第26話 彼氏彼女の自由<1>

「ツクモちゃぁん、おさけちょうだぁい」


 錬成室れんせいしつから出てきたタヴシャンの第一声だいいっせいがこれです。

 まったく、まだおひるだっていうのに、もうさけかい。


 このねぇさん?、いや、オバサン?、いや、ばあさん……?

 とりあえず、酒をむのはいんですけど、キスなんですよねぇ。

 しこたま飲みながら、僕をつかまえて、おつまみわりにキスをしまくるんです。


 自分じぶんで言うのもなんですが、こんな真黒焦まっくろこげげの地縛霊じばくれいによくキスできますよね。

 キスだけじゃなくてナメたりもしてくるんで、もしやくろチョコレートとでも思ってるんじゃないかって気がします。

 絶対ぜったいすみあじしかしないでしょうに……。


 タヴシャンはロシュ、つまりダークエルフの女性じょせいで、見た目は20だいのキャバクラじょうです。

 褐色かっしょくはだ銀色ぎんいろがかった青いかみ暗青色あんせいしょくひとみ朱赤しゅあかくちびる

 化粧品けしょうひんのCMにでも出てきそうな美貌びぼうです。


「まだ昼ごはん前っすよ。せめて、ごはんのあとにしてください」


「ええぇ、いいじゃなぁい、すこしくらいさぁ」


 テーブルにうつせて、上目うわめづかいで僕をみてきます。

 酒と金には意地汚いじきたないんですけど、ボン、キュッ、ボンの上に、すっごい美人びじんですんで、こんなふうに見つめられると、ね、ザワつきますわな……。


「そ、それより、錬成れんせいほうはどうなんですか。ヒュリア、どこまですすんだんですか」 


「そうねぇ、八割はちわりくらいは、いってるかなぁ。もう少しで錬成れんせいできるようになると思うわよぉ。――そんなに心配しんぱいしなくても、私がちゃんとおしえるからぁ。だから、ねっ、一杯いっぱいだけぇ」


 彼女かのじょが、ここに来てから今日きょうで五日目です。 

 なんでここにいるのかと言いますと、耶代やしろあたらしい任務にんむとして、ヒュリアに霊器れいきつくらせろって言い出したのが原因げんいんです。


 いのちがけで魂露イクシルを作らせといてすぐに、そんなことを言ってくるから、大分悩だいぶなやんだんですよ、ヒュリアに言おうかどうか。

 でも、皇帝こうていになることにすべてをささげてるヒュリアの執念しゅうねんおもい知らされちゃいましたんで、だまってるわけにはいかず……。


 んで、ヒュリアにはなしたらいちく、やる、って即決そっけつです。

 けど、霊器れいきは、どうやって作るのかからないんで、アティシュリ様におうかがいを立てました。 

 するとドラゴン姉さんは、そっ気無けなく、らねぇ、って即答そくとうです。

 何かないんすか、っていさがっても、知らねぇもんは知らねぇ、って。


 そこで僕は、ついに伝家でんか宝刀ほうとういたわけですよ。

 情報じょうほうをくれたら、ドラやき献上けんじょうしますよぉ、って。

 ドラゴン姉さんは、よだれをダラダラらしながらあたまの中にしまってある記憶きおくさがしまくり、あることを思い出しました。

 それはビルルルとアイダンの弟子でしだったロシュの女性がオルマンにいるってことです。


 あいつにけばわかるんじゃねぇか、ってことで、じゃあれて来てくださいよ、と。

 なんで俺がそこまでしなきゃなんねぇんだ、っておこったんで、そんじゃドラやき水羊羹みずようかんもつけますよ、って。

 そしたら、さすがは世界せかいまも八大霊龍はちだいれいりゅう一柱ひとはしらです、俺をなめるなよ、って怒鳴どなりつけて……。


 ――速攻そっこうで連れて来てくれました。

 まったく……。


 でも、そのときはじめてアティシュリさんのしん姿すがたを見せてもらえたんです。

 あかいきらめきをはなうろこおおわれ、巨大きょだいつばさひろげるほのおのドラゴン。

 体長たいちょうは、尻尾しっぽを入れると30メートルちかくあるでしょう。

 屈強くっきょうそうな四肢ししさきには鋼色はがねいろふとつめひかり、あたまには二本の銀色ぎんいろつのくちにはするどきばならび、人のかおほどもある青いひとみがきらめいています。


 カッコいい……。

 ああ、やっぱりここは異世界いせかいなんだって実感じっかんしました。


 彼女がつばさをはばたかせると、物凄ものすごかぜ渦巻うずまき、まわりにあるヤルタクチュすべてがはげしくれます。

 そして、一際ひときわつよ羽撃はうったかと思うと、次の瞬間しゅんかん炎摩龍えんんまりゅう姿すがた青空あおぞら彼方かなたちいさくなっていました。


 一瞬いっしゅんであんなにたかべるって……。

 やっぱドラゴン、すげぇ……。


 それから1時間じかんぐらいあと、ドラゴンのってやってきたのが、このかた、“タヴシャン・イルテギュン”さんというわけです。

 年齢ねんれいは1412さい独身どくしん恋人募集中こいびとぼしゅちゅうだそうで。

 恋人募集こいびとぼしゅうけんはさておき、年齢ねんれいを考えると、ちょっとこまりますよね。

 1000歳越さいごえって……、ねぇ……。


 見た目はねぇさん?

 実際じっさいばあさん?

 中をってオバサン?

 まあ、アティシュリはドラゴン姉さんなんで、こっちは一応いちおうロシュ姉さんってことで落着おちつこうかと。


 彼女は、オルマン王国おうこくきたまちギイキジクの路地裏ろじうら錬金術れんきんじゅつをなりわいとしています。

 わかころ賢者けんじゃアイダンが設立せつりりした魔導学校まどうがっこうかよって勉強べんきょうしたそうです。

 中でも錬金術れんきんじゅつかんしては才能さいのうがあり、アイダンやビルルルにもみとめられてたらしく、そのえんでビルルルが耶代やしろ儀方ぎほう完成かんせいさせるのを手伝てつだい、やりかたを見ていたとか。


 魔導学校まどうがっこうから手をいた後、アイダンはひがし大陸たいりくにいたロシュたち引連ひきつれ、西にし大陸たいりくにあるロシュの国ザナートへわたりましたが、数人すうにんは東の大陸にのこったみたいです。

 つまりタヴシャンは、その一人ひとりってわけです。


 なんでザナートにかなかったのか聞いたら、人間にんげん男性だんせいきになり、一緒いっしょらしたかったからだとか……。

 なんかキャバクラじょうが、れっ子ホストと同棲どうせいしてみついでる想像そうぞうしてしまいました。 


 てなわけで、耶代やしろにやってきたタヴシャンは、なんだかんだでヒュリアの先生せんせいになり、霊器れいき錬成れんせい方法ほうほうおしえてくれることになったのです。

 でもでもぉ、タヴシャンの報酬ほうしゅうは一日つき、金貨一枚きんかいちまい

 かなり高額こうがくだな、ってヒュリアも目をまるくします。


 さらなる問題もんだいは……。

 『倉庫そうこ』の中に、お金がないことですっ! 

 すかんぴんですっ!


 アティシュリの話だと、ビルルルが西の大陸へ観光かんこうに行くとき、治癒薬ちゆやくとか回復薬かいふくやくとかと一緒いっしょに、お金も全部ぜんぶっていったらしくて。

 だから『倉庫そうこ』の中には、普通ふつう傷薬きずぐすりとかしかなかったんだって納得なっとくしました。


 さらに、霊器れいき錬成れんせいには特殊とくしゅ材料ざいりょう必要ひつようです。

 それは、ダマルこうとツツマこうという二つの鉱石こうせきで、それらを合成ごうせいし、精錬せいれんして霊器れいきはできあがるそうで……。

 でも、どちらもかなりレアで、滅多めったに手にはいらないみたいです。


 もう、どうしたもんかってなやんでいた僕をたすけてくれたのは、請負役うけおいやくみなさんなのでした。

 通販つうはんCMみたいや……。


 まずは『城蟻ディヴィクくん』。

 れい赤黒あかぐろい、でっかいアリンコです。

 彼らは地中ちちゅうにあるレアな鉱物こうぶつなんかを見つけると『倉庫そうこ』に搬入はんにゅうしてくれます。

 当然とうぜん、ダマルこうとツツマこうもありましたんで、霊器れいき材料ざいりょうの方はこれでOK。


 城蟻ディヴィク君はほかにも自分の唾液だえきと土をぜた『バア』なんてものも搬入はんにゅうしてくれてます。

 『バア』は赤い色のセメントみたいなもので、建築資材けんちくしざいとしてすぐれてるそうです。

 城蟻ディヴィク君の唾液だえきが赤いので、バアも赤いわけです。

 これを使ってしろのような蟻塚ありづかをつくるから『城蟻ディヴィク』って名前がついみたいですね。


 それと、ありがたい事に、自分達の獲物えものでもあるうしぶたなんかのにく寄付きふしてくれたりもします。

 このおかげで食料しょくりょう危機ききは、とりあえず回避かいひされました。


 次に請負登録うけおいとうろくしたのは『沼熊フルチャサカル』君です。

 沼熊フルチャサカル君は、前歯まえばが出てるくまみたいな姿すがたをしてます。

 巨大きょだいなビーバーのラスボスって言うほうが、わかりやすいかもしれません。

 身長しんちょうは2メートル以上いじょうあって、地響じひびききドスドスの二足歩行にそくほうこうでやってきます。


 彼らは、大きな石材せきざい木材もくざい搬入はんにゅしてくれてます。

 きっとおもさにしたら何トンもあるんでしょうが、軽々かるがるかついでますね。

 みずうみぬま要塞ようさいみたいなをつくるための石材せきざい木材もくざいを、おすそ分けしてくれてるようです。


 ありがたいことに、からになったかめいとくと、みずまんタンにしてくれたりもします。

 これで水の心配しんぱいくなりました。


 三番目さんばんめは『空巣鼠チャルンマス』君です。

 見た目は灰色はいいろちいさいねずみなんですけど、ものすごいをもっていて、かたい石にもあなけてしまいます。

 あとカメレオンみたいに身体からだいろ変化へんかさせて背景はいけいにとけこみ、簡単かんたんには見つけられないという特技とくぎも、あるみたいです。


 なぜか、金や宝石ほうせきあつめるのが大好だいすきで、かべに穴をけ、人家じんか侵入しんにゅうしてぬすみをはたらき、自分のめこむんだそうです。

 それで付いた別名べつめいが『こそどろ』です。


 彼らからは定期的ていきてき上納金じょうのうきんをいただいております。

 どっかからぬすんできたんだと思いますが、ねずみ小僧こぞうからの贈物おくりものってことでマネーロンダリングされたとみなします。

 ここは力技ちからわざで、みなし判定はんていさせてください、いや、しちゃいます。


 主夫しゅふとしては家計かけいのやりくりが大変たいへんなんよ。

 これでタヴシャンさんの報酬ほうしゅうはら目処めどが立ちました。


 最後さいごは『鷹蜂サリジャール』君です。

 カラスぐらいの体長たいちょうがあるはちで、見た目は足長蜂あしながばちています。

 彼らの主食しゅしょくわっていて小麦こむぎこめなどの穀物こくもつです。

 そして『紳商しんしょう』っていうふたを持ってます。


 農家のうかなどに行って小麦こむぎなどが入ったふくろ持出もちだしますが、代金だいきんわりに『蜂脂はちやに』をいていくそうです。 

 蜂脂はちやに長命ちょうめいくすりとして知られ、かなり高価こうか取引とりひきされます。

 だから農家は、むしろ鷹蜂サリジャール君が来てくれるように、わざと納屋なやそとに小麦の袋など出しておくらしいです。

 

 だまってっていく空巣鼠チャルンマス君とは雲泥うんでいですね。

 農家は穀物こくもつだけでなく、砂糖さとうしお野菜やさい果物くだものなんかも分けてくれるので、鷹蜂サリジャール君はそれらも搬入はんにゅうしてくれてます。

 まさに『紳商しんしょう』って名前なまえ相応ふさわしい活躍かつやくですな。

 

 しかし、ヤルタクチュを無力化むりょくかすることが、請負役うけおいやくびよせることにつながってるとはねぇ……。

 城蟻ディヴィク君が来たときは、そんしたような気分きぶんだったけど、めっちゃ“おとく”でした。

 耶代やしろはこれを見通みとおして、あんな任務にんむをさせたってことですかね。


 なんか、すげぇな耶代やしろ

 もう一回いっかい霊器れいき参拝さんぱいしとこうっと……。


「ねぇ、だまってないでお酒ちょうだいってぇ」


 タヴシャンが口をとがらせてます。


駄目だめですって、まだヒュリアが頑張がんばってるんですよ」


「もおっ、ケチっ!」


 ほほをプクっとふくらませてます。

 カワイイんすけど、これは間違まちがいなく、あざと攻撃こうげきですな。

 きゃくにドンペリを注文ちゅうもんさせるためのわなです。

 クソっ、けるわけにはいきません。


「もし、ませてくれたら、またナメナメしてあ・げ・る・か・ら」


 ナメナメ……。

 タヴシャンはグロスでもったような美しいくちびるから、ペロっとしたを出しました。

 彼女のしたべつもののようにくちびるをはいまわります。


 たしかにあのした感触かんしょくは、なかなか……。

 いや、いかん、いかん、僕にはヒュリアがいるじゃないか……。

 でも『倉庫そうこ』から酒を出したい気持きもちが、たかまるぅぅぅ……。


 そのときいきおいよく錬成室れんせいしつとびらひらきました。


「先生!」


 ヒュリアが錬成れんせい室から飛出とびだして来ます。

 口から心臓しんぞう飛出とびだしそうになります。

 まあ、飛出とびだしても平気へいきなんすけどね。


 ヒュリアは一瞬いっしゅん僕をチラ

 う、浮気うわきなんかしてないからっ!

 君一筋きみひとすじだよっ!

 気をつけして敬礼けいれいします。


「これで、どうでしょう」


 ヒュリアは持っていた物をタヴシャンに見せました。


「どれどれぇ」


 タヴシャンはヒュリアの手からそれを取上とりあげて、ひかりにかざします。

 それは底面ていめん正三角形せいさんかくけいで、他の三面さんめん細長ほそなが二等辺三角形にとうへんさんかくけいによって構成こうせいされた正三角錐せいさんかくすい宝石ほうせきでした。

 大きさは大人おとな親指おやゆびくらいで、色は透通すきとおったむらさき

 の光をとおしてつややかにかがやいています。


「うん、いいじゃなぁい。合格ごうかくよ」


「よしっ!」


「やったね、ヒュリア」


 ヒュリアは目をキラキラさせ、僕にかってこぶし突出つきだしました。

 そこに僕も自分のこぶし突合つきあわせます。


「でも、まだ完成かんぜいじゃないわよ。これは、マアダンダマル錬鉱れんこうと言って霊器れいきかくとなるものだから」


「この後の作業さぎょうはどうすればいのですか?」


「これに身体をつくってあげて、それから魂露イクシルをかける。そうすると擬似生命体ぎじせいめいたいになるわ。そうなってはじめて霊器れいきってこと」


 タヴシャンは最初さいしょおしえるつもりなんか全然ぜんぜんなくて、知合しりあいだったアティシュリにおどかされて渋々しぶしぶやってきただけでした。

 なぜなら、ビルルル以外いがい魂露イクシル錬換れんかんできる者がいると思ってなかったからです。


 でも目の前でヒュリアが魂露イクシル錬換れんかんしたのを見て、気が変わったみたいで、最後さいごは自分の方からおしえるって言出いいだしました。

 ヒュリアはあの騒動そうどうの後、一人で魂露イクシル錬換れんかんできるようになってます。

 ただ、錬換れんかんの後は気絶きぜつして、丸一日まるいちにちてましたけど。


「身体とは、どんなものですか?」


「そうね、なんでもいいんだけどぉ……、指輪ゆびわ腕輪うでわ首飾くびかざりとかぁ……? あなたならけんつかにはめるなんてのも良いかもね。とにかくこの錬鉱れんこうおさめられる台座だいざってこと」


 タヴシャンはそこで紫色むらさきいろ宝石ほうせきかるくキスします。

 ほんとキスです。


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