第37話 龍とはらすかす姫<4>

「『倉庫そうこ』か……。つまりは魔導まどうによる空間くうかんへの干渉かんしょうだな。しかし、霊龍れいりゅうにさえ不可能ふかのうなことを、どうして人間にんげんがなしたのだろうな……」


 ティーカップのおちゃを見つめ、チェフチリクは感嘆かんたんしてます。


「まあ、それもそうだけどよ、考慮こうりょすべきは『転居てんきょ』のほうだろうぜ」


たしかにな……」


おれいまでも半信半疑はんしんはんぎなんだがよぉ。本当ほんとう耶代やしろ空間転移くうかんてんいできんのか、ツクモ?」


「さあ、ぼくにはわかりませんて。でも耶代やしろさんがってるんだから、できるんじゃないんですか」


「まったく、お気楽きらく耶宰やさいだぜ。――そもそも空間くうかんあなける『倉庫そうこ』でさえ、ぶっとんでんのによぉ……」


むかしから三大禁忌さんだいきんきへの魔導まどうによる干渉かんしょうは、理論的りろんてきには考察こうさつされてはいたが、具体的ぐたいてき実現じつげんしたことはい。しかしビルルルは『錬換れんかん』で存在そんざい禁忌きんきを、そして『倉庫そうこ』で空間の禁忌きんき克服こくふくしてしまった。――そして『転居てんきょ』か……。魔導まどうこころざものならば、一度いちどゆめえが術法じゅつほうの一つではある」


 そこでハムサンドを一口ひとくちべるチェフチリク。

 あじわったあとまるくしてます。

 なかなかイケるっしょ、ハムサンド。


「やっぱ、あの『錬換れんかん』てのも、すごいことなんですかね?」


「なんだ、てめぇらねぇでやってたのか。そもそも、ある物質ぶっしつまったべつの物質にえるなんてことは、まず不可能ふかのうなんだよ。それをビルルルは『錬換れんかん』によって成功せいこうさせちまった。――すげぇにまってんだろう、アホめっ」


 はいはい、すげぇ、すげぇ。

 どうせ僕みたいなアホにはわかりませんよぉだっ。


「『転居てんきょ』ってもんの実際じっさいの『施法イジュラート』や過程かていからねぇ。だが、自分じぶんおもった場所ばしょ一瞬いっしゅん転移てんいできんなら、ほぼ無敵むてきだろうぜ。てき攻撃こうげきけるまえ相手あいて死角しかく転移てんいして攻撃こうげきすりゃ、それでおしまいってなもんよ」


 あきれたようにはならすアティシュリ。


「でも僕が転移先てんいさきにいなきゃいけないし、出来できるのは一度いちどだけみたいですから、それほど使つかえる機能きのうってわけじゃないと思いますけどね」


諸説粉粉しょせつふんぷんあるだろうが、『転居てんきょ』の実現じつげん前代未聞ぜんだいみもん快挙かいきょちがいない。そこに立会たちあえる自分は幸運こううんと言えるだろう。――しかし、結局けっきょく、ビルルルとは何者なにものだったのだろうな。あらためてかんがえさせられる」


 感慨深かんがいぶかげにあごでるチェフチリク。


「さあな。ただ、あいつは普通ふつうのロシュやサフとは、どっかズレてたじゃねぇか。浮世離うきよばなれというか、常識じょうしきぇというか。まさに変態へんたいぶに相応ふさわしいおんなだったろうよ」


 霊龍れいりゅう様達さまたちのとりとめのないおしゃべりがつづきます。

 こういうとき、ひっかかってることをいておきましょ。


「あのぉ、ところで……、ヤムルハヴァっていうのは、どなたですか?」


 チェフチリクとの会話かいわ切上きりあげ、まゆげるアティシュリ。


「あんっ、ヤムルハヴァ?」


 うでんだドラゴン姉さんは、見下みくだすような目つきでこたえてくれました。


「――俺たちの同胞はらからで『水明すいめい』を受継うけつぐ『スラレジダルハ』だ」


 なんか霊龍れいりゅう紹介しょうかいするとき、ドラゴンねえさん、いつもえらそうですね。

 はくをつけたいんでしょうか。

 ちょっとセコい。


「ウガリタで『スラレジダルハ』は……」


みずりゅうってことだね」


 『水明すいめい』ってからには、水ってわかりますから。


「そ、そうだ……」


 ヒュリアは説明せつめい中断ちゅうだんされて、ちょっとかなしげです。

 でも、そういうかもいよぉぉぉ。


「じゃあ『再臨さいりんの時』っていうのは……?」


 アティシュリとチェフチリクの表情ひょうじょう一気いっき引締ひきしまります。


「てめぇは、余計よけいなことに耳聡みみざといなぁ。そいつについては、話すつもりはねぇぜ、ツクモ。わすれとけ」


 いつものくちやかましいかんじじゃなく、ゆっくりとした口調くちょう警告けいこくするドラゴン姉さん。

 でも怒鳴どなられるより、ずっとこわい……。

 どうやらヘヴィでシリアスな事情じじょうがありそうですねぇ。

 この話をるのはやめときましょ。


「だったら、あの昧昧鼬セヘルクルナスって、どんなやつなんです。なんか転移てんいとかしてません?」


「ああ、あれか……。ありゃ、転移てんいしてんじゃねぇ、やみにまぎれてるだけだ。あいつには『やみ』の精霊せいれい宿やどってんだよ」


「『やみ』ですか」


 魔導師まどうし使役しえきできる元素げんそは、ほのおつちみずこおりかぜかみなりひかりやみやっつです。

 そしてそれぞれの元素には、そこからまれた精霊せいれいがいます。


 精霊せいれいにはいつつの階級かいきゅうがあって、したから、微精霊びせいれい劣精霊れっせいれい普精霊ふせいれい優精霊ゆうせいれい精霊王せいれいおう、となってます。

 んで、妖獣ようじゅうなんかに宿やどってるのは、劣精霊れっせいれい普精霊ふせいれいらしいです。


八元素はちげんそのうちでも、光と闇は特殊とくしゅなものだ……」


 チェフチリクが解説かいせつしてくれました。


「――それ以外いがい六元素ろくげんそ通常つうじょう世界せかい微粒子びりゅうしとして存在そんざいしている。一方いっぽう、光と闇は粒子りゅうしのような具体的ぐたいてき姿すがたをとらない。それらは元素間げんそかんはたらちからであり、ただ『かがたき』や『くらがり』のような『』によって存在そんざい確認かくにんすることしかできない。性質上せいしつじょうちがいで元素と区別くべつするときは『充素じゅうそ』とぶこともある。そのため魔導師まどうしは、通例つうれい元素魔導げんそまどうにおける『発動はつどう態様たいよう』とは、多分たぶんことなった手法しゅほうらねばならない」


 いやいや、また、むつかしい話じゃのう。


「このような特殊性とくしゅせいから『光』と『闇』を使役しえきできるものは非常ひじょうまれであり、人間にんげんでは、ほぼ皆無かいむと言って良い。妖精族ビレイもの照応性しょうおうせい取得しゅとくするものがいるが、やはりかずすくない。ただ、このふたつの元素の使つかとして高名こうめいな者が過去かこ存在そんざいしている」


 ほう、ほう、それはどちらさんですかのう。


光魔導こうまどうの使い手としては、聖師せいしフゼイフェ・ギュルセル。闇魔導あんまどうの使い手としては、賢者けんじゃアイダン・オルタンジャだ」


 おうおう、こりゃあ、三傑さんけつ方々かたがたじゃあ。

 ありがたや、ありがたや。


「この特殊性とくしゅせい妖獣ようじゅうなどにもあてはまる。つまり光と闇の精霊せいれい宿やど妖獣ようじゅうもまた、かずが少なくまれなのだ」


 じゃあ、あのイタチ君は、かなり貴重きちょう人材じんざい?ってことなんですね。


「ツクモが指摘してきする昧昧鼬セヘルクルナス転移てんいうごきは、身体からだを『やみ』のおおって姿すがたかくしているだけの単純たんじゅんなものにぎない。わずかな時間じかん移動いどうしているようにみえるのは、たんに、あのイタチのうごきがはやいというだけのことだ」


 なるほど、忍者にんじゃかべおながらぬのかくれるようなもんですね。


「ところでな、娘達むすめたちすくう前に、言っとくことがある。こいつは、ほとんどの人間がらねぇし、おそらくしんじねぇことだ。だが人間が魔族まぞくいだ嫌悪感けんおかん偏見へんけんらすためには、必要ひつようなんでな。――いいか、聖師せいしフゼイフェは、魔族まぞくと人間とのあいだに生まれた存在そんざい、『止揚種しようしゅ』だってことよ」


「――フゼイフェ様が、魔族まぞくと人間の止揚種しようしゅう?! それは本当ほんとうなのですか!」


 アティシュリの暴露ばくろに、ヒュリアは、かなりショックをけてます。

 止揚種しようしゅっていうのは、どうやらハーフってことらしいです。


うそなんかつくかよ。これを知ってんのは、帝国ていこくやマリフェト、オクルでもかぎられたもんだけだ。それに、あいつらは絶対ぜったいそとにはらさねぇから、当然とうぜんちまたにもつたわってねぇ。だが、まごうことなき事実じじつだ。まあ、三傑さんけつあがめられる聖師せいし様に魔族まぞくじってるなんて言えるわけがねぇわな。下手へたすりゃ、くに存亡そんぼうにかかわるからよ」


 ヒュリアはけわしい表情ひょうじょうだまりこんでしまいました。

 でも、ジョルジは、なんだかうれしそうです。


「だからよ、相手あいて魔族まぞくだからって高慢こうまん態度たいどとったり、軽蔑けいべつした言葉ことばいたりすんじゃねぇぞ。俺たちから見りゃあ、妖精ビレイも、魔族まぞくも、人間も、おな人族ひとぞくだ。つまらねぇ偏見へんけんは今のうちにてとけ」


 バシャルの人にとったら、どデカいスキャンダルなんでしょうね。

 僕には、いまいちピンとこない話です。

 だって、魔族まぞくだろうが人間だろうが、バシャルをまもったえらい人にわりないんですから。

 まずいかんじでみんなのテンションががったんで、話題わだい、チェンジです。


「えー、僕の方から報告ほうこくがありまぁす。じつ耶代やしろさんからあたらしい任務にんむが二つ提示ていじされましたぁ」


 ポカンとしてるジョルジ君に、耶代やしろのことと、任務にんむのことを簡単かんたん説明せつめいしました。

 ジョルジ君は、あのいえぎてるんですかぁ、って目玉めだまび出そうなくらいにおどろいてくれました。

 いつも良いリアクション、ありがとうっ!


 一方いっぽうで、任務にんむ内容ないようを聞いた霊龍れいりゅう達はくびをひねってます。


古代こだい疫病えきびょう? そんな話、聞いたことがねぇな。――お前はどうだ、チェフ」


 壌土じょうどりゅうも首をります。

 ヒュリアもジョルジも、わからないみたいです。


「じゃあ、尸童よりましの方は、どうですかねぇ?」


「それも、わからねぇなぁ。言葉的ことばてきには依代よりしろちかいもんのように聞こえるが、それ以上いじょうはなんとも……」


 やっぱり全員ぜんいん、聞いたことないみたいです。


「けどよぉ、そんな重要じゅうようなこと、なんでタヴシャンに聞かなかったんだ。あいつならなんか分かったかもしれねぇだろう。間抜まぬけだな、てめぇは」


 いや、炎摩龍えんまりゅう様のおっしゃることは、ごもっとも。

 でもさ、食堂しょくどうやれだの、転居てんきょしろだの、問題もんだい山積やまづみで、そっちまで気がまわらなかったんだから仕方しかたないじゃん。

 きてるときだってあたまい方じゃなかったし、高校こうこう成績せいせきちゅうだったし、模試もし判定はんていはDばっかりだったし……。

 ぴえん……。


「気にするな、ツクモ。きっとときがくればおのずと分かるにちがいない。ただ、耶代やしろ任務にんむには、私にとっても重大じゅうだい意味いみがあるはずだから、つねに気をつけておくことにしよう」


 すかさずヒュリアのフォローが入りました。

 わかってくれるのは、きみだけだよぉぉぉ……。


 てな調子ちょうしで、お食事会しょくじかいは、おひらきとなりました。

 ひと付加つけくわえておくと、チェフチリクがハムサンドを気に入り、食堂しょくどう献立こんだてくわえたらどうだと言ってくれました。

 壌土じょうど龍さんの意見いけんは、僕の自信じしんにつながってくれるのです。


倉庫そうこ』に食器しょっき片付かたづけ、ヒュリアの胸元むなもともどります。

 するとほどなく、あのキッキッというごえが聞こえ、ヒュリアのかた昧昧鼬セヘルクルナスあらわれました。


 アティシュリが小さな偵察兵ていさつへいから聞いたところによると、魔族まぞく娘達むすめたち洞窟どうくつ一番いちばんおくにあるおりなかつかまっているそうです。

 それと、ここから見える入口以外いちぐちいがいに、がけわきに出られる抜穴ぬけあながあるそうで、せまいですが、そこをとおれば《に》げられるとのことでした。


 ラッキーなことに抜穴ぬけあなおり裏側うらがわにあり、岩陰いわかげかくれているようです。

 きっと、盗賊団とうぞくだんには知られていないでしょう。

 知ってたらふさいでるはずですし。


「――作戦さくせんですが、単純たんじゅん陽動ようどうでいこうと思います。そこで、すみませんが、チェフチリク様にも御手伝おてつだいねがいたいのです」


 ヒュリア参謀本部長さんぼうほんぶちょうあらわる。

 カッコいい……。


「言ったはずだぜ、俺たちは人間同士にんげんどうしあらそいには介入かいにゅうしねえってよ」


承知しょうちしています。でも“あらそい”に介入かいにゅうしなければよろしいのでしょう」


「んー、まあ、そうだなぁ……」


 あたまをかきながら渋々しぶしぶみとめるドラゴン姉さん。

 その様子ようすを見たヒュリアは、悪戯いたずらっぽく微笑ほほみます。 

 その笑顔えがお写真しゃしんのこしときてぇぇ。

 きゅんポイントが、どんどん加算かさんされてくぅぅ。


「チェフチリク様には、地響じひびきてていただきたいだけなのです」


地響じひびき?」


「はい。――洞窟どうくつないにいる者は、すくなからずある不安ふあんいだかずにはおれません。それは洞窟どうくつくずれるのではないかというものです。ゆえに、チェフチリク様には“くずれない程度ていど”に洞窟どうくつ振動しんどうさせ、盗賊とうぞく達がそと逃出にげだすようにしむけていただきたいのです。私は奴等やつらが外に出ているあいだに、ユニスさん達をすくい、抜穴ぬけあなから脱出だっしゅつします」


「なるほど、チェフなら地面じめん操作そうさできるからな。レケジダルハの面目躍如めんもくやくじょってやつだ。それに、その程度ていどなら“介入かいにゅう”したとは見なされねぇだろうよ」


 チェフチリクは何度なんどかるうなずきます。


たしかに自分になら造作ぞうさもない。分かった、その役目やくめ引受ひきうけよう」


「よろしくおねがいします」


 ヒュリアがあたまげました。


「いや、頭を下げるのは、こちらのほうだ。君らには本当ほんとう面倒めんどうをかける。自分らが救出きゅうしゅつできるならこと簡単かんたんなのだが……。ただ、自分らがここまで気を使うには、それなりの理由りゆうがあるのだ」


「おい、チェフ、それ以上いじょう言う必要ひつようはねぇだろう」


 アティシュリの目つきがするどくなります。


「いいや、こちらのねがいをいのちがけでかなえようとしてくる相手あいてには、可能かのうかぎ誠実せいじつせっするべきだ」


 二柱ふたはしらりゅうは、しばらくにらみっていましたが、アティシュリが仕方しかたなさそうにかたをすくめることで決着けっちゃくがつきました。


 チェフチリクは、ヒュリアに向きなおると霊龍れいりゅう秘密ひみつ告白こくはくしてくれたのです。


「もし世界秩序せかいちつじょが、人間にんげん介入かいにゅうした霊龍れいりゅう行為こうい逸脱行為いつだつこういとみなしたとき、自分らは『龍の』をうばわれてしまうのだ。――『りゅう』をうしなうということは、自分らにとっては意味いみする」


 りゅう

 それってつまり、『炎摩えんま』とか『壌土じょうど』とかってやつのことですよね。

 それに、世界秩序せかいちつじょって?

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