第7話 異世界居酒屋ツクモ、営業中<1>

 一流いちりゅうレストランのウェイターみたいに、ステーキのさら酒盃ゴブレットをヒュリアの目の前におきます。

 ヒュリアは目を丸くして、ステーキと僕の顔を交互こうご何度なんども見てます。

 そりゃ信じられないのも当然とうぜんでしょうね。

 調理ちょうりもしてないのに、突然とつぜん料理があらわれたんですから。


「どうやってつくったんだ? これも君の力なのか?」


 ヒュリアが、ごくりとつばをみます。


「まあ、そういう話はいいから。あったかいうちに、しあがれ」


 さし出したナイフとフォークをひったくるように受け取り、ステーキに、かぶりつくヒュリア。

 とても帝国ていこく皇女おうじょ様とは思えない食べっぷりです。


「かなり、お腹減なかへってた?」


「ああ、この三日間、まともなものは食べていない。――しかし、これは美味うまいなぁ。宮廷きゅうていでもこれほどの料理を食べたことがない」


「そいつは良かった」


「ツクモは死ぬ前、料理人りょうりにんだったのか」


「いや、料理人てほどでもないんだけどね……」


 両親りょうしん離婚後りこんご、父がくれる生活費せいかつひをうかせたくて、自炊じすいをしてましたから、それなりのうではあると思います。

 けど、料理人と言われるほどではありません。


 むしろ屋敷やしきの『調理ちょうり』の機能きのうがすごいからでしょう。

 これなら自炊じすいきたときに行った有名店ゆうめいてんあじをそのまま再現さいげんできますから。


「君はたたかえないことを謝罪しゃざいしていたが、これほどのものが食べられるなら、耶卿やきょうになったことをよろこばなければ」


 ヒュリアは口のまわりにステーキソースをつけたままで、無邪気むじゃきみを浮かべます。

 ちょっと感動かんどうしますねぇ。

 こんなガッカリ野郎やろうをなぐさめてくれるんだね。

 いいやなぁ……。


 肉をたいらげて、ワインを飲みほしたヒュリアは、満足まんぞくそうに溜息ためいきをつきました。

 皿をシンクに片付かたづけて、『家事全般かじぜんぱん』の中にある『洗滌せんてき』の儀方ぎほうを使って皿を洗浄せんじょうします。

 ちなみに『洗滌せんてき』の説明せつめいはこんな感じです。


耶代やしろ内にある物品ぶっぴん洗浄せんじょう殺菌さっきんを行うもの』


 さて、皿をたなにしまったら、重要じゅうよう仕事しごとにとりかからなきゃなりません。


「じゃあヒュリア、傷の手当てあてをさせてね」


 『倉庫そうこ』の中から消毒薬しょうどくやく傷薬きずぐすり清潔せいけつぬのをとりだします。


 ヒュリアはボロボロのマントの下に、上半身じょうはんしんまもるための皮製かわせい防具ぼうぐにつけていました。

 それをはずし、けんき、上着うわぎとブーツ、そしてズボンをぎます。

 そのままキャミソールらしき下着したぎまでいで、さっさとパンツ一枚いちまいになってしまいました。

 上半身じょうはんしんはだかです。


 とっさに、手で目隠めかくししします。

 いやまった予想よそうしてませんでした。

 傷の手当てあてがしたかっただけなのに。

 やましい考えなんてなかったんです。

 ホントです。

 ホントだって。


「じ、自分じぶんくすりぬれるなら、そっちの方がいいかもねぇ……」


「なんだずかしいのか? 気にするな。全裸ぜんらになったところで、私はずかしくないぞ」


 ヒュリアは、平然へいぜんとしてます。


「いや、そう言われても……」


きたえられた肉体にくたい芸術げいじゅつであり、賞賛しょうさんすべきものなのだ。じるべきものではない」


「は、はあ……、そうすか……」


 こんな可愛かわいい娘のセミヌードをなまで見るなんてはじめてなわけで……。

 緊張きんちょう身体からだふるえてきます。

 そりゃそうです。

 僕はまだ、そっちの経験けいけんがないのですから。


 未経験みけいけんのまま死んだ無垢むく若者わかもの……。

 なんというあわれな運命うんめいなのでしょう……。


 こんなことなら、その手のお店に行って経験けいけんんでおけばよかった。

 大人おとな階段かいだんのぼりたかった……。

 ああ、今となっては、天をあおぎ、なげくしかできないのです。

 くーっ!


「何をやってるんだ。はやくしてくれ」


 ちょっとつめたいヒュリアの視線しせん

 ひらなおって、正面しょうめんから彼女の姿を見ました。

 おお、なんという神々こうごうしさか。


 女性らしいまるみと、しなやかな筋肉きんにく共存きょうぞんした奇跡きせきのような肉体美にくたいび……。

 あまりの美しさと可憐かれんさに、いやらしい気持きもちなんて、ほとんどこりません。

 ほとんどです、ほとんど……、ね……。


 ヒュリアの背中せなかには、ななめめにられた傷痕きずあとがありました。

 ふかいものではなく、もうまっていたんで消毒しょうどく傷薬きずぐすりをぬってませます。

 防具ぼうぐのおかげであさく済んだってことでした。

 かた矢傷やきずも浅かったので、同じように処置しょちします。


 でも、太腿ふともも矢傷やきずふかいです。

 念入ねんいりりに消毒しょうどくして、丁寧ていねいに布をきました。

 なおるのに時間がかかりそうです。


 処置しょちをしていて気づいたのですが、ヒュリアの左手首ひだりてくびにはきん腕輪うでわかれていました。

 美しい装飾そうしょくほどこされていて、ティアドロップ型をした大粒おおつぶ宝石ほうせきまっています。

 キラキラと紫色むらさきいろひかりはな神秘的しんぴてき逸品いっぴんです。


「きれいな腕輪うでわだね」


「あ、うん……、そうだな……」


「それも、お師匠ししょうさんが作ったもんなの?」


「あ、いいや……、これはちがう、ちょっとわけありなんだ……」


 めたつもりだったんですが、ヒュリアの表情ひょうじょうくらくなっていきます。

 なんか地雷じらいんじまったか……。

 こういうときは、すぐに話題わだいえなくては。


「――魔導まどうには治療ちりょうの術とかないのかな?」


 そんなんがあればきずなんて、ちょちょいとなおせるはずです。


治癒ちゆ術はあるが、高位こうい魔導師まどうしでないと使つかえないな」


 ヒュリアの表情ひょうじょうもともどります。

 ふぃー、あぶねぇ、あぶねぇ。


 処置しょちんで美しいはだかかくれると、僕のテンションも下がっていきました。

 ホッとしたような、残念ざんねんなような……。

 気持ちが入りみだれて、なんかつかれてしまいました。


 僕はワインのびんを持ってヒュリアの対面たいめんすわります。


かったらヒュリア自身じしんの話を聞かせてくれないかな。もちろん言いたくないことは言わなくていいからさ」


 酒盃ゴブレットにワインをそそぎながら、おねがいしてみました。

 これからどうするか考えるのに、ヒュリアが置かれた状況じょうきょうを知っておくことは重要じゅうようです。


「そうだな、ツクモには私の身上みのうえを知る権利けんりがある……」


 ヒュリアはワインを一口ひとくちむと、しずかにかたはじめました。


 バシャルには大きな大陸たいりく西にしひがしに一つずつあり、今僕らがいるのは東の大陸だそうです。

 ヒュリアの国である『聖騎士団帝国せいきしだんていこく』は東の大陸の北西ほくせいはしにあります。

 この屋敷やしきのある人喰ひとくい森は、大陸の南東なんとうの端、オルマン王国おくこくきた国境付近こっきょうふきん位置いちしています。

 ここから帝国までは、かなりの距離きょりがあり、あるけば一月ひとつきは、かかるみたいです。


 このあたりは鬱蒼うっそうとした森林地帯しんりんちたいになっているらしく、けわしい地形ちけいとあいまって、滅多めったに人もかよいません。

 そのためなのか、いまだにどの国にもぞくしていない“無主地むしゅち”のままなのだそうです。

 そして、その森林地帯の最奥さいおう人喰ひとくい森があるというわけです。


 聖騎士団帝国せいきしだんていこくは、おおよそ1000年前の『災厄さいやくの時』、バシャルをまもるためにたたかった“三傑さんけつ”と呼ばれる人達ひとたち後継者こうけいしゃてた国の一つです。

 東の大陸では由緒ゆいしょ正しい国だとか。


「その『災厄さいやくの時』って何なの?」


「1000年前に突然とつぜんあらわれた『くろ災媼さいおう』と呼ばれる魔女まじょによってこされた戦乱せんらんのことだ。戦乱の終結後、バシャルの人口じんこう戦前せんぜんの三分の一にまで減少げんしょうしてしまった。どれほどはげしいたたかいだったかがわかるだろう……」


 黒の災媼さいおうたおすために立ち上がった三人の人物じんぶつが、のちに“三傑さんけつ”と呼ばれるようになります。

 それが、英雄えいゆうフェルハト・シャアヒン、聖師せいしフゼイフェ・ギュルセル、賢者けんじゃアイダン・オルタンジャ、です。


 英雄えいゆうフェルハトは『聖騎士団せいきしだん』と呼ばれる部隊ぶたいひきいていたのですが、『災厄さいやくの時』に戦死せんししてしまいます。

 そのため、彼の従騎士じゅうきしであった人物が、残された聖騎士団せいきしだんをまとめ、新たな団長だんちょうとなりました。

 そして彼らはたたかいの恩賞おんしょうとしてもらった土地をわせて、自分達の国である聖騎士団帝国せいきしだんていこく建国けんこくするわけです。


 帝国の初代皇帝しょだいこうていとなったのが、フェルハトの従騎士じゅうきしであり、彼の死後しご聖騎士団せいきしだん団長だんちょうとなった人物。

 ヒュリアのご先祖せんぞ様のチラック・ウル・エスクリムジさんなのでした。

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