第40話 龍とはらすかす姫<7>

 突進とっしんしてきたケルテンケレ狂猛きょうもうな口がみつこうとしたとき、ヒュリアは、さっとたいをかわしてクズムスをその首筋くびすじたたきつけました。

 しかし羽毛うもうかた表皮ひょうひはばまれて、とおりません。


 ケルテンケレは首をおもいって、人の三倍さんばいぐらいあるあたまをヒュリアにぶつけました。

 彼女はばされ、地面じめんころがります。

 しかしすぐに立上たちあがると、すべるように僕らのところへもどってきて小声こごえ指示しじを出しました。


ひとさくを思いついた。私はこれからケルテンケレれて出口でぐちへとかう。あなた達はケルテンケレあといかけてはしるんだ」


ケルテンケレれていく?」


 ヒュリアは無言むごんうなずき、うしろを振返ふりかえって状況じょうきよう確認かくにんしました。

 ケルテンケレが、身体からだきをえて、また突撃とつげき体勢たいせいになってます。

 ヒュリアは、アレクシアさんになに耳打みみうちした後、っこんでくるケルテンケレあしあいだに飛びこんで前転ぜんてんし、そのうしろへけました。

 獲物えもの見失みうしない、僕らの目の前でうごきをめるケルテンケレ


 背後はいごまわりこんだヒュリアは、ケルテンケレ先端せんたんにクズムスでりつけます。

 もちろん斬れませんが、ケルテンケレは、周囲しゅうい空気くうきふるわすほどの音量おんりょうで、ギーと鳴声なきごえを上げました。

 いたがってるみたいですね。


急所きゅうしょに斬りつけやがったな!」


 フセインがあわったようにさけびます。

 尻尾しっぽさき急所きゅうしょのようです。


 目をいからせたケルテンケレがヒュリアをさがして振返ふりかえります。

 僕らの頭上ずじょうギリギリをケルテンケレ尻尾しっぽ通過つうかしていきました。


 ヒュリアは、するすると岩壁いわかべちかくに移動いどうします。

 ケルテンケレは彼女を見つけると頭からっこんでいきました。

 ヒュリアがをひるがえすと、ケルテンケレかべ衝突しょうとつします。

 ケルテンケレの頭は壁にめりこみ、バラバラと岩がくずれました。

 かなりの威力いりょくです。


 ヒュリアは、ケルテンケレの後ろにまわり込むと、また尻尾しっぽりつけます。

 壁から頭を引抜ひきぬいたケルテンケレは、さっきよりも大きな鳴声なきごえを上げました。

 激怒げきどしてますな。


 ヒュリアは素早すばや移動いどうし、今度こんどはフセインの前で立止たちどまりました。

 目の前にたヒュリアを見て、フセインは何かにがついたようです。


「てめぇ、まさか……」


 しかし気づくのがおそすぎました。

 いかりで見境みさかいくなったケルテンケレが彼女に突進とっしんしてきます。

 そして見計みはからったようにヒュリアが身をかわしました。

 当然とうぜんケルテンケレはキュペクバル達の中にびこむわけです。


 そこねた者はたおされ、カギづめ引裂ひきさかれます。

 ただフセインをふく何人なんにんかは、咄嗟とっさ地面じめんころがってなんけました。

 ケルテンケレは自分の主達ぬしたちみつけながら、ヒュリアをもとめ、まわりを見回みまわします。


 そのときまでには、ヒュリアは盗賊達とうぞくたちの中にりこんで、何人かたおしているところでした。

 彼女を見つけたケルテンケレが、今度こんど盗賊達とうぞくたちほうっこんでいきます。

 悲鳴ひめいを上げる盗賊達とうぞくたち

 ヒュリアは盗賊とうぞくあいだけて出口でぐちはしり出しました。

 ケルテンケレ盗賊とうぞくたおしながら彼女をっていきます。


 結局けっきょく盗賊とうぞくのリーダーの意見いけんの方がただしかったみたいですな。

 せま洞窟どうくつないはパニック状態じょうたいです。


きましょう」


 僕の合図あいずをきっかけにアレクシアが先頭せんとうになって、ケルテンケレを追いかけました。

 前方ぜんぽうからは、盗賊達とうぞくたち悲鳴ひめいが聞こえてきます。


人質ひとじちがすなよ! 女達おんなたちころしてもかまわねぇが、おとこはまだころすんじゃねぇぞ!」


 地面じめんせていたフセインは、僕達が目の前を走りぎて行くのに気がつき、怒鳴どなりました。


 そう言われてもねぇ。

 盗賊達とうぞくたちこまっちゃいますよねぇ。

 忍者にんじゃみたいに洞窟どうくつの壁にりついて、なんとかケルテンケレ突進とっしんからのがれたのにさぁ。

 下手へたすれば今度こんどこそケルテンケレころされちゃいますからねぇ。


 さすがはヒュリアのさくです。

 ケルテンケレあとについていけば、勝手かってみちがひらけていくわけです。


 だけどフセイン達が、追いかけてきてます。

 つかまったら何をされるやら……。


 洞窟どうくつ途中とちゅうから90度近どちかひだりがっています。

 がりえたさきに、出口でぐちえました。

 もうすぐ脱出だっしゅつできそうだってホッとしかけたとき、追いかけてくるフセインがまた怒鳴どなりました。


のこりのケルテンケレ全部ぜんぶ出せ! 仮面かめんの女は絶対ぜったいに逃がすじゃねぇぞ!」


 前を走っていた最初さいしょケルテンケレが足を止めます。

 前方ぜんぽうに、二頭のケルテンケレが姿をあらわしたせいでしょう。

 僕らも必然的ひつぜんてきに動けなくなってしまいました。

 くわしい様子ようすはわかりませんが、ヒュリアは前後ぜんご三匹さんびきケルテンケレはさまれてしまっているようです。

 相当そうとうまずい状況じょうきょうじゃないかと。


「ずいぶんとナメた真似まねをしてくれるじゃねぇか」


 すすめなくなった僕達のうしろからフセイン達がせまってきていました。

 全員ぜんいん殺気立さっきだっていて、おそろしい形相ぎょうそうになってます。

 僕は、キュペクバル達にむかって数発すうはつ炎弾えんだんちこみました。

 でも薄青うすあおひかりかべあらわれ、炎弾えんだんは、それにぶつかり飛びってしまいます。

 結界けっかい使つかやつがいるみたいです。


「なんだいま炎弾えんだん? あのくすりんだやつは身体からだしびれて、しばらく魔導まどうも使えなくなるはずじゃなかったか……?」


 フセインの部下ぶか達はこたえられずに首をりました。

 僕がやったことに気づいてません。


「まあいい。――女達おんなたち奴隷商人どれいしょうにんに売りつけるつもりだったが、やめだ。ころしちまえ」


 フセインの命令めいれいけて部下達ぶかたちけん抜放ぬきはなち、近づいてきます。

 背後はいごでは、ヒュリアが三頭さんとうケルテンケレ攻撃こうげきけて、壁の方に追いめられていました。

 何か打開だかいするさくがないかかんがえていると、アレクシアさんが思ってもいない行動こうどうに出ました。


「それ以上近いじょうちかづくな!」


 フセイン達にかって怒鳴どなるアレクシアさん。

 アレクシアさんがタニョさんの背中せなかにピッタリとくっついたことで、僕は視界しかいうばわれて目の前が真暗まっくらになります。

 でも真暗まっくらになる寸前すんぜん、アレクシアさんの剣がタニョさんの首にあてがわれるのが見えました。


「――この男をたすけたければ、あのケルテンケレを止めろ!」


 アレクシアさんが厳命げんめいしました。

 なるほど、剣をあてがったのはタニョさんを人質ひとじちにとるためだったんですね。


 へっ? 

 タニョさんを人質ひとじち

 何か方向性ほうこうせい間違まちがってない?


「な、何をするかっ!」


 タニョさんが動揺どうようしてさけびます。


「すみません、これはげるための演技えんぎです。すこし我慢がまんしてください」


 ささやくアレクシアさん。


「おお、そうであったか……」


 即座そくざ納得なっとくするタニョさん。


「てめぇ、仲間なかま人質ひとじちにするってのか……?」


 困惑気味こんわくぎみのフセイン。


仲間なかま?! ちがう! たまたま同行どうこうしただけのことだ。――はやケルテンケレを止めろ! この男をころすぞ!」


「わ、我輩わがはいが死ねば、身代金みのしろきんは手にはいらんぞぉぉ! はやくこの女からたすけんか、おろか者どもめぇぇ!」


 タニョさん、ちょっと演技過剰えんぎかじょうですよ。

 わざとらしいったらありゃしない。

 面倒臭めんどくさそうな舌打したうちの後、フセインのふたもない言葉ことばが聞こえてきました。


「もういい、全員ぜんいんころすことにする」


「でもかしら、そんなことしたら、マリフェトの政府せいふ本腰入ほんごしいれて俺たちをってくるんじゃ……?」


「くだらねぇ気を使うのはもうやめだ。どうせそこらじゅうのくにからわれてんだ、今更いまさらビビって何になる。身代金みのしろきん引換ひきかえに、こいつの生首なまくびかえしてやりゃあいいんだよ」


「この恥知はじしらずめ! 我輩わがはいまでも殺すというのか!」


 絶叫ぜっきょうするタニョさん。

 それに続いて、ギッ、ギュ、ギッ、という声が聞こえました。

 これってフセインがケルテンケレ命令めいれいするあれですよ……ねぇ……?


「レクシィ!」


 ユニスの悲鳴ひめいが聞こえ、僕の視界しかいきゅうあかるくなりました。

 アレクシアさんが、タニョさんを突放つきはなしたせいです。

 さっきまでタニョさんがいたところに、巨大きょだいケルテンケレの顔がありました。

 ケルテンケレは口を大きくひらいたかと思うと、アレクシアさんにおそかります。

 彼女はとっさに身をかわし、なんのがれますが、ケルテンケレの口は執拗しつようってきます。


 壁際かべぎわに追いめられるアレクシアさん。

 僕はケルテンケレ牽制けんせいするために炎弾えんだんちました。

 ほのおたしかにケルテンケレの顔を火だるまにするんですけど、すぐにえてしまいます。 

 これがヒュリアの言っていた魔導まどうへの耐性たいせいってやつでしょうか。


 ケルテンケレ何事なにごとかったかのように、攻撃こうげきつづけてきました。

 にわとりえさをつつくように連続れんぞくみかかります。

 アレクシアさんはギリギリでよけてましたが、いきがあがり、つまずいてしまいました。

 ケルテンケレは、凶猛きょうもうなカギづめがついたあしで、たおれた彼女をつぶそうとしました。


 咄嗟とっさ結界けっかいります。

 みつけるケルテンケレあしが、薄青うすあおかべの前でギリ止まってました。

 あぶねぇ、あぶねぇ……。


「ありがとう……、ございます……」


 かたいきをするアレクシアさんの感謝かんしゃの言葉。


いんですよ。それより、息がととのったらすぐに脱出ぬけださないと。結界けっかいにも限度げんどがありますから」


 ケルテンケレはイライラした感じで何度もみつけてきます。

 へんっ、まだまだ大丈夫だいじょうぶですよぉ。

 でも事態じたいは悪い方向ほうこうへ進んでいきました。


「レクシィ!」


 緊迫きんぱくしたユニスの声。

 彼女は、タニョさんと一緒いっしょにキュペクバルにつかまってました。


「おいっ、そのままうごくんじゃねぇぞ。さもないとこのデブを殺すからな」


 ギョロ目をほそめてたのしそうに、のたまうフセイン。

 動くなってことはつまり、このままケルテンケレんづけ攻撃こうげきつづけるってことで……。

 それはつまり、いつか結界けっかい限度げんどが来るってことで……。


 あの片目かためのウザいオッサンは、僕らにこのままつぶされろ、って言ってるわけです。

 性格せいかく悪ぃねぇ……。

 絶対ぜったいドSだな。


「どうすれば……」


 アレクシアさんがわらにもすがる感じで聞いてきます。

 でも何も思いつきません。

 こういうのを万事休ばんじきゅうすって言うんでしょうかね。


 ところが、僕の日ごろのおこないが良いのか、正義せいぎ味方みかたあらわれてくれたのでした。


「てめぇ、何者なにもんだ……!」


 そう言ったフセインははらを思いきりられて、ゲロりながら、くずれちました。

 ざまぁ見ろ、変態へんたいオヤジが!

 部下ぶかのキュペクバル達も次々つぎつぎなぐたおされ、ユニスとタニョさんは無事救出ぶじきゅうしゅつされました。

 そして正義せいぎ味方みかたは、僕らをみつけているケルテンケレ横腹よこっぱらにも猛烈もうれつなパンチをちこみます。

 ケルテンケレは、ギューといて横倒よこだおしになり、動きをめました。


大丈夫だいじょうぶですかぁ?」


 ワンパンでケルテンケレをぶっばしたのは、あおかがやうつくしいよろいつつ人物じんぶつ

 そう、だれあろう、われらの期待きたいほし、ジョルジ君なのでした。


「おう、ジョルジ君! グッドタイミング! さすが英雄えいゆう目指めざすだけあって、登場とうじょう仕方しかたがカッコいいねぇ」


「そ、そうですかぁ」


 あたまをかきながられてるジョルジ君。


「このかたは……?」


 ジョルジ君の手をりて立上たちあがるアレクシアさん。

 彼女の目はあおうつくしいよろい釘付くぎづけです。


「僕らの仲間なかまのジョルジ君です」


 ちょっとドヤがお紹介しょうかいします。

 顔は見えてないんですけどね。


「レクシィ!」


 丸々まるまるとした人影ひとかげが走って来てアレクシアさんにきつきます。

 そしてき出しました。


「良かった、ユニス……」


 アレクシアさんは、胸元むなもとにある、おかっぱボブの頭をやさしくでました。


「青いよろい御仁ごじんたすかりましたぞ……」


 映画えいがにでもなりそうなエモいシーンなのにタニョさんが割込わりこんできて、一気いっきにギャグ漫画まんがわります。


「――我輩わがはいはマリフェト13枢奥卿家すうおうきょうけひとつである……」


 口ひげをひねりながら、またえらそうな肩書かたがきを、のたまおうとするタニョさん。


「こだごとしてらんねかった。ヒュリアさんをお助けせねば」


 タニョさんを完無視かんむしして、ジョルジは二頭にとうケルテンケレあばれている方に目を向けました。

 無視むしされたタニョさん、口をパクパクさせてます。


 ジョルジの視線しせんさきには左右さゆうから連続れんぞくみついてくるケルテンケレの口を、体捌たいさばきと剣捌けんさばきで、かわしつづけているヒュリアの姿すがたがありました。

 でも動きが次第しだいにぶくなっている気がします。

 いつまで、もつかわかりません。


 ヒュリアを助けるためにけ出そうとしたジョルジ。

 しかしパンチで気絶きぜつしたと思っていたケルテンケレが、足首あしくびみつきました。


「うわぁぁ」


 思わず声を上げるジョルジ。

 何度なんども頭を蹴飛けとばしますが、ケルテンケレは、かたくなにはなそうとしません。

 それどころかジョルジを引倒ひきたおしながら起上おきあがります。

 そしてあたまをぐるぐると回転かいてんさせ、ジョルジごとかべたたきつけました。


 しかも一度いちどわりじゃありません。

 ジョルジをはなさず、頭を回転かいてんさせ、さっきと同じようにかべたたきつけます。

 かべくずすほどに何度もたたきつけるうちに、ジョルジの身体からだから目に見えて力がけていくのがわかりました。

 しまいには、青いよろいが消えてもと姿すがたもどってしまいます。

 足首あしくびくわえられたまま気をうしなったジョルジは、ケルテンケレの口から脚一本あしいっぽんで、ぶらさげられているのです。


「ジョルジ! しっかりしろ!」


 声をかけますが反応はんのうがありません。

 危険きけん状態じょうたいです。

 もしジョルジが何かの拍子ひょうし爆発ばくはつしたら……。

 すべわります。


 問題もんだいは、それだけじゃありません。

 ヒュリアにも危機ききせまっていました。

 彼女の右の肩口かたぐちに、ケルテンケレみついているのです。

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