第3話 クリメイションして出会いを求めても間違いじゃないんです

 オペ兄さんとの交信こうしんから六日間、ひと子一人こひとりみかけることはありませんでした。

 あまりにひまなので、地面に青と黄色の猫型ねこがたロボットの絵をならべてえがいたり、演歌えんかをラップで歌ってみたり、アゲアゲでボックスステップしてみたりしてごしました。


 そしてとうとう、最後さいごの七日目の夜がやってくるわけです。

 のこり時間は60分を切っています。

 だれか一人ぐらいは来るんじゃないっていう見通みとおしは、あまかったみたいです。


 でもまあ、オペ兄さんに消滅しょうめつするって言われましたけど、こわさやあせりは感じてません。

 なんか現実味げんじつみがないんです。

 いっぺん死んでますからねぇ。

 そうは言っても、消滅はしたくありませんので、できるだけのことをしようとは思います。


 カッコ良い呪文じゅもんなんて知らないので、南無阿弥陀仏なむあみだぶつをとなえながら、けたはしらまわりをグルグルまわって、耶卿やきょうになってくれる人が来ることをいのりました。

 地縛霊じばくれいが南無阿弥陀仏をとなえたら、成仏じょうぶつしそうですけど、大丈夫だいじょうぶでした。


 ほかにもアブラカタブラとか、領域展開りょういきてんかいとかさけんでみましたが無駄むだでした。

 もう駄目だめかなってあきらめかけたとき、空地あきちこうがわの森から何かが飛び出して来ました。

 月の光にらされてかび上がったのはうまった人物じんぶつです。


 だけど優雅ゆうが手綱たづなをさばいて進んでくるわけではありません。

 必死ひっしに馬のくびにしがみつき、顔をたてがみにうずめて、がむしゃらに屋敷やしきにむかって走って来るんです。

 顔はわかりませんが、ボロボロのマントと茶髪ちゃぱつのショートヘアが、ちらりと見えました。


 そのすぐ後、マントの人の馬をいかけるように、三体の馬があらわれました。

 馬上ばじょうには銀色ぎんいろ甲冑かっちゅうをつけた、中世ちゅうせい騎士きしのような姿すがたがあります。

 騎士達は馬をあやつりりながら器用きようはなちました。

 矢は前を走るマントの人に向かって飛び、何本かが命中めいちゅうします。


 このままだと射殺いころされちゃうよ!

 やっと人が来たワクワクと、目の前で人殺ひとごろしが起きそうなハラハラで、精神状態せいしんじょうたいはグチャグチャです。


 騎士きしの一人が、マントの人に追いつき、けんで切りつけようとします。

 でもそのとき、空地あきちの地面があちこちから、何かが出てきました。

 それは人間のうでほどの太さがある褐色かっしょく触手しょくしゅのようなものです。

 触手しょくしゅはコブラみたいに立ち上がり、うねうねと動いています。

 きっとこれが、オペ兄さんの言っていた人喰植物ひとくいしょくぶつヤルタクチュのなんだと思います。


 騎士達はおどろいて、馬を急停止きゅうていしさせました。

 一方、マントの人は馬をめることなく、屋敷やしきへつっこんできます。

 は、コブラが獲物えものみつくような動きで、騎士が乗る馬のあしにからみつきました。

 あしをとられた馬は転倒てんとうし、騎士達は地面じめんげ出されます。


 屋敷やしきのすぐそばまで来ていたマントの人の馬も、同じようにからみつかれて転倒てんとうします。

 投げ出されたマントの人は、そのいきおいで前転ぜんてんし、透明とうめいかべ内側うちがわまでころがりこんできました。

 数本の根が、つかまえようとしましたが、危機一髪ききいっぱつですりぬけます。


 根は屋敷のそばまで来ると、透明とうめいかべからは中にはいらずに、地面の下にもどっていきます。

 屋敷やしきを恐れているような感じです。


 一方、三騎士さんきし四頭よんとうの馬は、根につかまって地面の中に引きずりまれそうになってます。

 騎士達は剣で切りつけて脱出だっしゅつしようとしますが、根がかたくてやいばとおりません。


 こりゃわれたね。

 ご冥福めいふくをおいのりします。


 成仏じょうぶつねがって手をわせたとき、ふいに一人の騎士が手をあげました。

 すると、青く光ったてのひらからほのおたまが飛び出して、からみつく根に向ってんでいきます。

 炎の球は、根にたると広範囲こうはんいを燃えあがらせ、根をどんどん焼きはらっていきました。


 スゲェ……。

 これ、炎の『魔導まどう』ってことですよね。

 本物ほんもの魔法まほうはじめて見ました。

 魔導まどう使えたら、ステキやん、僕もしい。


 他の騎士達も、それぞれかぜみず魔導まどうを使って根を攻撃こうげきし始めました。

 水は、細長ほそながい水流すいりゅうになって、ムチのように根をたたっています。

 風は、つむじ風になって、根をきこみ、粉砕ふんさいしていきます。

 炎の威力いりょくにはおとりますけど、どちらもなかなかやりますな。

 これなら逃げ出せるかもしれません。


 でも、ヤルタクチュの方が、さらに一枚上手いちまいうわてでした。

 周囲しゅういの土がまるで意志いしがあるかのうように炎に向って飛び、上からおおいいかぶさって消していきます。

 水と風の魔導まどうも、土があつまって作られた障壁バリアではじかれて、攻撃こうげきふせがれてしまいます。

 ヤルタクチュが魔導まどうで土をあやつってるってことなんでしょう。

 植物しょくぶつなのに魔導まどうが使えるんだ。

  

 感心かんしんしている僕を尻目しりめに、終わりのときがやってきました。

 にぶ金属音きんぞくおんがして、騎士達が口から血を噴出ふきだします。

 きついた根が、甲冑かっちゅうごと身体からだつぶしたんだと思います。

 ぐったりと動かなくなった騎士達は、根に引きずられ地面の中へとえていきました。

 ヤルタクチュ、こえぇ……。


 ふと思い出してマントの人に目を向けると、いずりながら屋敷やしき土台どだいまで上がってきていました。


 さてどうしたもんか……。

 この人を耶卿やきょうにするしかないのかなぁ。

 でもまず僕の姿は人には見えないので、どうしたら気づいてもらえるかを考えます。


 自宅じたく鎮火ちんかした後、消防員しょうぼういん警察官けいさつかん、そして単身赴任たんしんふにんから帰って来た父親にも、見えてませんでした。

 顔の前で手をったりとかしたんですけどねぇ。


 マントの人は、つんばいで、くるしそうにかたで息をしていましたが、なんとか身体からだこします。

 そして自分の左肩ひだりかた左太腿ひだりふとももに刺さった矢を、大きなうめき声を上げながら引きぬきました。


 太腿ふとももの傷はふかかったみたいで、噴出ふきだします。

 マントの人は、ボロボロのマントのはし細長ほそながき、包帯ほうたいにすると、傷口きずぐちきつけて強くしばりました。

 これである程度ていど血は止まるでしょう。


 応急手当おうきゅうてあてを終えたマントの人は、その場に仰向あおむけに寝転ねころがり、何度なんど深呼吸しんこきゅうしています。

 ためしに上から顔をのぞきこんでみました。


 マントの人の顔は、はだ緑色みどりいろで、鼻と口は無く、直線的ちょくせんてきほそい目だけがありました。

 あきらかに人じゃないです。

 背筋せすじがゾワッとしました。


 マントの人もヒッと声を上げ、ぎゃく四つんばいになって、いきおいよくあとずさりします。

 どうやら見えてるみたいですね。

 しかし、化物同士ばけものどうしでお見合みあいして、どちらもビビッてるなんて、コントかよ。


「ば、ばけものっ!」


 悲鳴ひめいは、女性じょせいのものでした。

 夜中に黒こげの地縛霊じばくれいえば誰だってビビりますわな。

 まあ、おたがいいさまですけど。


「はい、正解せいかい。ばけものです。だけど君もそうでしょ?」


 聞こえるかどうかわかりませんが話しかけてみました。

 彼女?の身体が大きく波打なみうちます。

 聞こえたみたいです。

 姿すがたを見た上に、しゃべりかけられたら、ショックでかいですよね。


「そんな鼻も口もないみどりの顔、妖怪ようかい悪魔あくまかな?」


 どうしていいかわからないのか、ふるえたまま、フリーズしています。


「だから正義せいぎの騎士に退治たいじされそうになってたわけ?」


 いかりが、恐怖きょうふに勝ったようで、彼女?が怒鳴どなりました。


「わ、私は人間にんげんだ! よく見るがいい、これは仮面かめんだ!」


 後頭部こうとうぶむすばれていたひもほどかれて、緑の仮面かめんはずされます。

 あらわれた顔を見て、僕は息をみました。

 アイドルグループのセンターよりも、月9ドラマの主演女優しゅえんじょゆうよりも、はるかに綺麗きれい可愛かわいい女の子なんです。


 それに彼女のひとみ……。

 僕は今までそんな色をした瞳を見たことがありません。

 赤銅色しゃくどういろなんです。

 それは、たとえは悪いかもしれませんが、できたての10円玉の色。

 あわ月光げっこうらされて、キラキラと神々こうごうしくかがやいています。


 ラノベやマンガで一目ひとめぼれの場面ばめんがあると、ありえねぇって馬鹿ばかにしていたんですが、自分がそんなことになるなんて……。

 しばらく彼女に見とれていました。


「――な、なんだ」


 だまったまま見つめているせいで、恐怖心きょうふしんもどってきたらしく、彼女はまた身体をふるわせ始めます。


綺麗きれいひとみだね……」


 思わず口から言葉が出ました。

 彼女は目をまるくした後、顔をせます。

 そして、しばらくの沈黙ちんもくの後、ためらいがちに口をひらきました。


「人からさげすまれたこののろわれた瞳を、化物ばけものに綺麗だとほめられるとはな……」


 自分を見捨みすてたような、なげやりな口調くちょうです。


「君、名前は?」


「化物に名乗なのる名などない」


 いわゆる、塩対応しおたいおうというやつですね。


「あのね、ここは僕が管理かんりをまかされた屋敷やしきだよ。勝手かってに入って来といて無作法ぶさほうなんじゃないのかな」


 赤銅しゃくどう色の瞳が、いどみかかるように僕を見据みすえます。

 でも言葉は冷静れいせいでした。


「――たしかに正論せいろんだ。たとえ人外じんかい領域りょういきとはいえ、無断むだんで入ったことはれいおこないだった。びさせてもらおう」


 彼女は、姿勢しせいをただして頭をさげました。


「ならば、あらためて名乗なのらせてもらう。私は、ヒュリア・ウル・エスクリムジ。聖騎士団帝国せいきしだんていこく第一皇女だいいちこうじょにして、次期皇帝じきこうてい権利けんり保持ほじするものである。ただ……」


 うへっ、すごい来ちゃったよ。


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