第18話 木々開花、良い!<5>

「ちょっと、これやばいんじゃないですか!」


 怒鳴どなったんですけど、空気くうき振動しんどうしていて、アティシュリに声がとどきません。

 振動しんどうはさらにはげしくなっていきます。

 声が届くように近づくと、アティシュリのつぶやきが聞こえました。


「まずいな……」


 アティシュリはヒュリアのそばにいき、彼女にむかって片手かたてをかざします。

 すると青い立方体りっぽうたいかべあらわれ、つくえごとヒュリアをかこんでしまいました。

 かべができたと同時どうじ室内しつない振動しんどうはおさまり、強烈きょうれつなエネルギーあつえました。


「えっ……? これって……。ヒュリアごと封印ふういんしてますよね?」


 予想外よそうがい事態じたいに、ちょいパニくってます。


「言ったはずだ。制御せいぎょできなければ封印ふういんするってよ」


魂露イクシル封印ふういんするんじゃないんですか?!」


理気力ツメバルムサルはヒュリアをとおして流出りゅうしゅつしてんだ。だから、あいつごとふうじるしかねぇだろ」


「そんな! ヒュリアは、どうなるんです!」


 あせってアティシュリにります。


「今のあいつは理気力ツメバルムサルにあやつられて、俺たちの声なんか聞こえちゃいねぇ。ちかづけば俺でさえはじきとばされちまう。俺にできることは、崩壊ほうかいにそなえて封縛陣ふうばくじんをはることだけだ」


「だから、ヒュリアはどうなるんですか!」


 封縛陣ふうばくじんの中にいるヒュリアは目だけでなく、はなみみからもながはじめています。

 じんの中の振動しんどう圧力あつりょくは、ますますはげしくなり、ふたたそとあふれ出してきました。


「ちっ、封縛陣ふうばくじん一層いっそうじゃ、やくに立たねぇな」


 アティシュリは質問しつもんこたえないまま、もう一度いちどヒュリアに向って手をかざします。

 すると封縛陣ふうばくじん二層にそうになり、振動しんどう圧力あつりょくおさまりました。


「さっきからヒュリアのこと聞いてるんですけど?! 聞こえてますかっ!」


「しつけぇぞ! 見りゃ、わかんだろ! たすからねぇよ!」


 思い怒鳴どなりつけられました。

 普通ふつうならドラゴンなんかにケンカを売ろうとは思いませんが、完全かんぜんにキレましたね。


「ふざけんなっ! じんけっ!」


駄目だめだ。解放かいほうされた理気力ツメバルムサル周囲しゅういのものをことごとく崩壊ほうかいさせる。その影響えいきょうは、どこまで広がるか予測よそくできねぇ。こいつをめるのは霊龍れいりゅうである俺の義務ぎむだ」


「いいから、けって!」


 アティシュリにつかみかかりました。

 アティシュリは僕をなぐりつけますが、全くいてません。

 まるめたテッシュをぶつけられたような感じです。

 ぎゃくに僕のパンチがアティシュリの顔面がんめんをとらえます


「そうか……、わすれてたぜ……。耶代やしろの中じゃ、てめぇへの攻撃こうげき無効化むこうかされるんだったな。だが、その程度ていどの力じゃ、俺はたおせねぇぜ」


 僕のパンチも、全然効ぜんぜんきいないみたいです。

 なぐり返されるわりに手首てくびをつかまれ、ばされました。

 かべにぶつけられたんですけど、まるでクッションに飛込とびこんだようで何のダメージもありません。

 すぐ立ち上がって、もう一度殴いちどなぐりかかります。


じんけっ!」


「しつこいぞ、アホ耶宰やさい!」


 よけられた拍子ひょうし封縛陣ふうばくじんそばたおれこんでしまいます。

 ひどい無力感むりょくかんおそわれ、たおれたままじんの中のヒュリアを見上みあげました。

 彼女はを流しながら必死ひっし錬換れんかんつづけています。


 四つんばいになって、名前をさけびながら封縛陣ふうばくじんかべを何度もたたきました。

 しかし応答おうとうはありません。


「ヒュリアぁぁぁっ!!!」


 両掌りょうてのひら封縛陣ふうばくじんに思い切りたたきつけ、絶叫ぜっきょうします。

 神様かみさまに、ヒュリアを助けてくれるようこころからおねがいしました。 


 そのときふいに、彼女の背後はいごにオレンジ色のひかりあらわれます。

 光は次第しだい人型ひとがたになっていきました。

 バシャルに来てはじめて出会であった、あのオレンジの人影ひとかげにそっくりです。


 人影はヒュリアの背中せなかにピッタリとりそい、両手りょうてをヒュリアの手の上にかさねました。

 オレンジの光は次第しだいうすれていき、姿すがたがはっきりわかるようになります。

 ボサボサのかみとヒュリアと同じ赤銅しゃくどう色のひとみ

 イケメンではないですが人のさそうな青年せいねんです。


「フェルハト……」


 アティシュリは呆然ぼうぜん青年せいねんを見つめ、ささやきました。


 フェルハトって、英雄えいゆうの人……?


 フェルハトはヒュリアにやわらかな声でかたりかけます。

 じんの中ははげしく振動しんどうしているのに、なぜか彼の声はしっかりと聞こえてきました。


落着おちついてね。いいかい、英気マナあやつろうとしちゃ駄目だめだよ。むしろ英気マナにお願いするんだ。どうか私ののぞみを聞いてくださいってね。そして自分じぶん身体からだ英気マナ明渡あけわたすんだよ」


 彼の言葉ことばとどいたのでしょうか、ひきつっていたヒュリアの顔が少しずつもと可愛かわいらしさを取戻とりもどしていきます。

 それにつれて封縛陣ふうばくじんの中をらしていた振動しんどうおさまっていき、しばらくすると完全かんぜんみました。

 ただつくえの上の魂露イクシルだけが、小さく振動しんどうつづけています。


「よくがんばったね。じぁあ、もうひと踏張ふんばりだ」


 フェルハトはヒュリアのかたに手をいて微笑ほほえみます。

 ヒュリアはだらけの顔でフェルハトを見上げ、かすかにうなずききました。

 振動しんどうみましたが、押さえつけるようなエネルギーあつは、まだおさまっていません。


「まずは、理気界ツメバルムダに行ってほしってごらん。そしてた道を戻るんだ。ただし大事だいじなことが一つ。星がとおった場所には光跡こうせきのこってるから、かえりはそれを辿たどるんだよ。さもないとまよって意識いしきが身体に戻れなくなってしまうからね」


 ヒュリアは再度さいど目をじます。

 理気界ツメバルムダに意識をおくったんでしょう。

 そしてながいようなみじかいような時間じかんあと、エネルギーあつは、だんだんよわまっていき、ついに何も感じなくなりました。


「うまくもどれたね」


 フェルハトはヒュリアの肩を、ポンポンとたたきました。


「あなたは……、どなた……、ですか……?」


 わずかに目を開けたヒュリアはいかけたんですけど、こたえを聞くまもなく、ガックリとうなだれてしまいました。

 気をうしなったんでしょう。

 僕はゆかにおでこをこすりつけ、こころそこから神様に感謝かんしゃしました。


 ホント、きた心地ここちがしないって、こんな感じなんですかね。

 あっ、ワンパターンだって言いたいんでしょ。

 良いんです。

 めげずに言わせてもらいます。

 生きてないんですけどねっ!


「シュリ、もうじんいても大丈夫だいじょうぶだよ」


 フェルハトがそう言うと、青い立方体りっぽうたいかべ一瞬いっしゅん消失しょうしつしました。


「フェルハト……、お前、あのに行ったんじゃねぇのか」


 アティシュリにたずねられ、気まずい感じで首をさするフェルハト。

 なんかイメージとちがいますね。

 ドラゴンをえる力を持ってるっていうから、もっとこうイケメンで俺様おれさまキャラを想像そうぞうしてたんですが、親戚しんせきのあんちゃんみたいな感じです。


「いやそれがさ、死んだあと理気界ツメバルムダつかまってねむってたみたいなんだよね。このが来たおかげで目がめてさ」


「まったく……、お前は、いつも予想よそうななめ上を行きやがるな」


 アティシュリの目があかくなってます。

 いてんのか?

 泣いてんよね?

 意外いがいとカワイイとこあるじゃん。


「僕が死んでから、どのくらいったの?」


「1000年以上ねんいじょうだ」


「うわっ、そんなにてたのかぁ。じゃあほかのみんなも死んじゃったよね?」


「ああ、そうよ。フゼイフェも、アイダンも、エフラトンも、そしてビルルルも、みんなっちまった」


「そっかあ……、僕が死んで、ビルルル、平気へいきだったかな?」


「なわけねぇだろうが。あいつはお前の死んだ後、ひどくちこんで200年近ねんちか消息不明しょうそくふめいになっちまったんだぞ」


「そうなんだ……。なんかこう、わらっておわかれ、みたいな感じかと思ったけど」


「あいつだって一応いちおう女だ。生涯しょうがい唯一ゆいつれた男が死ねば、そうなっても不思議ふしぎじゃねぇだろ」


 フェルハトとビルルルって付合つきあってたの?!


「いやぁ、悪いことしたなぁ。もう一度ビルルルにって、あやまれればいいんだけど。――まあ、あっちで会えるかな」


 そう言っているうちにフェルハトの姿すがたは、どんどんうすくなって今にもえそうです。


「でもとにかく、君の顔が見れて良かったよ、シュリ」


「俺もだ」


「そろそろ、出発しゅっぱつの時間みたいだ」


 フェルハトはうすくなった自分を見て、苦笑にがわらいをかべます。

 あの世に行くってことなんでしょう。

 そうなる前に、気になってたことを聞かないと。


「あの、フェルハトさん、ヒュリアを助けてくれて、ありがとうございました」


 けげんな顔で僕を見るフェルハト。


「君は……、えーと……、真黒まっくろだけど、何?」


「いや、そこは気にしないでください。――あなたがいなければ、ヒュリアもここら一帯いったい全滅ぜんめつしてたかもしれません。ホント、ありがたきしあわせにそんじますぅ、ははぁ」


 両腕りょううでを頭の上にあげて、土下座どげざします。


「あは、なんか面白おもしろいね、君。――もしかして耗霊もうりょうかなんか?」


「はい、耗霊もうりょう耶宰やさいです。耶宰やさいと言ってもナスやゴボウじゃありません。おっと、余計よけいなことは良いんです。――フェルハトさん、以前いぜん、僕に手をってくれませんでしたか?」


「君に手をったかって? 今初いまはじめて会ったと思うけど……。それに僕、ずっと理気界ツメバルムダにいたし」


「ああ、そうでしたね」


 あれはフェルハトじゃなかった?

 じゃあ一体誰いったいだれなんでしょう。


「それじゃ、シュリ」


「ああ、またな」


 あとでまた会おうぜ、みたいなノリでフェルハトは消えていきました。

 アティシュリはフェルハトが消えたあたりをずっとながめています。

 1000年ぶりの友人ゆうじんとの再会さいかいですから、感慨深かんがいぶかいものがあるんでしょうね。 


「あれがフェルハトさんですか。なんか威厳いげんいというか、かるいというか」


「言っただろ、お調子者ちょうしものだってよ。だが、世界最強せかいさいきょう戦士せんしであることは間違まちがいねぇ。おそらく今もって、あいつをえる戦士せんしはいねぇだろうさ……」


 旧友きゅうゆうに会えて満足まんぞくそうなアティシュリ。

 ほっこりしかけましたが、さっきまでのことを思い出しました。

 このままじゃ、ませませんよ。

 言うことは、言っとかないと。


「アティシュリさん、のこ二日分ふつかぶんのキャラメル、あれ、無しですから」


「何をぅ?!」


 ってくるアティシュリ。


「ヒュリアと僕をひどい目にあわせておいて、自分だけキャラメルがべられると思ったら大間違おおまちがいです」


「ちょっ、てよぉ、そりゃねぇだろ。俺は霊龍れいりゅうとしての義務ぎむをだな……」


「はい、この話はわりです」


「お、おい、そんな理不尽りふじんなっ!」


 完無視かんむしして、気をうしなっているヒュリアに治癒術ちゆじゅつをかけました。

 そしてかかえ上げてベッドへとはこびます。


「キャ、キャ、キャラメルぅぅぅっ!」


 うしろからアティシュリの絶叫ぜっきょうが聞こえました。

 よぉく、反省はんせいしてもらわんといけません。


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