第23話 青の魔人<2>

魔族まぞくまもるために、人間にんげんころしまくったわけか。とんだ人でなし野郎やろうだな。魔族まぞくのゴミどもなんか、ほっときゃいいんだよ」


 四番隊よんばんたい隊長たいちょうのウウルは、そうほざいたあと地面じめんにツバをいた。

 極端きょくたんり目ととがったはな筋肉質きんにくしつだが細身ほそみ身体からだ腕力わんりょくよりもはやさにたよったたたかいをする男である。


 戦闘せんとううでたしかだが、保守的ほしゅてきかんがえに固執こしゅうし、女性にたいしてもつよ差別意識さべついしきを持っている。

 なので、一応いちおう命令めいれいにはしたがうが、馬鹿ばかにしたような目つきをかえしてくる。

 団のきらいな奴順位表やつじゅんいひょう二位にいである。


魔族まぞくと言ってもつのがあるだけで、人間とわらないと聞いている。人間が自分じぶん欲望よくぼうき出す道具どうぐのように彼らをあつかうのは、おかしい。ジョルジにも同情どうじょうする余地よちがあると思うが」


 五番隊の隊長ブラクが、ウウルに反論はんろんした。

 ブラクはいとのように目がほそく、いつも微笑ほほえんでいるような印象いんしょうがある。

 団随一だんずいいち弓矢ゆみや名手めいしゅだ。


 相手あいて気持きもちをくみとることにけていて、部下ぶか面倒見めんどうみもよく、私にも敬意けいいをはらってくれる。

 個人的こじんてきに私は彼を、第四団の良心りょうしんんでいる。


「けっ、上品じょうひんぶるんじゃねぇよ」


「お前こそ、もう少し人間性にんげんせいみがいたらどうだ」


 二人のあいだ不穏ふおん空気くうきながれる。


「まあ、まあ、仲間内なかまうちでよしましょう。これからまたこのかおぶれでたびをしなきゃならないのに、出だしから喧嘩けんかじゃ、後が大変たいへんですって」


 間にはいったのは十番隊隊長のフェトヒである。

 彼のうしろにはかげのように十番隊の女性隊員じょせいたいいんであるガムジがつきしたがう。


 フェトヒは口ひげをはやし、頭髪とうはつ髪油かみあぶら撫付なでつけられ、まるで裕福ゆうふく商人しょうにんのようである。

 日々ひび香水こうすい口臭清涼剤こうしゅうせいりょうざいを、かかさない洒落者しゃれものだ。

 団長だんちょうよりも年上としうえのようだが、実際じっさいは6さい年下とししたの27歳である。 


 十番隊は団の兵站へいたんにな部隊ぶたいである。

 そのため騎士きしとしての力はちゅうじょうだが、人をきつけるたくみな話術わじゅつを使い、交渉こうしょう得意とくいとするフェトヒが隊長に任命にんめいされた。


 さらに彼は錬金術れんきんじゅつ得意とくいとしていて、の団員が戦闘中せんとうちゅう回復かいふく薬や治癒ちゆ薬を練丹れんたんし、負傷ふしょうした者にあたえることができた。


 一方いっぽうガムジは、一見いっけん、10だい可愛かわいらしい少女のように見える。

 しかし、私やフェトヒより年上としうえの28歳なのだ。

 野草やそう知識ちしき豊富ほうふで、薬草やくそうだけでなく毒薬どくやく劇薬げきやくのもとになる毒草どくそうにも精通せいつうしている。

 彼女の外見がいけんに、だまされたてきどく短剣たんけん一突ひとつきされ、くるしんで死ぬことになる。


けんもまともに使えねぇ野郎やろうは、ひっこんでろ!」


 ウウルはフェトヒにまでってかる。

 フェトヒは気まずそうにほほゆびでかいた。


「うちの隊長を馬鹿ばかにするのは、やめてください。たとえ剣の腕が無くても、あなたよりもずっと団に貢献こうけんしていますわよ」


 ガムジがウウルに言い返す。


「てめぇは出てくんな、ガキババァ!」


 ウウルはもっとけるべき単語たんごを口にした。

 “ババァ”は三十路みそじむかえようとする女性には禁句きんくだ。


「――てめぇのめし毒盛どくもってやろうか」


 ガムジは口をゆがめながら、ウウルを恫喝どうかつする。


「もういい」


 ふいに団長だんちょうが口をひらかれた。


「――魔族まぞくだろうが人間だろうが、弱者じゃくしゃをいたぶることを容認ようにんするような下衆げすは、この団には不要ふようだ」


 しずかだが、相手あいてこおりつかせるような声音こわねである。


 ウウルは顔をこわばらせ、もうわけなさそうにうつむく。

 私ははらそこ大笑おおわらいしてやった。

 団長はつぎにブラクに視線しせんける。


「――同情どうじょう余地よちはあるが、200めいもの人間を殺したつみまぬがれん」


「はっ」


 ブラクは敬礼けいれいこたえる。

 そして最後さいごに、ガムジに言われた。


「――団員はたがいにいのちあずけあう。お前の先ほどの言葉は冗談じょうだんでも口にするべきものではない」


「も、もうしわけありませんっ!」


 ガムジは自分のひざに顔がつくほど頭を下げた。


 さすがは団長、一人だけをしかることはなさらない。

 全員ぜんいんを叱ることで、団員の摩擦まさつすくなくしているのだ。


 こうして、事情聴取じじょうちょうしゅえた私達は、スプシュマ村の宿やどまった。

 そして翌日よくじつ早朝そうちょう眠気ねむけまなこで、あくびをするハサン“将軍しょうぐん”に見送みおくられながら、南東なんとうにあるオルマン王国おうこくへ向けて出立しゅったつした。


 そのさい帝国騎士ていこくきしよろいはずして馬にみ、わりにかわ防具ぼうぐにつけ、全員ぜんいんがどこにでもいそうな冒険者ぼうけんしゃ姿すがたになった。

 言うまでもくこれからは、一介いっかいの冒険者としてふるまうことになる。


 ゲチトからオルマンにかうには、『災厄さいやく荒野こうや』と『ホロス砂漠さばく』を南東にけるのが最短さいたんの道のりである。

 しかし旅人たびびと普通ふつう遠回とおまわりをしても、この二つの場所ばしょけようと考えるだろう。


 東の大陸たいりくのほぼ中央ちゅおうにあるホロス砂漠さばくは、灼熱しゃくねつ地獄じごくであり、流砂りゅうさ砂嵐すなあらしで旅人のいのち簡単かんたんうばう。

 また砂竜クムケルテンケレんでおり、足元あしもとから口をひろげて獲物えものおそい、すなごと飲込のみこんでしまうのだ。


 そして災厄さいやく荒野こうやだが、ホロス砂漠さばく北側きたがわにあり、1000年前の『災厄さいやくとき』に最終決戦さいしゅうけっせんおこなわれた場所である。


 ここで太祖帝たいそてい様は、数万すうまん化物ばけもの進軍しんぐんを一人で食止くいとめ、そのかん聖師せいしフゼイフェが魔導まどう究極奥義きゅうきょくおうぎを使い『くろ災媼さいおう消滅しょうめつさせたのだ。


 しかし究極奥義きゅうきょくおうぎを使ったことで大爆発だいばくはつこり、古代王国こだいおうこくフリギオの王都おうとがあった緑豊みどりゆたかな土地とちは、一瞬いっしゅん不毛ふもう荒野こうやへと変貌へんぼうした。


 この戦いで、東の大陸のほぼ全域ぜんいき支配しはいしていたフリギオ王国は滅亡めつぼうする。

 そして、王国の滅亡めつぼうにより、いくつかのあたらしい国がうまれることになった。

 もちろん帝国もその一つだ。


 大爆発以後だいばくはついこう災厄さいやく荒野こうやには一切いっさい生命せいめいがよりつかなくなった。

 一本いっぽん雑草ざっそうすらえず、いたるところに大岩おおいわころがり、ときおり人さえも吹飛ふきとばすほどの強風きょうふう吹荒ふきあれる。

 またよるになると、あの世に行けぬ耗霊もうりょうあらわれ、旅人をとり殺すといううわさもささやかれている。


 さらに最近さいきんでは、荒野こうや周辺しゅうへん魔人事件まじんじけん頻発ひんぱつしている。

 魔人まじんとはもとは人間だが、何かの原因げんいんで身体が変化へんかして特殊とくしゅな力を獲得かくとくし、代わりに人間性にんげんせいうしなった者達ものたちのことだ。


 やつらは、理由りゆうく、くるったように周囲しゅういの人間を殺しまわる。

 帝国の南東側なんとうがわやゲチトの南側みなみがわ国境こっきょうは、災厄さいやく荒野こうや近接きんせつしており、付近ふきんの村では魔人まじんによる殺人さつじんが今もつづいているのだ。


 たださいわいなことに、魔人まじんの力は妖獣ようじゅうケルテンケレなどにくらべれば、たかが知れており、帝国騎士がかずたのんで戦えば、それほど苦戦くせんすることなく討伐とうばつすることができた。


 バリス府督ふとくが、団長となって日があさいヘペルきょうにジョルジの討伐とうばつまかせたのも、それまでの事例じれい考慮こうりょしてのことだろう。

 しかし予想よそうはんし、ジョルジのけんは今までの事例じれいえるものだった。

 ヘペル卿は貧乏びんぼうくじをかされたということだ。


 とにかく、通常つうじょうの旅なら、この二つの危険地帯きけんちたいけ、西にしへ大きく迂回うかいする道をえらほう無難ぶなんである。

 しかし、討伐とうばつゆるされた期間きかん三月みつきかぎられているため、できるかぎり時間を節約せつやくしなければならない。

 そのため私達は、この危険地帯きけんちたい行軍こうぐん敢行かんこうすることにした。


 道中どうちゅう苦労くろうはしたものの、なんとか無事ぶじ両所りょうしょけることができ、出立しゅったつしてから15日後、マリフェトの領域りょういきはいる。

 そしてさらに南下なんかし、二日後、その首都しゅとにたどりついた。


 マリフェトは、帝国、アザット連邦れんぽう魔導王国まどうおうこくオクルとなら大国たいこくである。

 聖師せいしフゼイフェの養女ようじょだったファトマが、フゼイフェの死をなぐさめるためにてた天授教会てんじゅきょうかいがそのはじまりとされている。


 国民こくみん地母神キュベレイ霊龍れいりゅう天使てんし同列どうれつにフゼイフェを信仰しんこうしており、寛容かんよう博愛的はくあいてき傾向けいこうを持っている。


 マリフェトの首都しゅとメレクバチェシは、帝都ていとくらべても見劣みおとりしないほどに発展はってんしていた。

 城壁じょうへきけて中に入ると、あちこちでにぎわいを目にすることができる。


 特筆とくひつすべきは建物たてものいろだ。

 すべての建物のかべは白、屋根やねは青に統一とういつされ、とてもうつしく壮観そうかんである。

 また、商店しょうてんなら品物しなもの帝都ていと毛色けいろちがい、めずらしいものが多く、大陸南域たいりくなんいきかおりが色濃いろこただよっていた。


情報収集じょうほうしゅうしゅうをかねて、今夜こんや宿やどをあたります」


 第四団の唯一ゆいつの女性隊長であるエシンは、私にそうげ、部下ぶかのサリフをれておとも無くはしっていった。

 彼女がひきいる九番隊はおも偵察ていさつを行う。


 偵察ていさつ専門せんもんだからといって、見くびってはならない。

 エシンは、軽業芸人かるわざげいにんのような動きで剣を使う独特どくとく戦闘法せんとうほうを身につけている。

 下手へたな男では太刀打たちうちできない強者つわものなのだ。


 彼女の顔の右側みぎがわ炎摩導えんまどうによってかれ、ひとみまわりからほほにかけて無残むざん傷痕きずあとのこっている。

 傷痕きずあとに気を取られるとからないが、無傷むきず左側ひだりがわ注目ちゅうもくすると彼女が聡明そうめい美人びじんであることがわかる。

 大きな黒いひとみすじとおった鼻、みじかく切られているがばしたならばつややかにひかるであろう黒髪くろかみ


 私が男ならほおっておかないが、いかんせんまわりの男どもは傷痕きずあとを気にして、彼女を敬遠けいえんする。

 エシンの方も傷痕きずあとえてかくすことはせず、くだらない男をけるための手段しゅだんに使っているようだ。


 今日きょうはマリフェトで一泊いっぱくして旅のつかれをいやし、明朝みょうちょう、『人喰ひとくい森』を目指めざすことになる。

 旅に必要ひつよう物品ぶっぴんも、ここでなららく調達ちょうたつできるだろう。 


 うまきながらあるいていると、すぐよこ路地ろじから男の怒鳴どなり声が聞こえた。


「いらねぇって言ってんだろうがっ!」


 声と同時どうじに一人の女が路地ろじから飛出とびだしてきて、私の前にたおれこんだ。


「まったく気色きしょくわるい女だぜ。二度にどんなよっ!」


 前掛まえかけをつけた男が路地ろじから出てきて、女に対しててるように言った。

 そしてすぐに路地ろじおくへともどって行く。

 そこは食堂しょくどう裏口うらぐちのようだった。


「ううっ、美味おいじいどにぃ……。とってぼ、美味おいじいどにぃ……」


 たおれた女はいていた。


「あなた、大丈夫だいじょうぶですか?」


 目の前でたおれているので、無視むしもできず、私は一応いちおう声をかけてみた。

 団長と団員達も足をめ、なりきを見守みまもっている。

 女はゆっくりと顔を上げて、私を見た。


「ありがどうございばずぅ」


 首元くびもとで切りそろえられた綺麗きれいな金髪きんぱつなみだれた緑色みどりいろひとみほほうすいそばかすのあと、ぷっくりとした桃色ももいろくちびる

 一見いっけんして十代後半じゅうだいこうはんの少女とわかった。


 とても可愛かわいらしいが、どろなみだ鼻水はなみずにまみれて、非常ひじょう残念ざんねん状態じょうたいである。

 私は彼女の手をとり、立たせてやった。


「あの男に何かひどいことをされたのですか?」


「ぢがうんでずぅ、わだじが悪いんでずぅ」


 そこで少女は鼻水はなみずをすすり上げた。

 鼻がまっていて、言葉が聞き取りにくい。


「旅のおがたでずかぁ?」


「ええ、今着いまついたところで」 


「どうでじょう、ひどつべでみまぜんがぁ?」


 少女は手にっていたカゴを見せる。


「食べる? 何をですか?」


 カゴのふたを開く少女。


「いっやーっ!!!!!」


 中を見た私は思わず悲鳴ひめいげ、少女を思い切りひっぱたき、その場から逃出にげだした。

 たたかれた拍子ひょうしにカゴが地面にちて、中にいたモノがあふれ出す。

 それは、手のひらよりも大きな褐色かっしょくのクモだった。

 げる私のうしろで女性達の悲鳴ひめいがあちこちから聞こえ始める。


「わだじのばんごはんがぁぁぁ!」


 振返ふりかえると、少女は地面をって、クモをいかけまわしていた。


 翌日よくじつ早朝そうちょう、私達はメレクバチェシを出立しゅったつする。

 マリフェトの城門じょうもんを出ると、みなみ赤茶あかちゃけたパトラマ火山かざんが見えた。

 パトラマ火山は時おり爆発ばくはつし、噴煙ふんえんを上げるそうだが、今はしずかに裾野すそのを広げている。


 この火山は八大霊龍はちだいれいりゅう一柱ひとはしらである『ほのおりゅう』のみかであり、うんが良ければ赤くかがやりゅうが飛びたつのを見ることができるそうだ。

 私達は火山を右手みぎてに見ながら南東方向なんとうほうこうへと、馬をあゆませた。


副長様ふくちょうさまぁ、昨日きのうのクモを土産みやげわんで良かったんですかい?」


 ベラトが私をからかった。

 他の団員達もニヤニヤしている。


「うっさい、ハゲっ!」


 思いっ切り怒鳴どなりつけてやった。


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