第8話 異世界居酒屋ツクモ、営業中<2>

「私のちち、63だい皇帝こうていファリク・ウル・エスクリムジは不治ふじやまいにかかり、余命よめいが長くないことをさとった。そこで昨年さくねん後継者こうけいしゃを決めるために『選帝せんてい闘儀とうぎ』を開催かいさいしたのだ。参加さんかした皇子皇女おうじおうじょは私をふくめて八人だ」


 『選帝せんてい闘儀とうぎ』では、まず皇帝になりたい皇子おうじ皇女おうじょたたかい、優勝者ゆうしょうには、シードけんを持つ皇后こうごう息子むすこ、つまり太子たいしへの挑戦権ちょうせんけんあたえられます。

 そして優勝者と太子が戦い、勝った方が次の皇帝になるというものだそうです。


太子たいしである義弟ぎていメシフは、出自しゅつじめぐまれただけの愚鈍ぐどんであり、私のてきではなかった。私はメシフに勝ち、皇帝権こうていけん獲得かくとくしたんだ。しかし皇后こうごうケメットは自分の息子むすこを皇帝とするために姦計かんけいをめぐらせ、貴族きぞく宰相さいしょうをてなづけ、私を排斥はいせきするためにおくの手を用意よういしていた……」


 二年前に、ヒュリアのお母さんで前の皇后こうごうだったジュムレさんが流行はややまいくなり、次の皇后に選ばれたのが、メシフの母であるケメットだそうです。

 もしジュムレさんがくなっていなければ、太子たいし資格しかくはヒュリアが持っていたわけです。


 ヒュリアはワインを一気飲いっきのみして、いた酒盃ゴブレットをテーブルにたたきつけました。

 すでにワインのびんが二本、からになっています。


「ほら、ツクモ、はやくげ!」


 目元めもとを赤くしたヒュリアが、美しい赤銅色しゃくどういろひとみで僕をにらみます。

 見つめられるのはうれしいんですけど、酒癖さけぐせがちょっと……。


「いや、おきゃくさん、もうこのへんでやめといた方が……」


「私にませるさけが無いというのか! お前は私の味方みかたをすると言ったぞ! 酒を出さないなら、もう何も話さんからなっ!」


「しょうがないなぁ……」


 『倉庫そうこ』からワインをもう一本取り出して、酒盃ゴブレットにそそぎます。

 どうも、からざけっぽいんですよねぇ。


「よし、いい心がけだ」


 ヒュリアはそそがれるワインをニヤニヤしながら見つめています。

 そして一口ひとくちむと、大きくいききました。


「やはり酒はいな。こころかるくなる」


「それで、皇后こうごうの奥の手ってのは、なんなんだい」


「ああ、それが、このひとみというわけだ……」


 ヒュリアはまれたときから、赤銅色しゃくどういろの瞳をかくすために、『瞳膜どうまく』を使っていました。

 いわゆる、カラーコンタクトみたいな物のようです。

 そのおかげで17歳までバレることなく、普通ふつうの皇女として成長せいちょうできたのだとか。


皇后こうごうは、私が新皇帝しんこうていとしてみとめられる戴冠たいかん数日前すうじつまえ秘密ひみつ暴露ばくろした。やつは、瞳を隠していたことを国家こっかへの重大じゅうだい背信行為はいしんこういとし、反逆罪はんぎゃくざいにより私を投獄とうごくしたのだ」


 ケメットは、ヒュリアの瞳膜どうまくを作っていた錬金術師れんきんじゅつしつかまえて拷問ごうもんし、すべてを聞き出したらしいです。

 そこで、ふと気づきます。


「――ヒュリアって今いくつなの?」


「今年で18になる」


「18……」


 年下とししたかいっ!

 まあ、バシャルの一年が地球ちきゅうの一年とおなじかどうかはわからないので、なんとも言えませんけど。

 かお綺麗きれいって、ほんと年上としうえに見えますよねぇ。

 あるあるだわ。


 あれ、だったら、お酒飲まして良かったのかな。

 お酒は20歳になってから、って法律ほうりつも言ってますし。


「バシャルだと、お酒って何歳なんさいから飲めるの?」


 一応いちおう、聞いときましょう。


「何を言ってる。何歳だろうが飲めるに決まっているだろう」


「そ、そうですか……」


 心配しんぱいしなくて良かったんだ。

 さすが異世界いせかいですな。


「――今、帝国ていこくはどうなってるの?」


「父は半年前はんとしまえくなり、メシフが64だい皇帝こうてい即位そくいして新体制しんたいせいによる統治とうちはじまっている。無能むのうな皇帝による政治せいじを貴族達がなんとかささえているようだ」


 ヒュリアは一気にワインを飲みし、まるでてきかのように酒盃ゴブレットをにらみつけます。

 その顔がこわくて、すぐに酒をいでしまう、小心者しょうしんもの地縛霊じばくれい……。

 お前の顔の方が怖いだろう、っていうご指摘してきかえ言葉ことばもございません。


「だが、メシフの問題もんだいはその無能むのうさではなく、傲慢ごうまんさにある。やつ軍事力ぐんじりょくによる領土拡大りょうどかくだいをかかげて、周囲しゅういの国への侵攻しんこう強力きょうりょくにおしすすめている。自分こそがひがし大陸たいりくにおける唯一ゆいつ支配者しはいしゃとなるべきだと考えているのだ。すくいがたいおろかものよ」


 現在げんざい帝国ていこくはそのきたにあるアザット連邦国れんぽうこく戦争せんそうしているそうです。


「私が皇帝になれば、協調的きょうちょうてき政策せいさくをとり、周囲の国との交易こうえきさかんにして、東の大陸に住むすべてのたみ生活せいかつ向上こうじょうしていくようにするだろう。一国いっこくだけがさかえ、他の国を隷従れいじゅうさせるようなやり方ではとおからず破綻はたんするのは必定ひつじょうだ」


「確かに、ヒュリアが皇帝になれば、世界せかい平和へいわになりそうだね」


「そうだろ、そうだろ」


 機嫌きげんが良くなったヒュリアは、僕のかたをパンパンたたきます。


「じゃ、率直そっちょくに聞くけど、国をもどすための作戦さくせんとかあるのかな?」


「ない」


 即答そくとうかいっ!


たしかに、それをかんがえない一日いちにちたりともなかった。しかし何の妙案みょうあんも思いうかばない。われながらなさけないことさ……」


 ヒュリアはかなしげに微笑ほほえみます。


「――ただ大まかな方針ほうしんとして、ケメットとメシフを排除はいじょすることは当然とうぜんなのだが、私のひとみに対する民衆みんしゅう嫌悪感けんおかん解消かいしょうすることもわすれるわけにはいかないだろう」


「なるほどねぇ……」


 皇帝になっても、世界をほろぼす者じゃあ、国の統治とうちなんてできやしません。

 そこらじゅうで反乱はんらんきそうです。

 こんなとき、諸葛孔明しょかつこうめいやハンニバルだったら、素晴すばらしい作戦さくせんを立てたんでしょうねぇ。


 でも、ログハウスの管理人かんりにんで、地縛霊じばくれいじゃねぇ……。

 しかも使える力が家事全般かじぜんぱんて……。

 一国いっこくをくつがえすなんて、マボロシーってさけびたくなります。

 エクスプロージョンだとか、くろ仔山羊こやぎ召喚しょうかんだとか、すごいスキルがしかった……。


 これからどうしようか考えんでいると、ヒュリアはいつのまにかテーブルに突伏つっぷして寝息ねいきをたてはじめました。


「お客さん、こんなとこで寝たら風邪かぜひきますよ。ちゃんと寝床ねどこで寝ないと」


「う、うん……」


 返事へんじはしますが、そのままうごこうとしません。

 うでまくらにしてねむるヒュリアの寝顔ねがお可愛かわいらしさに、思わずホッコリしてしまいます。

 いまさらながら彼女が耶卿やきょうになってくれて良かったと実感じっかんです。


 むさくるしいオヤジとか、口うるさいオバさんだったら、きる気力きりょくえうせていたでしょう。

 はいはい、もちろん、生きてませんけどね。 


 となりすわって、寝顔ねがお観察かんさつです。

 ところどころどろよごれてはいますが、プルンとした桃色ももいろくちびる、きめのこまかいおはだ、長いまつげなど、すべてがととのっております。


 キモい自分にちょっときますけど、欲望よくぼうにはさからえないのです。

 思いがけずはだかを見てしまったせいか、ちょい興奮気味こうふんぎみなのでありまして、ほっぺにキスしたろかという、不適切ふてきせつな考えもかんでくるわけで……。

 しかぁし、ぜんエロエネルギーを理性りせいへと相転移そうてんいさせて、思いとどまるのでありますっ!

 敬礼けいれいっ!


 ちなみに屋敷の機能きのうである休養きゅうようはこんな感じです。


耶代やしろ内でねむる者の体力たいりょく睡眠時間すいみんじかん比例ひれいして回復かいふくするもの。1時間につき最大値さいだいちの1割が回復かいふくする。ただし外傷がいしょう疾病しっぺい治癒ちゆすることはできない』


 つまり10時間眠れば、体力が完全回復かんぜんかいふくするってわけです。

 きず病気びょうきなおらないみたいですけどね。

 明日あしたになれば、身体のつかれの方は取れてるでしょう。


 倉庫そうこから毛布もうふをとりだして、彼女の背中せなかにかけます。

 ついさっきころされそうになったとは思えない安心あんしんした寝顔ねがお

 ヒュリアをまもれてるってことなんでしょうかね。

 ちょっと男としての自信じしんがついちゃうな。


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