第36話 龍とはらすかす姫<3>

 霊器れいきの中に入って、ヒュリアと一緒いっしょにアティシュリに、ジョルジはチェフチリクにって、そらへとい上がります。


 むねきず完治かんちしてないはずだから、耶代やしろのこるようジョルジにすすめたのですが、もうほとんどなおっでますがらぁ、って行きたがります。

 ヒュリアが、れぬけんでも無いよりはマシだ、って同行どうこうゆるすと、ジョルジは散歩さんぽれ出してもらえた小犬こいぬのようによろこんだのでした。

 カワイイやつよ。


 アティシュリさんの見立みたてだと、たしかにジョルジのきずは、ほとんどなおってるみたいです。

 だからきんトレさせたり、ヒュリアに剣術けんじゅつならわせたりしたんでしょう。


 タヴシャンさんは、僕が毎日まいにち治癒ちゆじゅつをかけたとしても、半月以上はんつきいじょうかかるわよ、って言ってたんですけどねぇ。

 三日くらいで、ほぼ完治かんちしてるってことは、たぶん復体鎧チフトベンゼルのおかげじゃないでしょうか。


 んでいるうちに、太陽たいよう地平線ちへいせんそばまでちてきます。

 どんなに霊龍れいりゅうはやんでも、アヴジ王国おうこく南部なんぶにあるディルパスむらにつくころにはよるになっているでしょう。


 ところで、アヴジ王国はジョルジのまれ故郷こきょうだそうです。

 彼のいえ代々猟師だいだいりょうしで、りのためにスルスクラムのもりにもよく入っていたらしいです。

 その頃は盗賊団とうぞくだん住処すみかなんかはありませんが、それでも危険きけん一杯いっぱいで、油断ゆだんすれば命をうしなってもおかしくなかったとか。


 彼のまれたオクバシュ村はアヴジの北部ほくぶにあります。

 あとでちょっとってみるかい、って提案ていあんすると、べつに行きたくねぇんで、とかおくもらせました。

 あんまり故郷こきょうに対しておもがないのかもしれません。


 完全かんぜん太陽たいよう地平線ちへいせんかくれ、ふたつのつき星達ほしたちかがやき出すころ、ようやくディルパス村に到着とうちゃくとなりました。

 霊龍れいりゅう表皮ひょうひかがやいてるため、あかいアティシュリさんがよるんでると目立めだちまくりです。

 なので、村の手前てまえの森にりて、そこからあるくことになりました。


 真暗まっくらな森の中を、月明つきあかりをたよりに20ぷんくらいすすむと、木々きぎあいだからポツポツと人家じんかあかりが見えはじめます。

 チェフチリクの経営けいえいする酒場さかば、『りゅうのあくびてい』は村の西側にしがわにありました。


「ここだ……」


 あおふるびた木造もくぞう建物たてものの前で立止たちどまったチェフチリクがポツリと言いました。

 オープンしているときは、きゃくにぎやかな声と美味おいしい料理りょうりにおいであふれていたんでしょう。

 でも今はひっそりとして、わずかにさけいたにくにおいが残っているだけでした。

 そと老夫婦ろうふうふ墓標ぼひょうはありますけど、店そのものが御墓おはかになってる、そんな感じです。


 事件当日じけんとうじつ真夜中過まよなかすぎ、いかつい男達おとこたち数人すうにんなわしばった二人ふたり女性じょせいかたにかついで、スルスクラムの森へかうのを、猟師りょうし目撃もくげきしています。

 ただ森はかなりひろいので、そのさきどちらに行ったのかまではわかりません。

 チェフチリクは上空じょうくうから盗賊とうぞく住処すみかを探したようですが、ふか木立こだちかげかくれて見つけられなかったみたいです。


 店内てんないのランプにともると、酒場さかばはオレンジのひかりたされて、つかの営業えいぎょうをしていたときの活気かっきあふれる雰囲気ふんいき垣間見かいまみせました。


「で、なにさがせって言うんだ?」


「何をじゃなくて、手ががりになりそうな物なら何でもです」


「ちっ、えらそうに。てめぇはなんもしねぇんだろうが」


 アティシュリがくちとがらます。

 そりゃそうでしょ。

 現在げんざい、わたくし、うつくしい首飾くびかざりの中におりますので、オホホホホ。

 とりあえず酒場さかばったのは、盗賊とうぞく居場所いばしょ特定とくていする遺留品いりゅうひん発見はっけんできないかという僕の提案ていあんからでした。


 遺留品いりゅうひん……。

 テレビの刑事けいじドラマから仕入しいれた知識ちしきです。

 もちろんツケヤキバですけど、何かあるんじゃないかと思って……。


 でもの中そうあまくありません。

 かなりの時間じかんさがしまくっていただきましたが、何も見つかりませんでした。


「おい、無駄骨むだぼねか……?」


 アティシュリさんの視線しせんいたいです。

 でも、現場百遍げんばひゃっぺんだ、ってベテラン鬼刑事おにけいじ新米刑事しんまいけいじ怒鳴どなりつけてたんですって!

 だから現場げんばには何かあるにちがいないんですって!

 絶対ぜったいそうですって!


「みなさんっ、ちょっと、でもらえますかぁ!」


 外からジョルジのこえがしました。

 出てみると酒場さかばうらで、ランプを持ったジョルジが地面じめんにはいつくばっています。


「何やってんだ」


 アティシュリがちかづいて声をかけます。


「見でください」


 ジョルジがらした場所ばしょには、うっすらと足跡あしあとがありました。


足跡あしあとか?」


 アティシュリのいかけに、ジョルジ君はうなずきます。


足跡あしあとは6人分にんぶんで、おおきさがらおとこだと思いますぅ。最初さいしょ、森から出てきでぇ、みせそば二手ふたてわかれっとぉ、3人は裏口うらぐちへ、3人は表口おもてぐちまわってます。その後、裏口うらぐちからおな足跡あしあとが森へもどってますけど、人数にんずうが5人にっでますぅ。――これ盗賊とうぞくのもんだど思うんですがぁ」


 ジョルジはランプのかりでしめしながら、盗賊達とうぞくたちうごきを解説かいせつしました。

 店の周囲しゅうい警備隊けいびたい踏荒ふみあらされてますが、裏手うらてでは足跡あしあとが、くっきり残ってます。


「ああ、きっとそうだ。盗賊とうぞく一人ひとりが死んでたんだよな?」


 アティシュリに聞かれ、チェフチリクがうなずきます。


「この足跡あしあとをたどればぁ、住処すみかがわかるど思いますけどぉ」


「できるのか、ジョルジ?」


「はいぃ、オラ、りんときは追俔ついけんをやってたもんでぇ」


追俔ついけん?」


「はいぃ、追俔ついけんってのは、獲物えものあとっかける役目やくめのこって。足跡あしあとふんなんかでぇ、獲物えもの行先いきさき見定みさだめるんですぅ」


盗賊とうぞく行先いきさきも分かるってこったな?」


「はいぃ」


「やるじゃねぇか、ジョルジ。どっかの口だけ野郎やろうとは大違おおちがいだな」


 僕を小馬鹿こばかにしてくるドラゴン姉さん。


「やっぱり手がかりあったじゃないですか。ここにって正解せいかいだったでしょ」


 ここはちゃんと反論はんろんしときましょう。


「てめぇの手柄てがらみたいに言うんじゃねぇよ。ジョルジがいたおかげだろうが」


「そりゃそうですけど……」


 いよどむ僕に、ドラゴン姉さんははならしました。

 そしてたのもしそうにジョルジに言います。


「よしっ、ジョルジ、まかせたぜ」


 随分ずいぶんあつかいがちがいますなぁ。

 キャラメルのりょうらしたろか……。


「だば、オラのあとをついて来てください」


 ちょっと得意とくいげなジョルジ君。

 僕のおかげでもあるんだからねっ!


 ランプをかかげ、先頭せんとうって真暗まっくら木立こだちの中へはいって行くジョルジ。

 その後につづいて僕達も、スルスクラムの森へ足をみ入れたのでした。


 最初さいしょのうちは、ただくらいだけでとくわったことはなかったのですが、次第しだい小雨こさめはじめます。

 早速さっそく、この拡張霊器かくちょうれいき1からも使えるようになった『倉庫そうこ』から雨合羽あまがっぱをとりだして、ジョルジとヒュリアにわたしました。


 ジョルジは、できるかぎこしとし、盗賊とうぞく足跡あしあと痕跡こんせき見逃みのがさないよう慎重しんちょうに歩いています。

 あめで地面がやわらかくなってきていて、ときおりぬかるんだ場所もあるわけですが、ジョルジはなんのためらないもなく、ぬかるみに手やほほをつけて、地面じめんに残る痕跡こんせきたしかめていました。


 そんなことをしながらすすんでいると、アティシュリが突然とつぜん、前を歩くジョルジのかたさえ、全員ぜんいんあしめました。

 ドラゴン姉さん、自分じぶん右側みぎがわにある黒いやみの中に、じっと目をらしてます。

 最後尾さいこうびを歩いていたチェフチリクも同じほう視線しせんけてますね。

 そしてヒュリアも何かに気づいたように、こしのクズムスに手をかけるのでした。


「ヒュリア、うごくな!」


 アティシュリがするどい声をはっするのと同時どうじに、何かがヒュリアの右肩みぎかたの上にあらわれました。

 “それ”は、手のひらサイズの小さな灰色はいいろのネズミのようなものです。

 でもネズミよりからだながい感じがします。


 かたの上のその生き物に、アティシュリが顔をちかづけます。

 するとそいつは後脚うしろあしだけで器用きよう立上たちあがり、前脚まえあし身体からだの前にらして、気をつけの姿勢しせいをとりました。


「こりゃあ……、何年ぶりだぁ……」


 しみじみとしてるアティシュリに向かって、そいつはククククと鳴声なきごえを上げます。


「これはイタチ……、でしょうか……?」


 ヒュリアは自分の肩にっている小さな客人きゃくじんを、微笑ほほえましくながめています。


「ああ、そうだ。イタチの妖獣ようじゅうで『昧昧鼬セヘルクルナス』ってやつだ。――最後さいごったのは2000年も前のことよ。もうせたかと思ってたが……。」


 昧昧鼬セヘルクルナスはまた、ククククときました。


「ほう、耶代やしろばれて来たってのか」


 にやにやしたアティシュリが、僕をのぞきこみます。


「どうやら、請負うけおいになりてぇみたいだぜ」


「えっ、請負登録うけおいとうろくってことですか?」


 その途端とたん、チャイムがって羅針眼らしんがん立上たちあがりました。


昧昧鼬セヘルクルナス請負登録うけおいとうろくしてください。登録とうろくには請負役うけおいやく接触せっしょくして、締印ていいんわす必要ひつようがあります』


「この状態じょうたいで、できんのかなぁ……」


 霊器れいきの中に入った状態じょうたい請負登録うけおいとうろくするのははじめてです。

 でも、やりかたは同じだと思いますのでヒュリアに、首飾くびかざりをイタチのひたいてるよう、おねがいしました。


 灰色はいいろの小さなあたまに、霊器れいき慎重しんちょうちかづけます。

 ちょこんとれると霊器れいきとイタチのひたい薄青うすあお色にひかはじめました。

 しばらくすると青い五芒星ごぼうせいが僕の視界一杯しかいいっぱい浮上うきあがりました。

 上手うまくいったみたいです。

 羅針眼らしんがんから登録成功とうろくせいこう報告ほうこくがありました。


「で、君は何をしてくれるのかね?」


 霊器れいきの中からはなしかけると、小さな新入しんいりはキッキッククとかたを変えてきました。


「なるほど、そうか。――こいつが盗賊とうぞく住処すみかまで案内あんないするってよ。どうやら森に連中れんちゅうも、あいつらには迷惑めいわくしてるみたいだぜ」


 昧昧鼬セヘルクルナスはヒュリアの肩から掻消かききえると、すぐにジョルジの前にあらわれ、先頭せんとうに立ちました。

 そしてくびうしろにまわし、キッキッと鳴きます。


「ついてこいってよ」


 こうして小さな灰色はいいろ妖獣ようじゅうひきいられ、あらためてあめ真暗まっくらな森の中、盗賊とうぞく住処すみか目指めざします。

 この状況じょうきょう、なんか童話どうわ世界せかいに入りこんだみたいです。

 おそろしげな森を、イタチにれられて鬼退治おにたいじに向かう、ちぐはぐな四人組よにんぐみ

 絵本えほんにしたら面白おもしろいかも。


 今までの進むペースよりは断然速だんぜんはやくなりましたが、それでもかなりの時間歩いたと思います。

 時刻じこくはもう真夜中まよなかぎてるんじゃないでしょうか。


 突然とつぜん、森が途切とぎれて、目の前に切立きりたったがけあらわれました。

 先頭せんとうにいたはずの昧昧鼬セヘルクルナスは、いつのまにかヒュリアの肩の上にもどり、ククククと鳴きます。

 どうやらここが目的もくてきの場所みたいです。


 崖下がけしたには大きなあないていてなかに、ちらほらとあかりが見えました。

 かなり奥行おくゆききがありそうです。

 盗賊達とうぞくたち自然しぜん洞窟どうくつ根城ねじろにしたんでしょう。

 これじゃあチェフチリクが空からさがしても見つからないはずです。


 入口いりぐちわきには見張みはやくらしい男がすわりこんで、酒瓶さかびん直接口ちょくせつくちにつけてラッパみしてます。

 見張みはりなんかやってられっか、って感じです。

 僕らは木陰こかげかくれて、作戦会議さくせんかいぎをすることにしました。


「で、どうすんだ」


 べたに、あぐらをかくドラゴン姉さん。

 その横にチェフチリク、向かいあわせでジョルジとヒュリアもこしをおろします。


重要じゅうようなのは、さらわれた二人の居場所いばしょです。それがわからないと作戦さくせんの立てようがありません」


 ヒュリアの言葉に反応はんのうし、肩の上のイタチがクキックキッと鳴きました。


「そいつが居場所いばしょ調しらべて来るとよ」


 アティシュリが苦笑にがわらいしながら、通訳つうやくします。

 くびまわしたヒュリアは、灰色はいいろ友人ゆうじん微笑ほほえみかけました。


「それはありがたい。ならば、二人の居場所いばしょだけでなく、あの入口以外いりぐちいがいにも、そとつうじるみちがないか調しらべてきてくれ。もちろんひととおれるだけのひろさのあるものだ」


 キッキッと鳴いたイタチは、またふいに肩からせます。

 そして、すぐに入口いりぐち手前てまえに現れました。

 見張みはりの男は酒を飲むのにいそがしく、小さな偵察兵ていさつへいに気づいていません。

 イタチは一瞬いっしゅん、こっちに顔をけた後、素早すばや洞窟どうくつの中にはしりこんでいきました。


「あの偵察兵ていさつへいもどって来るまで少し時間がありそうですね。雨も今はんでるみたいだし。――ヒュリア、僕を地面ぢめんいてくれるかな」


 ヒュリアは首飾くびかざりをはずして、地面にきます。

 『調理ちょうり』を使ってあたたかいお茶とサンドイッチをつくり、首飾くびかざりの周囲しゅういならべました。

 サンドイッチの具材ぐざい自家製じかせいハムと野菜やさいです。


夕飯抜ゆうはんぬきで歩いてきたからね。これべて元気げんきつけて」


「ありがとう、ツクモ」


 ヒュリアはハムサンドを手にると、すぐに食べず繁々しげしげと見つめます。


「しかし、耶代やしろの力とは本当ほんとうにすごいものだな。これならどんな場所でも、食事にこまることはないし、兵站へいたんへの配慮はいりょ不要ふようだ。もしこの力が汎用化はんようかされれば、戦争せんそう形態けいたい根底こんていから変えてしまうだろう」


「ほんどですねぇ。もの不安ふあんがねぇってだけで、人は気持きもちがらくになりますからぁ。ツクモさんが、神様かみさまみだいに思えますぅ」


 ジョルジはハムサンドからハムをのぞいて食べてます。

 それをジト目で見てるドラゴン姉さん。

 あとで、おしおきされるぞぉ。


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