第14話 木々開花、良い!<1>

「では、実践じっせんといこう。私にむかって『炎弾えんだん』をってみてくれ」


「えっ、ヒュリアを撃つの?」


心配しんぱいしなくても大丈夫だいじょうぶだ。私にはこれがある」


 ヒュリアは、げていた剣をはなちます。

 青い波紋はもんを持つ、美しい銀色ぎんいろ片刃剣かたばけんです。


「この剣は私の師匠ししょう最高傑作さいこうけっさくの一つで、めいはクズムス。『斬魔導剣ざんまどうけん』だ」


斬魔導剣ざんまどうけん?」


斬魔導剣ざんまどうけんは、魔導まどうを使えない者が魔導師まどうし対等たいとうたたかえるよう、魔導まどう攻撃こうげき効果こうかつぶすためにみだされたものだ。ブルンメこうという特殊とくしゅ鉱物こうぶつから成造せいぞうされていて『五冠ゲブラ』までの魔導まどう制圧せいあつできる」


「僕、『四冠ケセド』だけど」


「言っただろう最高傑作さいこうけっさくだと。師匠ししょうは、錬成れんせい丹念たんねんに行うことで、不純物ふじゅんぶつ八割はちわりまでのぞいた高純度こうじゅんどのブルンメこう精製せいせいすることに成功せいこうした。それで成造せいぞうされたクズムスは普通ふつう斬魔導剣ざんまどうけんよりも強力きょうりょくで、『四冠ケセド』までの魔導まどう対応たいおうできるんだ」


「へぇ、すごいお師匠ししょうさんなんだね」


「ああ……。師匠ししょうでもあり、肉親にくしんとも言える方たちだった」


 ヒュリアの表情ひょうじょう急激きゅうげきくもっていきます。

 彼女はてんかぶ白と黒の月を見上みあげ、ふか溜息ためいきをつきました。


師匠ししょう奥様おくさまは私を追手おってからまもるために、いのちとされた……。だからこの剣は、今となっては形見かたみひとしい……」


 ヒュリアは、しばらくだまったまま月をながめていました。

 赤銅しゃくどうひとみから、一筋ひとすじなみだながちます。

 どんななぐさめの言葉も、つまらなく感じて、彼女のかなしい沈黙ちんもくに、ただつきあうことしかできませんでした。


「――よしここまでだ! さあ、実践練習じっせんれんしゅうといこう! 炎弾えんだんを撃ってくれ!」


 なみだいて、気を取りなおしたヒュリア。

 気合きあいはいってますね。

 少しためらいましたが、ヤルタクチュとたたかったときの腕前うでまえを見ているので、きっと大丈夫だと思います。


 心にほのおうつして、人差ひとさゆび恃気エスラル集中しゅうちゅうさせます。

 すると真黒まっくろ指先ゆびさき薄青うすあおく光りだしました。

 今回こんかいは、青色の恃気エスラルだけで、赤色の英気マナざってないみたいです。


 指先をヒュリアに向け、たまち出す動作どうさを思いえがき、ヒュリアをやすようにねんじました。

 その途端とたん、指先から野球やきゅうボールくらいの炎の弾が、もうスピードで飛び出していきました。

 見た感じでは、バッティングセンターの時速じそく200キロよりはやいかも。

 発射はっしゃした時点じてんで、こりゃヤバイって思いました。


 ヒュリアは剣をかまえず、ダラリとさげたままです。

 彼女に弾がとどくまで、一秒いちびょうもないくらいだったでしょう。 

 胸元むなもとに当たったと思った瞬間しゅんかんぎんの光が一閃いっせんします。


 ヒュリアは表情ひょうじょうを変えることもなく、飛んでくる炎弾えんだん無造作むぞうさててしまいました。

 水平すいへいられた剣で真二まっぷたつになった炎弾えんだんは、力をうしな消滅しょうめつします。

 ものすごい剣のわざです。


「よし、合格ごうかくだ!」


 満足まんぞくそうに笑うヒュリア。

 まぶしいよ、その笑顔えがお


「ツクモ、君はやはりすごいな。普通ふつうは、これを円滑えんかつおこなえるまで、何年もかかるんだ。それをこんな短時間たんじかんでやってのけるとは」


「いや、すごいのはヒュリアの方でしょ」


 高速こうそくで飛んでくる炎弾えんだんをあんなふうに斬れるなんて、人間離にんげんばなれしてない?

 しかも自分の技をはなにかけることもない。

 いや、ホント、天晴あっぱれですな。


「あとは繰返くりかえ鍛錬たんれんし、考えなくてもできるようにするんだ。そうすれば、帝国騎士ていこくきしと戦うこともできるだろう」


「うん、わかった」


 そうこうしていると、いつのまにか空があかるくなってきました。


「――おしえてくれてありがとう。長い夜だったね、少しやすんでよ」


「そうか、ではそうさせてもらおう」


 ヒュリアはびをして、屋敷やしきに入っていきました。


 それから三日間、僕はヒュリアと魔導まどう修練しゅうれんをしながら過ごしました。

 魔導まどう発動はつどうもかなりスムーズになり、なんとはしりながらできるようにもなったのです。

 まった状態じょうたい魔導まどう発動はつどうするよりも、動きながら発動する方が、かなりむずかしいそうです。


 でも大きな問題もんだいが一つ。

 それは僕が耶代やしろ敷地しきちから出られないように、魔導まどう効果こうか敷地しきちからそとに出ていかないってことです。

 どういうことかと言うと、短時間たんじかんだけ屋敷やしき結界けっかいいて、外に向って炎弾えんだんを撃つと、途中とちゅうれいの見えないかべにぶつかって飛びってしまうんです。


 これじゃ、魔導まどうが使えても何にもなりません。

 てきかべの外にいたらとどかないってことですから。

 ヒュリアは、大したことじゃないと言ってくれましたが、かなりショックをけてる感じでした。

 せっかくヒュリアのやくに立てると思ったのに……。

 あいかわらずの、がっかり野郎やろうってわけです。


 でもめげずに、魔導まどう修練しゅうれんつづけてます。

 魔導まどうが使えるのって面白おもしろくて、やめられません。


 今朝けさもヒュリアと魔導まどう修練しゅれんをしました。

 その後、彼女が剣の修練しゅうれんうつったので、僕は家事かじにもどります。

 洗濯せんたく部屋へや掃除そうじをさっと終わらせたら、次はヒュリアの新しいふく製作せいさくとりかかります。

 これは『家事全般かじぜんぱん』の中にある『裁縫さいほう』で行います。

 ちなみに『裁縫さいほう』の説明はこんな感じです。


 『記憶きおくしている、もしくは製法せいほう取得しゅとくしている物品ぶっぴんのうち、おもうことで作られる物を、具現化ぐげんかすることが可能かのう。ただし材料ざいりょう必要ひつようである』


 ヒュリアのている服が限界げんかいむかえたので、この機能きのうで、いつくか服をつくってみました。

 ただ、彼女はスカートが苦手にがてなので、ほとんどがスキニーパンツを主体しゅたいとしたものになってます。

 でも僕としてはスカート姿すがたも見たいので、今度こんどはセーラー服的ふくてきなものを作ってみようかなと。


 テーブルでヒュリアの服装ふくそうをあれこれ考えていると、炎摩龍えんまりゅうの部屋のとびらひらき、はらきながらアティシュリがきてきました。

 三日みっかぶりのご対面たいめんです。


「おはようございます」


 挨拶あいさつしたのに、アティシュリは無視むしして大きな欠伸あくびをしてます。

 三日間、っぱなしのくせに、この態度たいど

 さすがドラゴンですな。

 そんな思いを感じとったのか、アティシュリは僕をキッとにらみつけました。


「おい、ツクモ、てめぇ、よくもやってくれたな」


 これは多分たぶん、自分の力がうばわれたことにおこってるんでしょうね。


「いや、そう言われましても、僕も知らなかったんですよ。まさかこんなことになるなんてねぇ」


「ちっ、一体いってぇこのクソ耶代やしろはどうなってやがる。耶卿やきょう耶宰やさいがいるんだから、あんときみてぇに暴走ぼうそうしてるとは思えねぇんだが……」


 アティシュリは、ぶつぶつ言いながら椅子いすこしをおろします。

 そしててのひらでテーブルをかるたたきました。


「ほら、はやく、出すもん、出せよ」


「へっ?」


「とぼけんな! シュークリームとキャラメル三日分みっかぶんわすれたとは言わせねぇぞ」


 おおっ、そうでした、そうでした。

 盟友登録完了めいゆうとうろくかんりょう報酬ほうしゅうですね。

 でもシュークリームとキャラメルで、治癒ちゆ炎摩導えんまどうが使えるようになったんだから、ホントやすいもんです。


 まずはさらの上にシュークリームを具現化ぐげんかし、おちゃ一緒いっしょにアティシュリの前に出しました。


「はい、どうぞ」


「かかっ、これ、これ、これを待ってたのよ」


 今までの不機嫌ふきげんが、うそかってくらいの満面まんめんみです。

 チョロいという言葉が、お似合にあいですな。

 シュークリームに、かじりついたアティシュリは、しばらくすると目をハートにしてはなからほのお吹出ふきだしました。

 テーブルがげちゃったよ……。


「うまっ、うまっ、にぃひひひひっ……」


 あのみょうな、つぶやきが進化しんかしたようです。


 玄関げんかんから、剣の修練しゅうれんえたヒュリアがもどってきました。

 僕が作ったTシャツとハーフパンツを着てます。

 彼女はアティシュリを見ると、そばにひざまずき、挨拶あいさつをしました。


「アティシュリ様、ようやくのお目覚めざめ、祝着しゅうちゃくにございます」


「うむ、おめぇはこのアホとちがって礼儀れいぎ心得こころえてるな」


 きたぞ、アホばわり。


 あせだくのヒュリアは、その足で風呂場ふろばに行き、汗をながした後、素裸すっぱだかで戻ってきます。

 そして、何食なにくわぬ顔でテーブルにつきました。


「――あのね、ヒュリア、下着したぎくらいはつけようや」


 一応いちおう顔をそむけながら、注意ちゅういします。


「いやだ、どうせすぐに汗でれる」


 ここは、アティシュリに援護えんごもとめましょう。


「アティシュリ様も、はだかを見せられて不愉快ふゆかいじゃありませんか」


べつにぃ。俺たち霊龍れいりゅうにとっちゃ、人間がはだかだろうが服を着ていようが気にならねぇ。ただまあ、公式こうしき儀式ぎしき典礼てんれいなんかじゃあ、やらない方がいいだろうぜ。皇女おうじょなんだからよ。――だが、ここは自宅じたく、みたいなもんなんだろ。いいじゃねぇか」


「聞いたか、ツクモ。アティシュリ様も、こうおっしゃっているぞ。私とて公衆こうしゅう面前めんぜん全裸ぜんらになる気はないからな」


 あたりまえっしょ!

 僕は大きな溜息ためいきをつきます。

 もう呼吸こきゅうしてないだろうというツッコミが、あちこちから聞こえてくるようです。

 えー、これは呼吸じゃありません。

 地縛霊じばくれいの“あきれ感”を表現ひょうげんするマイムなのです。


「なんだ、ツクモ。てめぇはだか苦手にがてなのか。人間の男は、女の裸が好物こうぶつのはずだろう。耗霊もうりょうになって、このみがわったか?」


 いや、そういうのとは、またちがう気がするんですけど。


「かかっ、そんなら、これでどうだ」


 そう言ったとたん、服が消失しょうしつし、アティシュリも全裸ぜんらになりました。


「どうだ、ほら見てみろ、裸だぞ」 


 二人の可愛かわいらしい女の子?が素裸すっぱだかで目の前にいるという、考えられない状況じょうきょうになっとります。


「な、何してんすかっ! 服着ふくきてくださいよっ!」


「ほら、ほら、どうだぁ、ツクモぉ」


 アティシュリが立上たちあがり、にじりってきます。

 いやがらせのつもりなんでしょうけど、ズレまくってますね。 


 ヒュリアのスタイルは均整きんせいが取れていて、とても綺麗きれいです。

 写真集しゃしんしゅうならアートけいでしょうか。

 アティシュリの方は野獣系やじゅうけいのグラビアアイドルですかね。

 ヒュリアとくらべて出るところは出てて、むねもかなり大きいっす。 


 僕は全精神力ぜんせいしんりょくをふりしぼり、化学かがく周期表しゅうきひょう語呂合ごろあわわせを思い出すことで理性りせいたもちます。

 水兵すいへいリーベ僕のふね、名前あるシップスクラークか……。


「――あ、あんまりふざけると、キャラメル出しませんよ!」


「ちっ、ムカつく野郎やろうだぜっ」


 てるように言い、アティシュリは一瞬いっしゅんもとのへそ出しコーデに戻ります。


「すごいですね、自由に服を出せるのですか?」


 ヒュリアが目を丸くしてたずねます。


「かかっ、服を着ている姿も、裸も、俺達にとっちゃ変わらねぇ。どっちも表皮ひょうひだからな。見た目なんて、どうにでもなんだよ」


 正体しょうたいはドラゴンですもんね。


「はいはい、もう裸はいいですから。昼ごはんにしますよ」 


 ヒュリアの昼ごはんは、白身魚しろみざかなのムニエルです。

 香草こうそうとバターソースであじつけしてあります。

 有名三ツゆうめいみつぼしフレンチを再現さいげんしてみました。


「――なにぃ! 俺を『盟友登録めいゆうとうろく』したことで、魔導まどうを使えるようになっただと!」


 アティシュリが怒鳴どなります。

 魔導まどう取得しゅとくしたことを話したからです。


「ええ、そうなんす。ホント、ありがとございやしたぁ」


 かるく頭を下げときます。


「くそっ、てめぇばっかり、良い思いをしてる気がするぜ」


「そんなことないでしょう。アティシュリさんだって、ちゃんとシュークリーム食べたじゃないですか」


「ちっ、世界せかい守護者しゅごしゃである俺をかるあつかいやがって……」


「そんなにふてくされないで。ほらほらぁ、キャラメルですよぉ」


 さらの上にキャラメルを具現化ぐげんかします。


「にゃふっ、キャラメルっ」


 すぐに機嫌きげんが良くなる現金げんきんドラゴン。

 世界せかい守護者しゅごしゃねぇ……。


 昼食ちゅうしょくが終わって、一段落ひとだんらく

 やっと服を着たヒュリアはお茶を飲み、アティシュリはニヤニヤしながらキャラメルを食べてます。

 僕は食器しょっきの『洗滌せんてき』と片付かたづけです。


 なんて平和へいわ日々ひび

 ビューティフルシャイニイデイズ!

 家事かじをテキパキとこなす姿は、家政夫かせいふかがみといえましょう。

 鼻歌はなうたをうたいながら片付かたづけをしていると、突然とつぜんチャイム音がって『羅針眼らしんがん』が立上たちあがりました。


任務にんむ:ヤルタクチュを無力化むりょくかする。ただし絶滅ぜつめつはさける』


 『任務にんむ』の項目こうもくにあった指示しじが、そのまま中央ちゅうおうの赤い文字になってあらわれれ、点滅てんめつしています。

 うーむ、これは……。

 早くやれ、って催促さいそくしてるんでしょうか。

 とは言ってもなぁ。

 解決策かいけつさく見当みあたらないんだよねぇ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る