第6話 約束〜あの日のライブ配信
▶︎ ユウ@アイドル推し初心者:怒られたの?
それは〝みーちゃん〟の配信を見るようになって三回目のことだった。
高校を卒業してからというもの、同い年のやつらが大学で女の子たちと遊ぶ傍ら、自宅アパートと工場を行き来するだけのひどくつまらない生活を送っていたおれはせめてもの慰めのつもりで、アイドルのイベント写真や動画を掲載しているアカウントをフォローしていた。そこで見つけたのがポートガールズだ。ファンたちの間で「夏セーラー(白)」と呼ばれる衣装はとても可愛かったし、活動拠点が自分が住んでいる地域と近いということもあり、おれは何の気もなしに彼女たちのSNSもフォローするようになっていた。
そしてその日もグロウライブというライブ配信アプリを使って〝みーちゃん〟が配信を行うという投稿があったので、酒を片手に視聴していた。
「そうなんです。ユウさん。あれっ、初見さんかな? あのね、ちーちゃんに――あ、ちなりってメンバーの子にね、アイドルとしての自覚が足りない! って、怒られちゃったの」
最初に観たあの衣装がわりと短いスカートだったからか、彼女たちはみんなとてもスタイルが良く見えたし、みんながみんな印象の異なる可愛らしい顔立ちをしていたのをよく覚えている。
ちなみに、〝みーちゃん〟の第一印象は「猫」だ。目が大きくてややつり目なのもそうだし、メンバーにくっつきたがる人懐っこさも、ときどき見せる冷静な眼差しもどこか裕福な家の猫のように思えたのだ。
だが、いつでも明るく楽しいメンバーたちの配信と違って、その日の〝みーちゃん〟は怒っていた。ユウという本名そのままのグロウネーム(グロウライブアプリで使うニックネーム)のおれが聞くと、メンバーと揉めたことを不満そうに教えてくれた。
▶︎ ユウ@アイドル推し初心者:二回くらい配信きてるけどコメントは初です。ちなりせんせーの言いたいこともわかるけど、おれもその垢消し男が悪いと思う
グロウライブのアプリをダウンロードして以来、リーダー〝れいちゃん〟の配信をはじめとして、無料で投げ銭ができるアイテムをもらうために何組かのアイドルの配信をおれは目にしてきたけれど、たまにしかコメントにレスをしないアイドルや投げ銭を促すアイドルはいたが、そんなふうに怒りながら配信をしているのを観たのは初めてだった。
「テラシマさん、『みーちゃんもちなりせんせーも悪くないよ』――そうだよね、あんなふうに言われたら絶対やだもん。許せないもん。ユウさん、『二回くらいきてるけど……おれもその垢消し男が悪いと思う』――えー、そうだったの! もっと早くコメントしてよね。でもありがとう、コメントくれて」
ことのあらましはこうだ。某有名アイドルグループのオーディションの三次審査進出者の中になんとポートガールズのリーダーである〝れいちゃん〟の名前があったのだ――というのは一部のファンの勘違いで、実際には一文字違いの全くの別人だったのだが、三次審査がグロウライブを利用した投げ銭やコメントの数を競ういわゆるガチイベを利用したものだったので、勘違いしたファンが少なからず〝れいちゃん〟の配信で投げ銭をしてしまったのだ。
結果として、秋谷麗華という子が最終審査に進出できず、彼女のファンの一部がSNSなどで〝れいちゃん〟の悪口ともとれる書き込みをした。
> 便乗商法お疲れ様です
> そもそもローカルアイドル自体、メジャーになれなかった落ちこぼれで組むわけでしょ?
ポートガールズの運営も事態を重く捉え、そのオーディションへ問い合わせをしていたのだが、そこに強い憤りを覚えたのが〝みーちゃん〟だ。
ポートガールズの運営では同業者を除いて、ときどきあるリプ返(時間内にリプライを送ると返事がもらえるファンサの一つ)以外のリプライは基本的にはしない方針なのだが、〝みーちゃん〟はそれらの書き込みに返事をしたいと申し出たのだ。
もちろん、彼女からしたらリーダーを守りたい一心だったのだろうが、真面目でファン思いの〝ちなりせんせー〟からすれば、自ら突撃するなんて自分がアイドルという自覚がなさすぎるというのだ。
「だってさ、自分の推しを間違えることある? 名前は似てても、れいちゃんとその麗華ちゃんって子、全然似てないんだよ?」
その日、〝みーちゃん〟はレッスン終わりで髪を本番同様ツインテールに結っており、その感情には伴っていなかったが、その髪が揺れるたびに魔法にかかるように〝みーちゃん〟の意見に同意していた。
確かにそうなのだ。当の〝れいちゃん〟――麗蘭ははっきりとした目鼻立ちをした王道のアイドル、麗華という子は色素の薄い華奢で甘い声の女の子。
どちらにもファンがいて然るべきだが、間違えるはずがない。あるとすれば――
▶︎ Mocca→豊明こなつ推し:あんまり言いたくないけど、間違える=そんなに知らない=星投げ代行とか疑うのは当然
つまり、麗蘭も麗華も関係のないグロウライブの視聴者に依頼して少しでも多くの投げ銭をしてくれるように頼んでいたのだろう。その見返りにその人の推しがピンチの時には投げ銭を返すことで持ちつ持たれつの関係が保てるし、そもそも【Mocca→豊明こなつ推し】が言うように星投げであれば無料でできる。
「それなのにあんなふうに書き込んでしかもアカウント消して逃げるなんてひどい。確かにね、こんなわたしの配信でも楽しみにしてくださってる方がいて、それなのにこうやって怒っているのは申し訳ないなぁとは思います。ちーちゃんの意見もわかる。でも、なんか腑に落ちないんだよね……」
そのとき、おれの心は激しく揺さぶられていた。テレビやSNSでもそうだし、ポートガールズを追うようになってからというもの、可愛いアイドルは山ほど見てきた。だが、そんなふうに本気で怒っている子を見たのは初めてだったのだ。
▶︎ 江口さん/ポートガールズ⚓︎ちなり推し:たぶん、配信見てる人全員、みーちゃんと同じ気持ちだと思う
▶︎ エルト:《がんばって》× 1
▶︎ ユウ@アイドル推し初心者:でも正直、向こうのファンの人の気持ちもわからなくはない……
そんな彼女に何が必要なのか。おれのあまり賢くない頭で考えたとき、ふいに思ったのは相手――麗華のファンの思いだった。これが反対で、今目の前にいる猫のように大きくな瞳で丸顔がコンプレックスと言っていたけれどとても人懐っこくて可愛らしいこのアイドルが、何かを成し遂げるためにガチイベをするとしたら……自分でもどんな手でも尽くしたいと思ってしまうだろう。
「エルトくん、いつもありがとう。がんばります! 江口さん、さすがです。だけどユウくん、どういうこと?」
怪訝そうなアイドルの瞳は、それはそれで美しいのだけど、もちろんおれの本意ではない。
おれは率直に思ったことを彼女に伝えた。
▶︎ ユウ@アイドル推し初心者:ごめん。おれも同じ気持ちだけど、ただもし……もしみーちゃんやれいちゃんが反対の立場で、オーディションに参加してたらって思うと、おれもどんな手を使ってでも勝たせたいって考えると思ったんだ
すこしの沈黙があった。
彼女だって、何も生まれながらにしてアイドルであった訳ではない。ちゃんと人前に立っていることだって自覚して、覚悟を決めてたくさん考えているのだろう。
「……そっか。ありがとう」
次の瞬間、その張り詰めた緊張の糸が、一瞬だけ、ふわっと緩んだような笑みを〝みーちゃん〟が見せた。今までもこれからもアイドルでありつづけるために、思わず溢れてしまったような、それでいてどこか困ったような、そんな笑顔だった。
「確かにそうだよね」
〝みーちゃん〟が静かに頷く。――そっか、なるほどね。大きな瞳でぱちぱちと瞬きをしながら。
「でもね、ユウくん。皆さまも……これだけは訂正させてほしいんです。わたしたちは決して、メジャーになれないからローカルでやっているわけじゃないんです。もちろん、メジャーアイドルさんはすごいよ。単純にめちゃめちゃ可愛いし、お喋りも上手だし、パフォーマンスだって……。でも、わたしたちだってそれに負けないように努力してるもん。それにローカルにはローカルのよさがあるんです。エルトくん、江口さん、ユウくん、Moccaさん、シルバーさん、テラシマさん……」
〝みーちゃん〟はコメントをしてくれたファンたちの名前をすべて読み上げた。
「そしてここにいないファンの人、まだちょっとしかファンじゃない人も、なんだったらわたしたちを知らない人だって。みんなのことを認知して、みんなと成長できるのはわたしたちだと思うんだ。だから――」
束の間、下を向いた〝みーちゃん〟はすうっと覚悟を決めたように息を吸って、そして言った。
「――推してほしいの」
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