第17話 木々開花、良い!<4>

「そうだ。魔導まどう修練しゅうれん霊核ドゥルに入ったとき、魔導師まどうし導迪デレフにばかり気をとられて、理気界ツメバルムダ上空じょうくうをくわしく見ねぇだろう。まあ、もともと何もぇから、さがしても意味いみがねぇけどな。だが、アトルカリンジャは違うぜ。お前らは理気界ツメバルムダ導迪デレフだけでなく、赤銅しゃくどう色にかがやく星を持つんだ。フェルハトはそれを『導星アイフェイオン』とんでいた」


導星アイフェイオン……」


導星アイフェイオン赤銅しゃくどう色のひかりはなっているが、かなりちいせぇ。だから注意ちゅういして探すんだぜ。星を見つけたら、意識いしきをそこにばせ。それで星にれる。乗ったら、意識を上へけろ。そうすれば星はお前を乗せてのぼってくだろう。星はお前がのぞむままにうごくから、そのまま究極きゅうきょく領域りょういきすすめばいい」


究極きゅうきょく領域りょういきとは、どんなところなんでしょう」


「さあな、俺にはわからねぇよ。フェルハトも、よくわかってねぇようだった。ただむかしから、おおざっぱなことはつたわっててな。フェルハトが行ったのは、お前とは逆方向ぎゃくほうこう天位半球ユストユルクレ究極領域きゅうきょくりょういきだ。そこは四層よんそうかれていて、最高さいこう領域りょういきは『至域ジヴヘル』と呼ばれている。一方、お前が行くべき地位半球アルトユルクレ究極領域きゅうきょくりょういきも四層に分かれていて、そこでの最高は『玄域ギリシュ』とされている。つまり目指めざすべきは、その玄域ギリシュってこった」


玄域ギリシュ……」


玄域ギリシュ到達とうたつすりゃ、魂露イクシルつくるために必要ひつようなことは考えなくてもわかるはずだ。ただし、さきに言っとくぜ。星に乗って領域りょういき境界きょうかいえるたびに、強烈きょうれつ反動はんどうおそわれる。それと、玄域ギリシュじゃ、えずつぶされるほどの圧力あつりょくを受けるだろう。それにけんなよ。負ければお前は自意識じいしきうしない、死ぬことになる」


「わかりました」


「もう一つ重要じゅうようなことがある。魂露イクシルつくえたら、少しでも早く星をもと位置いちもどすんだぞ」


「戻さないと、どうなるんでしょう」


「フェルハトが死んだのは、至高しこう亢躰こうたい術を長く使いすぎたせいで、星を元の位置に戻さなかったからだと俺は考えている。だから、導星アイフェイオン至域ジヴヘルから、いつまでも理気力ツメバルムサル引出ひきだつづけちまった。そのおかげで、やつの霊核ドゥル肉体にくたいえられなくなり崩壊ほうかいしたんだ……」


 アティシュリは立ち上がり、ヒュリアの心臓しんぞうのあたりに人差ひとさゆびをつきつけます。


「――いいか、お前にとっての“死地しち”は二つある。一つ目は、星とともに玄域ギリシュむかうときだ。そこでは意識いしきうしなって戻れなくならないように気をつけろ。二つ目は、魂露イクシル錬換れんかんするときだ。お前は、出来できかぎ短時間たんじかん魂露イクシルつくり、星を元の位置に戻せ。さもないとさっき言ったとおり、無限むげん理気力ツメバルムサルがあふれて、お前だけでなく、この耶代やしろ周辺一帯しゅうへんいったいが、崩壊ほうかいすることになる。この二つをきもめいじとけ」


「はい、御教示ごきょうじありがとうございます」


 ヒュリアは、またふかく頭を下げました。


ねんを押すけどよ、お前、本当ほんとうにやるつもりなのか。成功せいこうする確率かくりつは、かなりひくいぞ」


「それでもやりたいんです。これが私の宿命しゅくめいだと感じるんです」


 アティシュリはそれ以上いじょう何も言わず、かたをすくめました。

 そのあと、ヒュリアは僕にまで頭を下げます。


「ツクモ、私のわがままをゆるしてくれるか?」


 ヒュリアなりの誠意せいいなんでしょう。


「僕に頭なんか下げなくていいよ。僕と耶代やしろは、どんなときでも君にしたがうさ」


「ありがとう」


れいなんかいいよ。――君と僕のなかだろ」


 ふふふっ、とうとう言っちゃいました。

 はずかしっ!

 ヒュリアが太陽たいようのようにわらいます。


 その後すぐに、ヒュリアのつよ希望きぼう錬成室れんせいしつ直行ちょっこうすることになりました。

 今すぐやらなくても良いんじゃない、って言ったんですが、ぜんいそげみたいなノリのヒュリアはまりません。


 錬成室れんせいしつは、なんらかの異変いへんがあってもいいように、衝撃しょうげきつよく、耐火性たいかせいも高く作られていて、よほどのことがないかぎこわれることはないらしいんですが……。

 大丈夫だいじょうぶかなぁ。

 ちなみに、耶代やしろ錬成室れんせいしつ最初さいしょからあったのは、ビルルルが使ってたからみたいです


「そんじゃあツクモ、一人用ひとりようつくえ椅子いす、それと酒盃しゅはいに水を用意よういしろ」


 一通ひととおり錬成室れんせいしつ見渡みわたし、アティシュリが指示しじしました。

 『倉庫そうこ』には一人用ひとりようつくえかったので、耶代やしろ機能きのうである『工作こうさく』で作ることにします。

 ちなみに『工作』の説明せつめいはこんな感じです。


調理ちょうり裁縫さいほう機能以外きのういがいで物をつくるときにつかうもの。記憶きおくにある物品ぶっぴん製法せいほうを知る物品を具現化ぐげんかすることができる。ただし材料ざいりょうが必要である』


 一人用ひとりようつくえ具現化ぐげんかした後、椅子いす酒盃ゴブレットを『倉庫そうこ』から出して、そろえます。

 そして最後さいご酒盃ゴブレットを水でたして準備完了じゅんびかんりょうです。


 早くてたすかるみたいなめ言葉を待ってましたが、アティシュリは僕を無視むししてヒュリアに話しかけます。

 められてびるタイプなのよぉ……。


「――ヒュリア、お前は錬金術れんきんじゅつを、どの程度ていど使えんだ?」


じつはまだ『錬丹れんたん』の技しかできません。何度なんどか『錬成れんせい』に挑戦ちょうせんしたのですが、いつも途中とちゅうで『錬成陣れんせいじん』がこわれるんです」


「だが、とりあえず、錬成陣れんせいじんは作れんだな」


「はい。師匠ししょうからは陣結じんけつが弱いと、いつもしかられていましたけど」


仕方しかたねぇさ。導迪デレフぇお前に、強い錬成陣れんせいじんれるわけがねぇんだからよ。――たぶん玄域ギリシュ到達とうたつすりゃあ、自然しぜん錬成陣れんせいじんも強くなると思うが……。覚束おぼつかねぇな」


 はい、ここで『おしえて、アティシュリ先生せんせい第三弾だいさんだん!』です。


 『錬成陣れんせいじん』とは、練丹れんたん錬成れんせいを行うときに必要なバリアみたいなものです。

 『陣結れんけつ』とは、錬成陣れんせいじん耐久力たいきゅうりょくのことです。


 『錬丹れんたん』とは、おも薬品やくひんなどつくるための技で、理気力ツメバルムサルを多く必要としません。

 『理気力ツメバルムサル』とは、恃気エスラル英気マナをまとめた呼び方です。


 『錬成れんせい』は、金属きんぞくなどを精製せいせいしたり、融合ゆうごうさせたりするもので、錬丹れんたんちがって多くの理気力ツメバルムサルを使います。

 錬金術師れんきんじゅつは、錬丹れんたん錬成れんせいを行うとき、影響えいきょうが外にもれないように、錬成陣れんせいじんを使うことがもとめられているそうです。


 導迪デレフくても霊器れいきには、わずかな恃気エスラルが流れこんできます。

 アティシュリ先生の推測すいそくだと、その程度では強い魔導まどうは使えませんが、導星アイフェイオンのおかげで、少量しょうりょう恃気エスラルでも錬成陣れんせいじんを作る能力がヒュリアにあたえられてるんだろうってことでした。


「いいか、魂露イクシルには特別とくべつ材料ざいりょうは、いらねぇ。必要なのは一杯分いっぱいぶんの水だけだ。お前はこれから至高しこう錬成れんせい術を使い、ただの水を魂露イクシルへと変えることになる。ビルルルはこの技を『錬換れんかん』と呼んでいた」


錬換れんかん……」


「もう一度いちど言っとくぜ。お前はそのとき生じる膨大ぼうだい理気力ツメバルムサル制御せいぎょし、さらに錬成陣れんせいじんこわれねぇようにしなきゃなんねぇ」


「はい」


「もし、魂露イクシルに必要な錬換れんかんえる前に、錬成陣れんせいじんが壊れちまったら最初さいしょからやりなおしだ。そして、お前が力を制御せいぎょできなくなったら、外に力があふれねえように、俺が『封縛陣ふうばくじん』で封印ふういんする」


封縛陣ふうばくじんて何なんすか?」


 アティシュリ先生は面倒めんどくさそうに説明せつめいしてくれました。


 もともと錬成陣れんせいじん封縛陣ふうばくじんも『画陣がじん術』という魔導まどう術法じゅつほうの一つです。

 簡単かんたんに言うと、対象たいしょう恃気エスラル障壁しょうへきかこむというものです。

 じつは『結界けっかい』も『結界陣けっかいじん』という画陣がじん術の技の一つなのでした。


 つまり封縛陣ふうばくじんは、まわりに悪影響あくえいきょうおよぼすものやてき障壁しょうへきかこんでふうめる技ってわけです。


「本当に大丈夫なんすか。ヒュリアは錬成陣れんせいじんも、ちゃんと使えてないんでしょ?」


「だからよ、駄目だめなら俺が封印ふういんするって言ってんだろうが」


 まあ理気力ツメバルムサルがあふれても、ドラゴンがふせいでくれるなら、なんとかなるんでしょう。

 不安ふあんのこりますが、りゆきを見守みまもることにします。


 ヒュリアは椅子いすすわり、つくえの上にある酒盃ゴブレット前にして目をじます。

 そして何度なんど深呼吸しんこきゅうをしたあと、きゅうしずかになりました。

 呼吸こきゅうおとさえ聞こえないほどです。


「――だまってろ!」


 心配しんぱいになって声をかけようとした僕を、アティシュリがさえぎります。


 その後、かなり長いあいだ、ヒュリアはほとんど身動みうごきをしませんでした。

 しかしあるときさかいに、まがまがしい赤い稲妻いなづまが彼女の全身ぜんしんおおうように走りはじめます。

 赤い稲妻いなづまが走るたび、ヒュリアは苦痛くつうえているようでした。


 あたふたする僕を、アティシュリがたしなめます。


「ヒュリアをしんじろ。今あいつは、領域りょういき境界きょうかいえている最中さいちゅうだ。もし、ここで中途半端ちゅうとはんぱにひきもどせば、あいつの精神せいしんにひどい悪影響あくえいきょうが出るかもしれねぇぞ」


「でも、失敗しっぱいしたら、そのまま意識いしきが戻らないんでしょ?!」


「まあ、そうだ」


 行くも地獄じごく、戻るも地獄じごくってやつですね。


「ああっ! もう、本当に! なんでこんなことになったんだっ!」


 もちろん振動しんどうする水のことを聞いたせいです。

 もとはと言えば全部ぜんぶ僕がわるいのです。

 ごめんよ、ヒュリアぁぁ……。


 僕の後悔こうかいをよそに、突然とつぜん、ヒュリアが目を開きます。

 なんとか無事ぶじ玄域ギリシュにたどりつけたのでしょうか。

 ちょっとだけ安心あんしん


 ヒュリアは酒盃ゴブレットの上に、すばやく両手りょうてをかざします。

 かざした手が薄紫うすむらさき色に光ると、酒盃ゴブレットの周りをかこむようにピラミッドがた薄青うすあおい光のかべあらわれました。

 たぶん、あれが錬成陣れんせいじんなんでしょう。


「よし、最初さいしょの山はえたな」


 アティシュリもホッとしてるみたいです。


「意識をうしなわないでんだんですね」


「ああ、だが本番ほんばんはこれからよ」


 唐突とうとつに、ヒュリアの両手から赤いひかりつぶ無数むすうあらわれ出します。

 光の粒は錬成陣れんせいじんの中へ入っていき、酒盃ゴブレットの水に吸込すいおまれてはえていきます。

 そして消える寸前すんぜん、赤い光を放射ほうしゃして、はげしくかがやきました。

 それが何度もり返されると、次第しだい酒盃ゴブレット振動しんどうし始めます。


 振動しんどう同時どうじにヒュリアから強烈きょうれつなエネルギーあつ発生はっせいし、僕を圧迫あっぱくしてきました。

 なまりきつけられたように身体からだおもいです。 


 一方いっぽう振動しんどうほう錬成室れんせいしつ全体ぜんたいらします。

 振動しんどう次第しだいに大きくなり、室内しつないにある器具きぐたおれたり、ゆかちたりしました。


 錬換れんかんつづけるヒュリアの顔は、キツネみたいにひきつり、いつのまにか目から真赤まっかなみだながれ出しています。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る