第41話 龍とはらすかす姫<8>

「ヒュリア!」


 さけんではみたもののどうすることもできません。

 ヒュリアはもう一匹いっぴきケルテンケレみつこうとするのをクズムスではらいのけ、どうにか持ちこたえています。

 着古きふるしたかわ防具ぼうぐが、ケルテンケレきば食込くいこむのをさえていますが、それがけてしまえばヒュリアのかたも食いちぎられてしまうでしょう。


 アレクシアさんに助けをたのむわけにもいきません。

 死にに行けと言うのと同じです。

 行きづまっている僕をよそに、ジョルジをくわえているケルテンケレがまた頭をまわし始めました。

 もう復体鎧チフトベンゼルが消えているので岩壁いわかべにぶつけられたら即死確定そくしかくていです。


 どうする……、考えろぉ、考えろぉ……。

 必死ひっし打開策だかいさくを見つけようとしました。

 羅針眼らしんがんのヒントらんを開いて、何か無いか探します。


 ケルテンケレ魔族まぞく盗賊とうぞく……。

 色んなワードを連想れんそうし、てはめたり言いえたりしてみますが、この状況じょうきょうに合うようなヒントが見つかりません。

 ケルテンケレの頭の回転速度かいてんそくどが、どんどんとあがっていきます。

 

「ジョルジ!」


 むなしくひびく僕の声。

 最後さいご一撃いちげきがジョルジにあたえられようとした刹那せつな

 白い光がケルテンケレの首にひらめくのが見えました。

 それにつづいて、どすんという地響じひびき。

 壁にぶつけられたジョルジの頭がくだけ映像えいぞう脳裏のうりかびます。


 ところが……。

 気がついてみると白くかがや人物じんぶつが、ジョルジをきとめて立っていました。


 へっ?!

 僕は何がこったのかわからず、ケルテンケレの方を見ます。


 ジョルジを壁にぶつけようとしていた竜の頭が綺麗きれいに無くなっていました。

 すっぱりとられた首の切口きりくちから、大量たいりょうの血が噴出ふきだしています。 

 地面には斬りおとされたケルテンケレの首がころがっていました。

 身体が壁にもたれかかるようにたおれ、ずるずるとくずれ落ちていきます。


「そこのあなた、彼をたのむ」


 白く輝く人物はアレクシアさんにジョルジをたくした途端とたん、ふっとき消えました。

 昧昧鼬セヘルクルナスた動きです。

 アレクシアさんとユニスが、気絶きぜつしているジョルジを地面に寝かせてくれています。

 僕はそのあいだ、消えた白い人物の姿を探していました。


 すると、ヒュリアのかたみついていたケルテンケレの頭の付根つけねに、また白い光がひらめきます。

 光が消えると同時に、ケルテンケレの首と頭は綺麗きれい分断ぶんだんされていました。

 頭をうしなった身体は横倒よこだおしになり、切口きりくちからひっきりなしに血があふれ出ています。

 

 もう一匹のケルテンケレは敵の姿すがたもとめ、あたりを見回みまわしています。

 もちろんケルテンケレは、それを見つけることはできません。

 白い閃光せんこうが最後のケルテンケレの首にも同じ運命うんめいあたえたからです。


 フリーズしたケルテンケレの首に血のすじあらわれ、ゆっくりと頭がズレていきます。

 地面に落下らっかしていく頭、血をらしたおれる身体。

 まるでスローモーション映像えいぞうを見ているようでした。


 ヒュリアは、分断ぶんだんされてもかたに噛みついたままのケルテンケレの口をこじあけ、地面にてました。

 不意ふいに白い人物があらわれ、彼女の前に立ちます。


大丈夫だいじょうぶ? 歩けるかい?」


 たずねられたヒュリアは、だまったままうなずき返しました。

 白い人物はヒュリアの無事ぶじみとめると、こちらにむかって歩いてきます。

 声からすると男性のようです。

 チェフチリクほどのイケボではありませんが、さわやかな感じです。


 でも、かたケルテンケレの首をあんな簡単かんたんに斬り落とすなんて……。

 ヒュリアにさえできなかったのに。

 技量ぎりょうでしょうか、それとも剣の切れあじちがい?

 いやまてよ、あのかがやきをはなよろい……、もしかしてあれ……、ジョルジと同じ?

 白の復体鎧チフトベンゼル


 歩いてくる白い人物のかげからヒュリアが顔を出し、仮面かめん口元くちもと人差ひとさし指を立ててみせます。

 おそらく自分達の素性すじょうだまってろというジェスチャーでしょう。

 僕はアレクシアさんとユニスにもヒュリアの意図いとつたえました。

 白い人物はおどろきと恐怖きょうふかたまっているタニョさんの前に立ち止まります。


「ブニャミン・タニョ殿どのですね」


 強張こわばった顔でうなずくタニョさん。

 白い人物はタニョさんの前でひざまずきます。

 すると顔全体かおぜんたいおおっていたかぶとらしき部分ぶぶんが消えて、素顔すがおが現れました。

 やっぱりジョルジのときと同じです。


 ゆるくウェーブのかかった黒髪くろかみ褐色かっしょくで切れながひとみかたちの良い鼻とうすめのくちびる

 とても端整たんせい顔立かおだちですが、けっして女性っぽくなく、やんちゃな少年っていう感じです。


 イケメンじゃ、まごうことなきイケメンが現れたのじゃ!

 わしらのような三軍男子さんぐんだんしからみれば、まさに永遠えいえんてきよ!

 ゆるすまじ、おお、許すまじぃぃぃ!!!

 

「私はイドリス・ジェサレットともうす者。ムジャデレ殿どのからの依頼いらいにより御助おたすけにまいりました」


 タニョさんにお辞儀じぎをするイケメン様。

 でも、イドリスって……?。

 英雄えいゆうの人……?


御爺様おじいさまが?! そうか……、さすがは御爺様おじいさまことなかれ主義しゅぎ父上ちちうえとは一味違ひとあじちがう。――うぬっ?!」


 タニョさんは目玉めだまをひんむいて、ひざまずいているイドリスを見下みおろします。


「おぬし、今、イドリスともうされたか……。もしや英雄イドリス殿か?」


 立ち上がったイドリスは、メンズモデルみたいなキメ顔でうなずきました。


 おいおい、いちいち、かっけぇなぁ。

 やってらんねぇぜ。

 ったくよぉ。


「ふむ、昨今さっこん名士めいしすくわれるとは、人質冥利ひとじちみょうりにつきるとはこのことよ。ふぇふぇふぇ……」


 タニョさんは自分のジョーク?に、大笑いしてますけど。

 みんな、すん顔ですって……。


「イドリス」


 白髪頭しらがあたまで口元くちもと白髭しろひげおおわれた60代位だいくらい眼光鋭がんこうするどじいさんがやってきて、イドリスに話しかけました。


「――手前てまえ盗賊とうぞく達は全部片付ぜんぶかたづけたぞ」


 じいさんのうしろには一目ひとめでわかる精強せいきょう戦士せんし達が十人ほどつきしたがってます。


「そうか、じゃあおく掃除そうじたのむ。それと、そこにころがってるキュペクバル達はとりあえずしばり上げておこうか」


「わかった」


 イドリスの指示しじじいさんと数人の戦士達は洞窟どうくつおくへと進み、残った者はなわでキュペクバルをしばり上げていきました。

 

「ところでタニョ殿、あの仮面かめんの女性やたおれている青年せいねん、そしてこちら女性達とはどのようなご関係かんけいでしょうか」


「うむ、こちらの女性達は我輩わがはいとともにとらわれていてな、仮面の御仁ごじんとあの青年は彼女らを助けに来たらしい。我輩はそのついでに助けられたのだ」


「そうでしたか」


 イドリスはユニスのそばにやってきました。


「君、ケガはないかい」


 背後はいご満開まんかいの花をデコってユニスにやさしくいかけるイドリス。

 ユニスはにこりともせず、じっとイドリスを見つめかえします。


「――ん、何? なにか変かな?」


「あなた、つかれない?」


 意表いひょうをついたユニスの切返きりかえしです。


「えっ?」


 困惑こんわくするイドリス。


「大して心配しんぱいもしてない相手あいてにも愛想あいそよくして……」


 ほう、ユニスちゃん、意外いがいとヤルね。


「ユニス!」


 アレクシアさんがユニスのかたに手を置いて、たしなめます。


「すいません、まだ子供なものですから……」


 ユニスの代わりに頭を下げるアレクシアさん。


全然ぜんぜん、気にしてませんよ」


 でもちょっと顔が、ひきつってますよ、イドリスさん。


「――このたびは、お助けくださり、ありがとうございました」


 謝罪しゃざいのついでに、お礼を言うアレクシアさん。


「いえ、こちらの都合つごうでおたすけしただけのことです。礼を言われるほどのことはありません。――それで、みなさんはこのあとどうされますか? 我々われわれはタニョ殿をマリフェトまでおくとどけるため南へ向いますが。よかったら同行どうこうしませんか。スルスクラムの森は危険きけんな場所ですからね」 

 

もうし出はありがたいが、こちらにも都合つごうがあるので、同行は遠慮えんりょさせていただく」


 アレクシアさんが口を開く前に、やってきたヒュリアが素気無そっけな口調くちょうで答えました。


「そう……ですか……、別に無理強むりじいするつもりはありません」


 閉口へいこうぎみのイドリス。

 ことわられるとは思ってなかったみたいです。


「ただ、今回こんかいけん、心から感謝かんしゃしている。あなたがこなければみな、命を落としていただろう」


 気まずそうなイドリスに向って、ヒュリアは深々ふかぶかと頭を下げました。


「はは、そんなにかしこまらずに」


「礼と言ってはなんだが、私達にできることがあれば、させていただこう」


「そうですか……。だったら、英雄党えいゆうとうのことを宣伝せんでんしてもらえませんか」


英雄党えいゆうとう?」


「我ら英雄党えいゆうとうは、助けをのぞむ者、こまっている者がいれば、どこへでもけつけ、適正てきせい料金りょうきん援助解決えんじょかいけつする仕事しごとをしています。もしまわりにそんな人がいたら、英雄党えいゆとう紹介しょうかいしてもらいたいんです」


「なる……、ほど……」


 いまいち納得なっとくできてない感じのヒュリア。

 結果けっか、彼女は英雄様に直球ちょっきゅうをぶつけてしまいます。


英雄えいゆうが、金をとるのですか?」


「ええ、人間、めしを食わなければ生きていけません。それにはどうしても金が必要ひつようになります。偽善者ぎぜんしゃと思われるかもしれませんが、現実げんじつきびしいですからね」


 苦笑にがわらいしながら答えるイドリス。

 でも誤魔化ごまかさないところは好感こうかんが持てますね。


「タニョ家は今回の件に関して、多額たがく報酬ほうしゅうを出すだろう」


 タニョさんはむねり、ここぞとばかりに宣言せんげんしました。 


「――すんません、オラ、気をうしっちまったみてぇで」

 

 ジョルジが目をましました。


「うん、お仲間なかま大丈夫だいじょうぶのようだ」


 ジョルジの無事ぶじ確認かくにんし、イドリスはタニョさんの前にもどります。


「では、タニョ殿、外に簡単かんたん食事しょくじ用意よういしてありますので、出立前しゅったつまえにしばし御休息ごきゅうそくを」


「おお、ありがたい。さすが英雄、そつの無いことよ。――どうだ、仮面の御仁ごじん、そのほうらも一緒いっしょ馳走ちそうにあずからんか?」


「ありがたいお話ですが、れをたせているので、我らはここでおわかれいたします」


 そうそう、ボロがでる前に退散たいさん、退散。


「そうか、それは残念ざんねんだな。――ならば」


 タニョさんはけていた指輪ゆびわはずして、ヒュリアにわたします。


世話せわになった礼だ。それを持っていくがいい。タニョ家の家紋かもんが入った指輪だ。マリフェトをおとずれたとき、それを官吏かんりしめすがよい。便宜べんぎはかってくれよう」


「――ありがたく頂戴ちょうだいしましょう」


 ちょっとためらっていたヒュリアでしたが、素直すなおけ取ることにしたみたいです。

 僕らが立ちろうとするとき、イドリスがヒュリアのそばってきました。


以前いぜんどこかで会わなかったかな?」


「気のせいだろう」


 あくまでもドライに対応たいおうするヒュリア。


「そうか……」


 いぶかしげな顔をしているイドリスを残し、僕らはとうとう洞窟どうくつからの脱出だっしゅつに成功したのでした。

 け穴の入り口に向おうとしたとき、ヒュリアのかた昧昧鼬セヘルクルナスが現れました。

 ククククと鳴いた昧昧鼬セヘルクルナスは、すぐに肩から飛び降り、森の中へ入るようさそいます。

 きっと霊龍れいりゅうは森の中に移動いどうしたのでしょう。


 もうすぐのぼるころだとは思いますが、森の中は真暗まっくらなままでした。

 雨雲あまぐもめているスルスクラムの森では月明つきあかりはあてにできません。

 イドリスからもらった松明たいまつがなければ、一歩いっぽも進むことはできなかったでしょう。


 昧昧鼬セヘルクルナス先導せんどうで森の中を30分ほど歩かされると前方ぜんぽうにに野原が広がり、その中央ちゅうおうにランプのあかりが見えました。


「おい、ここだ」


 あかりらされたアティシュリが、手をってます。

 その横にチェフチリクもいました。

 壌土じょうど龍の姿すがたを見つけたアレクシアとユニスは走り出し、彼が広げたうでの中に飛び込みました。

 チェフチリクにすがりついた二人は、泣きはじめます。


「二人とも無事ぶじで良かった……。随分心配ずいぶんしんぱいしたぞ」


 やさしくひびくチェフチリクの美声びせいを聞き、二人の泣き声は一層激いっそうはげしくなりました。


「――ヒュリア、ジョルジ、ツクモ、よくやってくれた。心から礼を言う」


 チェフチリクがふかく頭を下げました。


 二人が泣きむまでの間、僕はヒュリアとジョルジの治療ちりょうをしました。

 もちろん泣き止んだアレクシアとユニスのきずもちゃんとなおしておきました。


 一息ついたところで気になってたことをヒュリアにたずねます。


「あのとき、アレクシアさんに、何を言ったの?」


 洞窟の中でヒュリアは何をアレクシアさんに耳打みみうちしたんでしょう。


「ああ、あれか。あぶなくなったら、タニョ殿をたてにしろと言ったんだ」


 なるほど、それでアレクシアさんはタニョさんを人質ひとじちにしたわけですね。

 

 スルスクラムの森にまた雨が降り始めます。

 治療ちりょう完了かんりょう見届みとどけ、二柱ふたはしら霊龍れいりゅうは、堂々どうどうたるドラゴンの姿へともどりました。


 炎摩えんま龍のにはヒュリアとジョルジ、壌土じょうど龍の背にユニスとアレクシアが乗ると、二龍にりゅう家路いえじへとつばさをはためかせます。

 もちろん僕は定位置ていいちであるヒュリアの胸元むなもとにおさまってるわけです。


 あめけるためにくもの上に出るドラゴン達。

 道中どうちゅう、東の空が明るくなり、太陽たいようのぼり始めました。

 最初、オレンジだった陽光ようこうは、目の前で、まばゆいばかりのゴールドに色を変えていきます。


 ありがたい光景こうけいですなぁ。

 僕らの前途ぜんと祝福しゅくふくしてくれているようです。

 とりあえず、おがんどきましょ。

 余談よだんですけど、バシャルでも太陽と月は東とされるがわからのぼるみたいですね。


 数時間後すうじかんご人喰森ひとくいもり到着とうちゃくした僕らは、なつかしい我家わがやの前に立ちました。

 なんか随分久ずいぶんひさしぶりな気がします。

 一日しかってないんですけど。


 ユニスとアレクシアははじめて見る耶代やしろ興味深深きょうみしんしんのようです。

 中に入るとユニスが歓声かんせいを上げました。


「さてと、話をすすめる前に、まずははらごしらえといきましょうか」


 四人掛よにんがけのテーブル席にヒュリア、ジョルジ、アレクシア、ユニスがすわり、おとなりのテーブルにアティシュリとチェフチリクが陣取じんどります。

 さむい中、空を飛んで来たわけですから、あたたかいものがいいでしょうね。

 というわけで、野菜やさいかきげの天ぷらうどんを具現化ぐげんかします。

 俺はキャラメルな、と言うアティシュリをきにして、五人前です。


「何これ、良いにおい」


 うどんから立ち上る湯気ゆげい込んだユニスの丸いおなかが、グーとりました。

 思えばこのはらのおかげで、とってもさせられましたねぇ……。

 全員ぜんいんはし無理むりなので、フォークを使ってもらいます。


 いざ実食じっしょく

 白いめんが口に入ると、四人の人族ひとぞくは目を丸くして声を上げます。


美味おいしいーっ!」


 賞賛しょうさん絶叫ぜっきょう食堂内しょくどうないひびわたりました。

 チェフチリクも、めんを口にはこぶ手を止めません。

 どうやら、天ぷらうどん、成功せいこうのようですね。

 では本題ほんだい食堂開店しょくどうかいてん、いってみましょうかね。

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