第31話 ヘタレの勇者に成りたがり<2>

「お前のさがしてる屋敷やしきは、ここだぜぇ」


 アティシュリは、にやけがおゆか指差ゆびさします。


「ええっ! したっけ、隠者いんじゃ様っちゅうのは、やっぱすツクモ様ですかや?!」


「いや、僕じゃないですよ。僕はこの屋敷やしき管理人かんりにんみたいなもんです。――残念さんねんだけど、隠者いんじゃ様はもうんじゃってます」


 ジョルジは、世界せかいわったみたいな表情ひょうじょうになりました。


「な、なじょすたらいがんべぇ……」


 なじょすたらって……。

 ワインによくあう薄切うすぎりのハムぐらい、なまってますねぇ。


「まあ、でも、ここには隠者いんじゃ様の友人ゆうじんのアティシュリさんや、お弟子でしさんのタヴシャンさんがいるから、何かわかるかもしれないよ。とにかくくだけ聞いてみたら? ――おっと、それから、きみにありがたい助言じょげんをしてくれた彼女は、この屋敷やしき現家主げんやぬしであるヒュリアさんです」


 三人の淑女しゅくじょ?を紹介しょうかいします。


「まんず、隠者いんじゃ様のご友人ゆうじん様とお弟子でし様、そんなすげぇ方々かたがたとはつゆすらず……。ほんで、家主やぬしさんですか」


 ジョルジは立上たちあがり、三人にあたまをさげます。

 そして緊張きんちょうした面持おももちですわなおしました。


「んだば、おみみよごすだけんど、ちょっこらいてけさい」


 ジョルジは、あのあおよろいの姿が引起ひきおこすトラブルについてかたはじめました。


 青いよろいは、感情かんじょうはげしくたかぶったときにあらわれるのだそうです。

 そうなると本来ほんらいのジョルジとはちがう、べつのジョルジが出てきて意識いしきをのっとってしまいます。

 いままで、たくさんの人をころしたり、建物たてもの破壊はかいしたりしてきましたが、本来ほんらいのジョルジはもう一人ひとりの自分をめられず、こころのすみにいやられて見守みまることしかできなくなるのだそうです。


 われかえったとき、あばれていたときの記憶きおく断片的だんぺんてきにしかのこっていませんが、それでも自分のしたことはっすらおぼえているみたいです。

 昨日きのうのことも、具体的ぐたいてき状況じょうきょうは忘れてますが、自分が戦ってたことだけはおぼえてました。


 最近さいきん農奴のうどとしてはたらいていた荘園しょうえんで暴れまわって数百人を殺し、そのつみ数千すうせん兵士へいしめられたそうです。

 しかし復体鎧チフトベンゼルのジョルジは、数千の兵士へいし返討かえりうちにし、全滅ぜんめつさせてしまいました。


 結局、ジョルジは、こんなことにえきれなくなり、偶然ぐうぜんうらなから聞いたはなしたよりに、わらにもすがる思いで、ここに行着いきついたってわけです。


「――オラもう、ぶっちゃけてしまいそうでぇ……。こんちからは、悪魔あくまの力でねぇですかや?」


 頭をかかえるジョルジくん


「ジョルジ、お前、英雄えいゆうフェルハトのこと知ってっか?」


「フェルハト様! はい、よぐ知ってます!」


 アティシュリにフェルハトのことを聞かれると、くもっていたジョルジの表情ひょうじょう晴上はれあがりました。


「オラ、いづかフェルハト様みでぇな英雄えいゆうになんのがゆめでがんす。ほんで、こまってる人や、ひでぇ目にあっでる人をまもりでぇと思っでがんす」


「だったら、あいつのふた、わかってるよな?」


たしかぁ、あか閃光せんこう騎士きしだすべ」


 ジョルジ君は得意とくいげに言います。


ちがうっ! 『閃紅鎧せんこうがい騎士きし』だっ!」


 ヒュリアがムキになって否定ひていしました。


「ご、ごめんすてけらい……」


 一気いっきにテンションが下がるジョルジ君。


「かかっ、じゃあヒュリア、フェルハトに、なんでそんなふたがついたか分かるか?」


太祖帝たいそてい様がいくさにのぞまれるときはかならず、くれないかがやよろいにつけられていたからです。そのため帝国ていこく皇帝こうてい礼服れいふくくれないであり、エスクリムジ宮殿きゅうでんくれない彩色さいしょくされているのです」 


くれないか……、まあいいだろう。とにかくだ、フェルハトはいつもくれないよろいていたとつたえられてるわけだが、じつはそうじゃねぇ」


 いている全員ぜんいんの顔に?マークがかびます。


「あいつはよろいてたんじゃねぇ。よろいはただのぞむだけで、どっからともなく“あらわれた”んだ」


「えっ、それって、ジョルジ君とおなじってことですか?」


「そういうことだ、ツクモ」


 アティシュリは悪戯小僧いたずらこぞうのようにニヤリとします。

 なるほど、それでドラゴンねえさんはジョルジ君をたすけたかったんですね。


「フ、フェルハト様とこんな、ひょろひょろ男がおなじはずがありません!」


 ヒュリアは立上たちあががり、アティシュリにくってかかります。

 こんなことははじめてです。

 ヒュリアは、いつもドラゴン姉さんには敬意けいいはらってますからねぇ。

 一方いっぽう、ジョルジ君は、ひょろひょろって言われて、さらにへこんでるご様子ようす


 たぶんですけど、ヒュリアはフェルハト様とジョルジ君を同類どうるいみたいに言われるのがいやなんだと思います。

 彼女にとってフェルハト様はあこがれの人ですから。


「まあ、落着おちつけ。お前が何を言おうが、事実じじつは事実だ。フェルハトのよろいとジョルジのよろい同種どうしゅ現象げんしょうによって具現化ぐげんかされるもんなんだよ」


 ヒュリアは下唇したくちびるをかんでこしをおろします。


同種どうしゅ現象げんしょうですか……。てことは、魔導まどう儀方ぎほうじゃないんですね」


「おう、なかなかするどいじゃねぇか、アホ耶宰やさいのくせに」


 アホでもバカじゃないんですからね。

 いやいや、まてまて。

 あぶねぇ、アホだってみとめるとこだった……。


「まあ、これはあまり公言こうげんできねぇ話なんだが、お前らならかまわねぇだろう。――霊龍れいりゅう記憶きおくのこ伝説でんせつひとつにこういうもんがある……」


 地球ちきゅうでは、平行世界へいこうせかいとかパラレルワールドってばれるかんがかたをアティシュリはかたりだしました。


じつは、世界ってのは一つじゃねぇんだ。このには今俺たちがいる世界とよくた世界が無数むすう存在そんざいしていてよ、そのそれぞれにべつの俺達がいるわけだ。世界同士せかいどうしたがいに認知にんちできねぇんだが、極稀ごくまれ相互そうご干渉かんしょうしちまうことがある。そんとき、あっちの世界の存在そんざいが、こっちへまぎれこんじまうんだ。もちろんぎゃくもあるけどな」


 ヒュリアとタヴシャンは真剣しんけんに聞いてますが、ジョルジ君はポカンとしてます。


「まぎれこんできたやつべつの世界にいたもう一人の自分じぶんだったとき、一つの世界におなじ人間が、二重にじゅう存在そんざいしちまうことになる。世界秩序せかいちつじょにとってこれはゆるしがたいことらしくてな。この状態じょうたい解消かいしょうしようとする力がはたらく。どうなるかって言やぁ、両者りょうしゃわせて一つにまとめちまうんだよ。それが『統一化とういつか』って呼ばれる現象げんしょうだ」


統一化とういつかですか……。で、それをされると、どうなるんです?」


 好奇心こうきしんをくすぐられちゃいますね。


統一化とういつかされた人間は、通常つうじょうの人間よりも数十倍すうじゅうばい潜在力せんざいりょく獲得かくとくすることになる。身体能力しんたいのうりょく感覚かんかくなんかが強化きょうかされるんだ。で、その統一化とういつかかたちとなってあらわれた姿すがたが、あのよろいなんだよ」


「じゃあ、ジョルジ君はべつの世界からたもう一人のジョルジ君と統一化とういつかされてるってことですか?」


「そういうことよ。フェルハトも同じだ。あいつはアトルカリンジャの力をあやつれるまで一切いっさい魔導まどう使つかえなかった。だがそれでも、聖騎士団せいきしだんちょうになれるほどつよかったのは、べつの世界から来たフェルハトと統一化とういつかされ、その力の顕現けんげんである『くれないよろい』を使えたからなんだ」


 もし、バシャルが地球ちきゅう平行世界へいこうせかいなら、どこかにもう一人の八上月最やがみつくもがいるはずです。

 でも今のところそんな気配けはいはありません。

 たぶんここは、平行世界へいこうせかいじゃなくて、異世界いせかいもしくはべつ惑星わくせいってことじゃないでしょうかね。


「俺たちの記憶きおくの中で、そのよろいは『復体鎧チフトベンゼル』って呼ばれてる。復体鎧チフトベンゼルを使えるやつは、通常つうじょうの人間とはくらべものにならないほどの身体能力しんたいのうりょく発揮はっきできるんだ。でだ、フェルハトのおそろしいところは、そいつをさらに至高しこう亢躰こうたいじゅつを使って増強ぞうきょうしたことにあるわけよ」


「なるほど、もとの力がよわければ、いくら至高しこう亢躰こうたい術で強化きょうかしたってたいしたものにはならないけど、元の力がすでに普通ふつうの人をはるかにしのいでいたら……。そりゃ大変たいへんだ」


みこみがはえぇな、ツクモ。――災厄さいやくとき何万なんまんものてきと一人で戦えたのは至高しこう亢躰こうたいじゅつだけじゃなく、『復体鎧チフトベンゼル』のおかげでもあるんだ」


 きてるときに、その映画えいがを見たことがあります。

 平行世界へいこうせかい自分じぶんころし、その力を手に入れて全能ぜんのう存在そんざいになるってやつ。


「じゃあこの、ひょろひょろ男とまったおなじ人間が、べつの世界からやってきて、一つになったということなのですか?」


 ヒュリアはジョルジ君をめるように人差ひとさゆびをつきつけます。

 ジョルジ君、おびえてます。


完全かんぜんに同じじゃあねぇ。世界の“ちがい”が、存在そんざいするものにもある程度ていど差異さいをもたらすからな。それから肉体にくたいのまま世界をわたることはできねぇ。やって来たのはべつのジョルジの“霊体”ってことになる」


 アティシュリはキャラメルを口にほうりこみます。


「それでだ、肝心かんじんなのはこっからよ。些細ささいな“ちがい”なら統一化とういつかに何の問題もんだいもねぇ。だが、両者りょうしゃことなる決断けつだんをせまるほどの重大じゅうだいな“ちがい”があるときは、統一化とういつか阻害そがいされて暴走ぼうそうはじまる。最後さいごにやぁ、大爆発だいばくはつこして消滅しょうめつしちまうのよ」


 大爆発だいばくはつね。

 ジョルジをたすけた最大さいだい理由りゆうはこれだったんですね。

 てことは、その爆発ばくはつって、かなりヤバイものなんでしょうか。


「なぬもかぬもねぇなや……」


 ジョルジ君、ふか溜息ためいきをついてす。

 

「ああ、たしかにひでぇ話だ。とにかく暴走ぼうそうふせぐにやぁ、統一化とういつか阻害そがいしている“ちがい”をとりのぞきゃあいいわけよ。それで大爆発だいばくはつけられっからな。――で、ジョルジ、その“ちがい”に何か心当こころあたたりはねぇか?」


 しかしアティシュリさんは、よくジョルジ君の言葉ことばわかりますよね。

 そういえば、でっかいアリンコとも話してましたっけ。

 こういうの得意とくいなんでしょうかね。


「まんず、わがんねぇなやぁ……」


 かたとすジョルジ君。

 大爆発だいばくはつなんて聞かされたせいで全員ぜんいんかんがえこんでしまい、沈黙ちんもくの時間がながれていきます。


 爆死ばくしして消滅しょうめつじゃあ、しゃれになりませんなぁ。

 でも、簡単かんたん原因げんいんがわかれば、苦労くろうはいらないですしねぇ。

 気分きぶんえれば何か思いつくかも。


「えーと、ジョルジ君、おなかすいてない? 昨日きのうから何もべてないでしょ?」


「んでがす」


「じゃあ、ちょっとってて、今美味いまおいしい料理りょうりを食べさせてあげるよ」


 右胸みぎむねきず回復かいふくのためにも、身体からだ血肉ちにくになるような料理りょうりをつくります。

 最初さいしょにヒュリアに『調理ちょうり』してあげたステーキをジョルジ君にも、ごちそうしましょうかね。

 さらの上にのしたたるような、ぶあついおにく具現化ぐげんかです。


「はい、どうぞ」


 ジョルジ君は出された料理りょうりを見ると、ぎょっとして口元くちもと両手りょうてさえます。

 そのまま立上たちあがり、こちらにけてはげしく、えずきはじめました。


「えっ、何、どしたの。大丈夫だいじょぶ?」


 様子ようすを見にちかづくと、かぼそい声で返事へんじがありました。


「オ、オラ、肉は……、駄目だめでがん……、す……」


 ジョルジ君はくるしそうに、しゃがみこみました。

 しばらくそうしていたかと思うと、突然とつぜん全身ぜんしんかがやきます。

 ひょろひょろ男は僕の目の前で青いよろい姿すがたへとわったのでした。


「マジかっ!」


 思わずさけんじゃいました。

 アティシュリ達もおどろいてこしをあげます。


「気をつけろ、ツクモ!」


 アティシュリの声にかぶせるように、ジョルジが猛獣もうじゅうたけびをあげます。

 そして屋敷やしきかべなぐりつけはじめました。

 またたくまにかべ丸太まるたはつぶれ、けずられていき、ついに大きなあなができあがりました。

 ジョルジは、そのあなをくぐってそとに出て行こうとします。


 いやいや、玄関げんかんあるでしょうが!


「おい、てっ! 今のお前はべつの世界から来たジョルジだな!」


 アティシュリはジョルジの背中せなかかって怒鳴どなります。

 出て行こうとしていたジョルジは動きをめて、振返ふりかえりました。


「そのまま暴走ぼうそうつづけたら、お前もこの世界のジョルジも消滅しょうめつしちまうぞ! それでいいのか!」


「オレハ……、ユウシャニ……、ナラネ……、バナラナ……イ」


 おおっ、しゃべったよ。

 あばまわるだけかと思ったけど、意思疎通いしそつうできるんだ。

 でも、勇者ゆうしゃにならねばならない、って言った?


「セカイト……、ヒトビト……、ヲマモル……、タメ……、ユウシャ……、ノチカラヲ……」


「だが、消滅しょうめつしちまったら、もともねぇぞ」


 アティシュリの言葉がとどいたのか、ジョルジは外に出ていくのをやめて、こちらにもどってきました。

 そして何事なにごとかったかのようにしずかにたたずんでいます。


「こっちのジョルジも英雄えいゆうになりたいって言ってたな。ならそこに大した“ちがい”はねぇ。じゃあ、こいつらの“ちがい”ってのは一体いったいなんだ。そいつさえわかりゃあ、助けられるんだが……」


 アティシュリは頭をかきむしります。


「さっき大爆発だいばくはつって言ってましたけど、どの程度ていどのもんなんすか?」


 今後こんご危機管理ききかんりのためにもいとかないといけません。

 アティシュリは僕の顔をまじまじと見たあと、ぼそりと言いました。


「バシャルが滅亡めつぼうする……」


 何ですとっ!

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