第29話 彼氏彼女の自由<4>

「ヒュリア、大丈夫だいじょうぶ?」


 やっとヒュリアとはなしをすることができました。


「ツクモ……、きみなのか……?」


「うん、今この首飾くびかざりの中にいるんだ」


「じゃあ、この結界けっかいも君が?」


「そうだよ。――そんなことより、脇腹わきばらかたきずに僕をてて」


 ヒュリアはうなずき、まず脇腹わきばらに、つぎかた霊器れいきをあてます。

 僕は治癒ちゆじゅつ使つかって、両方りょうほうともなおしました。


結界けっかい治癒ちゆ……。断迪だんじゃくけいけたあなたには使えないはずだ」


 頬傷ほおきずの男はまゆをひそめてヒュリアをみつめています。


「トゥガイ、いまの私は、たしかに以前いぜんの私よりよわい。だがわりに心強こころづよ味方みかたた」


 ヒュリアはほこらしげに微笑ほほえみ、僕を首にかけて立上たちあがりました。

 頬傷ほおきずの男は、トゥガイっていう名前なまえみたいですね。

 ヒュリアのことを知ってるってことは、やっぱり帝国騎士ていこくきしなんでしょう。


「――その首飾くびかざりか」


 ヒュリアのむねげられた僕をにらむトゥガイ。

 たかのようにするど碧眼へきがん面長おもなが輪郭りんかくすじとおったはなひろめでうすくちびる

 ほほきずさえなければ、欧州貴族おうしゅうきぞく肖像画しょうぞうがみたいにひんいおかおをしてらっしゃいますな。

 でも、にらんでくる目つきはこえぇぇぇ。


「この男はトゥガイ・デスタン。三冠ビナル雷魔導らいまどうを使い『三席さんせき勇者ゆうしゃ』の称号しょうごう帝国ていこくでも指折ゆびおりの騎士きしだ」


 へっ、勇者ゆうしゃ

 ラノベやゲームで定番ていばんのチートな力を持つ正義せいぎ味方みかたですか。

 だとしたらあのつよさも納得なっとくできます。

 じゃあ、ヒュリアは勇者ゆうしゃ退治たいじされるヴィランってことなんでしょうか。

 こっちは納得なっとくいきません。


三冠ビナル魔導師まどうしかぁ。――あっ! じゃあ、クズムスじゃ、対応たいおうできないんじゃないの?」


「ああ、魔導まどう効果こうか多少弱たしょうよわめる程度ていどのことしかできない」


「だったら今のうちに、こっちも戦力せんりょくげとこうか。沾漸せんぜんていう儀方ぎほうも使えるようになったから、クズムスにほのおの力をあげるよ」


 トゥガイにこえないようにささやきます。


残念ざんねんだがそれは無理むりだ。この斬魔導ざんまどうけんは、四冠ケセド魔導まどうによる自身じしんへの沾漸せんぜん効果こうかしてしまうんだ」


 なるほど、自分じぶん有利ゆうり魔導まどうてちゃうんですね。


魔導まどうを使えるというなら、もう遠慮えんりょする必要ひつようはないな」


 トゥガイはそう言うと、僕らに対して右手みぎての剣をけました。


「やつは今まで私にわせ、自分の雷魔導らいまどうふうじてたたかっていた。だが、これからはそちらにも対応たいおうしなければならない」


 ヒュリアは眉間みけんしわせます。


雷弾らいだんってくるってこと?」


雷弾らいだんは、それほどおそれる必要ひつようはない。厄介やっかいなのは『靂罨れきえん』というわざだ」


 トゥガイの剣の刃先はさき恃気エスラルあおかがやきがあつまりはじめます。


靂罨れきえん? どんなわざなの?」


効果範囲こうかはんい攻撃こうげきりょく術者じゅつしゃによるが、自分が把握はあくできる空間全くうかんすべてに雷撃らいげきはなつものだ。ねらわれたてき何百なんびゃくもの雷撃らいげきにさらされ、粉砕ふんさいされて肉片にくへんになるだろう。ただし至近距離しきんきょりでは使えないという難点なんてんもある」


 それ範囲攻撃はんいこうげきってやつじゃないですか。

 かなりまずいがする……。


る!」 


 ヒュリアが唐突とうとつ走出はしりだします。

 それと同時どうじにトゥガイの剣からこん色に光る『雷弾らいだん』が発射はっしゃされ、今まで彼女かのじょがいた場所ばしょ直撃ちょくげきしました。

 雷弾らいだん爆発ばくはつし、地面じめんあなをあけてます。


 ヒュリアは、速度そくど方向ほうこう瞬時しゅんじえながら走ります。

 トゥガイは、ヒュリアをねらって連続れんぞく雷弾らいだん発射はっしゃしますが、彼女の素早すばやうごきをとらえきれていません。

 ヒュリアの身体からだすれすれをかすめた雷弾らいだんは、地面じめんやヤルタクチュのみきにあたり爆発ばくはつしました。

 ヤルタクチュも、いい迷惑めいわくでしょう。


「どう戦うつもり?」


「やつが充典ドルヨルするときをねらう。靂罨れきえんを使うにはおおくの恃気エスラル必要ひつようなんだ。充典ドルヨルちゅうは動きがにぶるし、魔導まどうも使えないからな」


 ヒュリアは雷弾らいだんをよけながら、説明せつめいしてくれます。

 ホント、器用きようです。


「なるほど」


「だからツクモ、靂罨れきえんを使われたときは結界けっかいり、やつが充典ドルヨルをしているときは結界けっかいいてしい。結界けっかいがあると、こちらからも攻撃こうげきができないからな」


「でも僕には、その靂罨れきえんをいつ使ってくるかがわからないんだけど」


「ならばその指示しじは私がそう。ツクモは指示しじに合わせて結界けっかい発動はつどう解除かいじょ素早すばや切替きりかえてしい」


「それってヒュリアと僕が呼吸こきゅうわせるってことだよね?」


「そうだ」


 ふふふふっ。

 つまり、これこそが僕らの『はじめての共同作業きょうどうさぎょう』ってわけです。

 ケーキ入刀にゅうとうじゃなくて、クズムス抜刀ばっとうですけど……。


 いけない、いけない、ふざけてる場合ばあいじゃなかった。

 もう一つヒュリアに言っておくことがあります。


「ヒュリア、肝心かんじんなことを言ってなかったんだけど、結界けっかいには限界げんかいがあるんだ。もし限界げんかいえて、攻撃こうげきされたら結界けっかい消滅しょうめつしちゃうよ」


「ああ、わかってる。だからそうなるまえに、トゥガイをたおさなければならない。靂罨れきえんのための充典ドルヨル危険信号きけんしんごうでもあるが、トゥガイをたお好機こうきでもある」


 ピンチはチャンスってわけですな。


「――どの程度ていど結界けっかい消滅しょうめつするんだ、ツクモ?」


「わかんないなぁ、相手あいて攻撃こうげきにもよると思うけど。アティシュリさんになぐられたときは、3かい終了しゅうりょうだったなぁ」


「アティシュリ様で3回なら、靂罨れきえんには少なくとも、4、5回はもつだろう」


霊龍れいりゅう様は本気ほんきじゃなかったと思うけどね」


「とにかく、そうなる前にトゥガイをたおす。ツクモも覚悟かくごしてくれ」


「ラジャー」


「ラジャー? なんだそれは?」


「ニホンノトウキョウで、了解りょうかいって意味いみだよ」


 今だって、このさきだって、いつでもきみまもってたたかうさ。

 そう言おうとしましたけど、れちゃって、ラジャーでごまかしちゃう僕……。

 なんてヘタレなんでしょう。


 トゥガイは雷弾らいだんでの攻撃こうげきをやめ、きゅうしずかになりました。

 彼の全身ぜんしんすこしずつ恃気エスラルの青いひかりつつまれていきます。


充典ドルヨルはいったぞ! ――解除かいじょだ!」


 合図あいずにあわせて結界けっかいきます。

 ヒュリアは、疾風はやてのようにトゥガイにると、びあがってクズムスを頭上ずじょうりおろします。


 トゥガイは右の剣でクズムスをけ、左の剣でヒュリアにりかえしてきました。

 ヒュリアは、りおろしたいきおいのまま、トゥガイの頭上ずじょう空中前転くうちゅうぜんてんして攻撃こうげきをよけ、その背後はいご着地ちゃくちします。

 そして、180度振どふかえりながらトゥガイの背中せなかを左からクズムスではらいました。


 気配けはい察知さっちしたトゥガイもヒュリアに合わせて左回ひだりまわりに振返ふりかえり、右の剣でクズムスを受止うけとめ、右のまわりをたたきつけてきました。

 左の肩口かたぐちりをけたヒュリアはよこばされます。

 何度なんど地面じめんころがったヒュリアは、立膝たてひざ姿勢しせい起上おきあがりました。

 やっぱ格闘戦かくとうせんでは、ガタイのほうがあります。


大丈夫だいじょぶ?」


問題もんだいない。るぞ! ――発動はつどう!」


 ヒュリアは、トゥガイをにらみながら合図あいずしました。


 すぐさま、結界けっかい発動はつどうします。 

 すると、ほぼ同時どうじに、視界全体しかいぜんたい紺色こんいろ稲妻いなづまおおいました。

 稲妻いなづまは、結界けっかい表面ひょうめん周囲しゅうい地面じめんち、爆発ばくはつ連続れんぞくしてこります。

 爆発ばくはつ振動しんどう地面じめんふるえてますね。


「これが靂罨れきえんだ……」


 ヒュリアが緊張きんちょうを、ほぐすために大きくいききました。

 もう少しおくれていたら、あの稲妻いなづまでズタボロになっていたかもしれません。


 ホント、なんちゅう攻撃こうげきだよ!

 地面じめんあなだらけになってんじゃん!


 稲妻尻尾いなづましっぽ黄色きいろ魔獣まじゅうはなつ10万ボルトなんて目じゃないです。

 範囲攻撃はんいこうげきって自分が使うときは面白おもしろいけど、相手あいてにやられるとマジへこむんだよねぇ……。


 おっと、つまらんことをかんがえているひまはありません。

 トゥガイの身体からだがまた青くひかはじめました。

 どうやら靂罨れきえんはトゥガイの全身ぜんしんからはなたれているみたいですね。 


「また充典ドルヨルに入った! ――解除かいじょ!」


 解除かいじょ同時どうじにヒュリアがしかけます。

 しかしトゥガイは迎撃げいげきするだけで深追ふかおいせず、むしろヒュリアから距離きょりをとろうとしています。

 ヒュリアは極力離きょくりょくはなれないようにしますが、相手あいてが相手だけに簡単かんたんにはいきません。


 トゥガイに上手うま立回たちまわられ、間合まあいがひらきます。

 すると、紺色こんいろ稲妻いなづまあらしおそいかかってくるのでした。


 でも、ヒュリアはなぜかトゥガイが靂罨れきえんはなつタイミングが察知さっちできるみたいで、いつもギリギリセーフです。

 動体視力どうたいしりょくだけでなく、こういう察知力さっちりょくもヒュリアが高速こうそく攻撃こうげきについていける理由りゆうひとつなんでしょう。


 戦いは、両者りょうしゃ一歩いっぽゆずらずです。

 こんなことを五回くり返しましたが、おたが決定打けっていだにはなってません。


 ヒュリアが、またかたいきをしはじめました。

 トゥガイの恃気エスラルがつきる前に、ヒュリアがたおれてしまいそうです。

 さらにわるいことはつづきます。

 羅針眼らしんがん立上たちあがり、報告ほうこくしました。


結界けっかい損耗率そんもうりつが8わりえました。損耗率そんもうりつが9わりえると、結界けっかい維持いじできなくなります。外圧がいあつにより結界けっかい消滅しょうめつすると再発動さいはつどうに、1時間以上じかんいじょう待機時間たいきじかん必要ひつようとなります』


 でたでた、この警告文けいこくぶん、こりゃマジヤバイぞ。 


「ヒュリア、とうとう限界げんかいきたよ。もう一度いちど靂罨れきえんけたら、結界けっかい消滅しょうめつしちゃう」


「そうか……、だが、もう……、靂罨れきえんは、使えない、だろう……」


 いきがっているけど、ヒュリアは冷静れいせいにトゥガイを観察かんさつしていました。

 たしかに今までとはちがい、トゥガイのかた上下じょうげれ、身体からだは青く光っていません。

 てき相当疲そうとうつかれているみたいです。


「今が、最大さいだい好機こうきだ。行くぞ、ツクモ!」


「ラジャー!」


 ヒュリアは最後さいごの力をふりしぼるように全力ぜんりょくでトゥガイにっこんでいきます。

 でも彼女の予想よそうえて、トゥガイの身体がまた青くかがやきだしました。


「あいつ、また充典ドルヨルしてないっ?!」


「これでわらせるっ!」


 だよね。

 これで決着けっちゃくつけないと、また靂罨れきえんがくる。

 それで終りならいいけど、もし、さらにもう一度いちど靂罨れきえんを使われたら……。

 それをふせ方法ほうほうが……。


 ――ありません。 


 ヒュリアは、トゥガイの左側ひだりがわまわんでおそいかかりました。

 トゥガイは、ヒュリアの攻撃こうげき受流うけながそうとしますが、動きにキレがありません。

 何度なんどか剣をわせているうちに、とうとうトゥガイの左の肩にクズムスがさります。

 ヒュリアはそのままクズムスをむねに向けてろそうとしました。


 しかしトゥガイは、左手の剣をててクズムスのやいばをつかみ、ヒュリアの動きをめてしまいます。

 クズムスをにぎるトゥガイの左手からがしたたりちました。

 トゥガイは、そんなきずなどかいすることなく、動きのとれないヒュリアの腹部ふくぶに、右手の剣をれました。


「ぐふっ!」


 ヒュリアから声がもれます。

 剣をかれると、彼女の腹部ふくぶから血がき出しました。


「ヒュリア!」


 僕は咄嗟とっさ炎弾えんだんちました。

 炎弾えんだんはトゥガイのむねにあたりましたが、かわ防具ぼうぐ燃焼ねんしょうふせがれ、致命傷ちめいしょうにはなってません。

 ただ、クズムスをはなさせるだけの効果こうかはありました。

 ヒュリアは、トゥガイをってクズムスを引抜ひきぬき、地面じめんころがります。


 つまり、二人のあいだに、また距離きょりひらくことになったのです。


 はらさえて起上おきあがれないヒュリア。

 僕は合図あいずたずに、すぐさま結界けっかいりました。

 ったとたんに紺色こんいろ稲妻いなづま周囲しゅういをかけめぐります。


 だけど今までとはちがい、すべての雷撃らいげきわるまで結界けっかいまもってくれず、途中とちゅう消失しょうしつしてしまいます。

 無防備むぼうびになったヒュリアに、最後さいご雷撃らいげきが落ちかかります。


 ヒュリアは力をふりしぼり、クズムスで雷撃らいげきりました。

 雷撃らいげきは、られはしましたが、ヒュリアの左太腿ひだりふともも直撃ちょくげきして爆発ばくはつします。

 られたことで雷撃らいげきの力はよわまったはずですが、太腿ふともも肉片にくへん周囲しゅうい飛散とびちりました。


 羅針眼らしんがんから報告ほうこくが入ります。


損耗率そんもうりつが9わりえたため、結界けっかい一時的いちじてき解除かいじょされました。これよりやく1時間じかん結界けっかい使用しようができません』


「ヒュリア! 大丈夫だいじょうぶ?!」


 びかけましたが、ヒュリアは太腿ふとももさえ、何も言わずにいしばっています。

 傷々いたいたしい表情ひょうじょうから、かなりの激痛げきつうなのがわかりました。


 トゥガイが、ゆっくりとちかづいてきます。


「ヒュリア、僕をあしてて! はやくっ!」


 ヒュリアはふるえる手で霊器れいきにぎり、くびからはずそうとしました。

 しかし、すぐそばまで来ていたトゥガイは左脚ひだりあしをあげると、ヒュリアのむねの上で霊器れいきごと彼女の手をみつけます。

 僕はあしうら視界しかいうばわれて何も見えなくなりました。


「もう靂罨れきえんりませんな。――ご安心あんしんを、皇女おうじよ。これ以上苦いじょうくるしまぬよう一撃いちげきわらせます」


 トゥガイのゾッとするほどしずかな声が聞こえました。

 ――ヒュリアがころされる。

 何もできない僕は気が動転どうてんし、頭が真白まっしろになってしまいました。

 だから、このときのことをよくおぼえてないんです。


 ただ、ヒュリアをたすけなきゃっていうおもいが爆発ばくはつして、こころの中から外にき出したような気がしました。

 そして、僕のまわりで何かが“ズレ”たんです。


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