第25話 青の魔人<4>

 私達がその到着とうちゃくするまでのわずかなあいだに、また二人の隊長たいちょうたおされてしまった。 

 3000人のへいほおむったジョルジの力はたしかにおそろしいものだ。

 武器ぶき魔導まどう攻撃こうげきいが、身体能力しんたいのうりょく防御ぼうぎょ力が異常いじょうに高い。


「やはりイドリスと同じだ。やつにも四冠ケセド魔導まどうつうじん……」


 団長だんちょうはそう言うとこしげていた愛用あいよう武器ぶきを手にとった。

 それは把剣はけんばれる非常ひじょう特殊とくしゅなものだ。


 通常つうじょうの剣のようなつかはなく、弓形ゆみがたやいばだけで形成けいせいされた剣で、やいばは人の前腕ぜんわんほどのながさがある。

 やいば中央ちゅうおうには持手もちてがあり、そこにゆびれてにぎる。

 つまり、にぎったこぶしの上に弓形ゆみがたの刃がっているような形状けいじょうだ。


 おも攻撃態様こうげきたいようてきなぐるようにることだが、左右さゆう突出つきだしたするど先端部せんたんぶすこともできる。

 把剣はけんを使う団長の戦闘手法せんとうしゅほう騎士きし一般いっぱんもちいる剣術けんじゅつとはまったことなる。

 それは格闘戦かくとうせんにおける拳術けんじゅつ応用おうようしたものだ。


「――すまんが、すこしし時間をかせいでくれ」


 団長だんちょうは、そうげて目をじられる。

 おそらく充典ドルヨルをされるのだ。

 団長は帝国ていこくでも数少かずすくない三冠ビナルの魔導師であり、照応しょうおうする元素げんそは『かみなり』である。


承知しょうち


 返事へんじをするやいなや、イスメトが二本の短剣たんけんかまえて、ジョルジにおそいかかる。

 彼ははしりながら、短剣たんけんこおり元素げんそを『沾漸せんぜん』させた。

 さらに『亢躰術こうたいじゅつ』の『捷塁しょうるい』のわざ身体速度しんたいそくど上昇じょうしょうさせる。


 一般いっぱん騎士きしならば身体からだいためかねないはやさで、正面しょうめんからジョルジに肉迫にくはくするイスメト。

 そして肉眼にくがんではとらえきれない斬撃ざんげきをジョルジにあたえた。

 ジョルジは両手りょうて振回ふりまわして反撃はんげきするが、イスメトはそれをかいくぐる。


 こおり元素げんそ沾漸せんぜんされた短剣たんけんは、きたえられたはがねさえ容易ようい切裂きりさくことができる。

 また、短剣たんけんれた箇所かしょには氷魔導ひょうまどうの『凍砕とうさい』の技がはたらく。

 『凍砕とうさい』は部分的ぶぶんてきだが、対象たいしょうこおらせたと同時どうじ粉砕ふんさいするものだ。

 しかし凶猛きょもうこおり短剣たんけんでさえ、ジョルジの青いよろいきずをつけることはできなかった。


 イスメトの攻撃こうげきわせ、左右さゆうからセルカンとベラトも連携れんけいして攻撃こうげきくわえる。

 風魔導ふうまどう沾漸せんぜんされたセルカンの剣は、切りつけながら『剥擂はくらい』の技を発動はつどうさせている。

 本来ほんらいなら『剥擂はくらい』をうけた箇所かしょは、かぜ元素げんそえぐりとられて深い傷痕きずあとのこるが、もちろん青いよろいには効果こうかがない。


 一方いっぽう、ベラトは剣をるいながら、時折ときおり至近距離しきんきょりで『炎弾えんだん』を打込うちこんだ。

 しかし、やはりこれもはじかれてしまう。


 これまでの戦いから判断はんだんして、青いよろい物理ぶつり攻撃にも魔導まどう攻撃にも、かなりの耐性たいせいそなえていることがわかる。

 隊長達の魔導まどうの技は、みな四冠ケセドである。

 しかしそれがやくに立たないとするなら、それ以上いじょう魔導まどう必要ひつようということになる。

 つまり、私の得物えものである『じゅう』の出番でばんということだ。


 じゅうは、元々もともと魔族まぞくが使っていた武器ぶきである。

 『炸薬さくやく』によって小さな金属きんぞくたまち、敵をたおすもので、弓矢ゆみやよりもはるかかに強力きょうりょくだ。

 ただ大量生産たいりょうせいさんができず、所持しょじできる者はまれである。

 帝国全体ていこくぜんたいで100ちょうあるかないかなのだ。


 最近さいきん、西の大陸たいりくにある黒妖精くろようせいの国ザナートから、ある発明品はつめいひんがもたらされた。

 それは『魔導弾まどうだん』と呼ばれるものである。


 武器ぶきなどに沾漸せんぜんされた元素げんその力は、術者じゅつしゃ恃気エスラルきれば、効果こうかが無くなってしまう。

 しかし魔導弾まどうだん一度いちど沾漸せんぜんさせると数年間すうねんかんそれを保持ほじすることができる。


 これは画期的かっきてき発明はつめいだった。

 なぜなら、自分の冠位ジルヴェ元素照応性げんそしょうおうせい制限せいげんされることなく、他人たにん沾漸せんぜんさせた、あらゆる元素げんそたまじゅうつことができるからだ。


 たとえば、あらかじめ三冠ビナルほのお照応性しょうおうせいを持つ魔導師まどうしたのんで、魔導弾まどうだんほのおの力を沾漸せんぜんしてもらっておくのだ。

 そうすれば、私のように四冠ケセド照応性しょうおうせいかみなりでも、そのたまを使うことで、自分より冠位ジルヴェが上で、照応性しょうおうせいことなる炎魔導えんまどう効果こうかを敵にあたえることができるのだ。


 六席ろくせきから首席しゅせきまでの勇者ゆうしゃ全員ぜんいん三冠ビナル魔導師まどうしである。

 ただ、私が沾漸せんぜんたのめるのは、今のところ二人だけだ。

 一人はもちろん団長であり、もう一人は二席にせき勇者ゆうしゃであるバクシュ・ルズガルグルだ。


 バクシュは氷魔導ひょうまどうの使い手である。

 なので私は、彼から三冠ビナルこおり魔導弾まどうだんを3ぱつ貰うことができた。

 もちろん団長からかみなり魔導弾まどうだんも10発頂戴ぱつちょうだいしている。

 私の銃には5発のたまめられる回転式かいてんしき弾倉だんそうがあるが、今そこには、雷魔導弾らいまどうだんが4発、氷魔導弾ひょうまどうだんが1発がおさまっているというわけだ。


 ベラトが剣を突出つきだしながら、身体ごとジョルジに突進とっしんした。

 剣先けんさきはジョルジのはら直撃ちょくげきするが、よろい硬度こうど表面ひょうめんのなめらかさによってすべり、ベラト自身じしんがジョルジに体当たいあたたりした格好かっこうになる。


 ジョルジはんだ両手りょうてを、上から思い切りベラトの背中せなかたたきつけた。

 ベラトは、はげしく地面じめんちつけられる。

 ジョルジは、ベラトの頭をつぶそうと右脚みぎあしを上げた。


 それを阻止そしするため、ジョルジの太腿ふとももねらってった。

 するど銃声じゅうせいが森にとどろく。

 銃声じゅうせいかさねるようにジョルジがたけびを上げた。


 雷魔導弾らいまどうだんよろいつらぬき、内側うちがわにあるジョルジの肉体にくたいにまでとどいていた。

 はじめてジョルジに痛手いたであたえることに成功せいこうしたのだ。

 三冠ビナル魔導まどうならば、あのよろい通用つうようする。


「イスメト! 右の太腿ふとももよろい破壊はかいしたわ、そこをねらって!」


承知しょうち


 イスメトは『捷塁しょうるい』の技を何度なんど上進じょうしんさせ、さらに速度そくどげ、ジョルジの右側みぎがわから攻撃をしかける。

 『捷塁しょうるい』を一回いっかい上進じょうしんさせるたびに、10分の1ずつ速度そくどが上がるのだ。

 しかしイスメトがジョルジにせまころには、よろいけたきず再生さいせいし、わずかに露出ろしゅつしていたジョルジの肉体にくたいおおってしまっていた。


 あの防御力ぼうぎょりょく再生能力さいせいのうりょくそなわっていては、手のほどこしようがない。

 絶望的ぜつぼうてき気持きもちになったとき、天佑てんゆうのように団長の声が聞こえた。


「すまん、たせたな。みな、少しやすんでいてくれ」


 そう言った団長が、ゆっくりとジョルジのまえに進み出る。

 ジョルジは、戦う挙動きょどうを見せず、しずかにちかづいてくる団長に戸惑とまどい、動きをめていた。

 私達も呆然ぼうぜんと団長を見守みまもる。


「ジョルジ・エシャルメン、お前は強いな。――私はお前のような者を待っていたのだ。イドリス、そして皇女おうじょがいなくなり私のこころには大きな穴がいてしまった。だが今、それはよろこびでたされている……」


 団長はまるであい告白こくはくのように、かたられる。

 私の心にジョルジに対する嫉妬心しっとしんきあがった。


「イドリスのよろいつぶすためにんだ技、『雷蛇穿らいじゃせん』。お前のよろいためさせてもらう」


 そう宣告せんこくするやいなや、団長の全身ぜんしんが青くかがやいた。

 すると、そのかがやきから紺色こんいろかみなり粒子りゅうし無数むすうき出して、団長のまわりに浮かんだ。

 『雷弾らいだん』の技にているが大きさとかずちがう。


 通常つうじょう元素弾げんそだんは、人のこぶしほどになるが、その粒子りゅうし指先ゆびさきほどの大きさしかない。

 もし小さな粒子りゅうしが、通常つうじょう雷弾らいだん匹敵ひってきする威力いりょくを持っているとするなら、団長は『発動はつどう態様たいよう』を相当修練そうとうしゅうれんなさったにちがいない。


 だが、それ以上いじょう問題もんだいなのは、あの数である。

 きっと数百すうひゃくはあるだろう。

 元素弾げんそだん率導テシュヴィクあやつるには、自分の意志いしをそれぞれのたま配分はいぶんする必要ひつようがある。


 一般いっぱん魔導師まどうしあやつれるのは2、3個であり、多くても5、6個が限度げんどだろう。

 数百すうひゃく元素弾げんそだん率導テシュヴィクしようとすれば、発狂死はっきょうししてもおかしくないのだ。

 団長は一体いったいどういう修練しゅうれんをされたのだろうか、想像そうぞうするとおそろしくなる。


 団長は把剣はけんにぎった右腕みきうでを高くげる。

 するとらばるように浮いていたかみなり粒子りゅうしは、把剣はけんの上の宙空ちゅうくうあつまって一列いちれつならび、まるでへびのように身体をくねらせた。

 まさに『雷蛇らいじゃ』である。


 そして、さながらせきを切るように、団長はジョルジに向って右腕を振下ふりおろす。  

 するとはなたれた紺色こんいろへびは、まようことなくジョルジにおそいかかった。


 雷蛇らいじゃは、生きているかのように素早すばやく飛びまわり、ジョルジにらいつこうとする。

 素早すばや飛回とびまわへび翻弄ほんろうされながらも、どうにか、かわすジョルジ。


 そこへ、じっと動かなかった団長が、唐突とうとつに攻撃にくわわった。

 団長の参戦さんせんにより、ジョルジの集中力しゅうちゅうりょく分散ぶんさんし、ついに雷蛇らいじゃは、ジョルジの右胸みぎむねらいつく。

 私はそこで、団長がこの技をんだ意図いとに思いいたった。


 ジョルジのよろい三冠ビナル魔導まどうきずつきはするが、すぐに再生さいせいしてしまう。

 ならば、連続れんぞくおな箇所かしょ元素弾げんそだんつづけて再生さいせい阻止そしすれば、内側うちがわ肉体にくたい攻撃こうげきすることができるはずだ。

 水滴すいてきかたいしあなを開けるのと同じである。


 団長の発想はっそう素晴すばらしい。

 しかし、常人じょうじんには真似まねできない。

 実行じっこうするには、恐ろしいほど強靭きょうじん精神せいしん大量たいりょう恃気エスラル必要ひつようだからだ。


 そして今、おそらく団長が思いえがいたとおりの状況じょうきょう展開てんかいしているにちがいない。

 かみなり粒子りゅうし連続れんぞくして同じ箇所かしょに当たり続けることで、よろい再生さいせいいつかず、穴が広がりはじめたからだ。

 もちろん粒子りゅうしへびも頭からじゅんたることで数をらし、長さがみじかくなっていく。

 一方いっぽう、穴のほうも、いつしか拳大こぶしだいの大きさにまでなっていた。


 当然とうぜん内側うちがわ肉体にくたいにも粒子りゅうしたり、皮膚ひふやぶり、肉をえぐる。

 穴からがあふれ出し、地面じめんに落ちはじめる。

 かみなり粒子りゅうしは当たると爆発ばくはつし、はげしい衝撃力しょうげきりょくで、対象たいしょう破壊はかいするのだ。


 ジョルジが、またたけびを上げる。

 しかし、今までのものとは毛色けいろが違った。

 苦痛くつうからくる、うめき声にちかい。


 ジョルジは、よろいへびあいだ左手ひだりて差入さしいれることで、それ以上穴が広がるのをふせいだ。

 みじかくなった雷蛇らいじゃは、最後さいごの力でジョルジの左手のこうに穴を開け、消失しょうしつしていった。


「私の考えは間違まちっていなかったようだなっ!」


 団長は『捷塁しょうるい』の技を使い、攻撃の調子ちょうし急上昇きゅうじょうしょうさせると、両手りょうて把剣はけん正面しょうめんからジョルジに連続れんぞくで切りつけていく。

 ジョルジは団長の速さについていけず、両前腕りょうぜんわんを顔の前で交差こうささせて身体をまるめ、防戦一方ぼうせんいっぽうとなった。


 団長はそれを見計みはからったように、唐突とうとつに右手の把剣はけん振上ふりあげて、ジョルジのあたまねらった。

 ジョルジは意表いひょうかれ、頭をまもろうと両腕りょううでを上げる。

 そこに一瞬いっしゅんすきまれた。


 団長は右手の攻撃をおとりにしたのだ。

 そして、左手の把剣はけんはしにあるとがった刃先はさきを、こぶしつくえたたくように、まだ再生さいせいしきれていないジョルジの右胸みぎむねの穴に突刺つきさした。


 ついに本当ほんとう悲鳴ひめいがジョルジの口から吹出ふきだした。


 ジョルジは上から下に突刺つきささった刃先はさきくために素早すばやく、しゃがみこむ。

 すると把剣はけんけた傷口きずぐちから大量たいりょうの血が噴上ふきあがった。

 ジョルジは、その姿勢しせいから急速きゅうそく何度なんど後方回転こうほうかいてん繰返くりかえし、団長から距離きょりをとる。

 そして、を向け、逃出にげだした。


「逃がすな!」


 団長が号令ごうれいする。

 私達は、ここぞとばかりに追撃ついげきした。


 たとえよろいの穴は再生さいせいしても、肉体にくたいについたきずなおらない。

 あれだけの血が噴出ふきだしたのならば、治癒ちゆ術をかけでもしないかぎり、血はながつづける。

 ジョルジの力をよわめ、いのちさえあやうくするはずだ。

 まさに討伐とうばつ好機こうきである。


 あんじょう、ジョルジの動きはにぶっていき、走る速度そくど徐々じょじょおそくなっていった。

 もちろん追いかけながらも攻撃こうげきの手はゆるめない。

 走っているので大きな痛手いたであたえられないが、消耗しょうもうさせるには充分じゅうぶんだ。


 かなり長いあいだ、ジョルジは逃げつづけた。

 だが、森の中はどちらに逃げてもわりはしない。

 どこまでもくらく、どこまでもつめたい。

 逃げても、逃げても、ひかりを見ることはない。


 うん見放みはなされた人生じんせいと同じだ。

 たどりつくべき場所は墓場はかばである。


 しかし、予想よそうはんし、突然とつぜん森が切れて、視界しかいひらけた。

 ふゆなのにみどりくさしげ野原のはらあらわれる。

 あたたかなひかりそそぐその野原のおくには、瀟洒しょうしゃ丸太小屋まるたごやがあった。


 丸太小屋まるたごやの前で、一人の女性が剣をっている。


 女性はジョルジと私達に気づいて、剣をかまえた。

 わすれるはずのないかがやきが私の脳裏のうりつらぬく。

 女性のひとみ赤銅しゃくどう色の光をはなっていた。


「ヒュリア皇女!」


 私は思わずさけんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る