第38話 龍とはらすかす姫<5>

「人には聞きれぬ言葉だろう。世界秩序せかいちつじょとは人の概念がいねんで言うなら神にちかい」


 おお、神様?!

 一方的いっぽうてきに何度もお世話せわになってますけど。


りゅうとは言うまでもなく、シュリがいだ『炎摩えんまの座』や、自分が継いだ『壌土じょうど《じょうど》の座』のことだ」


 そう言ってチェフチリクは自分のむねに手をてます。

 やっぱりそうでした。


「――つまり、この身体からだのことだ」


 へっ、身体?

 予想よそうちがいました。

 てっきり称号しょうごうかなんかだと思ってたのに。


「この身体は生物せいぶつ肉体にくたいとも死者ししゃ霊体れいたいともことなり、『霓体げいたい』とばれる。龍の座は、八元素はちげんそ精霊せいれい最高位さいこういである精霊王せいれいおうの中から、さらにえらばれた王の中の王にあたえられる名誉めいよであり特権とっけんであり、なのだ」


「じゃあ霊龍れいりゅうって元々もともとは精霊王だったってことですか」


「そのとおりだ、ツクモ。我らはおよそ6000年で代替だいがわりし、古い精霊王は龍の座を新しい精霊王にゆずることになる。それを『ヴェラセト』と言う。精霊王達はそうやって何百万年もこの身体をいできたのだ」


 なるほどだから、ドラゴン姉さんはちょっとえらそうにしてるんだ。

 

「ヴェラセトにより龍の座をゆずった古い精霊王はバシャルから旅立たびだち、別の存在への遷化せんげゆるされる。しかし世界秩序によりばっせられて龍の座を取り上げられた精霊王は遷化せんげを許されず、たくわえてきた力をうばわれふたた微精霊びせいれいからやりなおさなければならないのだ。微精霊が精霊王となるまでには何百万年の時間が必要になる。その時間は我らにとっても充分じゅうぶんに長いと思えるものだ」


 何百万年の時間をかけて精霊王になったのに、また微精霊からやり直し……。

 たしかにキッツい話や。


「それだけではない。ばっせられて龍の座をうしなう場合、次の精霊王は継承けいしょう準備じゅんびりず、霊龍れいりゅうは、しばらく不在ふざいとなってしまう。準備には数百年間を要するので、このかん、その霊龍れいりゅうつかさどる元素は不安定ふあんていとなる。この不安定さは、精霊や魔導師まどうし活動かつどう多大ただい悪影響あくえいきょうおよぼし、天変地異てんぺんちいまねくこともある。つまり、龍の座をうばわれるということは、我らだけでなく、バシャルに甚大じんだい被害ひがいをもたらしかねないということなのだ」


 ドラゴン姉さんは意地いじになってたんじゃなく、こういうことをけようとしてたのね。

 ちょっとリスペクト感、たかまりましたね。


「だから俺達は人間のあつかいにかんして慎重しんちょうにならざるをねぇんだよ。世界秩序せかいちつじょはとりわけ、人間に対して手厚てあつ庇護ひごあたえてるからな」

 

 アティシュリは不満ふまんげに鼻を鳴らします。


「ただし、バシャルの存亡そんぼうかかわるようなことなら、たとえ人間同士にんげんどうしあらそいでも、思いっきり介入かいにゅうしてやっからよ。ずっとおさえてきたもんを一気いっきき出すぜぇ。俺の咆哮ほうこうで何もかも消炭けしずみえてやんよ、おぼえとけっ! かかかかかっ……!」


 高笑たかわらいするドラゴン姉さん。

 目がわってますよ。

 あんたの方がよっぽど魔王まおうですって。

 ドラゴン様も色々溜いろいろためこんでらっしゃるんでしょうな……。


「――わかってもらえただろうか?」


 アティシュリの様子ようすに、どんきしているチェフチリクは苦笑にがわらいしてます。


「いいかぁ、このことは他言無用たごんむようだぞぉ。霊龍れいりゅう根幹こんかんに関わる事実じじつだ。しゃべったら気持ちよく殺してやっからな、かかかかかっ……!」


 ドラゴン姉さん、ハイになってますね。

 

 ハジけちゃったドラゴン姉さんをなんとか落ちかせた後、僕達は昧昧鼬セヘルクルナスが見つけたけ穴の前にやってきました。

 枯草かれくさかくれていたその穴は、人が、はって進む程度ていどの広さしかありません。

 中は真暗まっくらで、閉所恐怖症へいしょきょうふしょうの人にはえられないでしょう。


 昧昧鼬セヘルクルナスによると、抜け穴は『深山蛇ダーリクユラン』のあたまからまでの長さくらいあるそうです。

 からんわっ、てつっこむと、イタチ君は同じ長さを実際じっさいに走って、教えてくれました。

 『深山蛇ダーリクユラン』の体長たいちょうは、20メートルぐらいあるみたいです。

 でも妖獣ようじゅうじゃないらしく、ドラゴン姉さんは、ただでかいだけのへびだから、どうってことはねぇ、と。

 いやいや、充分じゅうぶんおっかないですって。

  

「おおよその距離きょりはわかった」


 昧昧鼬セヘルクルナスしめしてくれた抜け穴の長さに納得なっとくしたヒュリアは、入口の前で四つんいになります。


「そうだツクモ、私の仮面かめんを出してくれないか」


「顔をかっく必要ひつようある?」


「私には賞金しょうきんがかけられている。それを知ってるやつは、よくにつられて余計よけいな力を発揮はっきするかもしれない。金の力はおそろしいからな。自分にとって不利ふり条件じょうけんは、できるだけ事前じぜん排除はいじょしておきたいんだ」


 金でひらかぬ扉無とびらなしってわけですか。

 地球でもバシャルでも、金がオラオラしてますねぇ。


 僕は倉庫そうこから、あの緑色みどりいろ仮面かめんを取り出しました。

 仮面をつけたヒュリアは、先に入っている昧昧鼬セヘルクルナスの後につづき、ためらいなく頭から抜け穴にんでいきます。


「気をつけろ」


 後ろからチェフチリクの美声びせいが聞こえました。

 前を進む昧昧鼬セヘルクルナスやみの中、ちょこちょこと行ったり来たりしてヒュリアに顔を見せにきます。

 心配しんぱいしてくれてるんでしょう。

 良いとこあります。


 はらばいになって左右さゆうひじ前後ぜんごに動かしながら真暗な穴の中を進むのは、男でもキツい作業さぎょうでしょう。

 でもヒュリアはいきを切らすことなく、黙々もくもくと進んでいきます。

 こういうときの彼女の精神力せいしんりょくの強さって、普通ふつうじゃないです。

 目的もくてきげるための固い意志いしというか、執念しゅうねんというか。

 必ず生き残って皇帝こうていになる、っていうおもいが後押あとおししてるのかもしれません。


 僕といえば、ヒュリアはわすれてるみたいですけど、首飾くびかざりががっているので地面じめんを引きずらております。

 ズルズルズルズル、地面で顔をこすられてる感じ……。

 もちろん痛いとかはないんすけど、すごぉく屈辱的くつじょくてきな気持ちになるのは気のせいでしょうかね。


 しばらくするとヒュリアの動きがまり、真暗だった世界にオレンジ色の光がわずかにしこんでくるのを感じました。


「ついたぞ、ツクモ」


 ささやくようなヒュリアの声。


「――チェフチリク様に到着とうちゃくしたとつたえてくれ」


 ククククとヒュリアに返事へんじをした昧昧鼬セヘルクルナスは、彼女の肩口かたぐちから背中せなかを通って今来いまきた道をもどっていきました。

 そして数秒後すうびょうご……。

 まるで地震じしんきたかのように洞窟全体どうくつぜんたいれ始めます。

 

「ツクモ、仕上しあげだ」


 僕はあらかじめヒュリアに言われていたセリフをさけびました。


「大変だぁ、くずれるぞぉ! げろぉ!」


 すると洞窟内どうくつないのあちこちで野太のぶと悲鳴ひめいが上がり、たくさんの足音あしおととおざかっていくのが聞こえました。

 それをきっかけにヒュリアは抜け穴から素早すばやく外に出ます。


 オレンジ色のランプのあかりがともる洞窟内は意外いがいあかるくて広いです。

 目の前には粗雑そざつ鋼材こうざいで作られたおりが四つならんでいました。

 四つのうちの三つに人影ひとかげがあり、全員ぜんいんがヒュリアをおどろきとおびえのじった表情ひょうじようで見つめています。

 まあ、緑色の仮面かめんをかぶった人間が突然現とつぜんあらわれたら、だれでもそうなりますわな。

 

 一つ目のおりには、中年ちゅうねんの男性がいました。

 口ひげをはやしていますが、はだの色が白く、どこかなよなよとしてます。

 ただ表情は高圧的こうあつてきで、いつも他人たにん見下みくだしてるんだろうなって感じがつたわってきます。

 

 二つ目には、アスリートみたいなするどい目つきの女性がいました。

 年は二十代前半くらいで、左右の耳の上にシニヨンが作ってあります。

 顔面がんめんは強めで、目鼻立めはなだちくっきりです。


 三つ目には、かなりぽっちゃりした体形たいけいの少女がいました。

 顔も身体もまん丸って感じです。

 顔立ちはととのっていて、やせたらかなりの美人びじんになるとは思います。

 多分たぶんこの子がユニスでしょうけど、イメージとちがいました。

 お姫様ひめさまってことで可憐かれん清楚せいそ美少女びしょうじょ想像そうぞうしてたんですが……。

 げきぽちゃ女子ってやつですな。


「君がユニスか」


 ヒュリアが話しかけると、まん丸の顔がうなずきました。


「私はチェフチリク様からたのまれて、君らを助けに来た」


「チェフ様が!」

 

 となりにいた顔の強い女性がさけびました。


「あなたがアレクシアですか」


「はい……」


 ヒュリアはクズムスをくと、ユニスのおりとびらについているゴツい感じの錠前じょうまえ一刀いっとうのもとにり落としました。

 アレクシアの方も斬り落とすと、中から二人が出てきました。

 でも、足元あしもと覚束おぼつかずに、よろよろしてます。


麻痺薬まひやくを飲まされました」


 アレクシアがもうわけなさそうにうったえました。

 ヒュリアがおりうらにある岩陰いわかげをクズムスで指し、抜け穴があることを教えます。


「暗くせまいですが、我慢がまんしてください。外でチェフチリク様が待っていますから」

 

 洞窟どうくつ地響じひびきは、まだ続いています。

 ユニスが不安ふあんげに天井てんじょうを見上げました。


「大丈夫、くずれません。さあ、れが続いているあいだに、いそいで」


 アレクシアとヒュリアはうなずくと、よろけながら抜け穴にむかいました。

 ヒュリアはすぐにはあとわず、口ひげの男性のおりの前に立つと、その錠前じょうまえも斬りおとします。


「おお、殊勝しゅしょうな心がけよ」


 男性は満足まんぞくそうに言うと、おりから出てきました。

 だいぶよごれてはいますが、金糸銀糸きんしぎんしられた高級こうきゅうそうな服を着てます。

 

我輩わがはいはマリフェト13枢奥卿家すうおうきょうけひとつである……」


 口ひげを指でよじりながら、えらそうで長そうな肩書かたがきを、のたまおうとしましたが、ヒュリアにさえぎられます。


「お名前だけうけたまわろう。あなたの身分みぶん興味きょうみはない」


 ヒュリアにぶっきらぼうに言われ、男性は口をぽかんと開けてフリーズします。


「そ、そうか……、我輩の名はブニャミン・タニョである」 


 なんだかがけの上にいそうな名前ですね。


「では、タニョ殿どの、あの二人の娘の後につづいて抜け穴から脱出だっしゅつされよ」


「おお、これぞ地母キュベレイ様のご加護かご賜物たまものよ。ありがたい。――仮面の御仁ごじんよ、そなたの名は? いかようにも褒美ほうびをとらせるぞ」


名乗なのるほどの者ではありませんし、褒美ほうび不要ふようです。とにかく抜け穴へ」


「し、承知しょうちした」


 タニョさんが岩陰いわかげむかおうとしたとき、悲鳴ひめいが聞こえてきました。


「そんなに押さないでよ! こんなとこ入れっこないわ!」


「ユニス、なんとか、おなかをひっこめて!」


 けつけてみると、抜け穴の入口にお腹がつっかえて、足をジタバタさせてるユニスの姿すがたがありました。


「もういやぁ! 無理むり絶対ぜったい無理ぃ! こっから出してよぉ、こわいってぇ!」


 泣きべそをかき出すユニス。

 溜息ためいきいたアレクシアはユニスの両足りょうあしかかえて、外に引っり出そうとします。


「だから、いたいってぇ! もう、最悪さいあくぅ!」


 つっかえたおなかが、戻ることをこばんでるみたいですね。

 ヒュリアはまゆをひそめて、ジタバタするユニスを見下みおろし、一言ひとこと


想定外そうていがいだ……、こんな伏兵ふくへいがいるとは……」


 伏兵というか、兵ね……。


「おいっ、てめぇら!」


 洞窟内どうくつない様子ようすたしかめに戻ってきたらしい盗賊とうぞくの一人が僕達を見つけちまったようです。


人質ひとじちが逃げるぞ!」


 盗賊が仲間なかまびました。

 おお、RPGの戦闘中せんとうちゅうみたいなセリフ。


「仮面の御仁ごじん如何いかががするのだ?」


 タニョさんがふるえながら、ヒュリアにたずねます。


「見つかってしまっては、抜け穴は使えません」


「では、ど、どうすると……?」


正面突破しょうめんとっぱしかありますまい」


「し、正面、突破……」


 タニョさん、狼狽ろうばいしとります。


「タニョ殿、剣術けんじゅつは?」


一応いちおう師範しはんよりならいはしたが……」


「ならば剣があれば、ご自分の身は守れますな」


「いや、待ってくれ、習いはしたが、及第きゅうだいをもらうことはなく……」


「できるかぎ援護えんごはします。しかしに合わぬときはご自分で切り抜けてください」


「そ、そんな……」


 タニョさん、顔が青ざめ、泣きそうです。


「――な、ならば、おりもどるぞ。我輩わがはいいのちと引きえに、身代金みのしろきんをとる段取だんどりのはず」


「どうぞ、ご自由に。ただし金を受け取った盗賊とうぞくが、あなたを生かして帰すかどうか、はなはだ疑問ぎもんではあります」


 つめたくはなすヒュリア。


「うっ」


 思い通りにならない状況じょうきょうに、タニョさん、言葉をまらせてます。

 きっと今までやりたい放題ほうだいで生きてきたんでしょうね。

 命令めいれいを聞かない使用人しようにんなんかを、こうムチでビシバシしばいたりして。

 ああ、やだやだ……。

 

 地響じひびきは続いていますが、ぞろぞろと盗賊達が集まってきてしまいました。

 その数、ざっと二十人ぐらい。

 まだまだえそうです。

 1ぴき出たら100匹出てくると思え、だなこりゃ。

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