第三話 邂逅と抵抗
「これが勇者の弊害だよ。彼の善悪、死生観は私たちのそれと大きく異なる。残酷にもこうして実現できてしまう圧倒的力がある。この村の住人は一種の強力な催眠状態に陥っているんだ。悲しみを無くすという彼の理念の一つによって」
仲間が粛清という名のもとに殺されたのに喪失感を持てず、悲しくもならない。それどころか殺した側を善となし、崇拝する。それがこの村にかけられた正義という名の呪いである。
「この人たちは…本心なんですか?僕は違う世界から来たから実は知らないだけで僕たちの方が間違ってるって事は無いんですか?」
答えはわかってたけど今はすぐにでも逃げ出したかった。受け入れる事で逃げようと思ってた。
「正しかったとして、君はそれでいいのかい?死者に対して悲しむ事ができない、そんな世界を君は受け入れるのかい?」
片岡さんは覗き込むようにこちらを見つめてくる。真っ直ぐな冷たい目線だった。
今の勇者を轢いた後、連絡を受けた彼の母親は用意していた夕飯を薙ぎ払い、机の足にしがみついて泣いたそうだ。後から聞いた。
あの時、俺は彼と彼の親のその後をも殺したのだと深く後悔した。彼の両親は今もなお亡き息子を思い、悲しんでいる。その事実があってか、理解ができなかった。自分に向けられたのと同じ悲しみをどうして不要なものと判断するのか。怒りが湧いてきたがどうすることもできなかった。
俺が、人を殺して、その周囲の人までも悲しませた俺が怒っていいものなのかわからなくなってきた。でも止めたかった。さっき会ったばかりの人たちに人間らしく生きて欲しかった。
「…嫌です。そんな世界僕は嫌です」
「泣き顔以外にもいい顔できるんだね、アカリくんは」
相変わらず綺麗な笑顔だ。待って、馬鹿にされてない?
少し休み、吐き気が収まってきたところで気合を入れ直した。でも、嫌だとは言え、する事はそんなに無いらしい。曰く
「まぁ勇者の魔術は世界最高峰だからね。そう簡単には解けないんだよねー。私たちがやれる事はちょっとでも手がかりを探して、本部に報告をして活路を見出す事だよ!がんばろー」
との事だ。まずは村人が何人消えたか、年齢別、性別などで調べた。元々500人程の小さな村だったがそれでも相当ハードなものだった。住民は基本いなくなった人は覚えておらず、覚えていても詳細はほとんど得られない。普通のコミュニケーションは取れるため、死者に対しての情報だけごっそり抜け落ちているという不気味さが際立っていた。結果としては、男性は18〜52歳まで、女性は18〜28歳まで失踪又は死亡が確認された。数にして総人口の約半分。女性の年齢幅が小さいのは多分そういう事だろう。同じ男としても反吐が出る。
「ここまで露骨だったかー」
片岡さんも苦笑いしている。心の底ではどう思ってるかはわからないが顔には出さないようにしているのだろう。
「うーん、大分情報は集まったんだけどどれも核心には程遠いねえ。特に何故大量の男性を殺したかについてはほぼ謎だ。まぁ今までも理解できる部分一個もなかったけどね」
それから進展のないまま時間だけが過ぎていた。調査を開始してから2日後の夕方に差し掛かった時、片岡さんと俺は食堂で早めの食事を済ませ、窓の外を見ながら話していた。
「今日も大した成果は無しと…どうしますか?帰ります?散々勇者のいい所聞かされて頭痛くなってきましたよ」
愚痴に入ろうとしたその時、片岡さんは窓の外の何かに気付き、静かにと人差し指を口に当ててこちらを見た。
「しーっ、静かに、賊。いち、にー、さん…いや、まだいる。十はいるな。あー、なるほど。見張りすらいないのかこの村は」
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