転生できずに地縛霊のままなんですけど……

第9話 オラつくあの娘は炎の龍なのです<1>

　それから数日（すうじつ）、僕らはスローライフで過（す）ごしました。

　太腿（ふともも）の傷（きず）は治（なお）らないものの、ヒュリアは毎日（まいにち）、剣の修練（しゅうれん）をしています。

　剣を振（ふ）るときの彼女の表情（ひょうじょう）は壮絶（そうぜつ）で、修練（しゅうれん）が終（お）わるまで近（ちか）づくことができません。

　自分の今の状況（じょうきょう）に対（たい）する焦（あせ）りとか怒（いか）りのせいでしょうかね。

　なんとか早（はや）めに彼女の望（のぞ）みを叶（かな）えられるような方法（ほうほう）をみつけたいところです……。

　僕の方は『倉庫（そうこ）』の中に入（はい）り、在庫品（ざいこひん）と霊器（れいき）の確認（かくにん）をしました。

『倉庫』に入るには、ただ入りたいと念（ねん）じるだけでOKなんです。

　出るときも同じで、とっても簡単（かんたん）、手間（てま）いらずです。

　『倉庫』の中はかなり広くて、壁（かべ）も天井（てんじょう）も床（ゆか）も真白（まっしろ）です。

　穀物（こくもつ）なんかが入った袋（ふくろ）、肉（にく）や魚（さかな）の入った箱（はこ）、牛乳（ぎゅうにゅう）や水の入った甕（かめ）、それに、むき出しの材木（ざいもく）や石材（せきざい）なんかが、大雑把（おおざっぱ）に並（なら）べられてますが、まだまだスペースに余裕（よゆう）がありますね。

　それと、壁の一方（いっぽう）に、ドライフラワーで作られた壁飾（かべかざ）りがついているのを見つけました。

　中心（ちゅうしん）には紫色（むらさき色）をした涙滴型（るいてきがた）の大粒（おおつぶ）の宝石（ほうせき）が、はめこまれてます。

　多分（たぶん）これが、オペ兄（にい）さんが言っていた僕の『霊器（れいき）』でしょう。

　これのおかげで消滅（しょうめつ）せずにいられるということなので、二礼二拍手一礼（にれにはくしゅいちれい）で参拝（さんぱい）しときました。

　お賽銭（さいせん）はないですけど。

　霊器（れいき）の下には、たくさんの花（はな）や葉（は）、木の実（み）や枝（えだ）などが入った箱が置（お）いてありました。

　中をのぞくと、さわやかな良い香（かお）りがします。

　詳（くわ）しくないですけど、たぶんハーブとかじゃないでしょうか。

　『羅針眼（らしんがん）』が、以前（いぜん）の設定（せってい）を引きつぐ、って言っていましたから、もしかすると前の『耶卿（やきょう）』か『耶宰（やさい）』の趣味（しゅみ）だったのかもしれません。

　一方、ヤルタクチュさんの方はといいいますと、ときどき現（あらわ）れては『結界（けっかい）』の外でゆらゆらと揺（ゆ）れ、こっちの様子（ようす）をうかがってます。

　でも『結界』の中にまで入ってこれないので、しばらく揺（ゆ）れた後、何もせずに地中（ちちゅう）に戻（もど）っていきます。

　このまま『結界』の中にいれば、とりあえず安全（あんぜん）なんですけど、いつまでもこうしてはいられません。

　食料（しょくりょう）と水の問題（もんだい）があるからなんです。

　何もせずにいれば、必（かなら）ず底（そこ）をついてしまうでしょう。　

　とりあえず食料の方は大丈夫（だいじょうぶ）そうですけど、水の方がちょっと心配（しんぱい）です。

　『倉庫』の中には、かなりの水が保管（ほかん）されてはいるんですが、生（い）きているヒュリアにとって、日々（ひび）、水はかかせないものです。

　節約（せつやく）しても、せいぜい一ヶ月（いっかげつ）が限度（げんど）でしょうね。

　周（まわ）りに井戸（いど）とかがないか確認（かくにん）したんですけど、見当たらないんですよ。

　ヒュリアの話では、森の中に小川（おがわ）が流（なが）れているのを見たということなので、以前（いぜん）はそこから水を汲（く）んでいたのかもしれません。

　でも僕は外に出ることができませんから、汲（く）みに行くのは無理（むり）だし……。

　とにかく余裕（よゆう）のあるうちになんとか水を補給（ほきゅう）する方法（ほうほう）を考（かんが）えないと。

　雨水（あまみず）をためるなんてのもありますが、それには『結界』を解（と）かなきゃなりません。

　そうなれば、ヤルタクチュが攻撃（こうげき）してくるでしょう。

　いわゆる、痛（いた）し痒（かゆ）し、ってやつです。

　あと気にかかっているのは、耶代（やしろ）から言われてる任務（にんむ）のことです。

　一体（いったい）あの恐（おそ）ろしいヤルタクチュをどうやって無力化（むりょくか）すればいいんでしょう。

　しかも絶滅（ぜつめつ）させてはいけないって、難（むずか）しすぎやしませんか。

　話合（はなしあ）いなんてできる相手（あいて）じゃありませんし。

　だけど無力化（むりょくか）に成功（せいこう）すれば、水や食料の問題の突破口（とっぱこう）になるはずです。

　てなわけで、最近（さいきん）の僕のルーティーンは、ヒュリアが眠（ねむ）った後（あと）に外へ出て、夜空（よぞら）にある白と黒の月をながめながら、懸案中（けんあんちゅう）の問題を解決（かいけつ）する手段（しゅだん）を考えることです。

　だからその夜も、いつものように屋敷（やしき）の外で、ぼーっと考えこんでいたわけです。

　ふいに、森の方に気配（けはい）を感じて、そちらに目を向（む）けました。

　すると、いつのまにか人影（ひとかげ）が現（あらわ）れてるんです。

　今度（こんど）はオレンジ色ではありません。

　人影は、ずんずんと空地（あきち）を進（すす）み、『結界』の前までやってきました。

　ありえないことです。　

　だって、普通（ふつう）の人間ならヤルタクチュにつかまって喰（く）われますからねぇ。

　僕の中で警戒（けいかい）のサイレンがなりました。

　『結界』のすぐ側（そば）に立った人影を、月影（つきかげ）が照（て）らします。

　光（ひかり）の中に浮かび上がったその人物（じんぶつ）は、へそ出しショーパン姿（すがた）で赤（あか）い髪（かみ）の女の子でした。

「おい、てめぇ、誰（だれ）に断（ことわ）って、ここに家（いえ）を建（た）てやがった」

　開口一番（かいこういちばん）、女の子は因縁（いんねん）をつけてきました。

　身長（しんちょう）は僕より頭一（あたまひとう）つ分（ぶん）くらい低（ひく）いですかね。

　少したれ気味（ぎみ）の青（あお）い瞳（ひとみ）が、上目（うわめ）づかいでにらんできます。

　年は15から16歳ぐらいでしょうか。

　一見（いっけん）、可愛（かわい）いんですけど、伝（つた）わって来る殺気（さっき）は、ヤクザ千人分（せんにんぶん）ぐらいあります。

「ここには元々（もともと）、俺のダチの家があったんだ。よそ者が勝手（かって）に手を出していい場所（ばしょ）じゃねぇんだよ」

「ど、どちら様ですか？」

　ビクビクしながら尋（たず）ねました。

「なんだ、てめぇ、人間じゃねぇな。――耗霊（もうりょう）か？」

「耗霊（もうりょう）？」

「まさか、この屋敷（やしき）の『耶宰（やさい）』だとか言うんじゃねぇだろうな」

「あ、そうなんです。よくご存知（ぞんぢ）で」

　相手（あいて）が『耶宰（やさい）』のことを知っていたので、ちょっと驚（おどろ）きました。

「マジで『耶宰（やさい）』だとぬかすのか……？　どこのどいつが召喚（しょうかん）しやがった」

「召喚（しょうかん）……、ですか……？」

　そういえばオペ兄さんもそんなことを言ってたけど、誰が召喚したかは、わからずじまいでした。

「それがわからないんです。気づいたらここで『耶宰（やさい）』になってましてね」

「ふざけたこと、言ってんじゃねぇぞ！」

　女の子は激怒（げきど）し、右手の拳（こぶし）で『結界』をぶんなぐりました。

　『結界』は大きくたわんで、今にも破（やぶ）れそうになります。

　ヤルタクチュの根を切断（せつだん）するほどの強度（きょうど）がある『結界』が破（やぶ）れそうになるなんて……。

　この女の子は一体（いったい）……？。

「『耶代（やしろ）』の儀方（ぎほう）を使った術者（じゅつしゃ）がいるだろうがっ！　そいつはどこにいやがるっ！」

　そのとき屋敷の中からヒュリアが出て来ました。

「大丈夫か、ツクモ。強烈（きょうれつ）な殺気（さっき）を感（かん）じたんだが……」

　どうやらヒュリアも女の子の殺気（さっき）を感じとったみたいですね。

　緑（みどり）の仮面（かめん）をつけ、腰（こし）に剣（けん）を提（さ）げ、戦闘態勢（せんとうたいせい）です。

「おう、やっと出てきたか。てめぇが『耶代（やしろ）』の術者（じゅつしゃ）だな」

　僕は慌（あわ）てて否定（ひてい）します。

「いや違（ちが）うんです、彼女は『耶卿（やきょう）』になっただけで、『耶代（やしろ）』の術者じゃないんです」

「しらばっくれんな！」

　再（ふたた）び拳（こぶし）がうなり、『結界』をなぐりつけました。

　今度はさっきよりも、『結界』のたわみ方が大きくなっています。

　チャイムの音（おん）がして羅針眼（らしんがん）が立ち上がり、視界（しかい）の中に赤い文字（もじ）が現（あらわ）れました。

『結界の損耗率（そんもうりつ）が8割（わり）を超（こ）えました。損耗率（そんもうりつ）が9割を超えると、結界を維持（いじ）できなくなります。外圧（がいあつ）により結界が消滅（しょうめつ）すると再発動（さいはつどう）に、1時間以上の待機時間（たいきじかん）が必要（ひつよう）となります』

　こりゃまずい、もう一度なぐられたら、『結界』が無くなっちまうよぉ……。

　なんとかしないと……。

　頭をフル回転（かいてん）させて、解決策（かいけつさく）を探（さが）しました。

「お前は何者（なにもの）だ！　見たところ帝国騎士（ていこくきし）ではなさそうだが。私にかかった賞金目当（しょうきんめあ）ての冒険者（ぼうけんしゃ）か？！　ならば容赦（ようしゃ）はせんぞ！」

　ヒュリアは腰（こし）の剣を抜（ぬ）きながら、言い放（はな）ちます。

　帝国が回（まわ）した手配書（てはいしょ）には、生死（せいし）を問（と）わず、ヒュリアの身柄（みがら）を引き渡（わた）せば多額（たがく）の賞金（しょうきん）を支払（しはら）う、と約束（やくそく）されているそうです。

　ヒュリアに剣を向けられ、女の子は、こめかみをピクピクさせました。

　挑発（ちょうはつ）しないでぇ、ヒュリアぁぁ。　

「おもしれぇ、俺とやろうってのか。いい度胸（どきょう）だ」

　女の子は右の拳（こぶし）を左の掌（てのひら）に何度も打（う）ちつけ、不敵（ふてき）に笑います。

　こりゃマジ、詰（つ）んじまったかって思ったんですけど、ふいに、ひらめいちゃいました。

　『羅針眼（らしんがん）』の備考欄（びこうらん）を開（ひら）き、上から順（じゅん）にオペ兄（にい）さんのヒントを調（しら）べていきます。

　そして、これを見つけました。

『激（げき）アツな俺娘（おれっこ）にはキャラメルを与（あた）える』

　確（たし）かに、この女の子は、俺娘（おれっこ）だし、服装（ふくそう）やオラついた感じは激（げき）アツと言えなくも無いですよね。

　だとすれば……。