第4話 冴えてる彼女の口説き方

「――保持ほじするものではあるのだが……、今は反逆者はんぎゃくしゃとしてわれるだ……」


「ほえー、お姫様ひめさまで、しかも次の皇帝こうてい? ほんとに?」


「信じなくてもかまわん。どうせこのいのち、もうながくはない」


「長くないって?」


帝国ていこく刺客しかくが私をさがして、ひがし大陸中たいりくじゅうっている。見つかればそくころされるだろう。先ほどの騎士きし達もその手の者だ。――この大陸にはもう、私が生きのびられる場所ばしょはない。」


反逆はんぎゃくって一体いったい何をしたの?」


「何も……」


 ヒュリアは口元くちもとをゆがめてくびりました。


「――何もしてはいない」


「じゃあなんで」


「このひとみせいだ……」


 彼女の声がどんどんくらくなっていきます。


「――お前がめたこの瞳の色が、私を世界のてきだと言わしめる」


 この綺麗きれいな瞳の何がいけないのか、あらためて、がん見してみます。

 そして、ヒュリアの可愛かわいさにやられて、ほほが熱くなりました。

 いや、もちろん気のせいです。

 かおはとっくにけてますから。


「――あかき瞳を持つ者は世界をほろぼす、と言われるからだ」


 ヒュリアは、しずかな声でつづけます。


世界中せかいじゅうの人間が私をおそれ、嫌悪けんおする。仮面かめんをつけずに瞳をさらせば、農民のうみん物乞ものごいにさえおそわれる。もうたすけてくれる者もいない。私は完全に孤立無援こりつむえんだ……」


「赤い瞳って言うけど、赤じゃないよね?」


「だが、赤にちかいだろ。仇敵きゅうてきはそこにつけこみ、私を世界の破壊者はかいしゃとして投獄とうごくした。私は処刑寸前しょけいすんぜん後見人こうけんにんに助けられて脱獄だつごくし、帝国をげた。帝国は逃亡とうぼうした私を反逆者はんぎゃくしゃとし、大陸中たいりくじゅう手配書てはいしょまわしたというわけだ」


「なるほど。若いのに苦労くろうしとるね」


 ヒュリアの年齢ねんれいは見たかぎり、20代前半だいぜんはんというところでしょうかね。

 僕より年上としうえかもしれません。


 とにかく、彼女の登場は、わたりにふね闇夜やみよ提灯ちょうちんです。

 羅針眼らしんがんのカウンターを確認かくにんしてみます。

 羅針眼らしんがん文字もじは、見たくないと思えばかくれ、見たいと思うと出てきます。


 消滅しょうめつまでののこり時間が0日0時間29分となってました。

 人のよわみにつけこむのはいやなんですが、あとがないところまできてます。

 なんとか彼女を耶卿やきょうにするしかありません。


「僕がたすけてあげようか」


 ヒュリアが、キッとなります。


「お前が助けるだと」


「うん」


「そもそも、お前は何なのだ」


「僕は地縛霊じばくれいで、この屋敷やしき管理者かんりしゃだよ」


地縛霊じばくれいというと、場所ばしょにとらわれたれいということか」


「うん、この屋敷からはなれられないんだ」


「私にとりついて、悪事あくじをなすつもりか」


「いやいや、とりつきかた知らないし」


「霊というからには、もとは人間か?」


「そうだよ。八上月雲やがみつくもっていうんだ」


「ヤガミツクモ? 全部ぜんぶ名前なまえか? 変わっているな。どこの出身しゅっしんだ」


日本にほん東京とうきょう


「ニホンノトウキョウ? どこにあるくにだ」


「――とおいところだよ」


 やっぱり日本も東京も知らないようです。

 異世界いせかいにいるってことをあらためて実感じっかんします。

 そしてそのことが、僕に決断けつだんせまりました。


「えーと、名前はツクモでいいよ。僕のことはツクモってんで」


 僕は日本の八上月雲から、バシャルのツクモになることで、自分のいた世界をふっきり、ここでヒュリアとやっていく覚悟かくごめました。

 だからなんとしてもヒュリアを耶卿やきょうにしてみせます。


「ツクモか……。それで私を助けるとはどういうことだ。からかっているのか?」


「いや真面目まじめな話しだし。助けるってことは君のちからになるっていうそのままの意味いみさ」


実体じったいのない地縛霊じばくれいが、私の力になれると?」


「なれると思う。ただし君にこの屋敷の耶卿やきょうになってもらう必要ひつようがあるんだ」


「ヤキョウ?」


家主やぬしたようなものかな」


「その耶卿やきょうになると、どうなる」


「この屋敷の力が解放かいほうされて、使つかえるようになる」


「屋敷の力?」


 ヒュリアはまゆをひそめます。

 そりゃまあ、こんな丸焼まるやけの屋敷に、何の力があるんだって思いますよね。


ことわったらどうする。私をとりころすのか」


べつにどうもしないって。――でもさ、君一人きみひとりの力であの人喰植物ひとくいしょくぶつてるのかい。勝てないなら、君はこの場から動けずに、え死にするしかないと思うけど」


「お前ならば、あれに勝てると?」


正直言しょうじきいうと、解放かいほうされてみないとわからないんだ。でもきっと屋敷の力は、君のやくに立つと思うんだけど」


「ふん、自分じぶんで自分の力がわからんくせに助けるだと。いいかげんなことを言うな!」


 オペにいさんは僕と屋敷が、耶卿やきょういのちすくかぎになると言っていました。

 つまりこの屋敷には封印ふういんされたすごい力があるのかもしれません。

 ここから僕の無双むそうはじまるなんてことも……。


「でも一人きりよりは、ましじゃない」


 ヒュリアは僕をにらみつけると、そのままだまりこんでしまいました。

 このままだと、らちがかないので、めかたをえてみます。


「――ヒュリア、君の一番いちばんのぞみは何かな?」


「私の望み……?」


「うん」


 ヒュリアは、ためらいがちにこたえます。


「――皇帝こうていになることだ。そしてくにもどす」


 言いったヒュリアの顔に悲壮ひそう決意けついがにじんでいました。


「なるほど、でっかい望みだね」


わらわないのか?」


「なんで、笑うのさ」


「さきほど話しただろう。私は自分のへい領地りょうちうしない、世界からうとまれ、まったくの一人きりだ。そんなやつの望みだぞ」


むずかしいかもしれないけど、不可能ふかのうじゃないさ」


 僕の心の中には、言うべきときに言えなかった言葉ことばが、よどんでいました。

 でも今、出口でぐちを見つけて、それがはげしくながれ出していく気がしました。


「――たしかに僕はたいした力にはなれないかもしれない。でももし君が耶卿やきょうになってくれるなら、この屋敷と僕は君のそのでっかい望みがかなうように全力ぜんりょくささえるよ。そして世界中が君のてきになっても、ずっと君の味方みかたでいるよ」


 自分で言っといてすこしずかしくなります。

 まるできな女の子にこくったみたいじゃないですか。


 ヒュリアは、顔をこわばらせて聞いていました。

 彼女の表情ひょうじょうには、てられた子犬こいぬのような、つよ不信感ふしんかんおびえがかんでいます。

 でもしばらくすると、うつくしい赤銅しゃくどうの瞳からなみだがこぼれました。


「――いましがたったばかりの私に、なぜそこまでのことをする。お前になんのとくがある……」


 涙がながれるままに、僕を見つめるヒュリア。

 僕は、また黎女れをなのことを思い出しました。

 ヒュリアの孤独こどく姿すがたが、黎女れをな面影おもかげかさなります。

 そして今度こんどこそ、僕はヒュリアをけっしてと、その涙にちかいました。


「君がったから……、じゃだめかな……」


 ヒュリアは幽霊ゆうれいでも見たかのようにおどろいてます。

 いや、実際じっさい見てるんですけどね。


 耶卿やきょうを見つけないと消滅しょうめつするってことは内緒ないしょです。

 一度いちど、女子にカッコ良いセリフを言ってみたかったんですよねぇ。

 ここでドラマの主人公しゅじんこうみたいにクールな感じで笑ってみせたいところですが、顔がけてかたまってるので無理むりです。


「私は……、私は……、世界から拒絶きょぜつされるのろわれた者だぞ。助けようとしてくれた者はみな、悲惨ひさん運命うんめいをたどり、いのちを落としている。私にかかわれば、お前にもわざわいがふりかかるかもしれんぞ」


「――僕、もう死んでるからねぇ」


 一瞬いっしゅん、あぜんとしたヒュリアは、きだします。


「まったく……、もういい……、どうでもいい……。見た目はおそろしいが、愉快ゆかいやつだな、君は。わかった、その耶卿やきょうとやらになろう。――味方みかたになるって言葉が、こんなにもうれしいなんて……」


 ヒュリアは涙をふきながら、き笑いしています。


 内心ないしんガッツポーズです。

 ナンパに成功せいこうしたときってこんな気持きもちなんでしょうか。

 生きてるときは、ヘタれてできませんでしたが。


 かたが、お前から君にわったことも、なんか良い。

 でもやっぱ見た目がこわいんだ、僕……。


 かんがえてみると、上から目線めせんで助けてやるっていうのは、ホント傲慢ごうまんでしたね。

 ヒュリアがおこってだまり込んだのも無理むりはありません。

 知らないうちに自分のパートナーに、こんな態度たいどをとって、さよならって言われる男が一杯いっぱいいるんじゃないかなぁ。


 気をつけないとねぇ。

 いや、もうおそいか……。


「じゃあ、すぐに登録とうろくすませちゃおうかね。さもないと大変たいへんなことになりそうだ」


 さっき気づいたんですが、いつのまにか屋敷のまわりをかこむように、無数むすうのヤルタクチュの地面じめんから立ち上がってるんです。


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