第7話 また君に逢えたなら
「約束……か」
翌朝、目が覚めたおれは日付を確認するよりも前に呟いていた。
――推してほしいの。〝みーちゃん〟を推すきっかけになったあの配信でおれやファンのみんなは彼女と約束をしたのだ。忘れない。忘れるわけがない。
ベッドから起き、おれはすぐにポートガールズのTシャツに着替えた。日付は確認しなくてもわかった。何しろ、一週間前の今日も、おれは同じように〝みーちゃん〟の推しになったあの配信の夢を見たのだ。
支度を済ませて江口さんのくれたメッセージに従い待ち合わせ場所に向かうとそこにはやはり、前回と変わらないポートガールズのTシャツを着たファン仲間たちがいた。
会場へ向かう道中、江口さんをはじめとするファンの人らにおれは〝みーちゃん〟の悲しい未来について少し話をしてみたが、「そんなことはあり得ない」と一蹴されてしまった。それ以上食い下がるとライブ前の大事な雰囲気を壊してしまいそうなので何も言えなかった。
そうしてライブがはじまった。
それは、控えめに言って最高の経験だった。
当たり前のことだが、普通なら自分が参加したライブをもう一度観るためには映像化されるのを待ち、映像化してもテレビの画面越しに眺めるしかない。だが、おれは一週間前に観たライブを目の前でもう一度体感することができたのだ。
セトリからMCの内容、果ては推しがどのタイミングでどちらを見るのかまで、自分でも驚くほど鮮明に記憶しており、そのおかげでいつもよりもたくさん目線をもらえた気がしたし、もう目の前では見ることができないはずだった〝みーちゃん〟のその姿は、もはや自らが光を放っているような、それくらい輝いて見えた。
「みんなと成長したい」
あの配信でそう言った〝みーちゃん〟が素晴らしいのは、そのための努力や練習の量なら誰にも負けないということだ。
だからこそおれは〝みーちゃん〟推しなのだ。丁寧なレスに喜んで推しているだけではない。
他のメンバーの努力が足りないわけじゃないし、可愛くないわけでもないが、ただ、ファンの声援に相応しいアイドルでありつづけようとする彼女の努力には、他のどのアイドルにもない覚悟があった。それはほとんど気迫と言ってもよかった。
「じゃあ、こちらから一枚と、スペシャルくじ二枚どうぞ!」
……とはいえ、〝まいみー〟のそんな姿だって、卑怯と言っていい。何しろ彼女は何をやっても真っ直ぐで一生懸命なので、その姿を一目でも見てしまったファンは何かしてあげなければと次々に物販の列に並ぶのだ。運営側はきっとそのことをわかっていて〝まいみー〟を物販のスタッフの中に立たせているに違いない。
そんなポートガールズの物販では、一定の金額以上の買い物をしたり、アルバムを購入するとメンバーが手書きで作ったくじを引くことができた。前者が普通のくじで、スペシャルくじはアルバムの購入特典だ。
差し出された箱の中から、一週間前の今日のおれは右隅にあるくじを選んで「スタンププラス1個」を当てた。これはポートガールズの物販で1000円購入ごとに1つ押してもらえるスタンプのことで、25個貯まると「推しメンのサイン色紙」をその場で書いてもらえるというものだ。
あと4つでスタンプが25個貯まるおれにとってそれはとても貴重な1つだったが、あと一週間ではとても貯めきれない。少しでも貯金があればよかったのだが、工場勤めのおれにそんなものはない。
そこでおれは〝まいみー〟が差し出してくれた箱の中からあえて左隅のくじを選んだ。
これでも少しは未来が変わるはず。
いつになく緊張しながらくじを開く。だが、そこには可愛らしい文字で「ロゴステッカーB」と書いてあった。
「あっ、これ新しいやつですよ! まだほとんど誰も持ってないんじゃないかな……」
〝まいみー〟の小さな優しさに感動しながらも、やむなく、おれは次にスペシャルくじの箱に手を伸ばした。こちらのくじでは前回のおれは見事に「みーちゃんオフショットチェキ」と「こなっちゃんのミニサイン色紙」を引き当てた。メンバーの色紙はまだ〝れいらちゃん〟と〝みーちゃん〟のものしかなかったし、何よりオフショットチェキの自然体の〝みーちゃん〟は是非とも手元に持っておきたい逸品だった。
だが、こちらも背には腹は変えられない。
こちらのくじで引くことのできるものの中には、SPチェキ券と呼ばれるものがあるのだ。
これは一枚1500円で買うことができるチェキ券とは別で、推しではないメンバーの魅力を見つけてもらうという目的で撮影できるメンバーは個定で、その代わりに通常1分しかない制限時間が1分30秒と長いという特殊なものだった。
通常のチェキ券はたとえ何枚買っても1分ごとに列に並び直さなければならないため、この違いは僅かなようでかなり大きい。何しろ、時間が1.5倍長ければ、可能性――いや、希望も1.5倍になるということだ。
おれは無駄だとわかっていながらもくじを凝視して、その中から何かを感じた2枚を手に取り、一気に中身を確認した。
そこには――。
「あー、惜しかったですね、ユウさん。でもちーちゃんもれいちゃんも可愛いですよ」
おれの推しは周知の事実で、〝まいみー〟はおれにもメンバーにも気遣うようにそう言った。
大切な推しのオフショットチェキと引き換えにおれが引き当てたのは「オフショットチェキ 14 ちなり」と「SPチェキ券 れいら」だった。
おれはくじの列から外れて、スマートフォンにメモを残した。「SPくじ、箱の右隅の開きかけのやつはちなりちゃんチェキ。真ん中付近の一番下はれいちゃんSP券。
もし仮に、一週間後に再び最悪の事態に陥ったとしても、このメモを携えてまた時間を戻ることができたら同じ過ちを犯さないで済む。そうすればいつかはSPチェキが手に入るかもしれないし、もしお金を用意できれば色紙のスタンプも集められるかもしれない。
スタッフさんの案内があり、おれはまず、〝れいちゃん〟のチェキ券を手にしたまま、通常のチェキ券で〝みーちゃん〟の列に並ぶことにした。
衝立の向こうからまずは前半組として〝れいちゃん〟、〝みーちゃん〟、〝こなっちゃん〟が登場する。
いよいよ直接対決だ。
ただでさえ、もう二度と会えないと思っていたその尊い姿を見ることができただけで立ちくらみを覚えるほど高揚していたおれは、呼吸の仕方さえよくわからなくなる。
そういえば、前回の今日はどんな会話をしたんだっけ。そうしてどんなふうに笑ってくれたんだっけ。すでに何十回とポートガールズのライブに通い、百円ショップのファイルいっぱいにチェキを集めていたおれの頭の中で今日と先月と去年と一週間後の未来がごちゃ混ぜになる。
早く考えなくては。
どうしたら君は笑ってくれるだろう。どうしたら君が存在することの感謝が伝わるだろう。どうしたら君を……止められるのだろう。
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