第19話 木々開花、良い!<6>

 つぎの日、回復かいふくしたヒュリアは、心配しんぱいかけたことをあやまってくれました。

 でもホント、無事ぶじで良かった。

 フェルハトさんのおかげです。

 どうか成仏じょうぶつしてください、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ……。

 おまえもな、ってつっこまれそうですけど。


 自分じぶんを助けてくれた人物じんぶつがフェルハトだと知ったヒュリアは、かなりくやしがってます。

 いろんなことを聞きたかったみたいです。

 彼女にとってフェルハトは、まさに英雄ヒーローなんでしょう。


 魂露イクシルの方は、ちゃんと完成かんせいしたようです。

 振動しんどうまらないのが、証拠しょうこだってアティシュリが言ってました。

 無味無臭むみむしゅうで見た目は水とわらないのに、勝手かって振動しんどうつづけるなんて、ホント不思議ふしぎですね。


「キャファメフぅぅぅぅ、うぇっ、うぇっ」


 声の方を見ると、アティシュリが部屋へやすみすわりこんでいています。

 ちたなみだゆかにキャラメルのいているのです。


「――アティシュリさん、このさき、ああいう危険きけんなことがないよう、ちゃんと事前じぜん説明せつめいしてくださいね。それが約束やくそくできるなら、キャラメルの支給しきゅう復活ふっかつさせてもいいですよ」


 可哀想かわいそうになったので、救済きゅうさいプログラムを発動はつどうしましょう。


「ふぉんにょかっ?!」


 ガバッと顔をげるアティシュリ。

 上げたいきおいでなみだ鼻水はなみずります。

 きちゃないなぁ。


「――する、するぅ。絶対ぜったいするぅ」


 ふにゃっと笑ったアティシュリは身体からだをくねらせながら立上たちあがります。

 ときどきかるいんだよな、この現金げんきんドラゴン。


「いいでしょう。それと、お手伝てつだいしてくれれば、キャラメルのほかにチーズケーキもつけますよ」


「チーズ、ケ、ケーキだとぉ、な、なんだそりゃ?」


牛乳ぎゅうにゅう発酵はっこうさせて作った固形分こけいぶん砂糖さとうたまごなんかをぜていたお菓子かしですよ。甘味あまみだけでなく、ほのかな酸味さんみ塩味えんみなんかもあじわえちゃう、ちょっと大人おとな逸品いっぴんなんす」


牛乳ぎゅうにゅう発酵はっこうさせた固形分こけいぶん? そりゃペイニルのことだな。ペイニルであま菓子かしつくるなんてはじめて聞いたぜ……。チーズケーキかぁ、一体いったいどんな味なんだ……?」


 どうやらバシャルではチーズを、ペイニルって言うみたいですね。

 以前いぜん、『調理ちょうり』の機能きのうでチーズを作ろうとしたら『調理ちょうりでは作れません』という表示ひょうじが出ました。


 なんでかなと思ってあれこれ考えてみると、牛乳ぎゅうにゅう発酵過程はっこうかてい問題もんだいがありそうだなと。

 たぶん、耶代やしろの力だけじゃ足りなくて、べつ存在そんざいの手をりる必要ひつようがあるから『調理ちょうり』ではできないってことなんじゃないかと。

 つまり細菌さいきんです。


 そんで耶代やしろ機能きのうの中にある『化成かせい』に注目ちゅうもく

 漢字かんじ意味いみから、もしかしてと思って説明せつめいをみてみると、やっぱりでした。


生物由来せいぶつゆらい酵素こうそによって物質ぶっしつ変化へんかさせるもの。ただし材料ざいりょう時間じかん必要ひつようである』


 これで牛乳ぎゅうにゅう発酵はっこうさせればチーズがつくれます。

 多少時間たしょうじかんはかかりますが、醤油しょうゆ味噌みそなんかもできちゃうようです。

 あと、トイレの排泄物はいせつぶつもこれで発酵はっこうさせて、堆肥たいひにしてます。

 そんで、出来上できあがった堆肥たいひは『配置はいち』の機能きのう敷地しきちそと移動いどうさせるんです。


 『配置はいち』の説明は、こんな感じです。


耶代内やしろないにある物品ぶっぴん転置てんち、もしくは敷地外しきちがいへの移動いどうおこなうもの』


 堆肥たいひにしちゃえば、環境かんきょう汚染おせんすることもないし、植物しょっくぶつ栄養えいようにもなりますもんね。

 耶代やしろ機能きのう、よくかんがえてあります。

 さすがビルルル。


「ああ、俺には見えるぜ……、チーズケーキの姿すがたがよぉ……。ああ、うめぇよ、うめぇんだよぉ」


 どうやらアティシュリは、チーズケーキのマボロシを食べてるようです。

 キャラメルのおあずけを食ってるせいで、ハイになってんでしょう。

 涙によだれが追加ついあされて、ゆかいけになりました。


 パンパンと手をたたいて、美味おいしいゆめの世界から現実げんじつ引戻ひきもどします。

 ビクッとしたアティシュリは、きたばかりみたいに目をこすって、あたりを見回みまわしました。


「――お手伝てつだいしてくれますかね?」


 問いかけられてハッとしたアティシュリは、あわててむねをたたきました。


「お、おう、まかしとけ!」


 ボケ気味ぎみのドラゴンにあきれながら、『倉庫そうこ』しまっておいた魂露イクシル取出とりだします。


「――これはどう使うもんなんですか」


 使い方がまったくわからないので、アティシュリに丸投まるなげとなります。


「ここのヤルタクチュは元々もともと一本いっぽん親株おやかぶけてやしたもんだ。だからその親株おやかぶ魂露イクシルあたえれば、すべてのヤルタクチュがもともどるだろうぜ。与え方は普通ふつうみずをやるときと変わらねょよ」


「なるほど。――じゃあ、その親株おやかぶはどこにあるんですか」


たしかビルルルが最初さいしょたねえたのは屋敷やしき右側みぎがわだったと思うが」


 アティシュリは僕らをそこに案内あんないしてくれました。

 そこから森をながめると、中に一際ひときわふとくてたかがあるのに気づきました。


「あれですかね」


「だろうな」


「そんじゃ、アティシュリ様、おねがいします」


 魂露イクシル手渡てわたします。


「俺がやんのかよ」


 口をとがらせるアティシュリ。


「お手伝いですよ。僕は敷地しきちから出られないし、ヒュリアは食べられちゃいますから。それに、チーズケーキがってますって」


「ちっ、そういうことか。どうりで気前きまえが良いと思ったぜ」


 ぶつぶつ文句もんくを言いながらアティシュリは敷地しきちを出ていき、親株おやかぶへと向っていきました。

 森の中にアティシュリが消えて、しばらくったときです。

 突然とつぜん視界しかいがパッとあかるくなったような感じがしました。


 特段とくだん、何かが変わったというわけではありません。

 ただ、今までの森よりも、色があざやかというか……、なんというか……。

 はじめてコンタクトつけたとき、みたいな。


 チャイムがって、羅針眼らしんがん立上たちあがりました。


任務にんむ達成たっせいされました』


 視界しかい中央ちゅうおうに大きな赤文字あかもじ表示ひょうじされます。


 よっしゃぁっ!

 何か報酬ほうしゅうもらえんのかいっ?!


 あたらしい魔導まどうが使えるとか?

 インペリオ!とかクルーシオ!とか、やりたいよねぇ。

 強力きょうりょく神器じんきが手に入るとか?

 エクスカリバー!とかグングニール!とかさけんでめポーズしたいよねぇ。


 だげど、羅針眼らしんがんは、うんともすんとも状態じょうたいです。


 何もないの?

 うそでしょ。

 あんなに苦労くろうさせてといて。

 そんなことを思ってると、森の中からアティシュリが戻って来ました。


「うまくいったぞ。あいつもわるゆめからめたみたいだったぜ」


「じゃあ、もう人をべませんか?」


「ああ。結界けっかいいてみろ」


 半信半疑はんしんはんぎでしたが、アティシュリをしんじて結界けっかいきました。

 屋敷やしきおおっていた、薄青うすあおいドームがたかべ消失しょうしつします。

 結界けっかいくなると外の空気くうきにおいを、あらためて感じました。

 もうすぐ冬なのに、とてもさわやかな新緑しんりょくかおりがします。


「ヒュリア、外に出てみろ」


「は、はい……」


 ヒュリアはアティシュリに言われて、おそる恐る空地あきちに足を踏入ふみいれます。

 そしてそのまま、どんどん歩いていき、空地の中央付近ちゅうおうふきん立止たちどまり、こちらを振返ふりかえりました。


「ツクモ! 大丈夫だいじょうぶだ!」


 にこやかにさけぶヒュリア。

 なんかうれしそうです。

 10日以上かいじょう結界けっかいの中から出れなかったんで、開放感かいほうかんを味わってるんでしょう。


 そこでまたチャイムが鳴り、羅針眼らしんがん立上たちあがります。

 おう、やっときたな羅針眼らしんがんさんよぉ。

 一体いったい何をくれるんだい?


『新しい任務にんむがあります』


 へっ?

 新しい『任務にんむ』ですと! 

 報酬ほうしゅうじゃなくて?

 昨日きのうやり終えたばかりですぜ。


 とにかく『任務にんむ』の項目こうもくを見てみます。

 そこには次のようにありました。


『任務:耶卿やきょうによる霊器れいき成造せいぞう完遂かんすいさせる』


 霊器れいき成造せいぞうする?

 耶卿やきょうが?

 つまり、ヒュリアに霊器れいきを作れって言ってるわけ?


 空地あきちたのしそうに散歩さんぽしてるヒュリアが目にはいります。

 またこんなことをおねがいをしなきゃなんないのかよ……。

 耶代やしろさん、殺生せっしょうでんがな。


 頭をかかえていると、目の前の地面じめん盛上もりあがり、巨大きょだい不気味ぶきみなものが出てきました。


「うわっ」


 びっくりしすぎて、思わず尻餅しりもちついちゃいます。


「おう、めずしいきゃくが来たじゃねぇか」


 アティシュリはやってきた“それ”を面白おもしろそうにながめてます。

 地面からあらわれたものの正体しょうたいは、巨大きょだい赤黒あかぐろむしでした。

 低学年ていがくねん児童じどうくらいの大きさがあります。


「なんなんすか、こいつ」 


ありだ」


あり? こんなにデカいのに?」


「もちろん普通ふつうありじゃねぇ。妖蟲ようこ一種いっしゅで『城蟻ディヴィク』ってやつだ」


「その城蟻ディヴィクが、なんで来たんですか」


 そんなに虫は苦手にがてじゃないんですけど、こんなにデカいと、さすがにキモこわいです。


「俺が知るかよ。――でもまあ、ヤルタクチュが人喰ひとくいをやめたんで、このあたりを自由じゆううごけるようになったからじゃねぇか。人喰ひとくいって言ったって、人間だけをってたわけじゃねぇ。き物なら何でもってたんだからよ」


 城蟻ディヴィクはアティシュリの方に顔をけ、人のうでさえ簡単かんたんみちぎりそうなアゴを打合うちあわわせて、カチカチと音を立てました。


「――ほう、耶代やしろに呼ばれて来たのか」


 あり会話かいわしてる?

 さすがドラゴン。

 いやそれより、耶代やしろに呼ばれて来た?

 どゆこと?


「おいっ、ツ、ツクモ、な、なんだ、それは……」


 戻ってきたヒュリアは、アティシュリのうしろにかくれて、城蟻ディヴィク様子ようすをうかがってます。

 なんだ、それは、ってか?

 そうです、こいつは、変な虫さんです。 

 もしかして、虫、ダメなのかな。


城蟻ディヴィクだってさ」


「どうでもいいから、はやく追払おいはらってくれ!」


 ヒュリアが怒鳴ります。

 そう言われてもなぁ。

 どうやって追払おいはらえばいいのか。


 城蟻ディヴィクが、今度は僕に向っておそろしげなアゴを打合うちあわせて、カチカチと音を立てました。

 何か言ってるみたいですけど、もちろんわかりません。


「よろこんではたらかせてもらうそうだ」


 アティシュリが通訳つうやくしてくれました。


 働くって?

 わけがわからず、城蟻ディヴィク見下みおろします。

 よく見ると意外いがいとカワイイ目をしてますね。


「ツクモぉ! いいから、はやくどっかやってぇ!」


 ヒュリアが泣きべそをかきだしました。

 なんか良い。

 女の子っぽいヒュリア、もうちょっと見てたい。


 そのときまたチャイム音が鳴り、羅針眼らしんがん立上たちあがります。


城蟻ディヴィク請負うけおい登録とうろくしてください。登録には請負役うけおいやく接触せっしょくして、締印ていいんわす必要ひつようがあります』


 へっ?

 請負うけおい登録? 

 盟友めいゆう登録以上に必要ないと思って、完無視かんむししてたやつだ。

 いそいで『請負うけおい』のらんを開き、その説明せつめいを見てみました。


耶代やしろ外部がいぶにおいて、耶卿やきょう目的達成もくてきたっせいのために必要な作業さぎょうがある場合ばあい代行だいこうする者を登録して使役しえきするもの』


 なるほど。

 耶代やしろの外で何かやらなきゃならないときでも、僕は外に出られません。

 だから、それをわりにやってもらうわけですね。

 アティシュリをお菓子かしって手伝てつだわせなくてもむかもしれません。


 でも『締印ていいん』てのは何でしょう?

 説明を見てみます。


締盟ていめい契約けいやく成立時せいりつじたがいの身体に恃気エスラルえがかれる五芒星ごぼうせいがた紋様もんよう


 締盟契約ていめいけいやく

 また新しい用語ようごです。

 面倒めんどくさいので、アティシュリに聞きましょう。


「あのぉ、ちょっといいですかねぇ、アティシュリさん」


「うわっ、また出たな」


 アティシュリは、あからさまにいやな顔をしました。


「今度は、どんな厄介やっかいごとだ」


 疫病神やくびょうがみみたいに言わないでしいなあ。

 まあ地縛霊じばくれいたようなもんか……。 


締盟契約ていめいけいやくって何なんすかね?」


「ははぁ、なるほどな。耶代やしろ城蟻ディヴィク請負役うけおいやくにしろって言ってんだろ」


「はい、そうなんです」


 アティシュリは、かかっと笑います。


請負うけおい締盟契約ていめいけいやくは、ほとんど同じもんだ。つまり『妖物グルヌシュ』と契約けいやくして使役しえきする儀方ぎほうのことよ」


 妖物グルヌシュっていうのは、妖獣ようじゅう妖樹ようじゅ妖蟲ようこなんかの総称そうしょうだそうです。


「なんか身体にれて締印ていいんをかわせって言ってるんですけど」


「そうだ。締盟契約ていめいけいやくするには、使役する妖物グルヌシュれて、恃気エスラル交流こうりゅうさせることが必要なんだ。交流こうりゅうがうまくいけば、おたがいの身体に締印ていいんていう紋様もんようが浮かぶのよ。――まあ、とりあえずやってみ。実践じっせんするのが一番早いちばんはえぇぞ」


「これにさわるんですかぁ」


 かなりこわかったんですけど、仕方しかたなく右手みぎて城蟻ディヴィクに近づけます。

 みつかれるんじゃないかってヒヤヒヤしてましたが、城蟻ディヴィク大人おとなしくしてました。

 ゆっくりと城蟻ディヴィクのおでこにてのひらてます。

 するとてのひら薄青色うすあおいろひかって、城蟻ディヴィクから僕の中に力がながれこんで来るような感じがしました。


 ひかりえたあと、手をはなしてみると、城蟻ディヴィクのおでこに青い五芒星ごぼうせいかがやいています。

 もちろんてのひらにも五芒星ごぼうせいがありました。

 二つの五芒星ごぼうせいはしばらく光っていましたが、そのうちえていきました。


「それでよし。城蟻ディヴィク請負役うけおいやくになったぜ」


 アティシュリの言葉にかぶせるようにチャイム音がなりました。

 羅針眼らしんがんからの報告ほうこくです。


城蟻ディヴィク請負うけおい登録が完了かんりょうしました』

城蟻ディヴィクに『搬入はんにゅう』の資格しかく付与ふよしました』


請負うけおい』のらんを開いてみると、城蟻ディヴィクの名前が表示ひようじされています。


城蟻ディヴィク:1』


 数字すうじはたぶん個体数こたいすうだと思います。

 つまりまだ数をやせるってことでしょう。

 でも、これでわり?

 なんか物足ものたりないっすねぇ。


「で、君は何をしてくれるのかね?」


 城蟻ディヴィクいかけると、またれいこわそうなアゴを打合うちあわせ、カチカチやりました。

 もちろん何にもわかりません。


「よろしく、だそうだ」


 アティシュリがやくしてくれます。

 もしかしてこれが任務にんむ報酬ほうしゅうなんでしょうか。

 ものすごぉくそんした気分きぶんです。


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