第二話  悲哀と喪失



その夜は久しぶりによく眠れたような気がした。夢自体を見ることも無く目が覚めたら少し固めのソファに横になっていた。多量の情報の摂取により混乱してたとはいえ、昨日は判断を間違えたようで不安になってくる。利用されたという怒りはあれど一度殺してしまった人をもう一度、殺すまではいかなくても対立するという、なんとも俺に資格が無さそうな仕事を了承してしまったのだから。片岡さんはあの後仕事が入ったと言って部屋を出ていった。どうやらここは街のはずれにある一軒家で片岡さんは山道を少し行った村に居るという。何故右も左も分からない俺をここに置いていくのか疑問はあるが仕事ならば仕方ない。どんな状況でさえ、出勤というのは大人に付きまとうものだ。もしくは昨日みっともなく泣き喚いてた俺の心情を察してそっとしておいてくれたのだろう。だけどいつまでもメソメソとしてられないのも事実。仕事を与えられた人間ならばそれをしっかりと行うのが常識であろう。そうと決まれば片岡さんを手伝わなければ。寝癖をできるだけ梳かして外に出た。外は澄んだ空気と涼し気な風の吹く山の中であった。方向なんて全く分からなかったが幸い道はひとつしかなく、下の方に開けた所があるのも確認できた。植生も詳しくないため元いた所とさほど大差ないように感じられた。死んで違う世界に来ているという実感が一切湧かないほどだ。10分ほどでその村には到着した。村は活気に溢れているとまではいかないが主婦は談笑し、子供は楽しそうに走り回っていた。老人は羊のような生き物を育てたり、軒先で座っていた。


「おや、最近は旅のお方が多いねぇ。さっき来たべっぴんさんの旦那さんかえ」


ぼーっと村を眺めていたら後ろから声をかけられたので変な声が出た。見ると小柄な老婆が段差に座っていた。


「いや、そういうんじゃないんすけど。うん、その人今どこにいます?」


「あっこの食堂におると思うなあ。お昼時やからなあ」

そういうと老婆は俺の手を取り、杖をつきながらゆっくりと食堂のある方向へ歩き出した。少し驚きはしたが老婆の優しさと握られた小さな弱々しい手でいつもの半分の歩幅でゆっくりと歩くことを決めた。食堂に着いた時片岡は食べ終わったあとであった。老婆とわかれ、老婆の友人らしき料理人とその娘たちが作る料理の入ったプレートを貰い、片岡の目の前の席に座った時、ちらっと老婆が親指を上げこちらに突き出しているのが見えた。それで少し吹き出してしまった。

「ん?どうしたアカリくん」


「いえ、なんでもないです」

腕で口を押さえる。片岡さんは少し不思議そうにしていたが何事も無かったように喋り始めた。


「上からの要請でな、ここに来たらしいんだよ」


「え?誰が?」


「あいつだよ。勇者」

勇者、そんなやつもいるんだ。中々別世界感が増したんじゃなかろうか。勇者ねぇ、剣を振るい、魔法を使う、いいねぇ憧れるねぇ。


「あれだよ。アカリくんが撥ねたやつさ」

冗談交じりに弄ってくる。やめてくれよ、まだ結構引きずってんだから。それはそうと、あいつか確か名前は。


東風谷 彼方こちなた かなた、でしょ?でもね、今のあいつはファレル、この世界での選ばれし者、


ファレル、なんだかかっこいい名前貰ってるじゃん。こちとらまだ前世に縛られたままの名前だっちゅうのに。それだけで恨み増えそう。


「で、その勇者が来た村で何を?来るくらいどうってことないんじゃないんすか?」


「それを今から見に行こう」

大人な笑顔を浮かべた片岡さんであったが、それは俺の完食の催促であった、その証拠に人差し指でコンコンと机をつついている。


見に行くといっても実際は村を散策するだけであった。建築途中なのか屋根が剥がされた民家、積まれたままの大きな木箱、たくさんの荷馬車などを見て歩いた。少し面倒くさがりな気質な所以外は違和感のない普通の村だった。村初めて来たけど。


「ちょっと寂れてるけどいい感じですね。穏やかで心地よくて」


「本当に?違和感ないのかい?そこのおばあさんにあの屋根はいつ直るのか聞いてごらん。誰が直すのかでもいいけど」


誰が直す?そんなん決まってんじゃん。

答えを言いかけて今までの事を思い出す。心の中に自分の答えがうっすらと出て、答え合わせをするかのように老婆に話しかける。


「あ、あの。あの屋根って誰が直すんですか?」


「えぇ?屋根?屋根って言ったのかい?ああそんなもんいないよ!いるわけないじゃない」


妙な緊張感があった。分かりきった事を改めて聞くような恥ずかしさもあった。


「この町に働ける男の人はいないんですか?」


何故か恐る恐る聞いてしまう。


「いるわけないだろう?勇者様が


「粛清?殺されたってのか?じゃああの人の旦那さんは?子供がいるんでしょ?あのこの子の父親は?あのおばあさんの息子は?」


村の人たちを乱暴に次々と指さして言った。語気が荒くなってきた。そんなはずはないんだと訳の分からない言葉がぶつぶつと漏れてきた。何故殺されてそんな他人事のようにできるんだ。


「全員悪だと勇者様が判断なさったんだ。素晴らしい正義を持つお方だ。若い女衆はみんな勇者様を慕って村を出ていったよ。私ももう少し若ければなぁ」


老婆は眼を輝かせて言った。この老婆は本気で言っているのか疑わしく思えた。気持ち悪い。そう思うしか無かった。明らかに本気でそう、勇者への賛美を口にしているのだ。自分たちの村の仲間が殺されたのにも関わらず。気持ち悪さが込み上げて近くの民家の影で吐いた。寒気と恐ろしさと気持ち悪さが執拗に襲ってきた。今までの違和感はこれだった。昼時にもかかわらず誰も働いてない。仕事場と言えそうなところに働いている者が誰もいない。働けそうな男は殺され、若い女は全て消え去り、それを当然のことのように受け入れる。そんなこの村の人々の気持ち悪さを実感し、また吐いた。

優しく、背中を摩る感触がした。片岡さんだった。


「大丈夫かい?アカリくん。残念だが、これが勇者の弊害だよ。あいつはこれを善となして、それを周りは賛美するんだ」


残酷にも彼女はそう言った。

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