第10話 オラつくあの娘は炎の龍なのです<2>

 いそいで『調理ちょうり』の儀方ぎほうを使い、自分の右のてのひらにキャラメルを具現化ぐげんかしました。


「あのぉ、すいませぇん」


「ああん?!」


 女の子は今にも『結界けっかい』をなぐりつけそうないきおいで、キッツい視線しせんけてきます。


あまいもの、お好きですかぁ?」


 女の子のうごきが、ピタッとまりました。


「――あ、甘いもの……、だとぉ……」


 女の子の目の前にキャラメルを差出さしだします。

 彼女の目がキャラメルにくぎづけになりした。


「そ、そりゃ、なんだ!」


「キャラメルっていう、とっても甘くて美味おいしいお菓子かしです」


「キ、キャラメル……?」


「はい、ヒュリア、べてみて」


 ヒュリアにキャラメルを一粒ひとつぶわたします。

 ヒュリアは、キャラメルをしばらく不思議ふしぎそうに観察かんさつしてましたが、仮面かめんの下から口に入れました。


美味おいしいっ! 甘い! こんな菓子かしはじめて食べたぞ、ツクモ!」


 ヒュリアがさけびました。

 女の子の口から、よだれがながれ落ちます。


「どうですぅ、これでも食べながら、落着おちついてお話しませんかぁ?」


 女の子はをむきだしにして、へびのようにシャーシャー言いながら、キャラメルと僕を交互こうごに、にらみつけてきます。


「いかがですかぁ?」


 ダメしにキャラメルをつまんで、顔の前でってやりました。


 突然とつぜん野獣やじゅうのように咆哮ほうこうした女の子は、空を見上みあげ、大きく口をけます。

 すると口から猛烈もうれつほのおきあがり、上空じょうくうえていきました。

 僕とヒュリアは何が起こったのかわからずに、炎がえたあとも、しばらく夜空よぞらを眺めていました。


「やりくちは気にいらねぇが、てめぇのさくに乗ってやる。『結界けっかい』をけ」


 女の子は、よだれを手でふきながら、命令めいれいしてきました。


「――はい、はぁい」


「こんなやつれて大丈夫だいじょうぶなのか、ツクモ」


 ヒュリアは心配しんぱいそうです。


「たぶん、大丈夫だと思うよ」


 オペ兄さんのヒントにあるからには、きっと何か重要じゅうようなことなんだと思います。

 『結界けっかい』がかれると、女の子は警戒けいかいする様子ようすく、すたすたと敷地しきちの中に入ってきました。


 ヒュリアが、女の子の前に立ちふさがります。

 二人はしばらく、にらみ合い、しずかなたたかいをくりひろげます。

 でも、ヒュリアが剣をおさめて道をあけることで、決着けっちゃくがつきました。

 女の子の方も、フンと言っただけで、ヒュリアに対して何かすることはありませんでした。


 ヒヤヒヤもんですな。

 女のケンカ、こえぇよ……。


「さあ、どうぞ、どうぞ」


 屋敷内やしきないに入ると、女の子は無遠慮ぶえんりょ椅子いすすわり、ふんぞりかえります。

 さらせたキャラメルとハーブ茶を出し、僕はその対面たいめんすわりました。

 女の子はキャラメルを一粒ひとつぶ、ゆっくりと口にいれます。


「ぬぉーっ!」


 さけび声をあげた女の子は、のこりのキャラメル全部ぜんぶ一気いっきに口にながみました。


「うま、うま、にゅふふ……」


 へんなつぶやきをいれながら、キャラメルをかみしめ、酔払よっぱらいのように、ふやけたみをかべる女の子。

 そして食べわると、お茶を飲んでプハーといいきました。


「うめぇなぁ、このぉ……、何だぁ……?」


「――キャラメルです」


「そう、それだっ! このキャラメルは絶品ぜっぴんだな! もうねぇのか?!」 


「ありますけど、その前に、どちらさまなのかおしえてもらえます?」


「あん? ああ、俺か……。俺の名は、アティシュリ。『アレヴェジダルハ』だ」


 ふてくされれたようにかべによりかかっていたヒュリアが、あせった感じで身体からだこします。


「アレヴェジダルハ……、『古代こだいウガリタ語』で……。ほのおりゅう……? まさか、あなたは『八大霊龍はちだいれいりゅう』の御一人おひとりなのですか?!」


 ヒュリアの口調くちょう敬語けいごになってます。


「ちっ、よく勉強べんきょうしてるな、おめぇ」


 アティシュリは気まずそうにあたまをかきました。

 そして、すぐにひらなおった感じでうでみ、ドヤポーズをめます。


「わかっちまったなら仕方しかたがねぇな。そうよ、『炎摩えんま』を受けつぐ炎の龍とは俺のことよ」


 ヒュリアは急いでアティシュリのそばに行き、ひざまずきます。

 そしてふかく頭を下げました。


「――最前さいぜんまでの非礼ひれい、ひらにご容赦ようしゃください」


 えっ何、この、マジでドラゴンなの?!

 まあ、口から火柱ひばしらをあげる人間なんて滅多めったにいないでしょうけど。

 でも、見た目は、渋谷系しぶやけいギャルなんですよねぇ。


 人の姿すがたにもなれるってことですか。

 けど、なんでこれをえらんだんでしょ。

 ドラゴンかいじゃ渋谷系しぶやけい流行はやってる?

 な、わけないか。


 とは言うものの……、なんかワクワクします。

 ああ、ドラゴンの姿、見てぇ……。 


「おおよ、わかりゃいい。んで、てめぇは何者なにもんだ」


「私は、聖騎士団帝国せいきしだんていこく第一皇女だいいちこうじょ、ヒュリア・ウル・エスクリムジともうします」


「エスクリムジか。じゃあ、チラックの小僧こぞう血筋ちすじだな……。その顔、てっきり魔人まじんたぐいかと思ったぜ」


失礼しつれいしました」


 ヒュリアが仮面かめんをはずします。

 アティシュリは彼女の素顔すがお興味深きょうみぶかそうに見つめました。


「その赤銅しゃくどうひとみ……、『アトルカリンジャ』だな」


 ヒュリアはいきみました。


「アトルカリンジャ……? はじめて聞く言葉ことばです……」


「ふん、そうか……、アトルカリンジャってぇのは『迂遠うえんきて、むしなおし者』って意味いみだ」


 それを聞いたヒュリアは、何かに気づいた風にだまりこんでしまいました。


「――んで、耶宰やさい、てめぇの名は?」


「ぼ、僕ですか、僕はツクモって言います」


「ツクモ……? あまり聞かねぇおとひびきだな。――まぁいい。てめぇ、マジで『耶代やしろ』の術者じゅつしゃを知らねぇんだな」


「はい、そういう人がいるんなら山ほど聞きたいことがあるんすけどねぇ」


 一緒いっしょに、山ほど文句もんくも言ってやる。


「ちっ! よくわからねぇ……。たしかに耶代やしろ儀方ぎほうは、あらたにつくられたもんだから、予想よそうもしねぇ反動はんどうがあってもおかしくはねぇが……」


 アティシュリが頭をかきむしります。


あらたにつくられたって、どうゆうことですか?」


 アティシュリはこたえずに、からになった皿を指差ゆびさします。


「――おかわり」


「はいはぁい、ただいまぁ」


 いそいでおかわりのキャラメルを具現化ぐげんかしました。


「うま、うま、にゃはは……」


 キャラメルを食べるアティシュリは、またみょうなつぶやきをしてますが、ご満悦まんえつのようです。


「えーと、それで、あたらしくつくられた、というのは……?」


「おう、おう、そうだったな。『耶代やしろ』の儀方ぎほうは俺のダチが創ったってことだ」


「その御友達おともだちっていうのは、以前いぜんここにあった屋敷やしき持主もちぬしってことですか?」


「ああ、そうよ。ビルルルってんだ」


隠者いんじゃビルルル!」


 今までだまっていたヒュリアが声を上げます。


「かかっ、人間どもは、隠者いんじゃとかいってあがめやがるが、あいつはただの変態女へんたいおんなだぜっ」


 アティシュリはイタズラ小僧こぞうのように笑います。


隠者いんじゃ……、ビルルルさん……?」


 おなかくだしたような名前です。


隠者いんじゃビルルルは災厄さいやくの時に、三傑さんけつ後方支援こうほうしえんをしていた『ビレイぞく』の女性なんだ。錬金術れんきんじゅつひいでていて、武器ぶき回復薬かいふくやくなんかを作っていたらしい。ただ戦後せんご人前ひとまえに出るのをきらい、ひっそりとらしたと聞いている」


 ヒュリアがビルルルのことを教えてくれました。


「つまりそれが、ここなんだよ」


 アティシュリが人差ひとさゆびでテーブルをこつこつとたたきます。


「そうでしたか……、ならばこの不思議ふしぎな屋敷のことも納得なっとくできます。私に錬金術れんきんじゅつの手ほどきをしてくれた師匠ししょうも、そのような話をしたことがありました。いのちの無い物体ぶったいを、魔導まどうにより擬似生命体ぎじせいめいたいとする術をビルルルが完成かんせいさせたと」


 なるほどね、だから屋敷に意識いしきがあるってわけですか。


「じゃあ、ビレイ族ってのは……?」


「ちっ、てめぇは何も知らなぇんだな、ツクモ。ビレイってのは、ウガリタ語で『まことの人』って意味だが、人間達は妖精ようせいってんでる。つまり妖精族ようせいぞくってことだ……」


 アティシュリの説明せつめいによると、妖精族とは、耳がとがっていて、人間よりも美形びけいで、スタイルが良くて、寿命じゅみょうが長くて、魔導まどう得意とくいなんだそうです。


 もうおわかりですね。

 そう、エルフです。 

 オペ兄さんもエルフがいるって言ってましたから。


 ドラゴンにエルフ!

 異世界いせかいらしくなってきましたよぉ!


 妖精族には『サフ』と『ロシュ』という二系統にけいとうがいるそうです。

 両者りょうしゃの大きなちがいは三つ。


 一つ目ははだの色で、サフは白色はくしょく、ロシュは褐色かっしょくです。 

 二つ目はおも生活せいかつ場所ばしょで、サフは森、ロシュは地下ちかです。

 三つ目は得意な魔導まどうで、サフは炎や水などの元素げんそ使役しえきする元素魔導げんそまどう術で、ロシュは錬金れんきん術です。


 てことは、サフはライトエルフ、ロシュはダークエルフもしくはドワーフってことになるんでしょうかね。

 バシャルの人間はサフを白妖精しろようせい、ロシュを黒妖精くろようせいと呼んでるそうです。


 ところで、ちょっとややこしいですが、『魔導まどう』っていう言葉ことばには、二つの意味いみがあります。

 ひろい意味では、元素魔導術げんそまどうじゅつとか錬金術れんきんじゅつとかをふくめた術の全体ぜんたいのことをあらわします。

 せまい意味では、元素魔導げんそまどう術のことだけをあらわします。


 魔導が元々もともと元素魔導げんそまどう術から始まって、そこから枝分えだわかれして発展はってんしていったからだそうです。

 バシャルの人達は、あんまりキチンと区別くべつしてないらしく、ケースバイケースでとらえるしかないってヒュリアが言ってました。


「ビルルルはサフの女、アイダンはロシュの女だった……。みんなっちまったがな……」


「アティシュリ様は三傑さんけつともお知り合いなのですね」


 ヒュリアの目が、あこがれのアイドルに会ったようにキラキラしてます。


「たりめぇよ。俺たち八大霊龍はちだいれいりゅうはあいつらと一緒に『くろ災媼さいおう』とたたかったんだからな。でもよ、変わり者ばっかりだったぜ。――ビルルルは変態女へんたいおんな、フェルハトはお調子者ちょうしもの、フゼイフェは堅物かたぶつ、エフラトンは放蕩者ほうとうもの。まあ、アイダンだけが唯一ゆいつまともだったな」


 アイダンはたし賢者けんじゃで、フェルハトは英雄えいゆう、フゼイフェが聖師せいしでしたよね。

 それで隠者いんじゃがビルルル……、じゃあ、エフラトンて?


太祖帝たいそていフェルハト様のくわしい人となりもご存知ごぞんじですか?」


「ああ、あいつはけっぴろげのお調子者だが、誰とでもへだてなくつき合う、あったかい野郎やろうでな。お前と同じ赤銅しゃくどう色の瞳をしたアトルカリンジャだった」


太祖帝たいそてい様が……、私と同じ……」


 ヒュリアが絶句ぜっくします。


災厄さいやくの時は、バシャルにとっちゃ最悪さいあくいくさだった。だがよ、あいつらと一緒いっしょにいられたことは、俺にとっちゃ楽しい思い出でもあるんだ……」


 アティシュリは後頭部こうとうぶで手をみ、思い出にひたるように目を閉じました。



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