第30話 あった〜らしっいあ~さがきったぁっ!!

「んぅ……あぁ、よく寝たぁ」


俺は体を起こして、軽く背伸びをする。

昨日遅かったこともあり、日はもうすでに登っていた。


乗る予定のバスはもうすでにイナシィキを出て、ちょっと前に半分を過ぎたくらいだろうか。


行きは早かったけど、帰りは余裕が持てそうで良かった。


「ミアちゃんはまだ寝てると。」


俺は隣でまだかわいい寝息と寝顔をする、ミアちゃんを見て言う。


「んーーっ」


「おはよー、元気?」


俺が立ち上がり、手を合わせて上に持ち上げてストレッチをしていると、ミヤマさんがやってきて挨拶をした。


「おはよう御座います。お陰さまで。ここで寝ちゃってよかったですかね?」


宿の宴会場的な広いスペースの、隣の中部屋みたいなところだけど、独占してしまって良かったのだろうか。


「あぁ、他にお客さんいないし、大丈夫よ。」


ミヤマさんは軽く笑って言う。


「それは良かった……良かった?」


良かったと言ってから、それは宿として大丈夫なのかと疑問符をつける。


それでちゃんと経営はうまく行っているのだろうか。


嫌だよ、次来たときには潰れてましたなんて、笑えない展開。


「朝飯食べたら出る感じ?」


「あ、馬車の時間があれなんで、もうそろ出ないと……」


首を傾げたミヤマさんに、俺は申し訳無さげに告げる。


まだ一時間位余裕はあるだろうけど、知らない街だし乗りなれてないしだし。何より、乗り遅れたらもう一泊だから、なるべく早めに行きたい。


「オケ。じゃあ、おにぎり持たせてやんよ。」


「ありがとうございます」


自分の腕を叩いて言うミヤマさんに、俺は感謝の言葉を述べる。


朝ごはんないとお腹空くから、おにぎりは嬉しい。

俺は好物と聞かれたら、おにぎりと答えるくらいのおにぎり好きだしね。



「ミアちゃーん、起きてー」


俺は彼女の小さな体を揺さぶりながら言う。

体重軽いので、グワングワンと揺れて面白い。


「ん……んぅ……まだ少し……」


ミアちゃんはまだ寝たりないのか、目を伏せながらつぶやいた。


「オケオケ」


俺も朝は苦手な方なので、その気持ち痛いほどよく分かる。


ここで母ちゃんとかに『んなこと言ってないで起きなさい!』とか叩き起こされると、朝からテンションだだ下がりでその日一日嫌な気分になるよな。


起こしてくれるのはありがたいし、起こしてくれないと逆に文句言うけど、やっぱり起こされたくない。


これは人類最大のパラドックスだと思う。

パラドックスの使い方がおかしいというツッコミは、受けつけておりません。


「よいしょっと」


俺は眠ったままのミアちゃんを背中に背負ろうとするが、それは難しいので無難にお姫様抱っこをした。


「……んぁ…………ありがとぉ……」


歩きだして数歩目で、ミアちゃんがまだ起きてもないふにゃふにゃの声でそんなことを囁いた。


「こちらこそ」


思わず、真顔で答えてしまったよね。


ほんと、かわいいは正義。ミアちゃんは神だよ。

これだけで、何でも許せる。何があっても生きていける。


マジ、世界って素晴らしい。


俺は彼女を抱いたまま、玄関へ向かう。


「ふぁぁ」


俺は大あくびをかましながら、これ両手ふさがってるけどどうやって靴履こうかと悩む。


一度ミアちゃんを置いてから、履くしかないかな。いやでもそれは……。


「はい、これ」


俺があーだこーだやってると、ミヤマさんがやってきて風呂敷に入ったおにぎりを差し出してくれる。


「ありがとうございます」


ほんのりと風呂敷越しに伝わる温かさに、俺は頭を下げた。


「いってらっしゃ~い」


「行ってきます」


ミヤマさんにもう一度、深く深く頭下げて、俺は宿、数字のお家を出る。


結局、靴はミアちゃんを座らせてから履いた。


コクコクしてるのが、可愛かったです。






















「バスバスバスバースバスターミナル」


特に意味もないバスの歌を歌いながら、俺は停留所へと向かう。


乗るのはバスじゃなくて、馬車だけどな。


今日はいい感じに日が照って、外出びよりってやつだ。


「へいらっしゃーい!!」


「安いよ安いよ」


「昨日のアレ、大丈夫でした?」


「いやいや、心配して途中まで逃げてたのに、治まって安心ですわ」


「「オホホホホホホホ」」


街のみなさんも日常を取り戻し。屋台のお兄さんたちは元気だし、道端のおばさんたちも元気である。


「ついたついた」


賑わう街を見ている間に、停留所についた。


時間的に言えば、もうそろそろかな?


俺、時計つけてないから正確な時間わかんないけど、多分きっとメイビーそんな感じ。


腕時計とか一時期つけてたけど、なんか蒸れて痒くなるよな。あと、単純に農家には向かない。


父ちゃんに腕時計つけないのかって聞いたら、土が入ってだめなのだとか。高いにすればそんなことないんだろうけど、そこまでの価値を腕時計に感じないと言ってた。


まぁ、土に水に泥に。精密機器とは相性の悪い仕事だよな。


ヒヒーン


農家の苦悩を思い浮かべていると、軽快な鳴き声とともに、馬車が現れた。


「イナシィキ行き、イナシィキ行き」


おっちゃんのやる気のない到着地案内が響く。


さすがナリィタ。大都市なだけあって、イナシィキ行きの馬車なのに、乗る人が結構居る。


また頭をぶつけないように気をつけて中に入れば、見覚えのある硬い座面が並んでいる。


流石に満員とまでは行かないが、半分以上は乗っている。


皆様そんなにイナシィキに用事ですか。


俺は謎の喜びを感じながら、来たときと同じように自分の膝の上にミアちゃんを載せて、外の景色を見る。


ここからまた数時間、暇になるな。


あれだ、時間もあるし皆様にイナシィキとナリィタについた話そうかな。


そもそも、イナシィキとナリィタは違う地域だった。隣り合ってるけど、管轄されてる部署が違うって感じ。


ナリィタはチバーで、イナシィキはイバーキ。


でも、数年昔にイバーキの方が深刻な人不足で崩壊して街はバラバラになり、今はイナシィキもチバーなのだ。


イバーキが崩壊した理由は何個もあるけど、主な理由は二つあって。


一つは、平らで住む土地が多すぎたゆえに、大都市ができずに各都市が力を持っちゃって、上手くまとめられなかったこと。


もう一つは、単純に産業が農業しか発展しなかったので、寒波到来で市民が軒並み困窮してしまったこと。 


イナシィキも困っていたところで、ナリィタが助けてくれて、今も友好関係は続いているらしい。


こういう歴史みたいなのを聞くと、その地域に違った見方ができるよな。


俺も歴史の本とか読むと、いろんな立場の見解があってごっちゃになるもん。まぁ、そこが面白いところなんだろうけど。


後は、この辺の河川について何だけど…………。






ってなわけで、誰得なイナシィキ周辺の地理雑学を披露していると、時間はあっという間に過ぎ。


もう少しで、イナシィキにつく頃になってきた。


外の景色も分からないのから、なんか見たことはある程度に変わってきてる。


俺、覚えんの下手だから未だにイナシィキの中でも迷うけど。


「お待ちどーう」


 カンカンカーン


十字路とかやめてほしいと俺が切実な願いを述べていると、おっちゃんが馬車の鐘を鳴らして到着の合図を出す。


外を見るが、俺たちが乗った停留所とは違う。


イナシィキには2つ停留所があるから、そっちは手前の方なんだな。


どちらかといえば、こっちのが中心街に近いからほぼ全員の客が降りて、残るは俺らとおばあちゃんが一人になった。


おばあちゃんと軽く目を合わせて会釈して、馬車に揺られていく。


「しゅうてーん、終点でーす。」


少し経てば、おっちゃんのやる気のない声が聞こえる。


「ありがとうございます」


俺は二人分の料金を払って、長い旅のラストスパート。家路を辿った。























「皆様お元気なことで」


俺は農作業に励む皆さまを見ながら、そんな感想を述べる。


おじいちゃんに、おじさんに、あんちゃんも、少年も。


みんなが楽しそうに畑耕してるのをみると、平和って感じがしていいよな。


ピンポーン


ミアちゃんちについて、俺はベルを押した。


これ、チリーンとかじゃなくて、ピンポーンって鳴るの地味にすごいよな。魔法が使われてるのか分からないけど、無駄な技術力。


「はいはーい」


そんな元気な声が近づいてきて、扉が開く。


「あぁ、クラルくん! 大丈夫だった!? 魔物大発生スタンピードが起こったって聞いたけど!」


俺の姿を見てすぐに、ミアちゃんのお母さんが心配そうに言う。


こっちまで話は来てたのか。

まぁ、A級だし、大事件だもんな。


「はい。大丈夫でした。けど、ごめんなさい。」


俺は大丈夫と言った後に、深く頭を下げて謝罪した。


「どうしたの?」


お母さんはびっくりした顔で、俺を見る。


「大丈夫だったとはいえ、ミアちゃんを危険な目に合わせてしまって。」


結果がどうであれ、付き添ったにも関わらず危険な目に合わせてしまったし。何より、俺が自分勝手に彼女から離れてしまったから。


「あぁ大丈夫よ。ほら。」


俺が謝るのを見て、ミアちゃんのお母さんは穏やかに笑って、俺の方を指した。


「はい?」


俺はその意図がわからず、自分のお腹らへんを見て……納得する。


「こんな幸せそうに寝てるじゃないの。」


俺の方を腕の中では、ミアちゃんが可愛らしい寝息を立てて寝ていた。


ずっと抱いてるのって地味に疲れるけど、俺はちゃんとやり抜いた。

だって可愛いし。めっちゃ可愛いし。とにかく可愛いし。


「ん……あぅ……おかあ……さん?」


腕の中で動いたミアちゃんは、体の向きを変えてお母さんの方を見てつぶやく。


「はい。お母さんですよ。」


お母さんが手を広げるので、俺はミアちゃんをそこに預けた。


「んぁ……ただいまぁ……」


ミアちゃんがとろけた顔で、お母さんに帰宅の挨拶をする。


「どうだった?」


「楽しかったよぉ」


感想を尋ねたお母さんに、ミアちゃんが答える。

楽しいと思ってもらえたのなら、俺も嬉しい。


「それは良かったわ。」


「えへへ、お母さんも来れば良かったね」


「そうねー」


お互いを見合って笑うミアちゃん親子。


うーん、眼福。


美人と美少女が並んで、そのどちらもが微笑んでるとなれば、それすなわち神。


いやぁ、この場に居合わせられることに最大の感謝だ。見てるだけで疲れが吹き飛ぶとはこのこと。


「失礼しますね。」


ずっと見ていたいが、俺は空気の読める男。家族の時間に第三者はいらない。鼻の下を伸ばす不審者はもっといらない。


静かにいなくなるのが吉。


「本当にありがとう。」


「ありがとぉ」


俺に深くお辞儀をしたお母さんに合わせて、ミアちゃんも頭を下げて微笑む。


「いえいえ、こちらこそ。」


俺は、やっぱ眼福だなと思いながら、その場を去った。


山あり谷あり、事件あり危機あり。

一時は死ぬことも覚悟したけど、ちゃんと生き延びられてよかったわ。


騎士団長様がやってくるという、笑えないイベントとまだ待ち構えているけど、今日くらいはよくやったと自分で自分を褒めてやってもいいだろう。


「んー、ポイント貯めないとな」


なんか月末の主婦みたいなこと言ってるが、俺にとってポイントは生命線。


まだまだあるとはいえ、貯めないと減る一方なのも事実だからな。


コツコツの積み重ねが大事なのは変わらない。


それと、もしもスキルが使えなくなったとき用に、剣を振るのもやめられない。


『剣士』とか『魔術師』とか『聖職者』とかよく知られたスキルじゃなく、『草』っていうわけわからんスキルだから。


いつ効果が切れてもう使えませーんと言われたっておかしくはない。


「ふぁあ、俺も畑行くか」


まだまだ高く登り始めたばかりの太陽に、俺はそんな言葉を投げて、自分の家へと向かった。

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