第35話 龍とはらすかす姫<2>

「なるほど……、きみがツクモか」


 チェフチリクの値踏ねぶみするような視線しせんぼくそそがれます。


「――ジネプとは、まるでべつものだな。そのくろ姿すがた焼死しょうししたといたが」


「ええ、てるあいだ焼死やけしんだみたいで。くるしみは、しなかったんですけど」


「そうか。としはいくつだった?」


二十にじゅうになったばかりでした」


 チェフチリクは、大きく溜息ためいききます。


みじかいな……。人間にんげん寿命じゅみょう自分じぶんらから見て、とてもみじかいが、それにをかけたようだな……。つらかっただろう」


「まあ、たしかにやりのこしたことは、いっぱいあるんですけど。こうして耶宰やさいになってみるとぬのも、それほどわるくないのかなって。死んだらなにもかもわりかと思ってましたから……」


 チェフチリクが、やさしく微笑ほほえみかけてくれます。


わかいのにたいしたものだな、ツクモ。――よろしくたのむ」


「あっ、こちらこそ、よろしくどうぞ」


 あたまげる壌土じょうど龍様りゅうさまあわてて御辞儀おじぎかえしました。

 アティシュリにくらべると、なんてこしひくいドラゴンなんでしょう。


 チェフチリクは最後さいごに、僕のうしろにかくれるようにしているジョルジにこえをかけました。


「そして君が、ジョルジだな。よろしくたのむ」


 壌土じょうどりゅうはジョルジにも会釈えしゃくします。


「こ、これは、ご丁寧ていねいにぃ。オラはジョルジ・エシャルメンですぅ」


 ジョルジは何度なんども、ぺこぺこ頭を下げました。


「――フェルハトとおな復体鎧チフトベンゼル使つか。そしてフェルハトと同じアトルカリンジャの皇女おうじょ。さらにビルルルのみ出した耶代やしろ儀方ぎほうにな耶宰やさいか……。おまえとおり、因果律いんがりつつよ干渉かんしょうかんじるな……」


 アティシュリを見下みおろしながら、こえとして話しかけるチェフチリク。


「だろ。『再臨さいりんとき』が、ちけぇとかんがえてもおかしくねぇ」


「ああ、警戒けいかいしておくべきだな」


 霊龍同士れいりゅうどうし会話かいわ意味不明いみふめいですな。

 ともあれ、そと立話たちばなしもなんなんで、食堂しょくどうなかへご案内あんないしました。


 テーブルせきひとつを開放かいほうし、霊龍れいりゅう様達に着席ちゃくせきしていただきます。

 ヒュリアとジョルジはその対面たいめんこしをおろしました。

 まずは四人分よにんぶんのティーカップを倉庫そうこから取出とりだしてハーブティーを具現化ぐげんかし、テーブルにならべます。


耶代やしろ機能きのうの『調理ちょうり』だな。給仕きゅうじ円滑えんかつさは、ジネプのときと遜色そんしょくい。相変あいかわらず見事みごとなものだ」


 僕のうごきを観察かんさつしていたチェフチリクはそう言うと、一口ひとくちちゃをすすりました。


美味うまちゃだ。複数ふくすう香草こうそうたがいに引立ひきたつようにぜてあるのか。――みず清潔せいけつだし、温度おんど適温てきおんだ。良い感性かんせいをしているな、ツクモ」


 壌土龍じょうどりゅう様のありがたい御言葉おことばです。


「いやあ、自分のこのみってだけの話なんすけどねぇ」


「つまり、君のあじたいする感覚かんかくたしかだということだ」


 お茶をめてくれたのは、チェフチリクさんがはじめてです。

 しかも言ってることが、グルメ評論家ひょうろんかみたい。

 このドラゴンも、かなりわってますねぇ。


「――これが今の耶代やしろの中か……。洗練せんれんされていて調和ちょうわがとれている。食堂しょくどうとしても、もうぶんないな」


 感心かんしんしたようにホールを見渡みわたすチェフチリク。


「――えーと、それで、アティシュリさん。チェフチリクさんをおれくださった理由りゆうというのは……?」


 まあ、だいたい予想よそうはついてますけどね。


「もちろん、ここの店長てんちょうにするためだ。こいつは霊龍れいりゅうのくせに人間とまじわるのが好きでな。自分で酒場さかば経営けいえいしてんだよ。――食堂しょくどう店長てんちょうに、もってこいだろうが」


 チェフチリクをアゴでしゃくるドラゴン姉さん。


酒場さかば経営けいえですか?!」


 チェフチリクは、ちょっとずかしそうにうなずきました。

 人間側にんげんがわは、全員ぜんいんびっくりです。

 一人ひとり地縛霊じばくれいですけど。


「――自分は人間がたのしんでわらっている姿すがたるのがきでな。いつでもそうするには、どうすればいいかとかんがえていた。長年ながねん観察かんさつ結果けっか、人間は食事しょくじをするときが一番楽いちばんたのしげだという結論けつろんたっした。そこで料理りょうりうでをみがき、みせつことにしたのだ。700年ほど前に最初さいしょの店をひらいて以来いらい、今の酒場さかばは23代目だいめになる」


 チェフチリクはれながらも酒場経営さかばけいえい動機どうきかたってくれました。

 なんかとっても、ほっこりするお話です。

 アティシュリさんを見てると、ドラゴンてうえから目線めせん傍若無人ぼうじゃくぶじんタイプばかりかと思ってましたが、チェフチリクさんは、まるでちがいますね。


 どうやら、良い人、いやいや、良いりゅうが来てくれたみたいです。

 たしかに、ドラゴンなら僕らの正体しょうたいを知っても密告みっこくなんかしないでしょうしね。

 しかもこの貫禄かんろく

 お店を経営けいえいしてたんなら、対外的たいがいてき交渉こうしょうなんかも御手おてのものですよね。

 店長てんちょうにピッタリです。


「でも、ご自分のお店の方はよろしいのですか」


 ヒュリアにたずねられると、チェフチリクの表情ひょうじょう一気いっきくらくなりました。

 そのままだまりこんでしまったチェフチリクを見てアティシュリは、しょうがねぇなって感じではならします。

 そしてわりに説明せつめいはじめました。


「その酒場さかばってのは、こいつ一人ひとちでやってたわけじゃなくてよ、ずっと人間の老夫婦ろうふうふ手伝てつだっててな。そいつらが年のせいではたらくのがキツくなったもんで引退いんたいすることになってよ。酒場さかば住処すみかとして、そいつらにくれてやったわけだ。そんで、こいつはまた新しい店を、どこかでやるつもりでいたのさ。――先日せんじつったとき、こいつがそんな話をしてたのを思い出してな。耶代やしろまかせられるかと思ったんだが……」


 アティシュリは、チェフチリクの様子ようす横目よこめでチラチラ見ながらつづけます。


「――で、今日こいつの在所ざいしょったら不在ふざいだったんで、酒場さかばほうにもってみたのよ。そしたら、店のよこはかを作って、その前でほうけてる、こいつを見つけたってわけよ」


 チェフチリクの表情ひょうじょう一層暗いっそうくらくなっていくので、アティシュリは顔をしかめます。


二日ふつかまえ盗賊とうぞく襲撃しゅうげきされて老夫婦ろうふうふころされんだとよ。はかはその夫婦ふうふのもんだった。だがほうけていた理由りゆうは、それだけじゃねぇ。くわしくいてみりゃあ、たのまれてあずかっていた娘二人むすめふたりを、ぞくにさらわれたってかすのよ……」 


「さらわれた……? それは由々ゆゆしき事態じたいですね。犯人はんにん見当けんとうはついていないのですか?」


 ヒュリアにわれ、チェフチリクはおもむろに口をひらきます。


「自分が酒場さかばもどってみると、アブジの警備隊けいびたい事件じけん捜査そうさをしている最中さいちゅうだった。彼らの話では、夫婦ふうふ死体したい以外いがい犯人はんにんらしき男の死体したいも一つあったそうだ。男のひたいほほには、みどり色の刺青いれずみがほどこされていたらしい。おそらくキュペクバルの残党ざんとうだろうということだった……」


「キュペクバル!」


 ヒュリアが声をげました。


「二年ほど前、帝国ていこくほろぼされ、キュペクバルの残党達ざんとうたちひがし大陸中たいりくじゅう四散しさんした。今奴いまやつらは、あちこちで厄介者やっかいものとなり周囲しゅういさわがせているらしい。――皇女おうじょの君もキュペクバルとたたかっていたのだろう?」


「はい、キュペクバルは帝国ていこくたみ長年苦ながねんくるしめてきた仇敵きゅうてきです。やつらとのたたかいは、長きにわたりましたが、キュペクバルの大戦士だいせんしムラナ・アナ・キュペクバルヌンを首席勇者しゅせきゆうしゃイドリス・ジェサレットが討取うちとったことで、一気いっき形勢けいせい帝国ていこくかたむき、王都おうとキュペクバルクラルは、ほどなく陥落かんらくすることになったのです」


「イドリス・ジェサレットか……、たしか今の英雄えいゆうだったな。さすが英雄えいゆうになるだけのことはある」


「ええ、そうですね……」


 ヒュリアが、っていた木剣ぼっけんを強く握締にぎりしめるのが、目にはいりました。

 そのあと、こんどはヒュリアがだまりこんでしまいます。

 仕方しかたないので僕が話を引継ひきつぎました。


「じゃあ、チェフチリク様の酒場さかばちかくに、そのキュペクバルってやつらがひそんでるってことですかね?」


酒場さかばはアヴジ王国おうこく南部なんぶ位置いちするディルパスむらにある。村の西側にしがわにはスルスクラムのもりひろがっているが、最近さいきんそこに大規模だいきぼ盗賊団とうぞくだん住着すみついたと警備隊けいびたいから聞かされた。おそらく、その構成員こうせいいんにキュペクバルの者がいるのだろう」


 チェフチリクは人差ひとさゆび親指おやゆび両目りょうめさえます。


「自分がもう少しはやもどっていれば、こんなことにならなかったのだ……。とにかくなんとしても、あのらを助けねばならない」 


「スルスクラムの森は、災厄さいやく荒野こうや隣接りんせつしててな、森の三分だんぶんは、どの国にもぞくしていねぇ。しかも、年中嫌ねんじゅういやあめっていて視界しかいわるく、くまおおかみ妖獣ようじゅうなんかもうろついていやがる。そんなんだから、こいつが娘達むすめたち救出きゅうしゅつうったえても、アヴジの警備隊けいびたいいやがってうごかねぇんだとよ。冒険者ぼうけんしゃやとう手もあるが、娘達むすめたちのことを人間に知られるわけにはいかねぇんでむずかしい。まさに八方塞はっぽうふさがりってわけだ」


 アティシュリは腹立はらだたしげにはなからいききました。


「知られるわけにはいかないって、その娘さん達、どういう人なんですか」


 霊龍れいりゅう達は顔を見合みあわせ、目配めくばせをわします。

 それでりをつけたチェフチリクが、彼女らの正体しょうたいかしました。


「――あのらは、人間から『魔族まぞく』とよばれている存在そんざいだ」


 でた、魔族まぞく

 ヒュリアとジョルジも、びっくりしてますね。


 やっぱりバシャルにも魔族まぞくいたんだ。

 てことは魔王まおうもいるってことですよね。

 また一気いっきにラノベっぽくなってきました。


「だが魔族まぞくとは人間側にんげんがわ勝手かってにつけたび名にぎない。つのを持つことをのぞけば、彼らは人間とわりはしないのだ。――彼ら自身じしんは、自分達の国をウラニア、自分達をパトリドスとぶ。ウラニアは東の大陸たいりく最北端さいほくたんにあるが、人間に虐待ぎゃくたいされつづけたため、今は国境こっきょうざしている」


 多数派たすうはめる人間て、自分達とちが少数派しょうすうは差別さべつして虐待ぎゃくたいしたり、同化どうかさせようとしてアイデンティティをうばおうとしますよね。

 バシャルも地球ちきゅうもそのてんは変わらないようです。


「二人の名はアレクシア・スカラ、そしてユニス・ヴァシレイオという。アレクシアはユニスきの護衛官ごえいかんとしてつとめていたものだ。ユニスに護衛官ごえいかんがついている理由りゆうは、彼女がいわゆる魔王まおうむすめだったからだ」


魔王まおうむすめ! つまり御姫様おひめさまですねっ!」


 やっぱきたね、魔王まおう

 それに魔族まぞくひめかぁ。

 可愛かわいくて、おしとやかなタイプだといいなぁ。

 うちの女性陣じょせいじんは見た目は良いんだけど、つよすぎますから……。

 おっと、悪口わるぐちじやないですからねっ。  


「まあ、魔王まおうという称号しょうごうも人間が勝手かって解釈かいしゃくしてけたものだ。実際じっさい議会ぎかい総代そうだいとして国を代表だいひょうしているにぎない。しかも総代そうだいは王のような世襲制せしゅうせいではなく、議会ぎかい多数決たすうけつ選出せんしゅつされる。だから現在げんざい総代そうだいはユニスとはまったくの他人たにんなのだ」


「ユニスさんは、なぜチェフチリクさんのところに?」


「ユニスは、パトリドスの秘宝ひほうねむ禁足地きんそくちかぎっているのだ。今の総代そうだいであるスタヴロス・ガタキは、秘宝ひほうを手に入れるために禁足地きんそくち解放かいほうしようとしている。そのためにはユニスの持つかぎがどうしても必要ひつようなのだ。そしてやつは一年前、ユニスをねらって襲撃しゅうげきをかけた……」


 魔族まぞく秘宝ひほう……。

 もしかしてヤバい代物しろものなんでしょうか。

 だから封印ふういんしてあるのかも。


「ユニスの父親ちちおやであるカリトンは生前せいぜん、俺たちの同胞はらからである『ヤムルハヴァ』と付合つきあいがあってな。母のネリダはそのツテをたよってむすめをヤムルにたくしてがしたんだ。だが、あいつは、ものぐさで自分じゃ世話せわできねぇから、チェフチリクにしつけたのよ」


 ヤムルハヴァ?

 同胞はらからって言うからには、霊龍れいりゅう様なんでしょうね。


「アティシュリさんと一緒いっしょにやれば、簡単かんたんたすけられそうですけど」


「前にも言ったろうが。俺たちにはおきてがあんだよ。人間同士にんげんどうしあらそいには介入かいにゅうしねぇってな」


あらそいって言っても、一方いっぽうは、さらわれてるんですよ」


「ダメなものはダメだ」


「でもヒュリアのときは、結局けっきょく助けてくれたじゃないですか」


「ありゃあ、ヒリュアがやられたら、あのトゥガイってやつもジョルジの討伐とうばつくわわるだろうと思ったからよ。あくまでもジョルジを助けるためにやったことだ」


 ホント、素直すなおじゃないし頑固がんこよね、このドラゴン姉さんは。

 あまいものですぐ、ふにゃふにゃになるくせに。


「つまりチェフチリク様は、私達に魔族まぞく娘達むすめたちを助けろとおっしゃっているのですね?」


 ずっとだまっていたヒュリアが口を開きました。


「ああ、そうだ。アヴジの警備隊けいびたいも、冒険者ぼうけんしゃもあてにできない以上いじょう、君達にたのむしかない。――どうだろう、引受ひきうけてくれないか。もしあのらを助けられたなら、自分にできることなら何でもすると約束やくそうしよう。店長てんちょうなどとは言わん、皿洗さらあらいでも便所掃除べんじょそうじでもかまわん。だから、このとおりだ」


 立上たちあがって頭を下げるチェフチリク。


「や、やめてください! 世界の守護者しゅごしゃである貴方あなたが頭を下げるなんて。そんなことをされなくても、めいじていただければよろこんで助けにいきます」


 ヒュリアは、躊躇ちゅうちょなく承諾しょうだくしちゃいました。 

 だけどこれまた、大変たいへん仕事しごと引受ひきうけちゃったんじゃない。

 付合つきあうのは良いんだけど、彼女がまた危険きけんな目にわないかって心配しんぱいになります。

 つい先日せんじつ、トゥガイと戦ったばかりですし……。

 大丈夫だいじょうぶかな……。


「――でもチェフチリク様は、何故なぜそうまでして彼女らを庇護ひごするのですか。お話を聞いても、それほどふか関係かんけいではないように思えますが」


「ああ、たしかにそうだ。――自分がユニスを助けたいと思う一番いちばん理由りゆうは、あの娘の笑顔えがおがみたいからだろうな」


 チェフチリクは、あごを手ででながら、やわらかく微笑ほほえみました。


おさないときに父親ちちおやくし、今回こんかい襲撃しゅうげき母親ははおやいのちとした。アレクシアが言うには、もう長いあいだ、ユニスが子供こどもらしくわら姿すがたを見たことがいそうだ。――ユニスはまだ13歳だ。このままでは、笑顔えがお取戻とりもどせぬまま、このることになりかねない。それはおさない彼女にとって、あまりにもかなしいことだとは思わないか……」


 ほんわかした空気くうきつつまれ、みんなだまりこんでしまいます。

 チェフチリクさんて、なんて良いりゅうなんでしょう。

 ちょっときそうになりました。

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