第22話 青の魔人<1>

 私達、聖戦騎士団せいせんきしだん第四団だいよだんの12名は帝都ていと出発しゅっぱつして二日後、ゲチト王国おうこく到着とうちゃくした。

 ふゆはいって気温きおんがっているが、道中どうちゅうはそれほど冷込ひえこむこともなく、馬達うまたちあしかろやかだった。


 ゲチトは、位置的いちてきには帝国ていこくのちょうど真東まひがしにあたり、魔導まどう王国オクルと帝国との中間ちゅうかん国土こくどゆうしている。

 また、アザットと同様どうよう古代こだい王国フリギオの傍系王族ぼうけいおうぞくおこした国であり、数千年すうせんねん歴史れきしを持っていた。

 

 しかし長い伝統でんとうがあっても、その内情ないじょうけっしてゆたかなものではない。

 おも産業さんぎょう農業のうぎょうであり、同盟国どうめいこくとは名ばかりで、実際じっさい生産物せいさんぶつ帝国ていこく供給きょうきゅうすることで政体せいたいたもっている属国ぞっこくである。

 そのため国の防衛ぼうえいになぐんは、治安ちあんまもるのが精一杯せいいっぱいで、大きな戦争せんそうとなれば帝国にたよるしかない有様ありさまなのだ。


 私達はゲチト王宮おうきゅうから派遣はけんされた“将軍しょうぐん”ハサンに先導せんどうされて、王国南部おうこくなんぶにあるスプシュマ荘園しょうえんへとかった。

 ハサンは服装ふくそうこそ立派りっぱだったが、どうみても一軍いちぐんひきいる“将軍しょうぐん”とは思えない、貧相ひんそう風采ふうさいをしていた。


 スプシュマ荘園しょうえん辺境へんきょう山間やまあいにあり、到着とうちゃくするのに半日はんにちついやした。

 到着とうちゃくしてみてわかったのだが、領主りょうしゅ屋敷やしきは、城壁じょうへき建物たてものも、堅牢けんごとは言いがた木造もくぞうだった。

 これでは大きないくさがあった場合、簡単かんたん陥落かんらくしてしまうだろう。


 “将軍しょうぐん”ハサンは到着とうちゃくするやいなや、いかようにもお調しらべください、と言いいて、自分じぶんはさっさとちかくにあるスプシュマ村の宿屋やどやへ行ってしまった。

 屋敷やしきにも将軍しょうぐんにも外敵がいてきたいする緊張感きんちょうかんというものがない。

 帝国にたよりきり、自分達の手で国を守るという気概きがいうしなっているのだろう。


 城壁内じょうへきないには屋敷以外やしきいがいにも建物がいくつかあったが、そのすべてにひど損壊そんかいのあとが見られた。

 ジョルジの凶行きょうこう結果けっかだろう。

 被害状況ひがいじょうきょうを見れば、すでに人がめるものではないとわかる。


 しかし生残いきのこった女や子供の農奴達のうどたちが、こわれた建物の中から、不安ふあんげにこちらをうかがっているのに気がついた。

 おそらく行場ゆきばいのだろう。

 荘園領主しょうえんりょうしゅ一人娘ひとりむすめであるイゼル・スプシュマは親類しんるいのもとに避難ひなんしているので、数人の衛兵えいへいと彼らだけが残っているのだ。


 資料しりょうによると、真夜中近まよなかちかく、屋敷やしきとなり併設へいせつされたりょうで、青い魔人まじんとなったジョルジは同僚どうりょう農奴のうど達、やく140名を撲殺ぼくさつした。

 それに気づいた見回みまわりが領主りょうしゅ連絡れんらくする。


 領主りょうしゅ荘園しょうえんを守る衛兵えいへい60名余めいあまりを招集しょうしゅうして、あばれまわるジョルジを制止せいししようとしたが、反撃はんげきにあい、全滅ぜんめつする。

 これも撲殺ぼくさつである。

 ただし寮内りょうないにいた女と子供、約50名は無傷むきずだった。


 とりあえず、ジョルジの変身へんしん目撃もくげきしたという老婆ろうば呼出よびだし、尋問じんもんすることにした。

 老婆ろうば団長だんちょうと私達の前ではげしく身体からだふるわせている。

 おびえきっているようで、以前いぜんお話したとおりです、と繰返くりかえすばかりだ。

 そのほかの女と子供らも部屋へやじこもっていたので実際じっさい状況じょうきょうを見ておらず、やくに立たなかった。


 老婆ろうば放置ほうちし、今後こんご方針ほうしんかんがえていると、スプシュマ村で聞込ききこみをしていた騎士きし達八人がもどってきた。

 村には宿屋やどやほか酒場さかば娼館しょうかんがあり、屋敷やしき衛兵えいへい達が非番ひばんの日に利用りようしていたようだ。


 八人はふるえている老婆ろうば横目よこめで見ながら、団長のまわりにあつまった。


「いくつか収穫しゅうかくがありました」


 二番隊にばんたい隊長たいちょうセルカンが口を開く。

 黒髪くろかみするど褐色かっしょくひとみ

 寡黙かもく年齢ねんれいはまだ27歳と若いが、武力ぶりょくにも知力ちりょくにもすぐれた有望ゆうぼうな騎士である。


 通常つうじょう、1つのだんには10のたいがあり、1隊は500人で構成こうせいされる。

 つまりどの団にも隊長たいちょうは、10人いることになる。


 セルカンはうしろにいた騎士に話すようにめいじた。

 右目みぎめかわ眼帯がんたいをし、いかにも下層階級かそうかいきゅう出身しゅっしん風貌ふうぼうをしたその騎士は、二番隊の隊員たいいんであるベラトだ。

 きずだらけのはげあたま、のび放題ほうだい無精ぶしょうひげ、数本すうほんけた前歯まえばいきはいつも酒臭さけくさい。


 もと盗賊とうぞくだったといううわさのあるベラトだが、騎士に採用さいようされて功績こうせきをあげ、今では下級貴族かきゅうきぞくである酬侖卿しゅうりんきょうとなっていた。

 年は四十をえている。


 こいつは、私が作った団のきらいな奴順位表やつじゅんいひょうで、だんとつの一位いちいめている。

 ただ、戦闘力せんとうりょくは高く、他の隊員からは頭一あたまひとけていた。

 そこがまた気にわないところでもある。


「へへへっ、あっしが酒場さかば聞込ききこみをしてましたら、死ぬのをわすれちまったようなうらなのクソババアに出くわしましてね。銀貨ぎんかにぎらせたらベラベラとそりゃもうくせぇツバをばして、しゃべりまくりやがって……」


要点ようてんだけを話しなさいっ!」


 怒鳴どなりつけると、ベラトは小指こゆびで耳のあなをほじりながら顔をしかめた。


副長ふくちょう様ぁ、そんなでけぇ声出さなくても、聞こえてまずぜ。あっしは心臓しんぞうよわいんですから、おどかさねぇでくださいよ」


 ころしても死なないような顔をしてよくそんなことが言える。

 もう一度いちど怒鳴どなりつけようとしたが、団長にめられた。


「――それで?」


 団長は無表情むひょうじょうでベラトにたずねられる。

 ふざけ半分はんぶんだったベラトは一瞬いっしゅん真顔まがおになった。


「ジョルジの野郎やろう酒場さかばに来たときにババアは声をかけたんだそうで。はじめて奇妙きみょう人相にんそうだったんで、タダでうらなってやることにしたらしくてね。やつは人に言えないなやみをかかえてるらしく、どうすりゃあ解決かいけつするかをたずねてきたそうで。だからババアは星観ほしみふだをちょちょいとならべて、奴のさだめをてやったってことで……」


 団長は目をほそめ、興味深きょうみぶかそうにベラトの報告ほうこくを聞かれている。


星観ほしみふだがジョルジの野郎やろうに出したこたえを、ババアは神官しんかんみたいにもったいぶって、あっしにぬかすんですわ」


 ベラトは、真似まねをしたつもりなのか、両手りょうてむねの前でみ、おごそかにうらないの内容ないようげた。


「『はるかとお南東なんとうもりにいる隠者いんじゃえば、なやみは解消かいしょうされる』、だそうで」


「――隠者いんじゃ? それは何者なにものだ?」


「いや、ババアにもそこまでは、わからねぇらしくって……」


 ベラトは気まずそうに頭をかいた。


副長ふくちょう、何か心当こころあたりは?」


 団長にたずねられ、いそいで記憶きおくさぐった。


「――隠者いんじゃと言えば、かのビルルルを思い出します。もしかすると南東の森にそのビルルルがいるのかもしれません」


「ビルルル……。太祖帝たいそてい様をうらささえた白妖精しろようせいの女だったな」


「はい、ビルルル・アルカンは高度こうど錬金術れんきんじゅつもちいて強力きょうりょく回復かいふく薬や治癒ちゆ薬を作成さくせいし、さらには特殊とくしゅな力を持った武器ぶき道具どうぐなども発明はつめいし、それを太祖帝たいそてい様や聖師せいし賢者けんじゃのために用立ようだてていました」


「だが、『災厄さいやくの時』からもう1000年以上ねんいじょうつ。いくら白妖精しろようせい長寿ちょうじゅでも、死んでいるのではないか」


「そうかもしれませんが、生きている可能性かのうせいて切れません」


「そのうらなは、ビルルルのことを知っているのか」


 はなしについていけずポカンとしているベラト。


「ビルルルってぇのは、だれのことですかい?」


 どうやらベラト自身じしんが、ビルルルを知らないようだ。

 三傑さんけつくらべるとビルルルは著名ちょめいではないので仕方しかたがない。


「――そうか、ならばいい。では、その『はるか南東の森』とは、どこのことだ」


「ああ、そっちはなんとか聞き出せやした。ババアは、自分はふだに出た答えを読んだだけで、その中身なかみにまでは責任せきにんを持てねぇと、もったいぶりやがりましてね。あっしは、しかたなく、もう1まい銀貨ぎんかにぎらせたんですわ。そしたらババア、自分は長年ながねん、東の大陸中たいりくじゅうたびして来たんで、その森がどんなもんで、どこにあるかの予想よそうはつくってぬかしやがって」


「ほう」 


 団長の目がまたはりのようにほそめられる。


「ババアの予想によると、その森は、オルマン王国の北の国境付近こっきょうふきんにある『人喰ひとくい森』じゃねぇかと」


人喰ひとくい森?」


「へえ、なんでもその森に入った野郎やろうは二度と出てこねぇとかで。しかも森の中には、とんでもねぇ化物ばけものけた屋敷やしきがあるそうでして。だから近隣きんりんのもんはだれも近づかねぇらしいです。だがババアはその化物ばけものこそが、隠者いんじゃだとぬかしやがるんですわ」


 話半分はなしはんぶんに聞いていた私は事件じけん資料しりょうにあるヘペルきょう証言しょうげんを思い出した。


「そういえば、ヘペルきょうは、ジョルジが南東方向なんとうほうこう逃走とうそうしたと言っていました」


「ここからならオルマンは南東か。――手がかりになりそうだな」


 団長は、わずかに口元くちもとをゆるめられた。


「団長、私からも、ご報告ほうこくがあります」


 三番隊の隊長であるオメルがすすみ出る。

 ふと気味ぎみだが団きっての怪力かいりき持主もちぬしで、大鎚おおつち振回ふりまわして戦うことを得意とくいとしている。

 きまじめな男だが、意地いじっているのが難点なんてんである。


娼館しょうかんの女達が言うには、この荘園しょうえんには『魔族まぞく』の女と子供が複数ふくすういたようなのです」


魔族まぞくだと……」


「はい。領主りょうしゅがときおり、奴隷どれいとしてられている魔族まぞくの女や子供をってきては地下牢ちかろうつなぎ、なぐさみ者として男の農奴のうど達にあたえていたそうです。衛兵えいへい達はそれを知っていましたが見て見ぬふりをしていたようです」


最近さいきん奴隷どれいくすり原料げんりょうとして魔族まぞく売買ばいばいしているという話を聞いたことがあります」


気持きもちの良いものではないな」


 私の話を聞いた団長は、まゆをひそめられた。


 『魔族まぞく』とは東の大陸たいりく北端ほくたんにある『魔国まこく』の住人じゅうにんのことである。

 外見がいけんは人間とそっくりだが、ひたい側頭部そくとうぶけもののようなつのを持っている。

 他国たこくとの接触せっしょくはほとんどなく、一部いちぶかぎられた商人しょうにんだけが、わずかに交易こうえきをしていた。


 古代こだいから、バシャルの人々は、彼らをきらい、たまに見かけることがあると石をげて追払おいはらった。

 ときには、つかまえて暴行ぼうこうくわえ、殺してしていたともいう。

 そんなこともあり、魔国まこく国境こっきょうざし、人間との交流こうりゅうったらしい。


 団長は、まだふるえている老婆ろうばの前に行き、そのひとみをのぞきこんだ。


「おまえ、魔族まぞくのことを知っていたな」


 するど視線しせん鬼気ききびた声が、老婆ろうばしつぶす。

 老婆ろうばはヒッと悲鳴ひめいを上げ、その場にひれした。


「お、おゆるしください! 私は旦那だんな様に言われて、やつらの身のまわりの世話せわをしてただけです! ジョルジは魔族まぞくかばったばっかりに若い男達にいたぶられて、あんなことに……」


すべてを正直しょうじきに話せ」


 老婆ろうば事件じけん真相しんそうかたった。


 農奴のうどわか連中れんちゅう新入しんいりりのジョルジを、いつもからかっていじめていた。

 その日もいやがる彼を無理むりやり地下ちかれてきたそうだ。


 地下には牢屋ろうやがあり、魔族まぞくの女や子供がめられていた。

 農奴の男達は、彼らを夜毎よごとなぐさみ者にしていたのだ。

 若い連中れんちゅうはその行為こういをジョルジに見せつけるために、地下へれて来たのだった。


 魔族まぞくたいする彼らの仕打しうちを見ていられなかったジョルジはめようとしていかりをい、自分もいたぶられることになる。

 ジョルジはせんほそく、外見がいけんが女性のようだったことが、男達の欲望よくぼうに火をつけた。


 ふくやぶられて丸裸まるはだかにされ、魔族まぞくと同じ目にあわされそうになったとき、突然とつぜん、ジョルジの身体が青くかがやき、異形いぎょう魔人まじんへとわった。

 老婆ろうばが見ている前でジョルジは農奴のうど達をなぐり殺し、魔族まぞくが閉じ込められていたろうとびらこわして彼女らを解放かいほうした。

 そしてジョルジは物音ものおとを聞きつけてりてきたほか農奴のうど達を殺しながら、階段かいだんを上っていったそうだ。


 老婆ろうばおそろしくて地上ちじょうもどることができず、さわぎがわるまで頭をかかえていたので、そのあとのことは見ていない。

 ただ、ジョルジのけもののようなたけび、建物がこわれる音、農奴のうど達の悲鳴ひめいが長い間、自分の頭上ずじょうひびいていたことだけはおぼえていると述懐じゅっかいした。 

 彼女は話し終わった後も地面じめんにひれし、ふるつづけていた。

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