第39話 龍とはらすかす姫<6>

正面突破しょうめんとっぱってホント大丈夫だいじょうぶなの、ヒュリア?」


 たよりになりそうなのはアレクシアさんだけです。

 しかもタニョさんとユニスを守りながらたたかわなければなりません。


「わからないが、やるしかない」


 後ろをかえるヒュリア。

 ユニスとアレクシアさんが顔をこわばらせてます。


「なるだけ私のうしろからはなれないように。――アレクシア、あなたは護衛官ごえいかんだと聞いている。戦えますか?」


「まだ麻痺まひ薬の効果こうかのこってますが、大丈夫です」


「では、ユニスさんをまもることに専念せんねんしてください。道は私が切開きりひらきます」


 そのときヒュリアの右肩みぎかたの上に、ふっと小さなかげが現れました。

 昧昧鼬セヘルクルナスもどってきたみたいです。

 ククククといてますが、ドラゴン姉さんがいないと何を言ってるかわかりません。


抜穴作戦ぬけあなさくせん失敗しっぱいした。正面突破で脱出だっしゅつすることになったとチェフチリク様達につたえてくれ」


 ヒュリアの言葉を聞いた昧昧鼬セヘルクルナスは、クッキクッキと鳴いてすぐに姿すがたを消しました。

 昧昧鼬セヘルクルナスがいなくなると、ヒュリアは首のうしろに手をまわし、首飾くびかざりをはずします。


「それと、これを渡しておきます」


 首飾りをアレクシアに手渡てわたそうとするヒュリア。


「ちょつと! 何してんの、ヒュリア!」


 僕が声を上げるとユニス達がぎょっとしました。

 首飾りがしゃべれば、そりゃおどろきますわな。


「ツクモ、二人を守ってしい。私にはクズムスがあるからな」


「ヒュリアの腕前うでまえは知ってるけど、あのかずだよ?!」


「私が元勇者もとゆうしゃだと言う事をわすれたのか?」


 冗談じょうだんめかすヒュリア。

 これから戦いがはじまりそうなのに、この感じ……。

 相当自信そうとうじしんありと見ました。


「――わかった、君を信じるよ」


 ふっと笑ったヒュリアは、僕をアレクシアさんの手の上にきます。

 不安ふあんそうに僕をながめている二人。

 とりあえず挨拶あいさつしときましょうか。


はじめまして、アレクシアさん、ユニスちゃん。僕はツクモって言います。どうぞよろしく」


「は、はあ、ど、どうも……」


 アレクシアさんが、ぎこちない感じで頭をげました。

 ユニスの方は、うわっと言いながら人差ひとさし指で僕をつついてきます。

 いてる感じの二人にヒュリアが説明してくれました。


「ツクモは魔導まどうあやつる強い霊体れいたいで、その宝石ほうせきの中に入っています。持っていれば、かならず守ってくれますから」


 盗賊とうぞくのことをまったくく気にめることなく背中せなかを向けていたヒュリアに怒声どせいが飛びます。 


「てめぇ、何者だ?!」


 リーダーらしき盗賊が前に出てきてました。

 でもえらそうなだけで、全然強ぜんぜんつよそうには見えないですね。

 盗賊の人数にんずうは、さっきのばいぐらいにはえていますが、なぜかおそってきません。

 不思議ふしぎに思っていると、盗賊達がヒュリアの顔をまじまじと見ているのに気づきました。

 どうやらあの仮面かめんを気にしてるみたいです。


 薄暗うすぐら洞窟どうくつの中、いきなりあられた正体不明しょうたいふめいみどりの仮面。

 魔人まじんとか化物ばけものたぐいかと思って警戒けいかいするのも当然とうぜんですよね。

 ヒュリアもそれに気がついたみたいで、両手りょうてをだらりとらし、少しうつむきかげんになって盗賊とうぞくおどかすようにひくい声で言いました。

 ジャパニーズユウレイスタイルです。


酒場さかば老夫婦ろうふうふ耗霊もうりょうたのまれ、そのうらみをらすためにやってきたものだ」


 盗賊達はみな、ぎょっとしてます。

 どうやらこいつら全員ぜんいん、顔がわるいだけの雑魚ざこキャラみたいです。

 あのくらいのおど文句もんく、いまどき小学生しょうがくせいだってこわがりませんよ。

 こりゃ逆立さかだちしてもヒュリアにかなわないでしょう。


 ヒュリアのおどしにハマったリーダーは、あたふたしながら周囲しゅうい見回みまわし、部下ぶか命令めいれいします。


「ふ、ふざけやがってぇ。――やっちまえ!」


 リーダーのそばにいたしたの三人は、俺たちかな、って顔を見合みあわせたあと、へっぴりごしで剣をき、ヒュリアにおそいかかりました。


 正面しょうめんから垂直すいちょくりつけてきた最初さいしょやつの剣を、ヒュリアは半身はんみになって、ふわりとかわし、そいつの首元くびもとあたりをクズムスで水平すいへいに、なぎはらいました。

 盗賊は何がこったのかわからない様子ようすうごきを止めます。

 その途端とたん、身体から首がちて、切口きりくちから大量たいりょうがりました。


 りかかる血をけながら散歩さんぽでもするかのようにすすめるヒュリア。


 右から来た二番手にばんてやつが、バットをるようによこから首元くびもとりつけてくるのを、こしを落としてかわし、立ち上がるいきおいいにまかせて、そいつののどにクズムスを突きし、すぐに引ききます。

 血があふれてくるのど片手かたてさえ、自分のしんじられないような顔で二番手の盗賊が、くずれました。


 左から悲鳴ひめいのようなさけび声を上げながら来た三番手さんばんてが、左肩口ひだりかたぐちからななめめにり下ろしてきた剣のしのぎに、ヒュリアはクズムスをすべらせながらいきおいをころし、同時どうじに身体を左回ひだりまわりに半回転はんかいてんさせました。

 回転かいてんしたことで、二人はつか至近距離しきんきょりかたならべることになります。


 ヒュリアは、り下ろされたことで力をうしなった盗賊の剣の上をすべらせるようにクズムスを動かしていき、一気いっきに身体を逆回転ぎゃくかいてんさせるとてき左腕ひだりうでごと脇腹わきばらから背中せなかをクズムスで切裂きりさきました。

 られた左腕ひだりうでにぎった剣からぶら下がり、脇腹わきばらから血を噴出ふきだしながら、結局けっきょく三番手さんばんてたおれることになったのです。


 おどろいたことに、一連いちれんながれの中、剣と剣がぶつかって火花ひばならすようなことはありませんでした。

 ただクズムスがこすれたり、かぜを切る音だけがかすかに聞こえただけです。

 時代劇じだいげきとかのチャンバラを見てると、相手あいての攻撃をふせぐために自分の剣を打合うちあわせますけど、ヒュリアは一度いちどもそれをしてません。

 だからほとんどおとがしなかったわけです。


 いきらすこともなく、クズムスをって、こびりついた血をはらとすヒュリア。

 呆然ぼうぜんとしている盗賊達を尻目しりめ死体したいの手から剣を二本拾にほんひろい上げた彼女は、アレクシアさんとタニョさんにそれをわたしました。


 アレクシアさんとタニョさんは、おどろきと恐怖きょうふじったような顔で、おずおずと剣を受取うけとります。

 いや、無理むりもない。

 ほんのわずかな時間で、何事なにごともなかったかのように三人もたおしちゃったんですから。


 背筋せすじさむくなるような剣のえです。

 トゥガイと戦ったときのあつさが、まったくありません。

 ヒュリアと盗賊達の力量りきりょう雲泥うんでいがあるってことなんでしょうね。


 いつのまにか地響じひびきもみ、しわぶき一つもく、しんとしずまりかえる洞窟どうくつ

 そのしずけさとヒュリアが身にまとう静けさがかさなって、まるで空間全体くうかんぜんたいてついてしまったかのようです。


「ビ、ビ、ビビってんじゃ、ね、ねえぞ! か、かずはこっちが多いんだ。い、い、一斉いっせいにかかるんだよっ!」


 静寂せいじゃくやぶったのは盗賊のリーダーでした。

 自分が一番ビビってるくせに、まわりの部下ぶか達にツバを飛ばしながら命令してます。

 でも誰一人だれひとり、かかっていこうとする者はいません。


 ヒュリアは自分の方から盗賊達に向かって、一歩いっぽあしを進めます。

 すると盗賊達全員、一歩いっぽうしろへさがります。

 彼女が二歩にほ進むと、盗賊達は二歩さがります……。

 なんだ、なんだ、こりゃコントか?


「――お前らじゃてっこねぇよな」


 盗賊達のうしろから野太のぶとい声がしました。

 ガタイの良い大男おおおとこが十人ほど前に進み出てきます。

 見た感じ、みんな2メーター以上いじょう背丈せたけがありました。

 あと、男達のひたいほほには緑色の刺青いれずみがほどこされてます。

 例のキュペクバルって奴等やつらでしょうかね。


「す、すいません、フセインさん。あいつみょうわざを使いやがって……」


 盗賊のリーダーは、キュペクバルの先頭せんとうに立つ一回ひとまわり大きな男にぺこぺこしてます。

 このフセインってやつがしんのヘッドってことなんでしょう。


 フセインの右目みぎめにはかわ眼帯がんたいがかかってますが、開いている左目ひだりめかえるみたいにギョロギョロしています。

 そのギョロ目が軽蔑けいべつする風にヒュリアを見下みおろしました。

 背丈せたけがヒュリアの1.5ばいぐらいあるんですよ。


「お前の使う剣術けんじゅつ、俺達はいやというほど見てきたぜ。てきの動きを先読さきよみして剣筋けんすじをかわし、剣のいきおいをころした後に反撃はんげきする小汚こぎたねぇやりくち戦士せんしとしてのほこりをたねぇ帝国の玉無たまな騎士きし様がお使いになるもんだ」


 フセインがどくづくと、他のキュペクバル達は一斉いっせい大笑おおわらいしました。


のうみそのわりにクソが頭にまったキュペざるが使う腕力わんりょくだけの無様ぶざま剣術けんじゅつよりはましだ」


 ヒュリアがてるように言います。

 それを聞いたキュペクバル達の笑い声がピタリとみました。

 彼らのはげしい憎悪ぞうおのこもった目がヒュリアにかいます。

 血走ちばしったギョロ目をほそめたフセインが口元くちもとゆがめました。


「言ってくれるじゃねぇか、女騎士おんなきしさんよぉ。てめぇみたいな奴をさんざんいたぶった後でしり肉棒にくぼうをつっこんで内臓ないぞうをかきまわしながら殺すのがたのしくてよぉ。股開またひらいてってろや」


 うわぁ、下品げひんしもネタぶっこんできたよ。

 クズムスをにぎるヒュリアの手に力がこもるのがわかりました。


「ならばその貧弱ひんじゃく肉棒にくぼうすべ斬落きりおとして串焼くしやきにし、えさとしてぶたにくれてやろう」


 もう、ヒュリア、年頃としごろの女の子がそんなはしたないこと言っちゃだめです。

 思わず噴出ふきだしちゃったじゃない。

 忌々いまいましそうに舌打したうしたフセインは、首をまわして怒鳴どなりました。


「おいっ、ケルテンケレ一頭いっとうれて来い!」


 ケルテンケレ

 ヒュリアの身体がピクリと反応はんのうします。

 動揺どうようしてる?


「フセインさん、せま洞窟どうくつの中でケルテンケレを使うのはマズイんじゃねぇですか……」


 盗賊のリーダーが反対はんたいします。

 その途端とたん、フセインはリーダーの横面よこっつらをひっぱたきました。

 リーダーはんで、部下達にキャッチされてます。


「俺に口ごたえするってのか?」


 フセインのドスのいた声におびえたリーダーは、ぶるぶると首をりました。


「――ツクモ、気をつけてくれ。キュペクバルはケルテンケレあやつる技術ぎじゅつを持っている」


 ヒュリアの声がかたいです。


ケルテンケレって何なの?」


ケルテンケレ巨大きょだい蜥蜴とかげのような生物いきものだ。生息せいそくする場所ばしょによって様々さまざま種類しゅるいがいて、どれも攻撃力こうげきりょく防御力ぼうぎょりょくすぐれている。さらに厄介やっかいなのは、魔導まどうに対してたか抵抗力ていこうりょくをそなえていることだ。キュペクバルは、このケルテンケレ人工的じんこうてき交配こうはいさせ、さらに強力きょうりょく新種しんしゅをつくりだし、実戦じっせん配備はいびしたんだ。帝国が長い間、キュペクバルをめ落とせなかったのは、ケルテンケレ苦戦くせんしたからだ」


「て、帝国は、戦竜イシュケルテンケレすべ処分しょぶんしたと聞いておるぞ!」


 タニョさんが非難ひなんするように声を上げます。


「ツクモ、とにかくユニスさん達をたのむ」


ケルテンケレてるの?」


 フセイン達はほこった感じで、にやにやしてます。


「私がケルテンケレを引きつける。その間になんとか脱出だっしゅつしてくれ」


「ちょっと待ってよ! それって勝てないってこと?!」


「タニョ殿どの!」


 ヒュリアは僕に答えず、タニョさんにびかけました。


「何だ?」


「マリフェトの方々かたがた博愛はくあい精神せいしんみ、気高けだかこころざいをもたれていると聞きますが、それは事実じじつでしょうか?」


「もちろんだ」


 口ひげをひねりながらむねるタニョさん。


「ならば、そこにいる女性達を守っていただけますよね?」


「そ、それは……」


「――いただけますよ、ねっ?!」


 有無うむを言わせないつよ口調くちょういかけるヒュリア。

 問いかけというより、もう命令です。


「し、承知しょうちした……」


 完全かんぜんに言わされた感のあるタニョさん。


「よろしくおねがいします」


 ヒュリアはかるく頭を下げました。


「ヒュリア、本当ほんとう大丈夫だいじょうぶなんだよね?!」


「タニョ殿の援護えんごたのんだぞ、ツクモ」


「ちゃんとこたえようよ!」


「――できるかぎりのことは、してみるつもりだ」


 振返ふりかえって僕を見つめるヒュリア。

 仮面の下の表情ひょうじょうはわかりませんが、相当そうとうヤバい感じが声からつたわってきました。

 だったら僕は君と一緒いっしょにいるべきじゃないのかい。

 そう言おうとしたとき、盗賊達の後側うしろがわ騒然そうぜんとなります。

 そして人垣ひとがきけるように大きなかげあらわれました。


 ずんずんと二足歩行にそくほこうでやってきたそれは、テレビなんかで見る恐竜きょうりゅうにそっくりです。

 ただ、ティラノサウルスみたいに凶暴きょうぼうそうなやつじゃなく、茶色ちゃいろ羽毛うもうやした、デカいにわとりみたいなほうでした。

 凶暴じゃないとは言っても、口はワニみたいでするどがずらっとならんでるし、足先あしさきにはするどいカギづめが見えます。


 フセインは近づいてきたケルテンケレくびあたまを、まるで犬でもあやしてるかのようにでまわしました。

 ケルテンケレ気持きもち良さそうに目をじてます。

 しばらくあやしたあと、フセインが首筋くびすじをポンポンとたたくとケルテンケレは目をけ、頭を上げました。

 ケルテンケレの頭は、フセインの背丈せたけの二倍近い高さにあります。

 洞窟どうくつ天井てんじょうとどきそうです。


 フセインは、ヒュリアを指差ゆびさし、ギッ、ギッ、ギッとみょうな声を立てました。

 声を聞いたケルテンケレ目玉めだまをむき出し、ヒュリアに向って威嚇いかくするように口を大きく開け、カラスみたいな鳴声なきごえを上げました。

 そして唐突とうとつに走り出すと、彼女に突進とっしんしていったのです。


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