第29話 戻ったぜぇ!!
「ち、チース」
俺は深夜なので控えめな声で、数字のお家の門をまたいだ。
玄関に光はなく、奥からぼんやりと光が漏れてきているのみ。
俺結構ホラー苦手だけど、何故か怖いという感情は思い浮かばずに、美しいと思ってしまう。
なんかこの宿、安心感があるんだよね。今アドレナリンガンガンなのも、その理由かもしれないけどね。
「おぉ少年!!」
俺がこのまま上に行きゃ良いのかと戸惑っていると、廊下から現れたミヤマさんが俺を見て声をかけてくれた。
良かった、まだ起きていたんだ。
非常事態だからいくら待っててと言ったとしても、避難しちゃってるかと思ったけど、居てくれていたのか。
まあ、さっき放送で騎士団と協力者によって、奇跡的にA級
「放送聞いたよ!! すごいじゃないか!!」
ミヤマさんは厚めの上着の垂れた袖で、俺の肩をバシバシと叩く。
別に布だから痛くはないけど、その動きが母ちゃんに似ていて、あっやっぱその年代なのかと少しのがっかり感に襲われる。
流石に母ちゃんよりは若いし、見た目はまだまだ若いけど、それでもなお隠しきれないご年齢。言い換えれば、安心感が漂ってくる。
「あ、ありざす。ミアちゃんは?」
俺はペコペコと頭を下げて尋ねる。
初対面の年上のお姉さんとの距離感というのは、なかなかに測りづらいもの。
友達の友達と二人っきりになったときくらいの、気まずさもありつつ、向こうの距離感が近いので仲良くなりやすいというのもある。
俺みたいな陰のものは、ヘコヘコが正義。
頭下げときゃなんとかなるってのは、絶対にあると思う。
「彼女なら奥にいるよ。」
ミヤマさんは、奥の光が漏れてる部屋を指さして言う。
あれは、ミアちゃんの明かりだったのか。
オレが納得していると、
「で、英雄には成れた?」
彼女はニコッと温かい笑みを浮かべて、尋ねてきた。
「いや、まだ分からないですね。」
すんごい傲慢に言えば、俺がいたおかげでこの街は守られたのだから、何千何万人にとっての英雄だろって話なのだが。
生憎、俺の目標とするのはそういう『英雄』ではない。
なんと言うか、何万人助けたとか、国を守ったとかそういうのじゃなくて。
たった一人の女の子を命がけで守って、その子にとって一生忘れられないような存在になる。
そして、その子は自分のことを『英雄』と呼び続ける。
そんな、誰かにとっての『英雄』に、俺はなりたいのだ。
だから俺は、頭をかきながらぼかして答えた。
「そうか。でも、解決したようで何よりだよ。ほんと、安心した。」
ミヤマさんは軽く笑って、穏やかな表情を見せる。
数回に渡って
いや、A級
アフターケアまでちゃんとしていて、ナリィタはいい街だと改めて実感する。
行政がクソなところは、どこまで行ってもクソだからな。
「そうですね。じゃあ俺は、ミアちゃんの方に。」
「あいよっ! ゆっくりしてね。」
俺はミヤマさんに見送られて、愛しのマイヒロインの元へ向かった。
「ミアちゃーん、お兄ちゃんが帰ってきたよー」
声を張りたいのは山々だが、深夜という時間帯を鑑みて、小声で叫びながらふすまを開けた。
小声で叫ぶって、言葉としておかしいよな。
叫ぶってのが大声を上げるって意味なのに、小声でって。矛盾オブ・ザ矛盾。
まあ人生そんなもんさ、手のひらクルクルでいいじゃないか。そう思いながら、俺はわりかし広い部屋を見渡して、ミアちゃんを探す。
「って……寝てるやんけ」
やっと部屋の窓際の端っこに、小さな影を見つけたは良いのだけど。
その影は横になって、すやすやと可愛い寝息を立てていた。
「はぁ、まぁ可愛いしいいか。」
俺は彼女の隣に静かに座り込んで、顔を観察する。
本当にいつ見ても、キレイというか可愛いと言うか。神様が全力を注いで作り上げた芸術品って感じ。可愛さ神級とはこのことだよね。
「ん……あぅ……」
「ふぁぁ」
寝言を上げて寝返りを打つ彼女を見ていたら、俺も眠くなってきた。
時刻はすでに丑三つ時とか言われる時間帯に突入し、昼夜逆転の方々の活動が最も活発になるお時間だ。
「……んぅ……おちゅかれ……」
「ったく、まだまだ英雄には遠いな。」
俺のことを認識してか分からないが、仰向けになって可愛らしい労いの言葉をかけてくれたミアちゃんを見て、俺はつぶやく。
“誰か” にとっての『英雄』になりたい。
その夢は変わらないけど、
もしも、その “誰か” が、 “彼女” だったのなら、もっと良いなと思いながら。
俺はそっと、目を閉じた。
「部屋戻る……って、寝ちゃってるじゃん。」
疲れたであろうクラルにお茶でもと、部屋を訪れたミヤマがミアの隣で寝息を立てるクラルを見てつぶやく。
「お疲れ様、ゆっくり休みな。」
彼女は二人の様子を見て、柔らかや笑みを浮かべると、そばにあった毛布をそっとかけた。
「アイツの娘も、いい男見つけたじゃん。」
クラルに寄り添うように眠るミアを見て、小さくつぶやいたミヤマは、
「いや、クラルくんがいい女見つけたのか?」
そう言って軽く笑った。
「ごゆっくりどうぞ。」
最後は宿屋らしく、彼女は深くお辞儀をすると、自室に戻っていった。
こうして、クラルとミアの動乱の一日は幕を閉じた。
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