第2話 ガイダンスで怪談する

八上月雲やがみつくも君、聞こえたら、返事へんじをください)


 声のぬしは、僕の名前を知ってます。


「だ、誰ですか……」


 おそおそる、返事をしました。


(僕は“ピー”です)


 肝心かんじんなところがピーおんされてます。


「ピー音で聞きとれないんですけど」


(あっ、そうか、名前や身元みもとは教えられないんだっけ……)


 なぞの声は一人ひとり納得なっとくしてますね。


(――えーと、僕はオペレーターお兄さんです。オペにいさんと気軽きがるんでください。どうぞよろしく)


 オペ兄さんって……。

 全部ぜんぶ、カタカナにするとエロいな。


「さっき手をってくれたのは、あなたなんですか?」


(あっ、あれね。僕じゃないですよぉ。――はい、それでは、時間がないので、早速さっそくガイダンスに入らせてもらいます……)


「いや、ガイダンスって……」


 オペ兄さんは、つっこむ僕をほったらかして、説明せつめいはじめました。



 ●この異世界いせかいはバシャルという名前であること。

 ●バシャルには人間だけでなく、エルフ、妖獣ようじゅうドラゴンなどが存在していること。

 ●バシャルの人達は魔導まどうと呼ばれる魔法まほうが使えること。



 ●この全焼ぜんしょうした家は、『人喰ひとくい森』の中にある『屋敷やしき』と呼ばれていること。

 ●屋敷やしきは、『魔導儀方まどうぎほう』のカテゴリーにある『耶代やしろ』の儀方ぎほうでつくられた建物たてものであること。

 ●魔導儀方まどうぎほうとは単独たんどく魔導まどうを使うのではなく、修得しゅうとくしている技術ぎじゅつ特殊とくしゅな物などといっしょに魔導まどうを行う場合をしていること。


 

 ●『耶卿やきょう』とは『耶代やしろ』に存在目的そんざいもくてきあたえる者であること。

 ●僕は、その『耶代やしろ』の管理者かんりしゃである『耶宰やさい』として、何者なにものかに召喚しょうかんされたこと。



 ●『耶卿やきょう』を登録とうろくしないと、カウントがゼロになったとき僕は消滅しょうめつすること。

 ●消滅すると二度と転生てんせいできず、微細びさいなエネルギーに分解ぶんかいされること。

 ●『耶宰やさい』は『耶卿やきょう』には、なれないこと。


 

 ●『屋敷やしき』は、この『耶代やしろ』の魔導儀方まどうぎほうによって意識いしきを与えられた物であること。

 ●『耶宰やさい』とは『耶代やしろ』の意識いしきみちびきき、それにわって意志決定いしけっていをくだす者であること。



 まあ、異世界いせかいなんで、トンデモ設定せっていでもけ入れるしかありません。

 だけどスルーできないことがあり、質問しつもんしました。


意識いしきあたえられたって、まさかこの屋敷やしききてるんですか?」


(まあ、今はそういう認識にんしきで良いと思う。極論きょくろんすると、屋敷やしきは君の身体からだで、君は屋敷やしきこころ、みたいな感じかな。屋敷の心になるなんて地縛霊じばくれいには、もってこいの仕事しごとだよね)


「でも、全焼ぜんしょうしちゃってますけど……」


(その『耶代やしろ』には特殊とくしゅ機能きのうがあってね。その機能のおかげで、外見上がいけんじょう全焼ぜんしょうしてるけど、まだ意識いしきたもってるんだ)


 いまひとつ合点がてんがいかない僕をりにして、オペ兄さんは説明をつづけました。



 ●僕は、今のところ魔導まどうなどを使えないが、『耶卿登録やきょうとうろく』をませると、『耶代やしろ』の機能がすべ解放かいほうされて、いろんな力を使えるようになること。

 ●僕の視界しかいあらわれた文字もじは、『耶代やしろ』が機能きのうの一つで『羅針眼らしんがん』と呼ばれていて、『耶宰やさい』とコミュニケーションをとるための手段しゅだんであること。



 ●地縛霊じばくれいである僕がこの世界にいられるのは、『霊器れいき』と呼ばれる依代よりしろのおかげであること。

 ●『霊器れいき』は紫色むらさきいろ宝石ほうせきのようなものであること。

 ●『霊器れいき』は『耶代やしろ』の機能きのうの一つである『倉庫そうこ』の中にあって、装飾品そうしょくひんのようにかべかざられていること。



 ●『霊器れいき』がこわれれば僕は消滅しょうめつすること。

 ●『羅針眼らしんがん』のカウンターは、『霊器れいき』がこわれるまでの時間をしめしていること。



「その『倉庫そうこ』っていうのは、どこにあるんですか」


 まわりを見てもすみになったはしらがあるだけで、倉庫そうこらしい建物たてものは見つかりません。


(『倉庫そうこ』はラノベやゲームでおなじみのアイテムボックスみたいなものでね。生物以外せいぶついがいなら何でもれられ、好きなときに取り出せる便利機能べんりきのうだけど、可視化かしかされていない。でも、屋敷やしきめる空間くうかんの中に今も潜在的せんざいてき存在そんざいしてるんだ。――ところでさっき言った特殊とくしゅ機能きのうっていうのは『倉庫そうこ』のことでね。『倉庫そうこ』がまだ残っているから、建物たてものが焼けていても、『耶代やしろ』の意識いしきは残ってるわけ)


「でも今は使えない……?」


(そういうこと。とにかく『耶卿登録やきょうとうろく』をませないと何もできないってことさ。『倉庫そうこ』のほかにも結界けっかいっていう、王道おうどう機能きのうもあるからね)


 僕はそこであることに気づきます。


「――もしかしてですけど。僕は、その登録とうろくした『耶卿やきょう』さんと、このさきずっと一緒いっしょにやっていく、なんてことはないですよね?」


(いやいや、登録とうろくしといて、はいサヨナラのわけないでしょ。一度、登録したら、『耶卿やきょう』ののぞみが、『耶代やしろ』の目的もくてきとして設定せっていされて、その目的が達成たっせいされるまで、『耶卿やきょう』を変えることはできなくなる。『耶卿やきょう』の方も、目的達成まではやめられない。だから長いつきあいになるのは覚悟かくごした方がいいね)


 気分きぶんわるくなりました。

 だれかとずっとつき合いをつづけなければならないなんて、ウザすぎます。

 僕は、人間関係にんげんかんけいをつくるのが苦手にがてというか、気持ち悪いとかんじてしまうのです。

 だから、みんなしがる親友しんゆうなんてものはいません。


 最近さいきん、テレビなんかを見ていると、“きずな”だとか、“つながり”だとかを人間関係にんげんかんけい理想りそうみたいにしてきますけど、僕はそうは思いません。

 全部ぜんぶがそうだとは言いませんが、おえらい人達が言う“きずな”なんて、自分達じぶんたちの気にわない人間ややくに立たない者をめ出して、気の合う仲間なかまや自分の利益りえきになる人達だけでやっていこうという差別さべつあらわれだと思うのです。 


 そもそもあえて“きずな”とか“つながり”とか言わなくても、人間はみんな周囲しゅういとつながって生きているし、つながらなければきていけないのです。

 そんなことは他人たにんからけられなくても自然しぜんとできているのです。

 だからこんなたり前のことを、わざわざ言いふらして、強要きょうようする人達には、うらべつ理由りゆう目的もくてきがあるんだと思うし、そんなことでまれた“きずな”なんて本物ほんものであるはずがないのです。


 中学のとき、僕はそういうゆがんだ仲間意識なかまいしき犠牲ぎせいになり、いじめられました。

 それ以来いらい、人との“きずな”とやらをけてきたのです。


 だからと言って、ヒキニートやコミュしょうになったわけじゃないです。

 大学だいがくには行きませんでしたが、会社員かいしゃいんとして普通ふつうはたらき、同僚どうりょうの人達とも、あさいつきあいだけれど、問題無もんだいなくやっていました。

 “きずな”なんてもとめなくても、あさいつきあいぐらいでちょうど良いし、ちゃんと社会人しゃかいじんとしてやっていけるのです。

 むしろそんなものをつよもとめるから、心がくるしくなるのです。


(君のかんがえはよくわかる。人と人の“きずな”なんて所詮しょせん要領ようりょうの良いやつが、利益りえきまもるための手段しゅだんでしかないってことだよね)


 オペ兄さんは僕の心をんだかのように言います。


たしかにすべての“きずな”が本物ほんものとは思えない。でもさ、ぎゃくも言えるよね。全ての“きずな”が偽物にせものでもないってさ)


 確かにそのとおり。

 でもそんなものあるのでしょうか。


むかしの君は本物ほんものの“きずな”ってやつを持ってた気がするけど)


 オペ兄さんの言葉が心臓しんぞうわしづかみにします。

 心に黎女れをなの顔がかびました。 

 まさか、オペ兄さんは僕の過去かこを知っているのでしょうか。


「なんで、そんなことを言うんですか?」


 でも、オペ兄さんはいかけを無視むししました。


(――さて、時間も残りすくないから、必要ひつようなことを言ってしまうね)



 ●屋敷やしき周囲しゅういえているは、『ヤルタクチュ』と呼ばれる人喰ひとくい植物しょくぶつで、人や動物どうぶつ触手しょくしゅのようなつかまえ、地中ちちゅうきずりんで養分ようぶんにしていること。

 ●そのため周辺しゅうへんむ人が、この森にちかづくことは、まずありないこと。



 ●だから制限時間内せいげんじかんないに人があらわれたなら、それは奇跡きせきであり、相手あいてがどんな悪人あくにんだろうが変人へんじんだろうが、いのちがけで説得せっとくし、かならず『耶卿やきょう』になってもらうこと。

 ●登録とうろうには『羅針眼らしんがん』の氏名しめい部分ぶぶんに『耶卿やきょう』になるものの名前をねんじ、承諾しょうだくの言葉を本人ほんにんの口から言わせること。



「そんな! あと七日しかないんですよ! 本当に人が来るんですか!」


(それは、禁則事項きんそくじこうです)


 裏声うらごえで色っぽく言うオペ兄さん、とってもキモいです。

 あのロリ巨乳きょにゅう先輩せんぱいには程遠ほどとおい。

 でも、あれっ?

 このもとネタを知っているということは、オペ兄さんは日本人?


「もしかして、オペ兄さんは日本人ですか?」


禁則事項きんそくじこうです。てへぺろ)


 この野郎やろう……。


最後さいごに、君がバシャルでの困難こんなんり切るための『ヒント』が『羅針眼らしんがん』にいてあるんで、『耶卿登録やきょうとうろく』が完了かんりょうしたら、備考欄びこうらんひらいてみてね。――さて、そろそろわりかな。あとは、みんなと相談そうだんしながら上手うまく切りけて)


「えっ、これだけですか?!」


(君との交信こうしん時間は10分だけなんだ。右下のカウンターが10分経過ぷんけいかしてるでしょ)


 たしかに『羅針眼らしんがん』のカウンターは6日29時間48分をしめしてます。


(それじゃ月雲つくも君、どうかガンバって。そしてくれぐれも『耶卿やきょう』とは仲良なかよくしてね。『耶卿やきょう』ののぞみは君と『耶代やしろ』への制約せいやくでもあるけれど、一方で君と『耶代やしろ』を進化しんかさせる原動力げんどうりょくでもある。その進化しんかが『耶卿やきょう』のいのちすくうことさえあるからね。おっと、もう時間だ。僕とはいつか再会さいかいできるから、そのときまで、さよならだよ)


「ちょ、ちょっと、って!」


 そこでオペ兄さんとの交信こうしん途絶とだえます。

 そのあと、僕が何を話しかけても、こたえはありませんでした。

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