第23話 騎士団では成せぬこと

「一歩、二歩、一歩、二歩、一歩、二歩、一歩、二歩、一歩、二歩…………」


俺はしっかりと階段を踏みしめながら降りていた。


あぁなんて素晴らしきかな。


やっぱそうだよな。

普通の階段には手すりがあるし、落ちて死ぬ危険もないし。ましてや突風に煽られて転倒しかけることもないよな。


ほんと、階段を発明した人には拍手を送りたい。そして、外階段を作ったやつにはドロップキックを食らわせたい。


「よぉし、このままミアちゃんの元に戻って、一緒に逃げて、一件落着!!!」


俺は残り半分を切った階段を見ながら言う。


…………いや、それで一件落着なのか?


確かにミアちゃんのもとには帰らないといけない。必ず帰ると言ってしまったし、約束してしまったから。


けど、だからといってこのまま離れていいのか?

俺は素人だが、直感でわかる。あの魔物の量が押し寄せたら、確実に壁ごと崩壊する。


どれだけ騎士団が強くても、絶対に負ける。

多勢に無勢というやつだ。


数の母数が違う。

それこそ、桁が二桁も三桁も違うのだ。


そしたら、騎士団長を始めとした騎士団の方々は死んでしまうし。何より、この街自体が危ない。


逃げると言ったって、人が走れる距離なんてたかが知れてる。


魔物に体力面で勝とうなんて間違いも甚だしい。


俺がいたって勝てるかはわからない。

『草スキル』もちゃんと機能するかすら未定の、まだまだ不安定なものだし。


でも、それでも。ここで背を向けるのは、何か違うのではないか。


さて、どうするんだクラル。


目標はいつもシンプルで、二つだけ。


ミアちゃんに安否を伝える。

魔物と戦う。


最善策は今からミアちゃんたちのところまで走って、そこからまた走って戻ってくることなんだが……。


まあ、そんな体力があるはずはなく。


 「どうするかなぁ……」


階段を下っていく足を遅くしながら、俺がつぶやいたその時。


「来たぞぉぉぉおおおおおお!!!!」


「サイレン鳴らせ!!! 最終サイレンだ!!!」


「覚悟決めろぉ!!!!!」


「死ぬぅぅうううううう!!!」


悲鳴と絶叫が織りなす、何とも言えない叫び声が響いてきた。


俺はよくわからないけど、嫌な予感がして、体の向きを90度変えて階段を駆け上がった。


「っ!!!」


まず見えたのは波。


地面を波のようなものが覆っている。

少し経てば、それがすべて魔物で構成されていることがわかる。


や、ヤベェだろこの量。

あっちの山の方からこの門まで、どれくらいの距離があると思うんだよ。


「遠距離はとにかく撃てぇ!!! 下は耐えろ!!! 踏ん張れ!!!」


騎士団長ではない他の誰かが指示を飛ばしているが、混乱の最中ではその声もすぐにかき消されて、全く統率が取れていない。


これ、いよいよ本格的にヤバイのでは?


俺が危惧した瞬間。


「はぁぁぁああああっ!!!!!」


そんな唸るような怒声をあげながら、騎士団長リースが飛び出していった。


もちろんこの壁の上から飛び降りたら、いくら騎士団長と言えど死んでしまうので下からね。


けれど、その勢いは圧倒的で、大剣を持った彼はそれを振り回し、魔物たちを次々と倒していく。


「だ、団長に続け!!!」


「ウォぉおお!!!」


「母ちゃんっ!!!!」


「リナァァあああああぁぁあああ!!」


「最上川ぁぁぁあああああ!!!」


「天下分け目の関ヶ原ぁぁぁあああああ!!!」


それに続けと、疲れ果てていた団員たちも勢いを取り戻し。皆思い思いの声をあげて突っ込んでいった。 


母ちゃんは分かる。リナってのも多分恋人の名前だろう。


けど、最上川ってなんだ?

あと、天下分け目の関ヶ原って、絶対に言いたいだけだろ。


でも、彼らの力は本物で、前に進んで押し返している。


――このまま行けるか?


一瞬そう思ったが、すぐにその希望は打ち砕かれる。


「無理だ…………母ちゃん……俺、死ぬ……」


俺の近くにいた団員が、悲痛につぶやく。


確かに今も騎士団員たちは善戦している。

今のままの勢いを維持できれば、いずれ勝てる。


けど、けど十中八九彼らは負ける。


理由は単純。

やはり、数が違うのだ。


どれだけ倒しても現れる魔物たち。

しかも、今倒しているのは弱い魔物たち。奥に行けば行くほどより強く、より手強くなっていく。


どれだけ体力が持ったとしても、あと一時間もすればこのスピードは衰えるだろう。

魔物だって、全部が全部一太刀で斬れるような生半可なものじゃない。




彼ら騎士団では――――勝てない――




彼らが無能というわけではない。


むしろ、騎士団は優秀な方だ。


そう優秀なのだ。何かをことに関しては。


彼らは昔から守る鍛錬ばかりをしてきたのだろう。だってそれが騎士団の勤めだから。


敵から守る、貴族を国を民を街を。


それが彼らの使命であり、存在意義だ。


何度も言う。騎士団は守ることに関しては優秀だ。


けど、その優秀さが今は裏目に出ている。


ジリ貧で進む先には確実な不利が待っている、この局面。


今必要なのは、強固な守りではなく。


一騎で突撃し敵を蹴散らし、皆に勝てると嫌でも思わせられるような、そんなの力だ。


けど、その力は彼らにはない。守ることに秀ですぎた彼らに、攻めをすることは不可能だ。


そう。の彼らには――――










 

「ふぅ」


俺は一度大きく息を吐いた。

 

そして、この混乱に乗じて壁に立つ塔を登っていく。


下の騎士団員たちは皆、魔物に目いっぱいで俺のことなんて気がついていない。


「よしっ……ふぅっ」


登りきった俺は、そこにそれがあることを確認すると、大きく息を吸った。


そして、そこに取り付けられているボタンを軽く押す。 


『ピーンポーンパーンポーン』


そんな聞き慣れた音が鳴り止むと同時に、俺は叫ぶ。


『ミアちゃーーんっ!!! 戻るの遅れる!!! 俺ちょっと、英雄になってくる。』


そして、その声の余韻が残る中、再びボタンを押して、


『ピーンポーンパーンポーン』


強制的に放送を止めた。


「ふぅ、これでよし。」


俺が満足気につぶやき、下に降りようとすると。


「お前っ!!! この非常時に何してるんだっ!!!!!」


あの副団長らしき長髪真面目イケメンに怒られてしまった。


いや、ごめんなさい。反省はしてないし後悔もないけど、謝る気持ちはある。


ただ、自分で英雄とか言わなければもっとかっこよかったかなと思ってる。


「何なんだお前は!!? この状況が分かっているのか!? 最悪この街ごと――――」


「っせぇ!!!」


手を振りかぶって身振り手振りで俺を糾弾する副団長の言葉を、俺は最後に遮る。


へへっ、副団長くん良いことしてくれるじゃないの。


これなら、煽りがいがあるってもんだ!!!!


俺はニヤッと笑うと、もう一度大きく息を吸って、叫んだ。


「うるせえっての! てめぇらこそ分かってんのかよ!? このままで勝てると思ってんのか? あぁ? そうだったのならごめんなさいねっ!! エリート様はお気楽でいいですねぇ!! はっ!! てめぇらが不甲斐ないから、俺がやってやろうってんだ!!」


「な、何をっ!!?」


いきなりの絶叫と煽りに、副団長を始めとした皆さまが戸惑うのを見て、俺は壁の縁に足をかける。


下を見れば、カーブを描くほぼ垂直な壁。

そして、ぶつかったら俺の体がトマトのように弾けてしまうであろう地面。


うぅ怖い。


反射的にそう言いそうになるのをこらえて、俺は振り返ると。


間抜け面を晒し続ける副団長に…………そしてその後ろの騎士団員全員に叫びかける。


「弱虫騎士様はそこで見てろよっ!! 俺が英雄になるところをなっ!!!」


「なっ!!!?」


意味がわからないと言いたげな彼の顔を確認する前に、俺の視界はブレ、暗くなった空が見えてくる。


あぁ、飛び降りるのって気持ちィィいいいいぃ!!!!!!!


…………怖い

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