第34話 龍とはらすかす姫<1>

「それで引越ひっこしと食堂しょくどうだが、具体的ぐたいてきにどうするんだ、ツクモ」


 一口ひとくちちゃをすすったヒュリアがいてきました。

 引越ひっこ宣言せんげんから一夜明いちやあけた翌日よくじつ昼食後ちゅうしょくご、これからの方針ほうしんめる会議かいぎひらくことにしました。

 四人がけのテーブルにヒュリアとアティシュリが着席ちゃくせきしたところで、いつものように食後しょくごのお茶とキャラメルを提供ていきょうしたわけです。


「まずは耶代やしろをどこへ『転居てんきょ』させるかをめなきゃいけないね。それと食堂しょくどう店長てんちょう従業員じゅうぎょういん必要ひつようになると思う」


 『建替たてかえ』で『食堂しょくどう』になった屋敷やしきは、外見的がいけんてきには北海道ほっかいどうにあるあかレンガ倉庫そうこてます。

 あそこまでカッコよくないですけどね。


 一方いっぽう内部ないぶはと言いますと、玄関げんかんから両開りょうびらきのとびらけて中に入ると、四人掛よにんがけテーブルせきが12とカウンター席が10がしつらえられたホールがひろがります。


 カウンターのかべへだてたこうがわはクローズドキッチンで、そのよこには廊下ろうかがあり、廊下ろうかはさんだむかいには、もと屋敷やしきにあったダイニングがのこっています。

 もちろんお風呂ふろとトイレもそのままです。


 キッチンとダイニングの間にある廊下ろうかは、ホールから屋敷やしきおくまでびていて、最終的さいしゅうてきには裏口うらぐち二階にかいへの階段かいだん行着いきつきます。

 二階にがると、中央ちゅうおう廊下ろうかがあり、その両脇りょうわき各部屋かくへやならぶ間取りとなっております。

 部屋へや内訳うちわけは、アティシュリ、ジョルジ、ヒュリアの個人部屋こじんべやとゲストルーム、錬成室れんせいしつの合わせて五つです。


 食堂しょくどうホールの内装ないそうは、ぼくきているときかよっていた近所きんじょ洋食屋ようしょくやさんに、よくています。

 くすんだ赤い“バア”のかべ木製もくせい天井てんじょうゆか、そこかしこにるされたランプ、重厚じゅうこうな感じのテーブルや椅子いす、それらが良い感じにお洒落しゃれ雰囲気ふんいき演出えんしゅつしてます。


 そんな洒落しゃれたホールで、人間にんげんとドラゴンと地縛霊じばくれい会議かいぎをしているわけですけど……。

 どういうシチュエーションよ、ってツッコみたくなりますな。


「タヴシャンのやつが『転居てんきょ』先について、てめぇに何かってやがったな」


 アティシュリ様は、お茶のわりに本日分ほんじつぶんのキャラメルを堪能たんのうしてらっしゃいます。


「ええ。食堂しょくどうをやるんなら、それなりに大きくて、最近さいきんできたようなまちいそうですよ。小さくてふるくからあるまちだと人間関係にんげんかんけいみつなんで、新参者しんざんもの目立めだちますからね。大きくて新しい街なら人間関係にんげんかんけい希薄きはくだから、あやしまれることはないってことで」


 ホールのすみにある客用きゃくようのトイレからジョルジの、えずく声がひびいてきます。

 おひるに出した牛肉ぎゅうにく香味野菜こうみやさい春巻はるまきを、なんとか完食かんしょくしたのは良いんですが、やっぱり気持きもわるくなったみたいでして……。

 でも、えずくだけでゲロってはいけないのです。

 アティシュリから、き出すなって厳命げんめいされてますんで。


 昨日きのう盟友欄めいゆうらんのアティシュリのした名前なまえつらねたジョルジは、引越ひっこ宣言せんげんあときゅうにフラフラしたかと思うとそのすわりこみ、あそつかれた子供こどもみたいにねむってしまいました。

 おもったとおり、耶代やしろちからってかれたようです。

 結果けっか、ドラゴンねえさんがかたかついで二階にはこび、ジョルジの名札なふだがついた部屋のベッドにかされたのでした。


 それと今朝けさなんですが、ヒュリアに霊器れいき錬成れんせいのてほどきをしてくれたタヴシャン先生せんせいが、おかえりのはこびとなりました。

 いつまでも自分じぶんみせめてるわけにはいかないとのことです。

 彼女が帰り支度じたくをしていると耶代やしろ機能きのうである『休養きゅうよう』で完璧かんぺき体力たいりょく回復かいふくしたジョルジが、元気一杯げんきいっぱいきてきました。


 そのながれでヒュリアと一緒いっしょ御見送おみおくりをすることになったジョルジは、タヴシャンをせるためドラゴンにもどったアティシュリをたりにしてしまいます。

 あんじょうこしかしてへたりこみ、小刻こきざみにふるえながらアワアワしちゃったわけです。


 ドラゴン姉さんは、タヴシャンをせて飛立とびたまえに、アワアワしてるジョルジにむかい、あた一面いちめん鳴響なりひびく声で言渡いいわたしました。


屋敷やしきまわり50しゅう腕立うでたて100かい腹筋ふっきん100回、俺が帰ってくるまでにやっとけ! できてなかったらそらからとすかんなっ!」


 直立不動ちょくりつふどうくびたてにブンブンるジョルジ。

 拒否権きょひけんはありませんからね。

 ジョルジを服従ふくじゅうさせた霊龍れいりゅう様は、巨大きょだいつばさ数回すうかいはためかせます。

 そしてつぎ瞬間しゅんかん、空に吸込すいこまれるように舞上まいあがっていったのでした。


 さて、トレーニングメニューをいただいたジョルジは、とされたくない一心いっしん必死ひっし課題かだいをこなし、なんとかクリアします。

 でも彼の災難さいなんはそれでわりじゃありませんでした。


 もどって霊龍れいりゅう様の監視かんしの目がひかる中、今度こんどは“にくう”というトレーニング以上いじょうきびしい試練しれんえなければなりませんでした。

 その結果けっかが、“えずき”というわけです。


従業員じゅうぎょういん必要ひつようなのはわかるが、店長てんちょうはツクモがやればいいんじゃないのか?」


 ヒュリアが怪訝けげんそうに聞いてきます。


「いやあ、そういうわけにもいかないよ。店をやるんなら、対外的たいがいてきいろんな人と交渉こうしょうしたり取引とりひきしたりしなきゃならないでしょ。だとすると真黒まっくろな僕は問題外もんだいがいだし、君だってひとみのことがあるから下手へた人前ひとまえには出られないわけだし。それに耶代やしろ移転先いてんさき土地とちうための契約けいやくなんかもわりにやってもらいたいんだよねぇ」


「なるほど、そういうことか。――ならば、アティシュリ様、店長てんちょう引受ひきうけていただけないでしょうか?」


「俺がやるわけねぇだろう。面倒めんどくせぇ」


「そうですか……、じゃあ、ひょろジは?」


 トイレのほうを見るヒュリア。


 ひょろジ……。

 素晴すばらしいふたつ名を頂戴ちょうだいしましたぞ、ジョルジ君。 

 でもとう本人ほんにんといえば、まだトイレでゲーゲーやっておるのです。


「――無理むりだな」


 一人ひとり納得なっとくし、うなずくヒュリア。


「まあ、そういうことだから、店の顔になってくれる人がしいのよ」


「どんな人物じんぶつが良いんだ?」


「そうだね、どっしりと落着おちついていて、いかにも信用しんようがありそうで、僕やヒュリアのことをっても密告みっこくしたり、バラしたりしないくちかたい人が良いな」


「そんなやつ、そうそういるはずねぇだろうが」


 あきがおのドラゴン姉さん。

 だけど、このけんかんするヒント、もう見つけちゃってます。

 それがこちら。


従業員じゅうぎょういん俺娘おれっこ紹介しょうかいしてもらう』


 最初さいしょころまった意味不明いみふめいだったこのヒント。

 ここにきて、やっと意味がわかりました。

 俺娘おれっこはもちろんアティシュリ様ですから、きっと店長候補てんちょうこうほ心当こころあたりがあるはずなのです。


「ところがですね、アティシュリさん、耶代やしろが、あなたにけば従業員じゅうぎょういんが見つかるって言ってるんですけど」


「何をぅ? またわけのわからねぇことを。霊龍れいりゅうである俺に、そんなてがあるわけねぇだろう。だいたい俺のこの姿すがたを知ってる人間なんてほとんどいねぇんだぜ。――まあ、人間じゃねぇ知合しりあいなら、いててるほどいるけどよ……」


 キャラメルを口にれようとしたアティシュリは突然とつぜん、何かに気づいたようにフリーズします。


「――まてよ、ひょっとして耶代やしろは、あいつのことを言ってやがんのか……?」


「あいつって?」


 質問しつもんをスルーして、忌々いまいましげに頭をかくドラゴン姉さん。


「ちっ、そんなことまで見透みすかしてやがんのか、この耶代やしろはよぉ……。仕方しかたねぇ、ひさしぶりに顔を出してるか」


 立上たちあがったアティシュリはのこりのキャラメルを一気いっきに口にいれると、玄関げんかんむかってあるきだしました。


「俺はちょっと出かけてくるぜ。夕方ゆうがたまでにはもどるからよ。――それと、ヒュリア」


「はい?!」


「ジョルジに剣術けんじゅつおしえてやってくれ」


「私が……、ですか……」


 あきらかにいやそうな顔のヒュリア。


「お前の剣術けんじゅつ超一流ちょういちりゅうだからな。たのんだぜ」


「そんな! まだおしえるとは言ってません!」


 アティシュリは、ヒュリアの文句もんくを聞かずにそとに出ると、ドラゴンの姿すがたになってんでいってしまいました。

 ヒュリアは不満ふまんそうに顔をしかめ、テーブルをこぶしで思い切りなぐりつけます。


 ちょっと、君は店のオーナーなのよぉ。

 備品びひん大事だいじ取扱とりあつかってくださいな、って言おうとしたんですがにらみつけられてかいになる僕……。


「おさわがせすて、すみません……」


 バッドタイミングでジョルジがトイレからもどってきました。

 青い顔で、ふらふらしてます。


「――ツクモ、木剣ぼっけんを二本、つくってくれないか」


 無感情むかんじょうなヒュリアの声。

 でも、ぎゃくにイライラ感がつたわってきます。

 ジョルジの未来みらい暗雲あんうんが立ちめているようです。

 とにかく『工作こうさく』の機能きのう木剣ぼっけんを作り、テーブルの上に具現化ぐげんかさせました。


「すごいですねぇ、ツクモさん」


 んださかなのようだったジョルジの目がかがやいてます。

 皮肉ひにくなことに、少し元気げんきになったみたいです。


 そうだよ、すごいだろ。

 だけど、この剣はね、地獄じごくへの片道切符かたみちきっぷなんだよぉ。 

 これを手にとったが最後さいご鬼教官おにきょうかんによる責苦せめくはじまるんだよぉ。

 みじか生涯しょうがいだったな、ジョルジ。

 死んでも僕みたいになるんじゃないぞぉ。


「――おい、ひょろジ!」


「ひょろジ? それ、オラのこどですか?」


「そうだ、今日きょうからお前は、ひょろジだ!」


 ヒュリアは宣言せんげんすると、片方かたほうの剣をジョルジのむね押付おしつけました。

 そして、音痴おんち理不尽りふじんなガキ大将だいしょうのたけし君を憑依ひょういさせたような表情ひょうじょうでジョルジを凝視ぎょうしします。


「何をするんですか?」


 見つめられ困惑こんわくするジョルジ。


「今からお前に、私の修得しゅうとくした剣術けんじゅつおしえてやる。これはアティシュリ様の厳命げんめいだから、いのちがけで修練しゅうれんするように。いいな」


「オ、オラ、剣なんてにぎったこともねぇですが……」


「だ・か・らぁ、今からやるんだろぉ、今から……」


 こめかみをヒクヒクさせたヒュリアは、ジョルジに顔をちかづけ、ひとみをのぞきこむようにして言いました。


「は、はいぃっ!」


 ふるえながら返事へんじをするジョルジ君。


 よしっ! 

 さあ、くのだ、ひょろジ!

 かがやかしい未来みらいのために!

 英雄えいゆうほしとなるために!

 かろやかに手をり、二人をおくり出したのでした。


 そのあと家事かじをこなしたり、食堂しょくどうで出すメニューをかんがえたりしていると、いつのまにか太陽たいようかたむいていました。

 ヒュリアとジョルジ君は、まだ修練しゅうれんからもどってきません。

 おひるすぎからはじめて夕方ゆうがたですから、もうかなりの時間じかんってます。

 様子ようすを見に外へ出てみました。


「――どうした、それでわりか、ひょろジ!」


「まだ、まだぁ……」


 きずだらけでボロボロになってるジョルジといきみだすこともなくたたずむヒュリア。

 両手りょうてにぎめた剣をジョルジがり上げた途端とたん、するりと間合まあいにはいったヒュリアは彼の喉元のどもとに剣をつきつけました。

 ジョルジは、ただそれだけですべてのうごきをふうじられてしまいます。


「動きがざつだ。予備動作よびどうさで次の攻撃こうげきめてしまう。だから……」


 喉元のどもとから剣をいたヒュリアは、かげのようにジョルジの左側ひだりがわへとまわりこみ、彼の肩口かたぐち木剣ぼっけんたたきました。


「――こうなる」


 ジョルジはたたかれた左肩ひだりかたさえて、片膝かたひざきました。

 をくいしばって、いたみにえてます。

 見かねて声をかけました。


「そろそろ、わりにしたら」


「――どうする、ひょろジ、もうやめにするか?」


 挑発ちょうはつするようなヒュリアの微笑ほほえみ。 


「いいえ、まだやれます」


 まんまとせられるジョルジ君。


「そうか、ならば立て」


 ジョルジが立上たちあがろうとしたとき、あたりにはげしいかぜこりました。

 そら一瞬いっしゅんくらくなったかと思うと巨大きょだいかげが二つ、空地あきち舞降まいおりて来ます。

 一つは、おなじみの赤いほのおりゅう

 そしてもう一つは、褐色かっしょく表皮ひょうひを持つりゅうです。


もどったぜ」


 アティシュリの声がしたかと思うと、二柱ふたはしら霊龍れいりゅうは人の姿すがたになっていました。

 霊龍達れいりゅうたちは、そのままこちらにむかってあるいてきます。


 ドラゴン姉さんのよこにいるのは、暗褐色あんかっしょくかみみじかり上げたたか男性だんせいでした。

 スラリとした体形たいけいですが、ジョルジ君のように弱々よわよわしいかんじがありません。


 こげ茶色の長袖ながそで上着うわぎと黒いパンツをいていて、服装ふくそう地味目じみめですが、顔の方は塩顔しおがおのイケメンです。

 見た目の年齢ねんれいは20代後半だいこうはんって感じでしょうか。

 濃緑色のうりょくしょく一重ひとえひとみが、こちらをするどうかがってます。


 二人が目の前までやって来ると、物凄ものすごあつを感じました。

 なんせドラゴン二体分にたいぶんですからねぇ。


「こいつは俺の同胞はらからで『壌土じょうど』を受継うけつぐ『レケジダルハ』だ」


 アティシュリがとなりの男性を指差ゆびさして紹介しょうかいしてくれました。


「レケジダルハって言うのは……?」


「ウガリタで、レケジダルハはつちりゅうという意味いみだ」


 こたえてくれたのはアティシュリじゃなくてヒュリアです。

 なるほど、ほのおつぎつちですか。


「――はじめまして、壌土龍じょうどりゅう様。私は、チラック・ウル・エスクリムジの血統けっとうにして、聖騎士団帝国せいきしだんていこく第一皇女だいいちこうじょ、ヒュリア・ウル・エスクリムジともうします」


 ヒュリアは厳粛げんしゅくかんじでひざまずき、むねに手をてて御辞儀おじぎをしました。

 壌土龍じょうどりゅう予想よそうはんしてやわらかく微笑ほほえむと、ヒュリアに手を差出さしだします。


「そんなにかしこまらないでくれ。自分じぶんはチェフチリク、よろしくたのむ」


 チェフチリクはひくいトーンのイケボでそう言うと、ヒュリアを立上たちあがらせました。


 男の僕でも、ちょっとドキッとする良い声してます。

 しかも見た目は強面こわもてなのに、手なんかしちゃって。

 アティシュリよりも全然優ぜんぜんやさしいじゃん。

 こりゃ、モテる、絶対ぜったいモテるなぁ。


「君がヒュリアか。――チラックの血筋ちすじのわりには、かなり美人びじんだな」


「えっ?」


 ヒュリアは、ほほさえ、顔を真赤まっかにしてます。

 なんかおんなになっちゃってない?

 壌土龍じょうどりゅう、あなどれねぇ。

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