第5話 ヒントが全然ピンとこない

 ヤルタクチュは次の養分ようぶんとしてヒュリアをねらっているにちがいありません。

 屋敷やしきおそれているみたいでしたが、獲物えもの誘惑ゆうわくにはてなかったんでしょう。


 気配けはいを感じたヒュリアはまわりを見回みまわし、が自分をねらってるって分かったみたいです。

 彼女はいたみにえながらをくいしばって立ち上がります。

 そしてマントをふらくと、こしげた剣を右手ではなちました。


 抜かれた剣が、月の光でかがやきます。

 ヒュリアのひとみ綺麗きれいですが、その剣の輝きも素晴すばらしいものでした。

 銀色ぎんいろ片刃かたば刀身とうしんに、うつくしい波型なみがたの青い刃紋はもんがうかんでいます。

 時代劇風じだいげきふうに言えば、かなりの業物わざもののよのう、って感じです。


「いい剣だね」


「私の師匠ししょうが作った傑作けっさくの一つだ」


 剣をめられて、ヒュリアはうれしそうです。


「ところでヒュリアは、さっきの騎士達きしたちみたいに魔導まどう使つかえるの?」


「いや、私は使えない」


「そうか、なら余計よけいいそがないと」


 すぐさま羅針眼らしんがんの“氏名”のところにヒュリア・ウル・エスクリムジとねんじます。

 するとヒュリアの名前が、“氏名”の文字にカタカナで上書うわがきされました。

 チャイム音がひびいて、名前の下にあらたな指示しじが出ます。


登録者とうろくしゃ口頭こうとうによる承諾しょうだく必要ひつようです』


 ふいにヤルタクチュの根の一本が敷地しきち侵入しんんゅうし、ヒュリアをおそいます。

 彼女は目のめるような剣さばきで根をはらい落とします。

 素人しろうとの僕でも彼女が、かなり強い剣士けんしだってことがわかりました。

 それをきっかけに複数ふくすうの根がヒュリアにおそいかかります。

 こういうのにれてない僕はどうしていいかわからず、ヒュリアの立ちまわりを見守みまるしかできません。


 ヒュリアは、根の攻撃こうげき見事みごとに、さばいていきますが、足元あしもとからしのったべつの根が足首あしくびにからみつき、引きたおされてしまいました。

 倒れたヒュリアをヤルタクチュは空地あきちへ引きずり出そうとします。

 彼女は引きずられないようにはしらにつかまってえていますが、長くはたないでしょう。


 あわてて、ヒュリアのうでをつかみました。

 敷地しきちの外に出れば僕には何もできなくなりますから、何としても出させるわけにはいきません。

 根の力にけないように、必死ひっしでヒュリアを引張ひっぱりながら、早口はやくちいかけました。


「ヒュリア・ウル・エスクリムジ! 耶卿やきょうになることを承諾しょうだくしますか?!」


 ヤルタクチュの力は強烈きょうれつで、気をけばすぐにでも持っていかれそうです。

 

「しょ、承諾する!」


 ヒュリアがこたえたとたん、またチャイム音がして、僕の視界しかいの文字が変化へんかしました。

 登録とうろくした名前や消滅しょうめつまでのカウントが消えて、別の文字があらわれます。


以前いぜん設定せってい引継ひきつぎを開始かいしします』


 しかしヤルタクチュは、ヒュリアの身体からだおおいかくすほど何重にもからみつき、引張ひっぱる力がさらつよくなりました。

 ヒュリアの手がはしらからはなれ、僕の手の中を彼女のうですべっていきました。

 ギリギリのところで、なんとか彼女の手をキャッチできましたけど、ヤルタクチュは僕ごとヒュリアを引きずりはじめます。


 手と手をつないでいたのが、ついにゆびと指だけになり、ヒュリアの身体からだ敷石しきいしの外に出てしまいます。

 そのとき、チャイム音とともに、また文字があらわれれました。


引継ひきつぎを完了かんりょうしました。全ての機能きのう使用可能しようかのうです』


 引きちぎられるように指がはなれると、いきおがついて、引張ひっぱるスピードが急激きゆうげきはやまりました。

 そのとき頭の中に、オペ兄さんの言葉がかびます。


(――結界けっかいっていう王道おうどう機能きのうもあるからね)


 僕はいちばちか、羅針眼らしんがんにむかってねんじます。


 結界発動けっかいはつどう


 かる圧力あつりょく身体からだにかかるのを感じたとたん、ヒュリアをつかまえていた根が、にぶおとを上げ、一瞬いっしゅん切断せつだんされました。

 ヒュリアはギリギリのところで敷地しきちから出ることをまぬがれたのです。

 彼女のまわりには、切られた根が散乱さんらんしています。


 ヤルタクチュは、結界けっかい地面じめんあいだはさまれ、つぶされるように切られたのです。

 目をこらすと、結界けっかい透明とうめいちかい青色をしていて、屋敷やしきをドームじょうおおっていました。


 ぎこちなく立ち上がったヒュリアは、とぼとぼともどってきます。

 もし結界けっかい発動はつどうがもう少しおくれていたら、ヒュリアの身体も一緒いっしょに切断されていたかもしれません。

 ホッとして、その場にへたりみました。


たすかったよ。――何をしたんだ」


周囲しゅうい結界けっかいったんだ。これでやつらは入ってこれない」


 ヒュリアは感心かんしんしたようすで、青いドームを見回みまわしました。


きずは大丈夫?」


「この程度ていど、どうということはない」


 ヒュリアは凛々りりしく笑ってみせます。

 いや、ヅカオタならよろこんじゃうかも。


「君は魔導まどうが使えるんだな」 


 ヒュリアは、落とした剣をひろい上げ、僕のよここしろしました。

 かたれあうほどの距離きょりに、ドギマギしてしまいます。


「う、うん……。ヒュリアが耶卿やきょうになったおかげだよ」


「そうか……、良かった……」


 ヒュリアは安心あんしんしたようで、はじめて女の子らしい笑顔をみせました。

 また、見惚みとれてしまいます。


屋敷やしきには、ほかにも力があるのか?」


「――ちょ、ちょっと待って。確認かくにんしてみる」


 見惚みとれてたことをごまかすために、あわてて羅針眼らしんがんを呼び出します。

 すると今まではなかった多くのしろい文字が浮かんでいました。

 文字は中央ちゅうおうをあけて、四方しほう配置はいちされています。


 とりあえずじゅんに見ていくことにします。

 上側うわがわには二つの項目こうもくがありました。 


耶卿やきょう氏名:ヒュリア・ウル・エスクリムジ 状態じょうたい:54/100』

『耶卿目的:聖騎士団帝国せいきしだんていこく皇帝こうていとなり国を取りもどす』


 左側ひだりがわには二つの項目。


耶宰術儀やさいじゅつぎ

交流関係こうりゅうかんけい


 右側みぎがわにも二つの項目。


耶代機能やしろきのう

倉庫備品そうこびひん


 下側したがわに三つの項目。


任務にんむ:ヤルタクチュを無力化むりょくかする。ただし絶滅ぜつめつはさける』

現状げんじょう

備考びこう


 そして中央ちゅうおうには白い文字より一回ひとまわりり大きい赤い文字で、指示しじが出されていました。


『屋敷を修繕しゅうぜんしてください』


 全ての項目をくわしくチェックしてみましょう。


 上側の二つは、ヒュリアについてのことですね。

 『状態』っていうのは、たぶん健康状態けんこうじょうたいじゃないでしょうか。

 100のうち54まで落ちんでますね。

 ケガもしてるし、仕方しかたありません。


 左側を見てみます。


 『耶宰術儀やさいじゅつぎ』っていうのは、僕が使える力についての項目だと思います。

 どういう内容ないようなのか知りたいって思ったら、別にウィンドウがひらきました。

 羅針眼らしんがんは、パソコンとつくりみたいです。


 ウィンドウは『術法じゅつほう』のらんと『儀方ぎほう』の欄に分かれていました。

 術法じゅつほう空欄くうらんですが、儀方ぎほうの欄に『家事全般かじぜんぱん』『出納すいとう』とあります。


 『交流関係こうりゅうかんけい』でもウィンドウを開くと、『盟友めいゆう』『請負うけおい』の二つの欄があって、全て空欄でした。


 次に右側の項目を見てみます。


 『耶代機能やしろきのう』っていうのは屋敷自体やしきじたいがもっている力のことでしょう。

 ウィンドウを開くとそこには『結界けっかい』『倉庫そうこ』『休養きゅうよう』『修繕しゅうぜん』『配置はいち』『化成かせい』『統火とうか』とあります。


 『倉庫備品そうこびひん』のウィンドウには、倉庫内にある品物しなものの名前と数量すうりょう表示ひょうじされています。

 木材もくざい石材せきざい薬品やくひん食料しょくりょう、酒、水、塩など色んな物が、たくさん入っていました。


 最後さいごに下側にある項目を見てみます。


 『任務にんむ』の項目にある指示しじは、もしかすると箱庭はこにわゲームなんかと同じものかもしれません。

 任務をこなすと、報酬ほうしゅうとか経験値けいけんちがもらえるやつ。

 だけど、無力化むりょくかしても絶滅ぜつめつがダメってことは、ヤルタクチュをのこらずやしちゃうなんてことはできないってことかな……。


 『現状げんじょう』のウィンドウを開くと、『耶宰やさい』の欄と『耶代やしろ』の欄に分かれていました。

 『耶宰やさい』の欄には僕の名前があり、状態:98/100となっています。

 死んでるけど、健康けんこうですからねぇ。


 『耶代やしろ』の欄の一番上には木造平屋もくぞうひらや表示ひょうじされ、横に耐久力たいきゅうりょく:0/100とありました。

 その下には、結界発動中けっかいはつどうちゅうしめされてます。


 最下部さいかぶにある『備考びこう』のウィンドウを開くとそこには、オペ兄さんが言っていた、ヒントがならんでいました。


上手じょうず人形焼にんぎょうやきを作るにはアンコを生地きじに合わせる』

『ビンゴゲームには漢字かんじの三を書いてみる』 

修羅しゅらのような騎士からすくうには、星のおもいをけつぐ』

古代こだい悪魔あくま六芒星ろくぼうせいにはさわってみる』


『本のむし師匠ししょうには黒と白の研究書けんきゅうしょを見せる』

借金娘しゃっきんむすめ返済へんさいには、まよねこ匂袋においぶくろわたす』

花咲乱はなさきみだれる森にもどすには、振動しんどうする水をあたえる』

『ロケットに入れば散歩さんぽ魔法まほうもできる』


げきアツな俺娘おれっこにはキャラメルをあたえる』

『メンヘラの芸術げいじゅつオタクには母が好きだった歌を聞かせる』

『モテ男の仙人せんにんは、国がまれたところにいる』

博打ばくちきのいんキャ男にはボドゲを教える』


魔女娘まじょっこがフリーズしたら、アップルパイを口にねじむ』

英雄願望えいゆうがんぼうのモヤシ男には肉を食べさせる』

従業員じゅうぎょういん俺娘おれっこ紹介しょうかいしてもらう』

『全てののぞみがかなったら、もつれた便たよりの部屋へやに行く』


注意ちゅうい:ヒントを口外こうがいする場合ばあい自主規制じしゅきせいにかかることがあります』


「なんじゃこりゃ!」


 つっこみどころ満載まんさいです。

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