第15話 木々開花、良い!<2>

「しかし、どこのどいつがよりにもよって、この場所に耶代やしろ儀方ぎほうほどこしやがったんだろうな……」


 アティシュリが、グチりだしました。


「ビルルル様が、ほどこした以前いぜん耶代やしろ儀方ぎほうは、今とはちがうものだったんですか?」


 ヒュリアが、つきあってくれてます。


屋敷やしきたようなもんだったぜ。こんな丸太小屋まるたごやでよ。だが耶宰やさい随分ずいぶん違ってたな。前のやつは、こんな真黒まっくろなアホじゃなく、ひんの良い女でよ」


 真黒なアホ?

 アホのうえに腹黒はらぐろ、みたいに聞こえるぞ。


「女性の耶宰やさいだったんですか」


「ああ、そうだ。なんでも森の中でくびつって自殺じさつしたらしい。で、あのに行けずに近くを彷徨さまよってたとこを、ビルルルに召喚しょうかんされたみてぇだ。品が良くて気もいたんだが、死んだときのなわ後生大事ごしょうだいじに首にきつけてるのが、たまにきずでよ。名前はたしか、ジネプだったか」


「ビルルル様は、いつごろくなられたんですか?」


「だいたい150年ぐれぇ前に、西の大陸たいりくで死んだはずだ。生きてるうちに西の大陸を観光かんこうしてぇとか言って出て行って、それっきりよ。ただ本当ほんとうのところは俺にも分からねぇ」


「その後、耶代やしろはどうなったんでしょう?」


耶代やしろか……。ビルルルは、自分に何かあったとき、なかの良いジネプをのこしていくのはいやだったみてぇで、ジネプの霊器れいき呪印じゅいんをかけてった。自分が死んだら、霊器れいきこわれるようによ。あいつがたびに出たあと、しばらくしてここにったら、霊器れいきこわれてて、ジネプがえてたんで、ビルルルが死んだって分かったわけだ」


 呪印じゅいん儀方ぎほうは、“特定とくていもの”に対して、自分の意志いしをこめるじゅつらしいです。 


「だが、俺はそっからの対応たいおう間違まちがっちまってな。ジネプがいなくなったんで、耶代やしろも、ただの丸太小屋まるたごやもどったと思いこんで、ほったらかしにしちまったんだ。ところが、耶代やしろほうは、まだ生きのこってやがった」


「生き残る?」


「うまい言い方がみつからねぇから、そう言うことにしとくわ。――とにかくだ、生き残った耶代やしろ勝手かって色々いろいろやりはじめやがった。『倉庫そうこ』に物をためんだり、周囲しゅうい生物せいぶつから恃気エスラル英気マナうばったりしてよ」


 家事かじをすることもわすれて、アティシュリの昔話むかしばなしに聞きってしまいました。


「――周囲から恃気エスラル英気マナを奪うってのは、耗霊もうりょうとやりくちが同じだ。奪われた者は、精神せいしんんだり、病気びょうきになって、下手へたすりゃあ死んで、自分も耗霊もうりょうになっちまう。奪った方は、どんどん成長せいちょうして、より広範囲こうはんいから、さらに奪うようになる。耶代やしろ耗霊もうりょうにおいを感じたんで、丸太小屋まるたごやきつくすことにしたってわけよ」


「では、屋敷が焼けていたのは、アティシュリ様の御業みわざだったのですね」


「ああ。だがよ、すこしばかりおそすぎてな……。耶代やしろが、周囲の恃気エスラル英気マナを奪ったせいで、ヤルタクチュがおかしくなっちまった。まさか、あんな人喰ひとくいになるとはな……。ビルルルが生きてるころは、七色なないろの花がうつくしい『妖樹ようじゅ』だったのにな」


 『妖樹ようじゅ』とは普通ふつうとは違う、特殊とくしゅな力を持った植物しょくぶつのことを言うみたいです。


「ヤルタクチュが美しい花を?」


「あいつは、かなり前に絶滅ぜつめうした古代妖樹こだいようじゅ一種いっしゅだ。ロシュのふる都市としブズルタの宝庫ほうこに、たった一つ残っていたたねをビルルルが見つけて、苦労くろうしてそだてたんだよ。美しい花を見るため、それと屋敷を守らせるためにな。――ヤルタクチュが芽吹めぶいて、かぶえて、ようやく花が咲いて。本当に美しい場所になったんだぜ……。だからビルルルは、ここを『チェチェクリバチェ』ってんだんだ」


「チェチェクリバチェ……、ウガリタですね。どういう意味いみなんでしょう?」


「『花咲乱はなさきみだれるその』ってこった」


 ん? 

 ちょっとって。

 今、スルーできないことを言いましたよね。


 すぐに羅針眼らしんがんを立ち上げて、『備考びこう』を確認かくにんします。

 そして、あるヒントを見つけました。


花咲乱はなさきみだれるもりにもどすには、振動しんどうする水をあたえる』


 “森”と“園”はちがってますが、ヤルタクチュの森なんだから同じってことでしょ。

 だとすれば、このヒントが任務にんむ達成たっせいするためのかぎになるかもしれません。


「あのぉ、ちょっといいですかねぇ」


「なんだ、なんだ、またでたな、おまえのその感じ。いや予感よかんしかしねぇぞ」


 うさんくさそうに僕を見るアティシュリ。


じつはですねぇ、耶代やしろからヤルタクチュを無力化むりょくかしろって催促さいそくされてまして……」


耶代やしろ催促さいそくだとぉ……、またおかしなことを……」


「ヤルタクチュを無力化むりょくかとはどういうことなんだ、ツクモ」


 ヒュリアが首をかしげてます。


「うん、僕もよくわからないんだけど、絶滅ぜつめつさせるなっていう条件じょうけんがついているから、ころさずに、大人おとなしくさせることなのかなとは思うんだけど……」


絶滅ぜつめつさせずに無力化むりょくかか……、かなりむずかしい話だな。あれだけの力を持った植物しょくぶつだ、しかも屋敷のまわりをかこむようにある。こちらはつね監視かんしされているのも同然どうぜんだ。何かするにしても、すぐ見つかってしまうだろう」


「うん、それに僕は耶代やしろ敷地しきちからは出られないから、できることがほとんど無いんだよねぇ」


「ふん、そりゃあつまり本来ほんらいのヤルタクチュに戻せばいいってことだろうぜ。もともと、人なんかわねぇ、友好的ゆうこうてきなやつだったんだ……」


 アティシュリはむかしを思い出すように目をじ、首をかるりました。

 なるほど、ヒントにも『花咲乱はなさきみだれるそのに“もどす”には』って書いてありますもんね。


方法ほうほうをご存知ぞんじじゃありませんかねぇ」


「知るかよ」


 うーん、さすがの霊龍れいりゅうでも知らないかぁ。

 じゃあやっぱりこの『振動しんどうする水』ってのが、鍵なんでしょうか。

 ただ、ヒントを口外こうがいすると自主規制じしゅきせいにひっかかるっていう注意書ちゅういがきが、気になるんですよねぇ。


 大丈夫だいじょうぶかなぁ……。

 なんかわるいことがきないといいけど。

 でもほかにやりようがないし。

 とりあえず聞いてみることにします。


「だったら、『振動しんどうする水』についてはどうですか」


「振動する水だと?」


「ええ、耶代やしろが、ヤルタクチュを戻すには振動する水が必要ひつようだって言ってるんですけど」


 アティシュリは眉間みけんにしわをせて、かんがはじめました。


 その間、羅針眼らしんがんや自分の周りを警戒けいかいします。

 しばらくっても、とくに変わったことはありませんでした。

 どうやら自主規制じしゅきせいには、かからなかったみたいですね。

 やれやれです。


「――思い出したぞ」


 アティシュリが、おもむろに口を開きます。


振動しんどうする水ってのは、おそらく『魂露イクシル』のことだ」


「『魂露イクシル』……?」


「ビルルルが耶代やしろ儀方ぎほうほどこすときに使った“秘薬ひやく”のことだ。あいつは、それを使って、屋敷と霊器れいきとを結合けつごうさせ、“擬似生命体ぎじせいめいたい”である耶代やしろ身体からだつくり出したんだ」


「ビルルルさんが……」


「そのあと耗霊もうりょう召喚しょうかんし、霊器れいきに入れることで、耶代やしろ完成かんせいするわけよ」


 なるほど、それが耶代やしろの作り方ってことですね。 


「『魂露イクシル』は人間の『肉体にくたい』、『魂魄こんぱく』、『霊体れいたい』の三要素さんようそかたど構造こうぞう、つまり『様相エイリム』を正常せいじょう状態じょうたいたもつ力があると、あいつは言っていた。だから、こう考えたそうだ。耶代やしろ様相エイリムを人間とたようにつくって、『魂露イクシル』をあたえれば、耶代やしろは人間に近い擬似生命体ぎじせいめいたいになるはずだってな」


 アティシュリは、そこで苦笑にがわらいをかべます


「この話を聞いて俺は思ったぜ、ああ、こいつにはかなわねぇってな。そんなやつは、フェルハトとビルルルだけだった……」


 まさに、変態へんたい天才てんさいなのだ、って感じですね。


「この世では、原則げんそく人間以外にんげんいがい生命体せいめいたいは、霊体れいたい宿やどすことができねぇ。動植物どうしょくぶつには霊核ドゥルぇのよ。肉体にくたい魂魄こんぱくだけの存在そんざいってこった。だが妖樹ようじゅであるヤルタクチュは違う。もともと妖獣ようじゅう妖樹ようじゅってやつらは普通の動植物だったが、突然変異とつぜんへんいで『霊体れいたい類似るいじしたもの』を自分の様相エイリムみ入れちまったことでまれたんだ」


「霊体に類似したものってのは……?」


「『精霊せいれい』のこった。ヤルタクチュには霊体れいたいわりにつち精霊せいれい宿やどってんだよ。だから奴は土魔導どまどうが使える。――それでな、こっからは俺のかんなんだが、『魂露イクシル』に人間の様相エイリム正常せいじょうにできるんなら、ヤルタクチュの様相エイリムもとにもどせるんじゃねぇか?」


「――なるほど、さすがバシャルの守護者しゅごしゃ素晴すばらしい推理すいりですねぇ」


「お前に言われてもあんまりうれしくねぇな、ツクモ」


 信用しんようされてないなぁ。 


「で、その『魂露イクシル』って、どうやって作るんですか」


 そこでアティシュリは正面しょうめんからヒュリアを見つめました。

 ヒュリアはきゅうに見つめられ、目をぱちくりさせてます。


「おめぇ、俺に聞いたよな、自分も至高しこう錬金術れんきんじゅつを使えるかって」


「――はい」


変態女へんたいおんなは言ってたぜ、『魂露イクシル』を作るには錬金術師れんきんじゅつしが『至高しこう錬成れんせい』をおこな必要ひつようがある。それには『一壇バチカル』のさらに下の『領域りょういき』にまでもぐらなきゃなんねぇってな」


 ヒュリアはかみなりたれたような表情ひょうじょうで、アティシュリを見つめかえします。


 至高しこう錬成れんせいって錬金術師れんきんじゅつしでないと無理むりっぽいです。

 だとするとここでは、ヒュリアにしかできないってことになるわけですよね。

 でもそれって“ヒュリア”に、一壇バチカルよりもふかいところにもぐれって言ってるのと同じじゃないですか。


至高しこう錬金術れんきんじゅつとは、禁忌きんきである『存在』の本質ほんしつれることにほかならない。それには『一壇バチカル』のさらに下層かそう究極きゅうきょく領域りょういき沈潜ちんせんする必要がある、てぇのが変態女へんたいおんなのご高説こうせつよ」


一壇バチカルのさらに下……」


 とまどうヒュリアを、アティシュリは悪ガキのような顔でながめてます。


「――で、でも、そうだとして、ビルルル様はどうやってそんな領域りょういきにまで沈潜ちんせんできたのでしょう。『天位半球ユストユルクレ』における『一冠ケテル』と同じように、『地位半球アルトユルクレ』の最下層さいかそう、『一壇バチカル』をえるにもおそらく霊核ドゥル破壊はかいされるほどの反動はんどうがくるはずでは?」


 霊核ドゥルが破壊されるって、ヒュリアがぬってこと?

 オペにいさんのヒント、どうなってんだ!

 耶代やしろが守るべき耶卿やきょうを殺す気か!


「もういいよ、ヒュリア。振動しんどうする水のことはわすれよう。君がいのちがけでやることじゃない」


 だけどヒュリアはつよく首をります。


「ツクモ、心配しんぱいしてくれるのはありがたいが、もう少しアティシュリ様のお話を聞きたいんだ」


 口調くちょうやさしいですけどヒュリアの目が、だまってろ、って言ってます。

 こわくて、いちゃいそう……。


「ビルルルは、どうやってもぐったかについちゃあ、ほとんどかたらなかった。だがよ、ひとつひっかかることをほざいてたぜ。理気界ツメバルムダには、恃気エスラル英気マナだけじゃねぇ、まだほかにもべつの力がある。自分は“それ”で『一壇バチカル』をえたってな」


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