第21話 ミネ・ユルダクル<2>

 『勇者号ゆうしゃごう闘儀とうぎ』とは年に一度開いちどひらかれ、六席ろくせきから首席しゅせきまでの六つの勇者ゆうしゃ称号しょうごうをめぐってあらそわれるものである。

 勇者号ゆうしゃごう権利けんりでも官職かんしょくでもない名誉称号めいよしょうごうだが、たものは帝国騎士ていこくきしほまれとして“勇者ゆうしゃ”とばれ、高い地位ちいや多くの恩賞おんしょうさずかることができた。

 さらに勇者ゆうしゃには、戦士せんしとしての最高さいこう栄誉えいよである『英雄号えいゆうごう』への挑戦ちょうせんゆるされるのだ。


 ヒュリア皇女おうじょは15歳から17歳までの三回さんかい、『勇者号ゆうしゃごう闘儀とうぎ』に参加さんかしている。

 当時とうじ首席しゅせき勇者ゆうしゃだったのは、現在げんざい英雄えいゆう称号しょうごうを持つ『イドリス・ジェサレット』である。


 トゥガイ団長だんちょう皇女おうじょ初参加はつさんかしたとき、二席にせき勇者ゆうしゃだった。

 団長は、たった一日いちにち六席ろくせきから三席さんせきまでをやぶってきたヒュリア皇女こうじょ二席にせきをかけてたたかうことになる。


 二人ふたり最初さいしょの戦いは『勇者号ゆうしゃごう闘儀とうぎ史上しじょう、五本の指にかぞえられる名勝負めいしょうぶとされている。 

 戦いの結果けっか、団長は惜敗せきはいして三席さんせきくだることとなった。

 ヒュリア皇女はそのあと、首席しゅせきのイドリスと戦い、そこで惨敗ざんぱいする。


 あとの二度の闘儀とうぎにおいても団長は、皇女につことはできなかった。

 しかし皇女もまた、イドリスに勝つことはできなかった。

 そして今、皇女は断罪だんざいされて勇者号ゆうしゃごううしない、イドリスはまえ英雄えいゆう打勝うちかち、勇者ゆうしゃから英雄えいゆうとなった。


 二席にせき首席しゅせきがいなくなったことで、団長は戦うことなく首席の勇者となる。

 周囲しゅういもの天恵てんけいだとよろこんだが、団長自身だんちょうじしん忸怩じくじたる思いだったことを私“だけ”は知っている。

 団長は実力じつりょくで、皇女とイドリスに勝つためきびしい修練しゅうれんかさねられていたからだ。


 今、団長は二人と戦えなかった、くやしさ、いかり、絶望ぜつぼうむねにしまい、日々ひび帝国のために奉仕ほうしされている。

 そんな団長の心情しんじょう理解りかいできるのは副長ふくちょうとしてそばつかえる私“だけ”なのだ。


 団長の横顔よこがおぬすみ見る。

 精悍せいかんで男らしい顔つきに、ほほあからむのを感じた。

 視線しせんに気づいた団長が、また横目よこめで私を一瞥いちべつする。

 いそいで視線をはずし、背筋せすじばした。


 と、とにかく、ヒュリア皇女とは、それほどの天才てんさいなのである。

 だから、多人数相手たにんずうあいてに勝つことも不思議ふしぎではない。

 不思議ではないが、5000はあまりにおおすぎる。

 皇女は、われらの知らぬ力、もしくは強力きょうりょく助力者じょりょくしゃを手に入れた可能性かのうせいがある。


 もしかすると、あの世界せかいほろぼすといわれる赤くかがやひとみ仕業しわざかもしれない。

 最高法廷さいこうほうてい傍聴ぼうちょうしたとき、ヒュリア皇女が今までかくしてきたというのろわれた瞳を見ることができた。

 その瞳は、昼間ひるまなのに禍々まがまがしい赤銅色しゃくどういろひかりはなち、見ている私達を戦慄せんりつさせた。

 たしかにあの瞳なら、何か邪悪じゃあくな力を持っていてもおかしくない。


 ただし、ヒュリア皇女を危険視きけんしするのは帝国騎士ていこくきしとしての私である。

 女性としての私は、皇女に敬服けいふくねんいだいている。


 バシャルでは男尊女卑だんそんじょひ慣習かんしゅうが強く根付ねづいているが、帝国においては比較的緩ひかくてきゆるやかである。

 それは帝国が、実力主義じつりょくしゅぎの国であることに由来ゆらいしている。

 たとえ女であっても、騎士の採用さいようを行う『誉武式よぶしき』に参加さんかして試合しあい勝利しょうりし、武術ぶじゅつ魔導まどう才能さいのうみとめられれば、騎士になることができるのだ。


 だがそんな帝国でも、やはり男の騎士は出世しゅっせはやく、重職じゅうしょくにつける割合わりあいも、だんぜん高いのが現状げんじょうだ。

 そんな男社会おとこしゃかいにヒュリア皇女は強烈きょうれつなくさびを打ちこんでくれた。

 彼女のおかげで、帝国における女性の地位ちいが、向上こうじょうしたことはまちがいない。


 かくゆう私もその恩恵おんけいにあずかり、こうして副長ふくちょうしょくをまっとうできているのだ。

 もし彼女が皇帝になっていたら、女性にとってよりよい社会しゃかいおとずれていたかもしれない。


一体いったい、そのジョルジという男は何者なにものなのですか。ゲチト軍がひがし大陸たいりく最弱さいじゃくという悪名おめいを持っているとしても、3000もの兵をたおすとなれば、よほどの戦士せんし魔導師まどうしかと思われますが」


「うむ、こう討伐とうばつたの理由りゆうはそこなのだ。生残いきのこった女達の中に、凶行きょうこうおよぶジョルジの間近まぢかにいた老婆ろうばがいてね、彼女はこう証言しょうげんしているのだよ。ジョルジは突然とつぜんあお魔人まじん”に変身へんしんしたと」


魔人まじん……、ですか……」


 団長の瞳が一瞬いっしゅんきらめくのを私は見逃みのがさなかった。

 団長が心のうちをおもてに出すなど滅多めったにない。

 興味きょうみを持っておられるということか……?


当初とうしょは青い魔人まじんというだけで、それ以上いじょうのことが分からなくてね。私は、魔人事件まじんじけんと同じで、数をそろえればたいした危険きけん討伐とうばつできると考えたのだ。だから、アザットに出陣しゅつじんできなかったヘペルきょう初手柄はつてがらを立ててもらおうと、このけん一任いちにんしたのだが……。判断はんだんあやまってしまったようだ……」


 バリス府督ふとく人差ひとさし指と親指おやゆびはな付根つけねさえ、ためいきかれた。


生残いきのこったヘペル卿は、魔人の外見がいけんについて幾分詳細いくぶんしょうさい証言しょうげんされております。それによると、ジョルジは“青くかがやよろいを着た騎士”ような姿すがただった、とのことです」


 アリが、バリス府督ふとくの話を補足ほそくする。


「青く輝くよろいですか……?」


 団長の目がはりのようにほそめられた。


「――英雄えいゆうイドリスにていると思わんかね」


 バリス府督ふとくは、予想よそうもしない名前をくちにした。


「イドリスのあの“白くかがやよろい”も普段ふだんは、どこにおさめてあるのかわからず、必要ひつようなときに突然現とつぜんあらわれてイドリスのまもっていた。それはまるで変身するかのようであった。――どなたかが一度いちどよろい仕組しくみをイドリスにたずねたが、自分でもよくわからないとこたえたとか」


「なるほど、それで合点がてんがいきました。府督ふとく第四団だいよんだんを動かしたいのではなく、“私”を動かしたいのですね」


 団長は表情ひょうじょうえないが、その声によろこびがにじんでいた。


見透みすかされてしまったか。――幾度いくどもイドリスと互角ごかくに戦ったこうならば、この青いよろい魔人まじん討伐とうばつできると思ったのだよ。とにかく帝国騎士ていこくきしが1000人も殺されているのだから、何らかの決着けっちゃくをつけないかぎり国の威信いしんそこなう事態じたいになりかねん」


府督ふとくは、このジョルジという男、イドリスとかかわりがあるとお考えですか」


 府督ふとくはアリに目配めくばせをされた。


一応いちおう、イドリス周辺しゅうへんさぐりをいれておりますが、今のところそういう報告ほうこくがっておりません」


 わりにアリが答える。

 一時いっとき思案顔しあんがおしていた団長は、けっしたように身をただし、返答へんとうした。


府督ふとく、この任務にんむ、しかとうけたまわりました」


「おお、それは重畳ちょうじょう


 バリス府督ふとくは、心から安堵あんどされたご様子ようすである。

 早速さっそく、アリが私に事件じけん資料しりょう手渡てわたしてくる。

 やつのツバがついたところにれないよう気をつけなければならない。


討伐とうばつ方法ほうほうすべてデスタン侯におまかせする。もし団そのものを動かすならば、全権委任状ぜんけんいにんじょう用意よういさせる。ほかにも必要ひつようなものがあれば、すぐに用立ようだてよう」


 バリス府督ふとく全面的ぜんめんてき支持しじしてくださるようだ。

 自分の判断はんだんで1000の騎士をうしなったという落度おちどをなんとか挽回ばんかいしたいのだろう。


 その後、府督ふとくは私に、母の様子ようす現在げんざいらしきなどについてたずねられた。

 討伐とうばつけんを団長にまかせて、かたがおりたからだろう。

 私的してき会話かいわけたかったので、討伐とうばつ準備じゅんび言訳いいわけに、閉口気味へいこうぎみの団長を巻込まきこむと、さっさと参謀府さんぼうふから逃出にげだすことにした。


 皇宮こうきゅうを出た私達は官舎かんしゃもどることなく、その足で東区ひがしくにある団の屯所とんしょへと向かった。


 団長とならんで行幸大路ぎょうこうおうじを歩く。

 こんな栄誉えいよ副長ふくちょうである私“だけ”にしかゆるされない特権とっけんだ。

 多少たしょうぶしつけではあるが、知らぬ人が見れば恋人同士こいびとどうしに見えるかもしれない。

 そう考えるとほほあつくなってしまう。

 こんなときつめたいふゆかぜはありがたかった。


「副長はどう判断はんだんする?」


 団長は正面しょうめんをみすえたまま、ひとごとのようにたずねられた。

 私は、いつものように自分の感じたままをべる。


「――もしジョルジがイドリスとつながっているのなら、非常ひじょう厄介やっかいなことになるでしょう。ただ報告ほうこく事実じじつであれば、現状げんじょうジョルジは単独たんどく行動こうどうしているように思われます。討伐とうばつするなら今のうちでしょう。英雄えいゆうイドリスは帝国をはなれて以降いこう、動きが活発化かっぱつかしており、気にった者を仲間なかまにひきこんでいるとか。たとえ今はつながっていなくても、ジョルジがその動きに可能性かのうせい否定ひていできません」


「そうだな……。だが、あいつが出てきたとしても私は一向いっこうかまわない」


 団長はそう言って、またみをこぼされた。

 その笑顔えがおたしかによろこびから来るものだが、けっしてあかるいものではない。

 生涯しょうがいを戦いにささげた者が、自分に匹敵ひってきする好敵手こうてきしゅ見出みいだしたときにまれる衝動しょうどう


 ――その者と戦い、凌駕りょうがし、ころす、くらよろこびである。


 団長の本質ほんしつ騎士きしではない、戦士せんしなのだ。

 一般いっぱんの騎士のように、戦うことで栄誉えいよ褒賞ほうしょう勝取かちとることを最終目的さいしゅうもくてきとしていない。

 ただ強い相手あいてと戦い、完膚かんぷなきまでにたたきのめすことを渇望かつぼうされているのだ。


府督ふとくは、そのあたりも折込おりこみでしょう。もしイドリスが出てきても、団長ならばなんとかしてくれると」


いかぶられているな」


「いいえ、正当せいとう評価ひょうかです。現状げんじょう、帝国でイドリスとまともに戦えるのは、団長のほかにありません。団長は帝国最強ていこくさいきょう戦力せんりょくなのです」


「そうありたいものだ……」


「なんだか、うれしそうですね」


 感じたままを口に出した。

 団長は少し戸惑とまどわれたようだった。


「そう見えるか?」


「はい」


 強くうなずくと、団長は少年しょうねんのように、はにかんだ。

 可愛かわいらしくて、むねおくが、きゅんとしてしまった。


 屯所とんしょについた私達は、そのまま作戦室さくせんしつに入り、これからの方針ほうしん議論ぎろんすることになる。

 まず、唯一ゆいつ生存者せいぞんしゃであるヘペルきょうに、ジョルジがどのように3000もの兵士を殺したのかについて話を聞こうとした。


 しかし伝達員でんたついんによると、彼女は茫然自失ぼうぜんじしつとなり、誰とも口をきかず、自室じしつじこもったまま出て来ないとのことだった。

 身体にきずは無くても、1000の騎士をうしなったことへの罪悪感ざいあくかん精神せいしんふかく傷ついているにちがいない。


 そちらはあきらめ、具体的ぐたいてき作戦さくせん検討けんとうはいることにした。

 私は、団の半数はんすうの騎士2500名を動員どういんし、全権委任状ぜんけんいにんじょうをもらいけ、ジョルジをうべきと提案ていあんした。


 全権委任状ぜんけんいにんじょうとは戦争せんそう外交がいこうにおいて、皇帝陛下こうていへいか代理だいりとして権利けんり行使こうすすることをゆる書状しょじょうのことである。

 それがあれば、武装ぶそうした騎士が犯罪者討伐はんざいしゃとうばつのために他国たこく入国にゅうこくするとき、相手国あいてこく提示ていじして正当性せいとうせい担保たんぽすることができるのだ。


 しかし団長は、精鋭せいえいの騎士10名だけをえらび、秘密裏ひみつりおこなうべきとされた。

 つまり、団長と私をふくめ、たった12名で討伐とうばつすることになる。

 私は、無謀むぼうではないかと異議いぎをとなえた。


 大人数おおにんずうたればジョルジにこちらの動きが筒抜つつぬけとなり、簡単かんたん逃亡とうぼうゆるしてしまうことになると団長は反論はんろんされた。

 さらにヘペル卿のれいげ、大人数おおにんずうでの討伐とうばつ無理むりがあることも指摘してきされる。

 てき確実かくじつ包囲殲滅ほういせんめつできる力があればいが、それができないときは無駄死むだじにやすだけであると。


 理論上りろんじょう、敵が亢躰こうたい術を使つかい、たとえば“はやさ”でこちらの兵3000を上回うわまわった場合ばあい、その“はやさ”をもちいて一人ひとりずつ殺す作業さぎょうを3000回繰返かいくりかえすだけで、兵を全滅ぜんめつさせることは可能かのうなのだ。

 もちろん“速さ”以外いがいの“攻撃力こうげきりょく”や“防御力ぼうぎょりょく”を上昇じょうしょうさせた場合も同様どうようのことが言える。


 通常つうじょういくさにおいて物量ぶつりょう兵数へいすうう勝利しょうりの大きな要因よういんである。

 しかし、相手あいて魔人まじんでその力量りきりょう不明ふめいなどという非常識ひじょうしき状況じょうきょうでは、あてにならない。

 だから、戦闘力せんとうりょく平均的へいきんてきな兵でかずたのみに攻撃こうげきするよりも、戦闘力せんとうりょくの高い少数精鋭しょうすうせいえいで戦いをいどむ方が、無駄死むだじにが少なくてすむ、と団長は主張しゅちょうされた。


 たしかにすじとおっている。

 しかしやはり、ある程度数ていどかずをそろえた方が有利ゆうりであることに間違まちがいはないはずだ。


 そこで私は気がついた。

 これは団長のわがままなのだと。

 ようは、できるだけ邪魔じゃまが入らない状況じょうきょうで、自分がジョルジと“やりあいたい”だけなのだと。


 団長の年齢ねんれいは33歳。

 家族かぞくを持つとせいへの執着しゅうちゃくつよくなり戦場せんじょうに立てなくなる、となが独身どくしんつらぬかれている。 

 普段ふだん禁欲的きんよくてき厳格げんかくな騎士のかがみのようなかただ。


 しかしこういうときは子供こどもと変わらない。

 大好だいすきな“オモチャ”であそびたいのだ。

 “たたかい”というオモチャで……。


 内心呆ないしんあきれたが、母親ははおやのような気持きもちでそれをゆるした。

 一抹いちまつ不安ふあんのこるが、帝国最強ていこくさいきょうの騎士であり、首席勇者しゅせきゆうしゃであり、聖戦騎士団せいせんきしだん第四団のちょうでもあるトゥガイ・デスタンがそれをのぞむなら、副長ふくちょうの私は受入うけいれざるをえない。

 いや、受入うけいれてあげたい、のだ。 

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