第28話 彼氏彼女の自由<3>

 そとに出たとたん、男の怒鳴どなり声がしました。


副長達ふくちょうたちはジョルジをたのむ! 私は皇女おうじょをやる!」


 さけんだのはガタイのいい金髪きんぱつの男で、ほおきずがあり、両手りょうておそろしげな三日月みかづきがたけん?をってます。

 スケートシューズについているブレードをもっと大きく、するどくしたようなかんじって言ったらいいでしょうか。


 頬傷ほおきずの男は、人間にんげんとは思えないほどのスピードでヒュリアに接近せっきんし、ボクサーがパンチをりだすようなうごきでりつけます。

 りつけるスピードも威力いりょく普通ふつうじゃありません。

 クズムスと打合うちあうたびに、火花ひばな飛散とびちりました。


 でもヒュリアは、そんな猛烈もうれつ攻撃こうげき剣一けんひとつでけきってます。

 すごい動体視力どうたいしりょくです。

 そういえば、僕の炎弾えんだんったときもそうでした。


 ヒュリアと頬傷ほおきずの男のよこでは、赤毛あかげの女、スキンヘッドの男、根暗ねくらそうな男の三人が、あおよろいた人?と戦ってます。

 すると突然とつぜん、青いよろいの人?が、猛獣もうじゅうのようなたけびをあげました。

 おどろいてびあがっちゃいますって。

 もしかしてよろいを着てるんじゃなくて、あんな感じの怪物かいぶつなんでしょうか?


 たけびにさそわれたのか、両手りょうて短剣たんけんを持つスキンヘッドの男が、よろいの人?におそいかかりました。

 この男のスピードも頬傷ほおきずの男に負けないほどはやいです。

 よろいの人?は短剣たんけん籠手こて防禦ぼうぎょしながら、こぶしりで応戦おうせんしてます。


 一方いっぽう根暗ねくらそうな男は、つねよろいの人?の背中側せなかがわまわりこみ、ヒットアンドアウェイをくりかえしてます。

 目同様めどうよう、やり方がくらいです。


 そして赤毛あかげの女は、おどろいたことに、ピストルらしきもので攻撃こうげきしています。

 バシャルにもピストルがあることにびっくりです。

 女は何度なんど発射はっしゃしましたが、よろいの人?が機敏きびんに動くんでたってません。


 とにかく、あっちも戦闘せんとう、こっちも戦闘せんとうで、完全かんぜんなカオス状態じょうたいです

 ヒュリアのたすけにはいりたいんですが、敷地しきちの外で戦ってるので、どうにもなりません。


「何なのよぉ、これぇ」


 いつのまにかうしろに、アティシュリとタヴシャンがて来ました。

 るものもりあえず、アティシュリへうったえます。


「アティシュリさん、ヒュリアをたすけてください! あとであまいお菓子かしいっぱいあげますから!」


 アティシュリは、ふてくされた感じではならします。


「それはできねぇ相談そうだんだ」


 ドラゴンねえさんの感じではなく、炎摩龍えんまりゅうアティシュリの真剣マジモードです。


「なんでですか! あなたなら、一撃いちげきわりでしょ!」


事前じぜん説明せつめいしろって約束やくそくだったから言っとくぜ。俺たち霊龍れいりゅうは、人間同士にんげんどうしあらそいには介入かいにゅうできねぇ。だからヒュリアがころされそうになっても俺は助けられねぇからな」


 アティシュリアは、文句もんくあるかって顔でにらみつけてきます。


「そんな……。ヒュリアは盟友めいゆうじゃないですか……。そういえば、魂露イクシルのときも見捨みすてましたよね! まさか、彼女のことがきらいなんですか?!」


きらいじゃねぇんだよ。これが俺たち霊龍れいりゅうおきてってやつだ」


 言葉ことばうしない、呆然ぼうぜんとしてしまいました。


「ツクモちゃん、アティシュリ様達は人間とはべつ原理げんりしばられてるの。霊龍れいりゅうに、どれだけちからがあっても、それをくつがえすことはできないのよ」


 タヴシャンが、とりなそうとします。


「俺はヒュリアよりも、あのよろいのやつを助けなけりゃならねぇかもな」


 アティシュリは三人がかりで攻撃こうげきされている青いよろいの人?を見つめています。


「ヒュリアは助けないのに、あんな化物ばけものみたいなのを助けるって言うんですか?!」


「そうだ」


 リアルガチでキレました。


「わかりましたっ! もういいですっ!」 


 アティシュリを怒鳴どなりつけ、ヒュリアと頬傷ほおきずの男の戦いに視線しせんもどします。

 彼女を助ける方法ほうほうを、なんとしても見つけなければなりません。


 頬傷ほおきずの男は両手りょうてにぎった剣で、なぐりつけるような攻撃こうげきつづけています。

 深手ふかではありませんが、ヒュリアは身体からだのあちこちにきずい、そこから血が染出しみだしていました。

 ただ、最初さいしょ猛攻もうこうかんがえると、よくあの程度ていどですんでるなって気がします。

 もちろん、かなりつかれてるみたいで、かおは青ざめ、かたいきをしていますけどね。


 ただ、頬傷ほおきずの男の方も、おなじようにいきがあがり、最初さいしょ化物ばけものじみた加速攻撃かそくこうげきんでいました。

 あの加速かそく亢躰こうたいじゅつでしょうね。

 亢躰こうたいじゅつは、術者じゅつしゃ恃気エスラルりょう肉体にくたい耐久力たいきゅうりょく持続時間じぞくじかんまるそうです。

 頬傷ほおきずの男がいくらタフガイでも、亢躰こうたい術をずっと発動はつどうつづけることはできないはずです。


 でも超高速ちょうこうそくっていうプラスアルファーがなくたって、二人の戦いは常人じょうじんには真似まねできない高度こうどわざ応酬おうしゅうなのはたしかです。


 頬傷ほおきずの男は両手りょうての剣を正拳せいけんにぎり、左右さゆうからフックでなぐるように攻撃こうげきしました。

 ヒュリアは右からの剣をクズムスのしのぎ受流うけながし、わずかにおくれてやってきた左からの剣をクズムスのつか先端せんたん受止うけとめ、はじかえします。

 つか先端せんたんは500円玉えんだまくらいの面積めんせきしかありません。

 そこでやいばはじくって、どんだけすごいのよ、ヒュリア。


 ヒュリアは、左の剣をはじいたことですきができた男の左肩口ひだりかたぐちねらい、クズムスでりつけます。

 頬傷ほおきずの男は、ろされるクズムスを右の剣でなぐりつけて自分の左外ひだりそとはらい、はらわれたことで身体からだながれ、がらきになったヒュリアの左脇腹腹ひだりわきばらに向け、縦拳たてけんにぎった右の剣を、ボディブローのように突出つきだしました。


 ヒュリアは、左手をクズムスからはなして、自分の脇腹わきばらせまってくる剣の側面そくめんを左ひじではじいて軌道きどうをずらします。

 そして右手だけでにぎったクズムスを自分の頭上ずじょうとおすようにまわして、頬傷ほおきずの男の右首筋みぎくびすじりつけました。


 頬傷ほおきずの男は、自分のくびせまるクズムスにわせ身体を左にかたむけ、左手の剣を地面じめんに突いて側転そくてんし、かわします。

 これで、二人のあいだ距離きょりが開き、神業かみわざのような攻防こうぼう一時いっときインターバルに入りました。


 この攻防こうぼう、ほんの数秒すうびょうです。

 僕だったら何回なんかいんでるか、わかりません。

 ヒュリアもすごいんですが、頬傷ほおきずの男もおそろしいほどつよいです。



 互角ごかくのように見えますが、ヒュリアの方がはげしく消耗しょもうしているのはあきらかでした。

 あれじゃ、いつ致命的ちめいてき一撃いちげきけてもおかしくありません。

 もうパニックになりながら、助ける方法をさがしまくります。


 なんで耶代やしろ霊器れいきなんか作らせたんでしょ?

 そこに何か、ありそうな気がします。

 羅針眼らしんがん立上たちあげ、備考欄びこうらんのヒントで、この状況じょうきょう突破とっぱできるものがないか目をはしらせました。


 霊器れいき首飾くびかざり、魂露イクシル……。

 色々いろいろ言葉をあてはめてみたり、連想れんそうしたります。

 とにかく外に出られれば、ヒュリアを助けられるのに……。


 あれっ?

 そのとき、あるヒントが目にまりました。


『ロケットに入れば散歩さんぽ魔法まほうもできる』


 これずっと宇宙うちゅうへ飛んでくロケットかと思ってましたけど、もしかして恋人こいびと子供こども写真しゃしんなんかをいれたりするロケットペンダンドのことじゃないでしょうか。

 『ロケットに入る』ってことは、『霊器れいきに入る』ってことを暗示あんじしているのでは……?

 つまり霊器れいきの中に入れば、あの透明とうめいかべけて外に散歩さんぽへ行けるし、魔導まどうも使えるってこと?!


大丈夫だいじょうぶ、ツクモちゃん?」


 タヴシャンが心配しんぱいそうに聞いてきました。

 うなずかえしたあと、もう一度いちどアティシュリになおります。

 別のたのみを聞いてもらうためです。


「アティシュリさん」


「なんでぇ。――何を言おうが、ヒュリアの助けには入らねぇぞ」


 アティシュリはよろいの人?と三人の戦いから目をそらさずに、とげとげしく言いました。


 よろいの人?は、どうやら右肩みぎかたにケガでもしてるのか、右腕みぎうでをダラリとげたまま動かしません。

 そのため三人のてきは、右側みぎがわ攻撃こうげき集中しゅうちゅうさせています。

 こっちの戦いもよろいの人?があぶなくなるのは時間じかん問題もんだいみたいですね。


「それはわかりましたから、一つだけたのまれてもらえます?」


 アティシュリは、けげんな顔を向けてきます。

 『倉庫そうこ』から霊器れいきを出し、アティシュリに手渡てわたしました。


「今から、この霊器れいきに入りますんで、それをヒュリアにげてください」


 アティシュリが目をまるくします。


「てめぇ、何言ってんだ。耗霊もうりょう勝手かって霊器れいきに入れるわけねぇだろうが……」


「そういう説明せつめいあとでしますんで。とにかく霊器れいきに入りますから、ヒュリアに投渡なげわたしてください。そのくらいはやってもらえるでしょ?」


「やるにはやるけどよぉ……」


 アティシュリは納得なっとくいってないみたいですが、ほっときます。

 今はヒュリアを助けることが先決せんけつです。


「じゃあ、おねがいします。絶対ぜったい、ヒュリアにとどくようにげてくださいよ」


 強めにねんして、『化躰かたい』の儀方ぎほうを使いました。

 その途端とたん、僕は霊器れいきの中にいたのです。


 手のひらにある霊器れいきを上からのぞいているアティシュリの顔が目の前にありました。

 霊器れいきの中からアティシュリを見上みあげている状態じょうたいです。

 視界しかいむらさき色にまるかと思いましたが、いつもと変わりありません。

 ただ身動みうごきがとれないので、ちょっときゅうくつな感じです。


 チャイム音とともに羅針眼らしんがん立上たちあがりました。


あたらしい霊器れいき拡張霊器かくちょうれいき1として連携れんけいさせました。拡張霊器かくちょうれいき1に対して基幹霊器きかんれいき保有ほゆうする機能きのう複写ふくしゃ開始かいしします』


 耶代やしろさんが、また何かはじめましたね。

 基幹霊器きかんれいきってのは、耶代やしろ霊器れいきのことでしょう。

 この新しい霊器れいきは『拡張霊器かくちょうれいき1』っていう名前なまえになったみたいですね。


 そんで機能きのう複写ふくしゃ

 もしかして耶代やしろ機能きのうを、この拡張霊器かくちょうれいき1でも使えるってことでしょうか。

 だとしたら、かなりの助けになります。


「おい、ツクモ、そこにいんのか?」


 アティシュリが聞いてきました。

 横からタヴシャンものぞきこみます。

 聞こえるかどうかわかりませんが、返事へんじをしてみました。


「いますよ。霊器れいきに入るの成功せいこうしたみたいです」


 ちゃんと声が出せました。


「ホント、お前とこの耶代やしろは、わけがわからねぇ。――もう、げていいのか?」


「あっ、ちょっと待ってください。今、機能きのう複写ふくしゃしてるみたいなんで」


機能きのう複写ふくしゃだとっ?! ああ、もう好きにしやがれ、いちいち聞くのもめんどくせぇ」


 アティシュリは頭をかきむしります。

 チャイムが羅針眼らしんがんから報告ほうこくが入ります。


機能きのう複写ふくしゃ完了かんりょうしました。これにより、一部いちぶのぞき、基幹霊器きかんれいき保有ほゆうする機能きのう拡張霊器かくちょうれいき1からも使用可能しようかのうとなります』


 やっぱり思ったとおりです。

 よし、準備じゅんびOK。


「じゃあ、アティシュリさん、おねがいします」


「ったく、ムカつくぜ。――おいっ、ヒュリア!」


 アティシュリにばれたヒュリアは、戦いながら顔をこちらに向けました。


受取うけとれっ!」


 アティシュリが霊器れいきを、ヒュリアに投げつけます。

 霊器れいきの中にいることで、僕は何の抵抗ていこうも感じることなく透明とうめいかべけることができました。

 霊器れいきちゅうび、ヒュリアがし出した左手にキャッチされます。


 しかし頬傷ほおきずの男は、そのすき見逃みのがしませんでした。

 亢躰こうたいじゅつ急加速きゅうかそくして、右手の剣でヒュリアの左肩にりつけます。

 いやな音とともに、左肩ひだりかたふか斬裂きりさかれ、赤い血が飛散とびちりました。

 ヒュリアは素早すばや後退こうたいするヒュリアを、頬傷ほおきずの男は追撃ついげきしていきます。


 右手だけでクズムスをあやって攻撃こうげきを受けるヒュリア。

 でも、片手かたてでは無理むりがありました。

 かわしきれず、ヒュリアの左脇腹ひだりわきばら頬傷ほおきずの男の右手が突刺つきささります。

 脇腹わきばらからも血が噴出ふきだし、ヒュリアはその場に左膝ひだりひざをついてしまいました。

 クズムスを顔の前にかざし防禦体制ぼうぎょたいせいをとっていますが、次の攻撃をふせぐのはむずかしいでしょう。


 二人の動きについていけず、ヒュリアと話すこともできず、あっというまに絶体絶命ぜったいぜつめい状況じょうきょうです。

 もちろんヒュリアが僕を受止うけとめたからです。

 ごめんよぉ、ヒュリアぁぁぁ。


「できれば以前いぜんのあなたと戦いたかった。――わりです、皇女おうじょ


 頬傷ほおきずの男が、つめたくしずかな声で言いました。

 どことなく悲しげです。

 でもそれは顔だけのこと。

 やることは、えげつないのです。

 また、あの超加速ちょうかそくで、ヒュリアにおそいかかりました。


 だけど、終わりにはさせません。

 ヒュリアは僕がまもります。

 白いを見せて『私がた』とか言いたい気分きぶんです。


 ヒュリアの周囲しゅうい突如とつじょあらわれた薄青うすあおいドームが、左右さゆうから高速こうそく連打れんだされる剣の攻撃こうげきすべてはねつけました。


結界けっかいだと……」


 頬傷ほおきずの男は目を見張みはり、動きをめました。


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