第16話 木々開花、良い!<3>

べつちから……? ビルルル様も私とおなじアトルカリンジャだったんですか」


「いいや、あいつのひとみふか緑色みどりいろだったぜ。たぶんあの小憎こにくらしい変態女へんたいおんなは、俺たち霊龍れいりゅうも知らないような力を持ってたにちがいねぇ。――まあ、アトルカリンジャであるお前とビルルルとじゃあ、やりかたちがうから、あいつの話は参考さんこうにならねぇよ」


「そうですか……」


 しかしビルルルって何者なにものなんでしょう。

 サフってことはライトエルフなんでしょうけど、それだけじゃおさまらない感じです。

 アティシュリの視線しせんが、今度こんどは僕にけられました。


耶代やしろに『倉庫そうこ』って機能きのうがあるだろう。てめぇはなんなしに使ってるがな、そいつは物凄ものすげぇしろものなんだぜ」


「は、はあ」


 よくわからないんで、一応いちおう返事へんじだけしときます。


魔導まどうには『三大禁忌さんだいきんき』ってぇのがある。『時間じかん』、『空間くうかん』、『存在そんざい』だ。魔導師まどうしは、この三つにれることはできねぇとされてる。たとえば『時間じかん』についてだが、もし自分以外じぶんいがいの『時間』を魔導まどうめることができたらどうだ? 何でもやりたい放題ほうだいだろ。だがよ、『時間』てのは自分一人じぶんひとりだけのもんじゃねぇ、世界せかいすべてに関与かんよするもんだ。つまり『時間』をめるってことは、全世界ぜんせかいながれを止めるってことになる。一人ひとり魔導師まどうしに、そんな力あるはずかねぇ。ありえねぇ話だ。――そんなことができるのはかみだけよ」


 なんかSFっぽくなってきました。


「で、『倉庫そうこ』のことだが、これは三大禁忌さんだいきんきのうちの『空間くうかん』の禁忌きんきおかしてやがるのさ。『空間』は世界の外側そとがわひろがる背景はいけいで、世界の内側うちがわ存在そんざいするものが手をくわえることはできねぇはずなんだ。それをあいつは、穴倉あなぐらでもつくるみてぇな感覚かんかく空間くうかんあなけて、物置ものおきにしちまいやがった。まったくぶっとんでやがる。――あんっ? まてよ。そう言やあ、何でてめぇが『倉庫そうこ』を使えてんだ?」


「えっ?」


「すっかり見落みおとしてたぜ。そもそも、ビルルル以外いがい魔導師まどうし耶代やしろ儀方ぎほうほどこしたんなら、『倉庫そうこ』が使えるわけがねぇ。『倉庫そうこ』は普通ふつう魔導師まどうし手出てだしできるもんじゃねぇんだ」


 耶卿やきょう登録とうろくをしたとき、前の耶代やしろ設定せってい引継ひきついだことをちあけます。


「てめぇの話をしんじるなら、耶代やしろ勝手かってに、自分の複製ふくせい保存ほぞんしてたってことになる。ジネプにそんなことをする知恵ちえはねぇ。だとすりゃあ、ビルルルが死ぬ前から、耶代やしろ意志いしを持ってたってぇのか?――ツクモ、てめぇの霊器れいきはどこにある?」


「『倉庫そうこ』の中ですけど」


「てめぇが中に入れたのか?」


「いいえ、最初さいしょから『倉庫そうこ』の中にありましたよ」


「ちっ、話をけば聞くほど、わけがわらなくなるぜ。『倉庫そうこ』には耶宰やさいしかはいれねぇ。前の耶代やしろ機能きのう引継ひきついだってぇなら、『倉庫そうこ』も前の状態じょうたい継承けいしょうしたってことになる。だとすりゃてめぇの霊器れいきを『倉庫そうこ』に入れたのは、ジネプってこったが……。耶代やしろ儀方ぎほうほどこすには霊器れいき必要ひつようだ。それにゃあ霊器れいきを『倉庫そうこ』から出さなきゃならねぇ……」


 今度こんどはミステリーかよ。


「てめぇが耶宰やさいになるまで『倉庫そうこ』にあった霊器れいきに、一体いったいだれが、どうやって耶代やしろ儀方ぎほうほどこしたってんだ……?」


 頭をかきむしったアティシュリはまた、むずかしい顔してかんがえこんでしまいました。


「ツクモ、耶代やしろの『任務にんむ』とは、私と君にとって、どういう意味いみをもつんだ?」


 ヒュリアの真剣しんけんなまなざし。

 うつくしい……。

 心臓しんぞうがドキドキ、いや、ボロボロくずれそうです。

 おっと、いかん、いかん。

 僕も真面目まじめ返答へんとうしなきゃいけません。


「――君に耶卿やきょうになってくれっておねがいしたとき言ったよね、僕と耶代やしろは君の味方みかたになるって。あれはけっして言葉ことばだけのことじゃないんだ。君が耶卿やきょうになった時点じてんで、君ののぞみが耶代やしろの目的として銘記めいきされたんだよ。皇帝こうていになってくにもどすってさ」


「私ののぞみが……耶代やしろ銘記めいきされた……」


耶宰やさいである僕と耶代やしろ存在意義そんざいぎは、耶卿やきょうである君ののぞみをかなえることだ。だから正直しょうじきなところ、耶代やしろが言ってくる任務にんむ指示しじ全部ぜんぶ、君ののぞみの達成たっせいにつながっているんだと思う。――でもね、だからっていのちまでかけることはないよ。そんな危険きけんな『任務にんむ』をこなさなくたって、きっとべつ方法ほうほうがあるさ」


 ヒュリアは首をかたむけて、かなしげに微笑ほほえみます。


「別の方法……? それは何だ……。耶卿やきょうになって10日以上かいじょうになる。世界から拒絶きょぜつされたいだった私が、今では衣食住いしょくじゅう不自由ふじゆうすることもなく、平和へいわおだやかな日々ひびごせた。こんなのんびりした生活せいかつに、あこがれる自分じぶんもいる。だが……」


 ヒュリアの表情ひょうじょうが、みるみるくらいかりにちたものへとわっていきます。


「――私のこころ毎日まいにちほのおかれている」


 そのいかりは、けっしてはなれることがない自身じしんかげのようにヒュリアにまとわりついているのです。


「私をたすけ、いのちとした人達ひとたちかおがいつもこころからはなれない。彼らは私にかならのぞみをかなえろと言ってくれた。だから私は一刻いっこくでもはやく、そのみちを見つけださなければならない。――私は皇帝こうてとなるまで、やすらいだ生活せいかつなどもとめてはならないんだ!」


 ヒュリアのこぶしが、テーブルにたたきつけられます。

 彼女の顔が、般若はんにゃめんように見えました。

 あの可愛かわいらしくうつくしい顔が、そんなふうに見えるなんて……。


 僕は今まで何をしてきたんでしょう。

 味方みかたになると言っておきながら、知らないうちにヒュリアを本当ほんとうのぞみからとおざけてしまっていたってことでしょうか。

 でもヒュリアは気持きもちをおさえて、能天気のうてんきな僕につきあってくれていた……。


 それに気づかぬふりをして、ヒュリアとのらしをたのしんでいた自分が、心のどこかでヘラヘラとわらっています。

 自分勝手じぶんかってに、彼女が平和へいわたのしくいられることが、一番大事いちばんだいじだと思いこもうとしていたんです。


 でも、間違まちがいでした。

 ヒュリアのおそろしい表情ひょうじょうが、それを物語ものがたっています。

 平和へいわやすらいだ生活せいかつのそんでいたのは、彼女ではなく“僕”の方でした。

 彼女にとっては、それよりも、自分をたすけて死んでいった人のおもいにこたえること、そして皇帝こうていになることの方が大事だいじなのです。


 だからといって、やっぱりヒュリアを危険きけんな目にあわせたくはありません。

 たとえ軟弱者なんじゃくもの罵倒ばとうされ、平手打ひらてうちされたとしてもです。


「ヒュリアは『一壇バチカル』をえることがこわくないの。死ぬかもしれないよ。それに死んだら僕みたいな地縛霊じばくれいになるかもよ」


「もちろんこわいし、死にたくもない。だが、やってみたい。やりたい。皇帝こうていになるためのあしがかりが、わずかでもあるのなら、いのちをかけてでも挑戦ちょうせんしたい。そしてまっている今の状況じょうきょうやぶりたいんだ」


 ふいに、うらやましいような、さびしいような気持きもちがき上がります。

 きているとき、命をかけるほどのものに僕は出会であえませんでした。


「そっか……、だよねぇ……。君がそこまで言うなら、僕にはめられないし、止めるだけの力も持ってない。どうせ役立やくたたずの、がっかり地縛霊じばくれいだからね……」


「ツクモ、君をめてるわけではないんだ、ただ私は……」


「いいの、いいの、僕のことはどうでもいいの。ヒュリアがどうしたいかが問題もんだいなんだからさ」


 なんだかきたくなってきました。

 平和へいわボケした自分のかんがえをヒュリアに押付おしつけて……。

 それが彼女にとってのしあわせだと勝手かってめつけて……。


 黎女れをなのときも、そうだったっけか。

 ほんと、むかしから駄目だめだな、僕は……。


耶代やしろってやつはよ……」


 だまって聞いていたアティシュリが口をひらきます。


「――主人しゅじんである耶卿やきょういのち危険きけんにさらすことは絶対ぜったいにねぇとビルルルは言ってたぜ。だからその『任務にんむ』とやらが、ヒュリアの命をうば結果けっかまねくとは思えねぇ。まあ、この耶代やしろはビルルルのもんじゃねぇから、信憑性しんぴょうせいけるかもしれねぇがな」


 そうであってしいです。


「アティシュリ様、至高しこう錬金術れんきんじゅつおこなう方法を御教おおしえください」


 ヒュリアは立上たちあがり、ふかく頭をげました。


「フェルハトからの又聞またぎきでいいなら、おしえてやるよ……」


 そう前置まえおきして、アティシュリは説明せつめいはじめました。


 霊核ドゥルは、霊魂れいこんのある場所ばしょというだけでなく、理気界ツメバルムダへの入口いりぐちでもあるそうです。

 そのため、魔導師まどうしが自分の意識いしき霊核ドゥルの中に入れるとことは、魔導まどう修練しゅうれんはじめるためにかせない準備段階じゅんびだんかいなのです。


 霊核ドゥルの中では、薄青うすあおい世界と透明とうめい大地だいち、そして巨大きょだいしろ導迪デレフが、“”のように上にかってびているのを見ることができます。


 一方いっぽう透明とうめい大地だいちしたをのぞくと、白い導迪デレフの180度の真下ましたくろ導迪デレフがあり、薄赤うすあかい世界を下に向って“”ように伸びているのが見えます。


 まとめると、透明とうめい大地だいちをはさんで、上半分うえはんぶん薄青うすあおい世界と白い導迪デレフが、下半分したはんぶんには薄赤うすあかい世界と黒い導迪デレフがあるというわけです。


 薄青うすあおい世界である天位半球ユストユルクレから、薄赤うすあかい世界である地位半球アルトユルクレわたるとき、魔導師まどうし水中すいちゅうはいるように透明とうめい大地だいちもぐります。

 するとてん逆転ぎゃくてんするのです。

 つまり今度こんど透明とうめい大地だいちの下に、薄青うすあおい世界と白い導迪デレフを見ることになります。 


 恃気エスラルを使う魔導まどう修得しゅうとくするには通常つうじょう薄青うすあおい世界の白い導迪デレフそば意識いしきき、それが上に向ってびていくように修練しゅうれんします。

 ちなみに、意識いしき導迪デレフれると、自分の魔導まどうつよさや種類しゅるい導迪デレフが伸びることで将来獲得しょうらいかくとくできるわざなんかがかり、今後こんごどう修練しゅうれんするかの目安めやすにすることができるそうです。


 修練しゅうれん方法ほうほう目的もくてきは、薄赤うすあかい世界であっても変わりません。

 魔導まどうには恃気エスラルだけでなく、ある程度ていど英気マナ必要ひつようになりますので、それを使えるようにするには、黒い導迪デレフを下に伸ばしていくように修練しゅうれんをするわけです。


「だがこいつは、普通ふつう魔導師まどうしのやりくちよ。導迪デレフ切断せつだんされてるお前のやることはまった別物べつもんになる」


 アティシュリの表情ひょうじょう言葉ことば威厳いげんちています。

 まさに世界の守護龍様しゅごりゅうさまって感じです。

 いつでもこうなら、もうすこ尊敬そんけいできるんですけどね。


「――お前のやるべきは、天位半球ユストユルクレから地位半球アルトユルクレわたったあと、その上空じょうくうほしさがすことだ」 


「星……ですか……?」


 ヒュリアは、まゆをひそめます。

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