりつけていく。

 即死そくしでなくても、あしってうごけなくしたあところせばいい。

 五匹ごひきころして、三匹さんびきあしったあととどめをさした。


 最後さいごれの親玉おやだまだと思う一回ひとまわり大きなおおかみ一対一いったいいちたたかうことになった。

 はやさでは僕が有利ゆうりたけど、攻撃力こうげきりょく防御力ぼうぎょりょくは、むこうが上だ。

 こっちの武器ぶき山刀やまがたなひとつなのに、相手あいてにはつめきばがあるし、灰色はいいろ毛皮けがわ革鎧かわよろいみたいなものだからね。


 攻撃こうげきをかわすのが精一杯せいいっぱいで、なかなか反撃はんげきできない。

 揮霍トロルこう限界げんかいに近づいていた。

 いきくるしくなり、うごきがおそくなってるのがわかる。


 このままだと、やられてしまう。


 いちばちかの勝負しょうぶをしなきゃならない。

 ひつじ毛皮けがわでできた上着うわぎいで左腕ひだりうできつける。

 親玉おやだまおそってきたので、げずにワザと地面じめん押倒おしたおされた。

 ひと二倍にばいくらいある大きなかおまえにある。


 くびみつこうとしたので、くちなか左腕ひだりうでをつっこんだんだ。

 親玉おやだま左腕ひだりうでんだまま、ときどきあたまっていちぎろうとしてる。

 うで皮膚ひふきばさきたってるのをかんじる。


 いちぎられてたまるか。


 山刀やまがたなおもいきり親玉おやだま左目ひだりめかってろした。

 大きな目玉めだま山刀やまがたなふかくつきささる。

 親玉おやだま小犬こいぬのような悲鳴ひめいを上げ、僕をちゅうほうげた。


 空中くうちゅう一回転いっかいてんして地面じめんちる。

 ちたところには枯葉かれはもってたから大していたくなかったけど、斜面しゃめんだったんでころがってしまった。

 どれだけころがったかわからないほどころがった。

 

 ようやくまったので、ふらふらしながら立上たちあがった。

 自分じぶんちてほう見上みあげてみる。

 おおかみたたかっていたところは、かなりたかくて、のぼってもどるのは無理むりだってわかった。


 今いる場所ばしょまわりをがけかこまれていて、おわんみたいにくぼんでいる。

 のぼれるようなところがないかあたりをさがしてみた。

 するとこう側のがけに、いわけずってつくった粗末そまつ階段かいだんを見つけた。


 さっそく、そこに向かう。

 でも途中とちゅうみょうななものが目にはいった。


 それは岩壁いわかべにすえつけられた金属きんぞくとびらだった。

 ちかづいてみると、とびらにぶ銀色ぎんいろで、岩壁いわかべ一緒いっしょに木のおおわれていた。

 よくわからないけど、とってもふるいもののように見えるし、ぎゃくにとってもあたらしいもののようにも見える。


 手をかけて、けようとした。

 だけど、ビクともしない。

 かぎがかかってるのかと思ったけど、鍵穴かぎあな見当みあたらない。

 どうやって開けるのか全然ぜんぜんわからない。

 とびら表面ひょうめんには、何か文字もじのようなものが書いてある。

 でも、見たことのないものでめなかった。


 とびらあきらめて、階段かいだんあがることにした。

 上がりきってから窪地くぼちふち半周はんしゅうすると、おおかみたちと戦ったところにもどれた。

 あの親玉おやだまがいなくなってたのでホッとしたよ。


 あぶなくぬところだったけど、それなりの収獲しゅうかくもあった。

 八頭分はっとうぶんおおかみ毛皮けがわはいったからだ。

 うまく処理しょりすれば、いい毛皮けがわになる。

 動物どうぶつかわをはぐのは、そんなにむずかしくない。

 それほど時間じかんもかからずに、毛皮けがわたばのできあがりさ。


 毛皮けがわたばつたでしばり、カゴの上にのせてかたにかつぐ。

 おおかみにく意外いがい美味おししいのでっていきたいけど、荷物にもつおおすぎてはこべない。

 だから一頭分いっとうぶん片脚かたあし太腿ふともも切取きりとって持帰もちかえることにした。


 たにわたるときは荷物にもつに、丈夫じょうぶながつた一方いっぽおうはしを、ほどけないようにしっかりむすんで、もう一方いっぽうはしいしをくくりつける。

 そのいしこうがわげておいてから僕だけがたにわたる。

 そしていしにくくったつた引張ひっぱれば簡単かんたん荷物にもつを渡すことができるんだ。


 僕がらすむらは、スリノスってばれてる。

 山間やまあいにあって、人口じんこうは100にんほど。

 銀鉱山ぎんこうざんがあってむかしにぎわってたらしいけど、銀がとりつくされてしまってからはたいした仕事しごともないんで、人がっていくばかりなんだ。

 だから子供こどもも、僕をふくめて10人ぐらいしかいない。


 わかい人は、仕事しごともとめて村のきたにあるパゲトナスっていう大きなまちへ出ていってるんで、のこっているのは老人ろうじんばっかりだ。

 僕のとうさんはそんな村で、唯一ゆいつ宿屋やどやをやってる。

 名前なまえは『潮騒しおさい』。


 山中やまなかにあるのに、『潮騒しおさい』ってへんだよね。

 でも理由りゆうがある。

 三年前さんねんまえんだかあさんが海辺うみべの村の出身しゅっしんだったからなんだ。


 かあさんが死んでとうさんはながちこんで、しばらくんだくれていたけど、今は立直たちなおってる。

 僕もそんな父さんをたすけるために、できるだけ宿屋やどや仕事しごと手伝てつだうことにしてるんだ。


 中央通ちゅうおうどおりをけて、村の東側ひがしがわまでいくと林檎りんごえんそばに、二階建にかいだてあか屋根やねをした建物たてものえてくる。

 あれが『潮騒しおさい』だ。

 玄関げんかんからもどらずにうらまわって、勝手口かってぐちから中にはいった。


「ただいま!」


「おう、はやかったな。どうだった」


 父さんは料理中りょうりちゅうだ。


「いっぱいあったよ」


 カゴをだいの上にのせ、フタをあけて見せる。

 父さんが、中をのぞいた。

 そして、まるくする。


「こりゃ大したもんだ、あと2,3回行かいいけば、今年ことしふゆぶんりるだろうさ。ありがとよ、キツォス」


 父さんは大きなで僕のあたまをごしごしってでてくれた。


「それからこれ見てよ、父さん」


 したいておいたおおかみ毛皮けがわにくを台の上にあげた。


「――おおかみ毛皮けがわにくだよ」


 一人ひとりおおかみ八匹はっぴきたをしたことがうれしくて、むねったんだ。

 でも父さんのかおきゅうにけわしくなった。


「おまえ、おおかみたたかったのか?」


 その顔を見て、しまったって思った。


「う、うん……、でもきずひとつもつけられてないよ……」


「まさか、たにこうがわったんじゃねぇだろうな」


「だ、だってもう、こっち側はとりつくされてるから……」


「この大バカ野郎やろうが!」


 父さんのゲンコツがあたまとされる。

 激痛げきつうだ。

 台をまわりこんできた父さんは僕をつよきしめた。


「母さんがんじまって、家族かぞくはもうおまえしかいねぇんだ。お前にまで死なれたら、俺はどうすりゃいいんだよ」


「ごめんよ、父さん……。もう行かないから」


 父さんの名前はニロス・マクリ。

 今年ことしで34さいだ。

 母さんの名前はヤンカ・マクリ。

 きてれば33さいだった。

 僕の名前はキツォス・マクリ。

 11さいだ。


 僕らパトリドスは人間エネコスちがってあたまつのえている。

 父さんは両耳りょうみみの上に1本ずつ、母さんはひたいに1本だけあった。

 僕は母さんにひたいつのが1本ある体質たいしつで、むずかしく言うと『エナス』ってことらしい。

 父さんみたいな二本角にほんづの体質たいしつは『ディオ』って言うそうだ。

 僕は、自分じぶん一本角いっぽんづのかがみで見ると、いつも母さんのことを思い出すんだ。


 母さんは海辺うみべの村からパゲトナスに出稼でかせぎにきていたとき、父さんとしりあって結婚けっこんした。

 父さんはパゲトナスではたらつづけるつもりだったけど、母さんはじいちゃんがスリノスで宿屋やどやをしてるっていて、そこではたらきたいって言い出したらしい。

 父さんは最初さいしょいやがってたけど、母さんにしつこく言われて、じいちゃんを手伝てつだうことにしたんだって。


 じいちゃんとばあちゃんはおやからいだ宿屋やどや自分じぶんだいめるつもりだった。

 でも、父さんと母さんが宿屋をぎたいって言い出したんで、つづけることにしたんだ。

 しばらくしてじいちゃんとばあちゃんが死んで、父さんは宿屋やどや改装かいそうした。

 そのとき名前も『潮騒しおさい』にえたんだ。

 もとの名前は、『くまあな』だったんだって。


「――父さん、さかなげてる」


 かまどのうえいていた塩漬しおづけのさかなが、もうもうとけむりを上げていた。


「いけねぇ」


 父さんはいそいで揚焼鍋あげやきなべからはずした。


「――ん、大丈夫だいじょうぶだ。すみになっちゃいねぇ」


 れたつきで、さかなさらうつし、塩漬しおづけのラハノのとパタタをわせにえた。


「キツォス、プソミと一緒いっしょに、こいつをおきゃくに出してくれ」


「わかった」


 僕は、さかなさらと、朝焼あさやいたばかりでかおりがするプソミのカゴを持って、食堂しょくどうかった。

 『潮騒しおさい』は宿屋やどやだけでなく、食堂しょくどうもやってる。

 1かい食堂しょくどう、2かい宿屋やどやなんだ。


 食堂しょくどうにいるおきゃく一人ひとりだけだった。

 後姿うしろすがたを見てすぐにだれかわかった。


「おちどうさま」


 きゃくの前に、すばやくさらとカゴをく。


「やあ、キツォス君。こんにちは」


「こんにちは、ジェファさん。毎度まいどどうも」


 彼女かのじょかおを見ないように、すばやくあたまげて、台所だいどころにもどろうとしたんだけど……。


「まあ、ちたまえ」


 クスクスとわらったジェファさんが僕をめた。


「――なぜきみは私をけようとするのかね」


 僕は立止たちどまり、したからそっとジェファさんのかおを見た。

 あおかみ褐色かっしょくはだあおひとみあかくちびる

 ジェファさんは、人間エネコスじゃない、妖精族ビレイのロシュだ。

 ものすごい美人びじんで、あまりに綺麗きれいすぎるから、緊張きんちょうして正面しょうめんから顔が見れない。


「べ、べつに、けてるんじゃないです……」


「ではどうしてかね? 一応いちおう私はきゃくだぞ。きみ対応たいおう失礼しつれいなものだとは思わんか?」


 失礼しつれいと言われてドキッとしてしまった。

 『潮騒しおさい』にわる評判ひょうばんがたったらこまる。


「す、すいません……。ジェファさんがあまりに綺麗きれいすぎて、顔が見れないんです」


 正直しょうじきわけはなして、あやまったんだ。


「ははははっ……」


 ジェファさんはそれをいて大笑おおわらいした。


可愛かわいいなあ、君は。――こっちへてもらえるか」


 そばに行くと、ジェファさんは僕をせて、ほっぺたにあかくてやわらかなくちびるしつけた。

 ずかしさとドキドキで身体からだあつくなったんだ。


「大きくなったら、もっといことを一緒いっしょにしよう……」


 そう言ったジェファさんはくちびるしため回しながら、ものすごくヌメっとしたつきで見てきた。

 僕はこわくなって、台所だいどころ逃込にげこむことしかできなかったんだ。

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