第27話 彼氏彼女の自由<2>

霊器れいきはね、もともと、『依代よりしろ』の儀方ぎほうってのに使つかうものだったのよ。そして『耶代やしろ』の儀方ぎほうは、依代よりしろ儀方ぎほうをビルルル様が発展はってんさせたものなの。――依代よりしろは、霊を身近みじかな物にろし、それを身につけることで自分の力にするっていう儀方ぎほうよ。ただ、はるかむかしわすれられ、その施法イジュラートを知るものだれもいなかったわ。学校をやめてブズルタに移ったとき、ビルルル様が宝庫ほうこねむっていた古代こだいロシュの魔導書まどうしょから見つけ出したの」


依代よりしろですか……」


「そう。だから簡単かんたんに言うと、依代よりしろ台座だいざを、こんな屋敷やしきにしちゃえば、耶代やしろになるってこと。ただし耶代やしろには、もう少し手間てまが、かかるんだけどぉ……」


 ダヴシャンは、アゴに人差ひとさし指をてて部屋へや見回みまわします。


「うーん……、そうねぇ……、この耶代やしろ、“最初さいしょ耶代やしろ”にくらべると、かなり特殊とくしゅよねぇ。盟友登録めいゆうとうろくとかいう機能きのうでアティシュリ様から力をうばって増築ぞうちくしたんでしょ。しんじらんないわぁ。勝手かって成長せいちょうしてるみたいじゃない。――まあ、でも、あのビルルル様が作ったんなら、何があってもおかしくないんだけどさぁ……」


 タヴシャンは何かをいやなことを思い出したみたいで、顔をしかめてテーブルに頬杖ほおづえをつきました。


「ほんと、あの人に付合つきあうの大変たいへんだったのよねぇ。サフのくせに私達ロシュよりも錬金術れんきんじゅつ才能さいのうがあってさ。実験じっけんとかやりだすと、食べることも、ようすこともわすれて没頭ぼっとうする始末しまつでね。アイダン先生もあきれてたんだからぁ」


 タヴシャンの口から溜息ためいきがもれます。


「――だよなぁ」


 うしろからアティシュリのこえがしました。

 ドラゴンねえさんは、はらを、かきながら大あくびです。

 三日前、お仕事で出張しゅっちょうされて、昨日きのうかえりになるとすぐに自分じぶんの部屋に入り、おやすみになられました。


 ところで、アティシュリさん、ご自宅じたくに帰らなくていいんでしょうか。

 なんかちかくにある火山かざんみかだとか言ってましたけど……。

 きっと、足のみ場もないゴミ屋敷やしきみたいになってんですよ。

 このズボラな感じ絶対ぜったいそうっす。


「あの変態女へんたいおんなは、きなことがあるとまわりなんかどうでもよくなんだよ」


「そうです、そうです。やれ錬成れんせいだ、解剖かいぼうだ、実験じっけんだぁって。――お手洗てあらいしてるときも平気へいきはいってきて、わめきらすんですもの。おどろいてオシッコまっちゃって、膀胱炎ぼうこうえんになりましたもん」


「俺なんか、身体からだ仕組しくみをおしえろって言われてよ。あちこちさわりまくられ、標本ひょうほんるとかで表皮ひょうひけずられて……。しまいにゃあ、どんなあじがするんだとかいって、その標本ひょうほんを食いやがったんだぜ。霊龍れいりゅう表皮ひょうひを食ったやつは、あとにもさきにも、あいつだけだろうさ。――まさに、きっすいの変態へんたいと言っていい女だよな。ああ、今考いまかんがえても寒気さむけがするぜ……」


 にがいい顔のアティシュリは、両手りょうてで自分をきしめて身体をふるわせます。

 相当嫌そうとういやだったんでしょうね。


「えー、ビルルル被害者ひがいしゃかい報告ほうこくは、そこまでにしてもらって。――霊器れいきの身体ってのは、どうやって作るんです?」


 話をもどしましょう。


手技しゅぎ成造せいぞうするのよぉ」


魔導まどうではできないんですか?」


「できないわぁ。『錬成れんせい』で、できるのはおもに、結合けつごう精錬せいれん分解ぶんかいね。成造せいぞうは、金属きんぞく金槌かなづちたたいて鍛造たんぞうしたり、かたながしこんで鋳造ちゅうぞうしたりすることなんかの総称そうしょうよ。それができてはじめて錬金術師れんきんじゅつしなんだから」


 つまり半分はんぶん鍛冶屋かじやさんと同じってことですね。

 ところで錬金術れんきんじゅつは、本当ほんとうなら錬金れんきん儀方ぎほうとされるべきところですが、正式せいしき分類法ぶんるいほうができる以前いぜんから、錬金術れんきんじゅつとしてちまたに知られていたので、変更へんこうされずにそのまま術法じゅつほうにカテゴライズされたみたいです。


「でも先生せんせい、ここには成造せいぞうのための設備せつびがありませんが」


「わかってるわ。だけど、ツクモちゃんがいるじゃない」


 へっ?

 僕?


「ツクモちゃんには、錬成れんせい無理むりだけど、成造せいぞうはできるはず。『工作こうさく』の機能きのうっていうのがあるって言ってたでしょ。あれを使えば問題もんだいなく成造せいぞうと同じことができちゃうってこと」


 なるほど、作り方さえおしえてもらえれば、『工作こうさく』できますね。


「つまり、成造せいぞうは僕がやるってわけですか」


「そういうこと」


「でも、任務にんむでは耶卿やきょうに“完遂かんすい”させるってありますけど」


「だから、最後さいご仕上しあげをヒュリアちゃんがやるのよぉ。ツクモちゃんが作った台座だいざ錬鉱れんこうをつけて、最後さいごにヒュリアちゃんが、魂露イクシルをかける。それで完遂かんすいいんじゃなぁい」


「そんなんで大丈夫だいじょうぶですかねぇ」


台座だいざなんて何でもいいんだから問題にする必要ひつようないと思うわよ。肝心かんじんなのはマアダンダマル錬鉱れんこう錬成れんせい魂露イクシル錬換れんかんしたってことなんだから」


 タヴシャンがウインクします。

 たしかにマアダンダマルの錬成れんせい成功せいこうしたし、魂露イクシル初日しょにちにヒュリアが錬換れんかんして、『倉庫そうこ』にしまってあります。


「そうですね。わかりました。でも、何をつくればいいんでしょうかね。――ヒュリア、何か注文ちゅうもんある?」


「それは私がにつけることになるのか?」


「その方がいんじゃないかな。耶代やしろ任務にんむなんだからさ」


「そうか……。もう腕輪うでわはあるし、指輪ゆびわつかかざりでは、剣をにぎるときに邪魔じゃまになりそうだ。――首飾くびかざりが良いかもしれないな」


首飾くびかざりね。じゃあ、それでいきますか。――タヴシャンさん、首飾くびかざりにてきした材料ざいりょうって、どんなものがありますかね?」


「ちょっとってね」


 タヴシャンは自分の荷物にもつを、がさごそさがして、何かを取出とりだします。

 それはテーブルにかれると、ことりとおとを立てました。 

 金色きんいろかがやく小さな延棒のべぼうです。


「うわっ、これって、もしかして金ですか?」


「ちがうわ、クスタフルク錬鉱れんこうよ。どう亜鉛あえん合金ごうきんね」


 どう亜鉛あえん合金ごうきんていうと、たし真鍮しんちゅうのはずです。

 バシャルでは真鍮しんちゅうをクスタフルクって言うみたいですね。


「この錬鉱れんこうばしやすいから、ほかくらべて加工かこうらくなの。まあまあかたいし、色も綺麗きれいだし、装身具そうしんぐにはぴったりよ。これあげるわ」


「ありがとうございます」


 僕とヒュリアは素直すなおに頭をげました。


「そのわり、なんだけどぉ……」


 タヴシャンは、もじもじしてます。


「ああ、はいはい、お酒ですね。あげます、あげますよぉ、五割増ごわりましでぇ」


「きゃーっ」


 奇声きせいを上げたタヴシャンは僕にきついてキスのあめらせます。

 それを見つめるヒュリアのつめたい視線しせん

 僕からおねがいしたわけじゃないんだからねっ!


「ところでよぉ、その霊器れいきなんに使うんだ?」


 素気そっけない感じのドラゴン姉さんに指摘してきされました。


「――それに、使うにしたって耗霊もうりょうを『召喚しょうかん』する必要ひつようがあんだろう。けど、ここには『召霊術しょうれいじゅつ』を使えるやつが、いねぇじゃねぇか」


 召霊術しょうれいじゅつれいかんする魔導まどうのことで『召喚しょうかん』のわざもその一つです。

 うーむ……、おっしゃるとおり。

 一体いったい耶代やしろは何のために霊器れいきを作らせたんでしょう?


完成かんせいさせてみれば、わかるんじゃないか」


 ヒュリアは真鍮しんちゅう延棒のべぼうをとりあげ、僕の手を上下じょうげから両掌りょうてのひら包込つつみこむようにして、わたしてくれました。


「そだね……」


 やわらかい手の感触かんしょく

 うれしいけどれちゃうな。 


 そのあと延棒のべぼうとマアダンダマル錬鉱れんこうを、一旦いったん倉庫そうこ』にしまい、首飾くびかざりりの作り方の講義こうぎをタヴシャン先生からけることになったわけです。


 まず真鍮しんちゅうで小さなを作り、それをつなげてくさりにします。

 次に、マアダンダマル錬鉱れんこうはずれないように、覆輪留ふくりんどめとばれる、わく包込つつみこむような台座だいざをつくります。

 台座だいざ上部じょうぶくさりとをかんけ、最後さいごくさりをつなげる連結器れんけつきをとりつければ首飾くびかざりのできあがりです。


 講義こうぎわれば、さっそく実践じっせんです。

 右掌みぎてのひらの上に、作り方を思い出しながら首飾くびかざりが具現化ぐげんかするようにねんじました。

 空間くうかんが、ほんの数秒揺すうびょうゆらぐと、金色きんいろかがや真鍮しんちゅう台座だいざにはめこまれた、マアダンダマル錬鉱れんこう首飾くびかざりがあらわれたのです。


「いいじゃなぁい」


 タヴシャン先生の御褒おほめの言葉ことばいただきました。


仕上しあげは、君の役目やくめだよ」


 『倉庫そうこ』から酒盃ゴブレットに入った魂露イクシル取出とりだし、首飾くびかざりと一緒いっしょにヒュリアへわたしました。

 錬鉱れんこう魂露イクシルをかけようとしたヒュリアに、アティシュリから注意ちゅういが入ります。


一滴いってきでいいからな。それと、こぼすなよ。どんな反動はんどうがあるかわからねぇからな」


 ヒュリアはうなずくと、注意深ちゅういぶか酒盃ゴブレットかたむけました。

 酒盃ゴブレットから振動しんどうつづける水が一滴いってき錬鉱れんこうの上にポツリと落ちます。

 魂露イクシルしずくは、すぐに錬鉱れんこうの中にい込まれるようにえていきました。

 そして一瞬いっしゅん、まるで今目覚いまめざめたばかりの人間にんげんのように、首飾くびかざりが、ぶるぶるっとふるえたのです。


 チャイムおんり、羅針眼らしんがん立上たちあががります。


任務にんむ達成たっせいされました』


 おっ、ましたな。

 さて、今回こんかいは何がこるんでしょうかねぇ。

 しばらくすると、またチャイム音が鳴り、こんな表示ひょうじあらわれます。


耶宰やさいあたらしい儀方ぎほう取得しゅとくしました』


 儀方ぎほう

 術法じゅつほうじゃなくて?

 急いで儀方ぎほうらんひらいてみます。

 家事全般かじせんぱん出納すいとうの下に新しい儀方ぎほう追加ついかされてますね。


化躰かたい

脱躰だったい

沾漸せんぜん


 儀方ぎほうってことは、何かもの関係かんけいあるってことですよねぇ。


「ツクモちゃぁん、どうしたの? 何かまずいことでもぉ?」


 だまり込んでいた僕に、タヴシャンが聞いてきました。


「いいえ、ちがうんです。じつは今、新しい儀方ぎほう取得しゅとくしまして」


「新しい儀方ぎほう?」


「はい、たぶん任務達成にんむたっせい報酬ほうしゅうじゃないすかねぇ」


「そんな簡単かんたん儀方ぎほうがもらえるんだぁ」


 タヴシャンは目をまるくします。


「言っただろ、こいつと、この耶代やしろは、おかしいんだよ」


 アティシュリはおこった顔でグチります。


「じゃあ、任務にんむ無事完了ぶじかんりょうしたということでいいのか?」


 ヒュリアが不安ふあんそうに、たずねてきます。


「うん、ヒュリア、ありがとう。大変たいへんだったね。――任務にんむ達成たっせいだ」


 タヴシャンがパチパチと手をたたきました。


「それを聞いて安心あんしんしたよ」


 ヒュリアはむねをなでおろしました。

 任務にんむ達成たっせいが、自分の錬金術れんきんじゅつ出来次第できしだいだってことが、かなりのプレッシャーになってたと思います。

 きっと心身しんしんともにつかれているに違いありません。


「少しやすんだら、あんまりてないんでしょ」


「それよりも、あせながしたいな。ずっとすわって錬成れんせいしてたから、身体がなまっているんだ」


 ヒュリアは首飾くびかざりと魂露イクシルを僕に渡すといてあった愛剣あいけんクズムスを手に取り、大きくびをしました。


「ちょっと剣をって来る。そうすれば気分きぶんもよくなるだろう」


「うん、わかった。もう少ししたら、ひるごはんにするからね」


 ヒュリアはうなずいてそとに出ていきました。


 手間てまを取らせたタヴシャンさんには葡萄酒ぶどうしゅ一本進呈いっぽんしんてい

 アティシュリがうらやましそうにしてますんで嫌味いやみを言われる前に、キャラメルを支給しきゅう

 まあ任務達成にんむたっせいのおいわいってことで。


 うるさいお局様方つぼねさまがたしずかになったところで、取得しゅとくした儀方ぎほう説明せつめいを見てみることにします。

 まずは『化躰かたい』から。


『自分の意志いし霊器れいきの中に入るもの』


 霊器れいきの中に入る?

 だとしたら、『脱躰だったい』の方の説明は予想よそうできます。

 でも、一応いちおう見てみましょうか。


『自分の意志で霊器れいきの中から出るもの』


 やっぱり思ったとおりでした。

 じゃあ最後さいごの『沾漸せんぜん』ていうのは。


物体ぶったいに自分が取得しゅとくした力を付与ふよするもの』


 こりゃゲームでいうところの、エンチャントってやつですな。

 ヒュリアの剣に僕の炎摩導えんまどう沾漸せんぜんすれば、攻撃力こうげきりょくがアップするってことですよね。

 なかなか、使えそうです。


 でも『化躰かたい』と『脱躰だったい』の儀方ぎほうって何のためのものなんでしょう。

 霊器れいきの中に入っても、とくに何かができるわけでもなさそうだし。


 首飾りになってヒュリアのむね谷間たにまで、ぱふぱふしてもらえとでも。

 おおっ、それは、なかなか良いかも。

 サイズはちゅうくらいだけど、あのやわらかそうで綺麗きれいな胸にはさまれて……。


 でも、待てよ……。

 何か、ひっかかるなぁ。

 頭の中にモヤモヤがいてきて、イライラします。


 そのとき、屋敷やしきの外から女性のさけび声が聞こえました。


「ヒュリア皇女おうじょ!」


 声の感じが全然ぜんぜんフレンドリーじゃありません。

 なんかヤバイいかも。

 僕はいそいで外へ飛出とびだしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る