第24話 青の魔人<3>

 南東方向なんとうほうこうすすむこと二日。

 私達の目の前に鬱蒼うっそうとした森林地帯しんりんちたい姿すがたあらわした。

 の高い針葉樹しんようじゅ立並たちならび、山の頂上ちょうじょうほうまでくしている。


 一般いっぱん旅人たびびとが進むひらけた街道かいどうは、さらに東へとびていた。

 しかし、私達は街道かいどうを右にそれて、くらふかい森の中へつづ杣道そまみちへとはいることになる。


 それはエシン達がマリフェトの古老ころうから聞いた『人喰ひとくい森』への道だった。

 この貧弱ひんじゃくな道をのぼっていくと、途中とちゅう、小さなかくざとがあり、そこであらためて『人喰ひとくい森』の場所ばしょくようにとも言われたそうだ。


 かぼそい道は木々きぎあいだうようにはしっている。

 道はけわしいのぼざかなのでうまり、あるいていくしかなかった。

 太陽たいようひかりえだにさえぎられ、ほとんど地面じめんとどかない。

 そのためよるになると足先あしさきいたいほどつめたくなってくる。


 これでゆきられれば凍傷とうしょうになるかもしれない。

 しかも景色けしきがほとんどわらず、自分達じぶんたちが今どこにいるのかわからなくなる。

 まよわずにんでいるのは皮肉ひにくなことに、辿たどるのもむずかしい、かぼそ杣道そまみちのおかげである。


 いくつものとうげたにえ、三日間、歩き続けた。

 すると突然視界とつぜんしかいひらけ、粗末そまつ木造小屋もくぞうごやなら平地へいちあらわれる。

 古老ころうの言っていたかくざとだ。


 さとの中に先行せんこうしたエシンのび声が聞こえる。

 エシンとサリフが、しゃがんでいる場所に行くと、くさもれた死体したいがあった。

 かなり白骨化はっこつかが進んでいる。


 死体したいよろいをつけており、胸当むねあてには刻印こくいんされた帝国ていこく紋章もんしょうがあった。

 帝国の紋章もんしょう二羽にわたかつばさを広げ、けんはさんでかいっているというものだ。


聖衛せいえい騎士団きしだん第四団だいよだん団員だんいんです。一月ひとつきほど前のものでしょう」


 エシンはよろい肩当かたあて刻印こくいんされた文字もじ数字すうじしめした。


 帝国にはおも対外的たいがいてきいくさを行う十二の聖戦騎士団せいせんきしだんと国の防衛ぼうえいを行う四つの聖衛騎士団せいえいきしだんがある。

 中でも聖衛騎士団せいえいきしだんの第四団は、おも役目やくめ諜報活動ちょうほうかつどうであり、他国たこく潜入せんにゅうして情報収集じょうほうしゅうしゅう破壊活動はかいかつどうをするため、何年なんねんも国にもどらぬ者もいる。

 また、逃亡とうぼうした犯罪者はんざいしゃ捜索そうさくも行い、遠方えんぽうまで出向でむくこともあった。


 まわりを見回みまわすと死体したいは1つだけでなく、20あまりがさとのあちこちにらばっていた。

 全員ぜんいん手元てもとに剣がちているので、何かとたたかっていたのかもしれない。


 私達は手分てわけして里にあるすべての小屋こや調しらべることにする。

 団長だんちょうと私が入った小屋には、白骨化はっこつかした死体したい2つあった。


 服装ふくそうから男女だんじょだとわかる。

 おそらくここの住人じゅうにんだろう。

 小屋のおくに進むと鍛冶かじのための設備せつびを見つけた。


「マリフェトの古老ころうの話では、かくざとにはうで錬金術師れんきんじゅつし老夫婦ろうふうふが住んでいるとのことでした。あの死体したいがそれでしょう」


「――そうか。たしかに錬金術れんきんじゅつ腕前うでまえ相当そうとうのもののようだ」


 かべにかけられていた長剣ちょうけんを手にった団長は、空気くうき切裂きりさくようにった。


「見た目は一般的いっぱんてき長剣ちょうけんだが、おもさにかたよりがなく、つかふとさとかたちは、手になじむよう工夫くふうされている。地金じがね錬成れんせいと剣への鍛造たんぞうをかなり緻密ちみつに行った結果けっかだろう。市場しじょう流通りゅうつうする長剣ちょうけんとはまるで別物べつもののだ。よほど名のある錬金術師れんきんじゅつしだったにちがいない」


「しかし、一体いったい何があったんでしょう。あれだけのかず騎士きしが、なぜこんな辺鄙へんぴさとに……? あの錬金術師れんきんじゅつし目当めあてだったんでしょうか」


「いや、ちがうな。死体したい位置いちがおかしい。もし錬金術師れんきんじゅつしおそって反撃はんげきされたのなら、この小屋の中にも騎士きし死体したいがあるべきだ。しかし死体したい里全体さとぜんたいらばっている。――おそらくべつ何者なにものかをっていたのだろう」 


「ジョルジの仕業しわざでしょうか」


「それもないだろう。一月前ひとつきまえなら、ジョルジはまだスプシュマにいたはずだ。やつにころすことはできん」


「そうですね……」


 そのとき私のあたまの中に、あるかんがえがかんだ。


団長だんちょう、もしかすると……」


副長ふくちょうも同じこたえにたどりついたな」


「――ヒュリア皇女おうじょでしょうか?」


 団長だんちょうは、肉食獣にくしょくじゅうのようなみを浮かべ、うなずかれた。

 だとすれば、こんなところおおくの騎士きしがやってきた意味もわかる。


「ジョルジだけでなく、皇女もまだ近くにいるのでしょうか?」


うらなの言っていた、隠者いんじゃかぎにぎっているのかもしれん。――早急そうきゅうに『人喰ひとくい森』へむかうぞ」


「はいっ」


 団長は早足あしばやに小屋の出口でぐちかわれた。

 私ははしっていかける。

 そとに出ると、イスメトがかげのようにちかづいてきた。


 第八隊だいはちたい隊長たいちょうイスメトは、団員中だんいんちゅう最強さいきょうび声も高い騎士きしである。

 両刃もろは短剣たんけん両手りょうてに持って戦うのを得意とくいとし、洗練せんれんされたうごきで的確てきかく相手あいて急所きゅうしょねらう。


 イスメトは、剃髪ていはつしているのでかみく、なぜか眉毛まゆげまでり落としている。

 感情かんじょうおもてに出さず、寡黙かもくで、普段ふだんは全く目立めだつことがなく、存在そんざいわすれてしまうほどだ。

 近寄ちかよりがたい雰囲気ふんいきを持つが、戦闘せんとうとなればだれよりも苛烈かれつに戦い、戦力せんりょくかなめになってくれた。


「――だれかいる」


 イスメトはみじかく、要点ようてんだけをげた。

 私達はイスメトが見つめる注意ちゅういを向ける。


 一番奥いちばんおくにある小屋のとびらから、物音ものおとを立てないように、ゆっくりつんいで出てくる人影ひとかげがあった。

 たけの高いれ草にまぎれて、はっきりとした姿は見えない。

 だが途中とちゅう人影ひとかげはこちらの様子ようすをさぐるために、草陰くさかげから顔を出した。


 長い栗色くりいろかみ、女性とも思える目鼻立めはなだち、筋肉きんにくの少ないせぎすな身体からだつき。

 それは、討伐資料とうばつしりょうにある似顔絵にがおえ特徴とくちょう一致いっちしていた。


「ジョルジ・エシャルメン!」


 私が誰何すいかするとジョルジは、いそいで立上たちあがり、森の中へとげこんだ。

 声を聞いた団員達が小屋の中から飛出とびだしてくる。


「森にはいったぞ! がすな!」


 団長だんちょう命令めいれいけ、団員達はすぐさまジョルジをった。

 フェトヒとガムジが、馬をいてけつける。

 フェトヒは回復薬かいふくやく治癒薬ちゆやくが入ったふくろを馬からろしてかたにかけた。


荷物にもつと馬はたのんだぞ。もし全員ぜんいんがやられたときは、参謀府さんぼうふへの報告ほうこくたのむ」


 団長だんちょうはガムジに後事こうじをたくした。


「はっ、承知しょうちしました」


 ガムジが敬礼けいれいかえす。


「では、行くぞ」


 団長だんちょう号令ごうれいで私達は森へ入った。

 団長を先頭に、イスメト、私、フェトヒのじゅんで走る。

 するとおくの方からさけび声が聞こえてきた。


「もう、オラにかまわんでくだせぇ!」


 なまりがつよい。

 おそらくジョルジだろう。


「おねげぇです。どうかもう、オラをほっどいてぇ!」


 そのすぐあと、ウウルの怒鳴どなり声がつづく。


大人おとなしくしやがれっ! ――よしっ、ジョルジをつかまえたぞっ!」


 私達はウウルの声がした方へ向かおうとした。

 そのとき、狂猛きょうもうなけもの咆哮ほうこう森中もりじゅうひびわたる。

 つづいて何かがつぶれるようなにぶい音が、いくつか聞こえた。


「ウウルとエシンがやられたっ! やつげたぞ!」


 今度こんどはオメルの声がした。

 いくつかの足音あしおとがさらに森のおくへと走っていくのが聞こえる。

 おとっていくと、途中とちゅうふとの前にすわりこむウウルを発見はっけんした。


 ウウルの顔の上半分うえはんぶんなぐられ、つぶれている。

 おそらく即死そくしだろう。

 いやなやつだったが、こんな無残むざんな死にかたでは、さすがにあわれになる。


 ウウルから少しはなれた場所にエシンの部下ぶかのサリフが、うつせにたおれていた。

 サリフの顔の半分はんぶんなぐられてゆがみ、くび奇妙きみょうかたちまががっていた。

 こちらも即死そくしだろう。


 さらにサリフの先にエシンの姿すがたがあった。

 エシンはすわりこみ、腹部ふくぶ両手りょうてさえている。

 彼女はきこんだかと思うと口から大量たいりょう吐出はきだした。


「エシン!」


「ふ、不覚ふかく……。内臓ないぞうを……、やられ……」


 苦痛くつうに顔をゆがめ、あらいきをしながら、しぼり出すように声をはっした。


「しゃべらないで」


 そうめいじ、エシンの腹部ふくぶに手をかざした。

 薄紫うすむらさき色の光が手から腹部ふくぶながれこんでいく。

 私は団で唯一ゆいつ四冠ケセド治癒術ちゆじゅつを使うことができる。


 しかしエシンのきずは深く、四冠ケセド治癒術ちゆじゅつでも簡単かんたんなおるものではなかった。

 おそらく数日すうじつにわたって何度も治癒術ちゆじゅつをほどこさなければならない。

 ただ、治癒ちゆ薬をめるまでに内蔵ないぞうなおせば、一月ひとつきほど服薬ふくやくすることで完治かんちできるだろう。


副長ふくちょう、エシンのことはたのんだ。私とイスメトは先に行く」


「はい、私達もすぐにいつきます」


 団長はうなずくと、イスメトとともに森の奥へと走りった。


 治癒術ちゆじゅつを続けているとエシンの表情ひょうじょうやわらいできた。

 フェトヒの手をりて、彼女を仰向あおむけにかせる。


「フェトヒ、治癒ちゆ薬を」


 フェトヒはふくろから治癒ちゆ薬を出し、私に手渡てわたした。

 片手かたてでエシンの頭を持上もちあげ、薬を飲ませる。


「なんとかいのちはとりとめたわ。でも戦闘は無理むりね。ここでやすんでいなさい。治癒ちゆ薬と回復かいふく薬をいていくから、つらくなったら飲んで」


「サ、サリフは……」


 エシンのいに首をった。


「そうですか……」


 エシンは目をじて、くちびるをかみしめる。

 サリフはエシンが隊長になったときから、女だという周囲しゅうい偏見へんけんさらされる彼女をずっとささえてきた。

 彼女にとって一番信頼いちばんしんらいできる部下ぶかだったのだ。


「ジョルジをつかまえたあとかならとむらいをしましょう」


 エシンの手をにぎる。

 彼女は強く手をにぎかえしてきた。

 状態じょうたい安定あんていしたエシンをのこし、私とフェトヒは団長のあとを追う。


 しばらく進むとふたたおそろしい咆哮ほうこうが森にひびく。

 前方ぜんぽうで何本ものふとが音を立ててたおれていく。

 そこではあおかがや魔人まじん大鎚おおつちりまわすオメルが戦っていた。


 ヘペルきょう証言通しょうげんどおり、ジョルジの姿はまさに『あおかがやよろい騎士きし』だった。

 身体だけでなく、頭と顔もかぶとおおわれていて、全身ぜんしんから青く光をはっしている。

 ただ、武器ぶきで戦うのではなく、徒手としゅで戦っているのを見ると、騎士きしよりも魔人まじんという表現ひょうげんの方がっている気もする。


 団長だんちょう、イスメト、セルカン、ベラトはジョルジをとりかこみ、後方支援こうほうしえんとしてブラクが高台たかだいからゆみでジョルジをねらっていた。

 オメルは大鎚おおつちに自分の元素げんそであるつちの力をあたえて、攻撃力こうげきりょく上昇じょうしょうさせている。


 武器ぶきなどに元素げんその力を付与ふよすることを『沾漸せんぜん』の儀方ぎほうと呼ぶ。

 土の元素げんそ沾漸せんぜんされたオメルの大鎚おおつちは、圧砕力あっさいりょく数倍すうばいね上がり、巨大きょだいいわ一撃いちげきくだくことができる。

 また大鎚おおつちかいして土魔導どまどう効果こうかてきおよぼすことも可能かのうだ。


 沾漸せんぜん儀方ぎほうは、通常つうじょう四冠ケセド以上いじょう魔導師まどうしにしか使えない。

 そして騎士きし四冠ケセド以上いじょう魔導まどうを身につけると、上級騎士じょうきゅうきし身分みぶんが与えられ、士官しかんになることができた。


 セルカンはかぜ元素げんそを剣に、ブラクはみず元素げんそ矢尻やじり沾漸せんぜんさせている。

 さらに彼らは『亢躰こうたい術』の『撃塁げきるい』で攻撃力を、『耐塁たいるい』で防御力ぼうぎょりょく上昇じょうしょうさせ、身体能力しんたいのうりょくもと数倍すうばいになっているだろう。

 これで攻撃こうげきすれば、通常つうじょうてきならまたたほうむれるはずなのだ。


 オメルは素早すばや大鎚おおつちかたかついだかと思うと、び上がり、ジョルジに向ってり下ろした。

 強烈きょうれつ一撃いちげきがジョルジの頭部とうぶ打砕うちくだくかと思われたが、かみくずでもつかむようにジョルジの右手がそれを受止うけとめる。

 だがオメルの攻撃こうげきは、まだわっていない。


 受止うけとめられた大鎚おおつち打面だめんから土の元素げんそがあふれ出して、ジョルジの青いうで急速きゅうそくおおっていく。

 土魔導術どまどうじゅつの『瑾摎きんきゅう』のわざである。

 土の元素げんそで敵の身体をめ、圧搾あっさくしてつぶすというものだ。


 上半身じょうはんしん急速きゅうそくに土でおおわれたジョルジだったが、まだ動く足を使って反撃はんげきに出た。

 オメルの腹部ふくぶを右のつま先で思い切りり上げたのだ。


 つま先がはら突刺つきささり、オメルは白目しろめをむいて口から大量たいりょうの血をき、たおれた。

 オメルがられたと同時どうじに、魔導まどう効果こうかえ、ジョルジの上半身じょうはんしんの土がボロボロと、はがれちていく。


 ジョルジの顔をおおっている土が、はがれ落ちる前に、ブラクが水魔導みずまどうでジョルジをた。

 まだ土で目がふさがれているはずだが、ジョルジは攻撃こうげき察知さっちし、オメルをり上げた右足をもどすことなく、のこっていた左足で跳躍ちょやくし、空中くうちゅう後方回転こうほうかいてんして矢をよける。

 そして回転しながら、つかんでいたオメルの大鎚おおつちをブラクに向ってげつけた。


 大鎚おおつちにぶい音を立ててブラクの顔面がんめんにめりこむ。

 ブラクのひたいから血が噴出ふきだし、彼はゆみかまえたままうしろにたおれ、動かなくなった。


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